少年ドラッグ

32

死にぞこない

誰かが俺の名前を呼ぶ。
俺は答えることができない。
重くて怠くて気持ちが悪くて無気力だ。
けれど、そう感じるということは意識があるということだ。
死んだらこんな感じなんだな。
あまり気分がいいもんじゃない。
だから、人は死を恐れていたのか。
俺が死んでからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
それとも死んだ後は時間なんて存在しないのだろうか。
時間が無いってどういうことなんだろう。
時間に縛られている世界で生きていたから、全く想像がつかない。
訳の分からない必要の無いことばかり考えていたら、目に光が入ってきた。
赤い光。
地獄の炎かな。
熱さは感じないけど。
窓の向こうは奇麗な夕焼け空だった。
地獄にも窓や空が存在していたのか。
反対方向を向いてみると、俺のそばで誰かが腰掛けて項垂れていた。
角は生えていない。
人間だ。
しかもよく知っている人物に似ている。
その人物が顔を上げて、俺と目が合った。
俺の顔を覗き込んでくる。

「薬人、気付いたか。大丈夫か……？」

叔父さんにかなり似ている。
声も全く同じだ。
応答しない俺を心配したのか、叔父さんに似た人物が扉の向こうへ飛び出して大声を上げる。
そして、他の人間達がやって来た。
待てよ、人間がいるぞ。
おかしいな。
嘘だろ。
冗談だろ。
やめてくれよ。
俺は死ねたはずなのに。
人間がいるなんて、叔父さんがいるなんておかしいだろ。
白い服を着た人間達が俺の体を触る。
目にライトを当ててくる。
よく思い出してみたら、俺を抱えていた黒い服を着ていたのも人間だった。
たぶん警察だ。
天使のラッパはもしかして、パトカーのサイレンだったのか。

「薬人、何か知っているなら正直に全部話せ」

しばらく時間が経ち、俺が話せる状態になると叔父さんが問い詰めてきた。
唇が震えている。
叔父さんの後ろには、東刑事と真田刑事それに他にも三人の警察がいる。
俺が事件について何か知っていると勘づかれてしまった。
まぬけな自殺未遂のせいだ。
ひどいよ。
可愛い彼女を、昔からの親友を、部活の仲間を、亮真さんの死の真相を捨ててまで秘密を守ろうとしたのに、こんなのあんまりじゃないか。
思うように生きられないなら、思うように死なせてくれよ。

「薬人、本当にすまなかった。俺のせいだ」

また叔父さんが謝る。
何を謝っているんだ。
理由も無いのに謝っても何も出ないぞ。

「姉さんのこと、お前の母親のことをずっと嘘をついていた。死体が見つかって、俺はお前に構わずに落ち込んでいた。現実を受け止められなかった。それに、お前がいなくなった日のこと、もっとしっかり話を聞くべきだった。喧嘩になったとしても、無理やり本当のことを聞くべきだった。お前の様子はおかしかった。制服が奇麗になっていた。何故か珍しいドラッグを持っていた。それなのに、俺は怖くて聞けなかった。お前を叩いてしまった時、お前の目は俺を拒絶していた。それで、ますます聞けなくなった。お前に拒絶されたくなかったから。これは、俺の弱さが招いたことだ。でも、もう逃げない。こんなことになるくらいなら、拒絶してくれても構わない。お前が死ぬくらいなら、俺を嫌いになれ。本当のことを話せ！」

叔父さんが泣いている。
馬鹿だな叔父さん。
俺が叔父さんを嫌いになるわけないじゃないか。

「真実を話したら、叔父さんは俺を拒絶する」

「俺がお前を拒絶すると思っているのか。馬鹿だな薬人」

「お互い馬鹿だったね。でも、もう終わりにしよう。これで叔父さんは自由だ」

叔父さんが涙をぬぐって俺の目を見つめる。
俺も見つめ返した。
今度こそお別れだ。

「母親を殺したのは俺だよ。刑事さん、俺を死刑にしてください」

言ってしまえばどうってことない。
むしろ、重荷を下ろしてすっきりした気分だ。
俺は笑った。
自分で引くくらいに笑った。
叔父さんの顔を見ることはできなかった。