少年ドラッグ

トトヒ

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身辺整理

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俺はアンジェラの店でエデン以外の注文をした。
そのドラッグは予約制で、一週間後に取りに来るように言われた。
今日がその約束の日。
部活を終えて、俺は店へと下りて行った。

「いらっしゃい。例のドラッグ、届いているわよ」

アンジェラがひらひらと手を振っている。
そして、透明な袋に入った一粒の白い錠剤を俺に渡した。
何故か袋にピンク色の大きなリボンがついている。
アンジェラの趣味だな。

「ねえ、お客に渡した商品に関してとやかく言うのはタブーなんだけど、それは自分で飲むよりも転売した方がいいわよ。売り方が分からなければ手伝ってもあげてもいいわ。手数料はもらうけどね」

アンジェラがウィンクをする。
お金が欲しければ、そうするべきなんだろうな。

「ありがとう。でも、俺はこれを飲みたいんです」

これを飲めば、一瞬でも天国に行けるらしいからな。
アンジェラが両手を上げて苦笑いをしながら溜息をつく。

「それ、一粒しかないのよ。飲んだら気持ち良くなるけど、効き目がなくなった後は辛いかもしれないわよ」

「大丈夫です。効き目が切れることはないから」

アンジェラはしばらく俺を見つめた後、優しく微笑んだ。

「いつでもいらっしゃい。坊やのこと、待っているわ」

「お世話になりました。楽しかったです」

俺はアンジェラに別れを告げた。
振り返らずに、階段を上って地上に出た。




「君、死のうとしてる?」

天野がベッドの上で全裸になっている俺に言った。
今日で、絵が完成したらしい。

「さすが画家だな。俺の様子で分かったのか」

天野は人の外見や表情を観察するだけで、その人の性格や何を考えているのか分かるらしい。

「やっぱりね。それなら、君が死ぬ日時と場所を教えてよ」

「何でだよ」

「君の絵をシリーズにしようと思いついたんだ。生きている君と死んだ君。テーマは生と死。素敵だろ」

変態もここまでくると尊敬する。
俺にはそこまでのめりこめるものはなかった。

「悪趣味だな」

「僕が絵画に陶酔する理由はね、事実に善意も悪意もこめることができるからさ。一人の少年の死をより醜く、そして美しく描くことができる。それは、ただ死体がそこにあるという事実の向こう側を作り出す作業なんだ」

こいつの言っていることは、最初から最後まで理解不能だった。
でも、くそみたいな俺という存在のちっぽけな死を、作品という形で残してもらうことは少し面白いかもしれない。
俺の死に場所は決めている。
天野は俺との約束を守ってくれた。
秘密を洩らさなかった。
本当に俺の絵を描いて終わった。
それならば、教えてやってもいいだろう。

エデンを四つ飲み込んで、今日も学校に行く。
叔父さんはあれから元気が無いけれど、俺にいってらっしゃいの挨拶はかかせない。
本当に心から尊敬する。
そして、心の底から大好きだ。
親愛なる叔父さんへ、こんな俺に愛を教えてくれてありがとう。
行ってきます。
母親のもとへ。
今日は大忙しだ。
身辺整理を一日で終わらせなければならないからだ。
計画性の無い奴はこれだから困る。
毎年夏休みの宿題は最終日に慌てて終わらせるタイプだったからな。
まさか、一日で人間関係を清算しなければならない日がくるなんて思わなかったよ。
まずは奏ちゃんからだ。
もっと早くこうすれば良かった。
俺が欲深いせいだ、ごめん。
昼休みにいつものように奏ちゃんと弁当を食べた。
食べ終わった頃に俺は彼女へ別れ話を切り出した。
奏ちゃんは驚いて固まっていたが、俺の目を真剣に見据えている。
聡明な彼女の瞳が揺れていた。

「分かったわ」

物分かりがいい彼女は、別れに応じてくれた。
賢い女は泣きわめいたりしないんだな。

「じゃあ、友達として私に何かできることはある?」

ほら、性格ば抜群にいいじゃないか。
最初から俺とは釣り合わなかったんだよ。

「それなら、友達もやめてくれ。そして、俺のことは忘れて」

俺はそう言い残し、彼女を置いて校舎へ入って行った。
ちょっと最低すぎたかもな。
次は職員室へ向かった。
土屋に退部届けを渡す。

「大会前にどうした?」

土屋が眉間に皺を寄せている。
まあ、突然すぎるよな。

「サッカー、詰まらなかったか?」

いや、そこそこ楽しかったよ。

「まあ、無理に止める権限は俺には無いからな。これは預かっておく。気が変わったら言えよ」

さすが土屋だ。
あっさりと認めてくれた。
面倒なことにならずに済みそうだ。
そう思っていたんだけど、余計なことをしてくれた。
なんと、あの如月にチクりやがった。
あのゴリラめ。
放課後こっそり校門から脱出した俺を、全速力で如月が追ってくる。
何なんだよもう。

「八重藤! お前、どういうつもりだ!」

俺はあっさり捕まって、如月に胸倉をつかまれ振り回される。
暴力反対。

「悪いけど退部することにしたんだ」

「大会前にふざけてんのか!」

「大丈夫だってお前なら。一年もサッカー上手い奴いるじゃん。それで何とかしろ」

「それだけじゃ優勝できないんだよ!」

「だから、優勝なんて俺がいてもいなくてもできないんだよ。何度も言わせるんじゃねーよ、このサッカー馬鹿。だいたい、優勝したいならうちの高校じゃ無理だろ。それくらい、馬鹿なお前でも分かるだろ。何で強豪校に進学しなかったんだよ。馬鹿なお前でも、サッカー推薦とかあっただろうが」

「アレルギーだからだ!」

「は?」

今俺はサッカーの話をしているんだけど。
アレルギーって何だ?

「お前はスポーツの世界に疎いんだな。スポーツの強豪校では、ドラッグを使うことが必須だ。入部するには、ドラッグに耐性があることが最低条件なんだよ。俺は運動能力向上用のドラッグのアレルギーだ。だから進学しなかったんだよ」

「マジか。でも、お前くらいサッカー上手ければドラッグなくても平気じゃないのか」

「俺レベルならごろごろいるんだよ。技術とドラッグの耐性がスポーツ界では重要なんだぞ。ワールドカップを見たことないのか。選手は運動能力だけじゃなく、強力なドラッグに耐えられる体でなければならない。だからあれだけ鍛えているんだ!」

そうだったのか。
それなら、叔父さんは正しかったんだ。
ネオドラは、如月のような才能ある奴を締め出してしまったから。
一昔前なら、如月は強豪校で活躍していたかもしれない。
プロになれたかもしれない。
何だよ。
早く言ってくれれば、もう少し協力してやったかもしれないのに。

「もう、何もかも遅いんだよ。お前の夢に、俺を巻き込まないでくれ」 

俺は如月の手を振りほどいて歩いて行った。
如月はもう追ってこない。

「明日の朝練は絶対に来いよ!」

今度は自主朝練ではなく、正式な朝練だ。
でも、明日はもうここにはいないから無理だ。

そして最終段階だ。
駅で公平と待ち合わせをしている。
公平はスマートフォンをいじって俺を待っていたが、俺が近づいて来るのに気付くと目を吊り上げた。
まだ何も言っていないのに。

「薬人、お前どういうつもりだ。桜井ちゃんを振ったのか」

何で知っているんだよ。

「お前何様のつもりだ。あんないい彼女を振るなんて」

いい彼女だから振ったんだよ。
親友なら、俺の気持ちを読み取ってくれよな。

「公平、俺と絶交してくれ」

「何言ってるんだお前。おかしいぞ」

「はいはい、そのとおりです。今までありがとう。さようなら」

公平は間抜けな顔をしている。
その顔を見ていると少し元気になるんだよな。

「ちょっと落ち着けよ。最近いろいろあって疲れてるんだろ。サッカーの練習もきつそうだしな。明日の放課後、久しぶりに家に来いよ。例のゲーム、ラスボス手前でセーブしてるから」

覚えていたのか、その約束。
やっぱりいい奴だなお前。
なおさら、俺みたいな友達を早く捨ててくれ。
それに、ボスだけ倒してもゲームは面白くない。

「そのラスボスは、どうして世界を滅ぼそうとしてるんだ?」

「えっと、自分の王国をつくりたいらしい」

身勝手な動機のように感じるけど、生存競争とはそんなものだ。

「元気でな」

俺は一人、駅の改札を抜けた。

「明日の放課後忘れるなよ。約束破ったら許さないからな!」

公平が恥ずかしいくらいの大声でそう言った。
悪いけど、約束を破るのは確定している。
明日の放課後は、もうこの世にいないからな。


俺は新宿駅のバス停で、予約していた夜行バスを待っていた。
これで身辺整理が済んだとは思っていない。
叔父さんや玲時さんのような一応親族には別れを言わなかった。
手紙を残すのも柄じゃないし。
俺が死ねば、真実はきっと分からない。
俺が殺人犯だと分かるより、自殺した方が残された遺族は同情されるに違いない。
それに、もう限界だ。
疲れたよ。
これは俺の為の最終ミッションなんだ。
だから楽しみでもある。
鞄の中でスマートフォンが振動した。
電源を切ろうと思ったが、液晶に映し出されていた名前を見て思わず応答してしまった。

「もしもし、どうした飯田」

同じ部活で同級生の飯田徹だった。
部活中は軽く挨拶はするけど、特別仲が良いというわけではない。
連絡先の交換はしたものの、お互いグループメッセージ以外では会話しなかった。

『八重藤、どうして部活辞めるの? 如月が怒りまくって大変なんだけど』

飯田の声はとても落ち着いていた。
冷静な奴だな。

「迷惑かけてごめん。俺の代わりに如月と頑張ってくれ」

『無理だよ。分かるだろ。僕が辞めても、如月はあんなに怒らないよ』

「そんなことないだろ」

『それから、桜井さんが泣いていたよ』

俺は長い溜息をついた。
どうやら俺は至る所に不幸をまき散らすみたいだ。

「ごめん。彼女のことも頼んだ」

『どういう意味? 桜井さんが僕のことを好きになるとでも思っているのか』

飯田の声が少しだけ苛立っているように感じる。

「俺よりもお前の方がちゃんとした人間だし男だよ。こんな形で悪いけど、俺は辞めるよ」

『そう言われて引き下がると思っているのか。だったら、わざわざ連絡なんてしないよ。如月が怒っている理由と、桜井さんが泣いている理由が分からないのか。僕が電話した理由が分からないのか。だったら相当馬鹿だな』

正解だよ。
俺は馬鹿だ。
もう何も考えたくないんだよ。

「お前が電話してきた理由は本当に分からない。こんなこと言いたくないけど、俺がいない方が都合がいいだろ。レギュラーに戻れるかもしれないじゃないか。お前は俺と違ってサッカー好きだろ」

スマートフォンの向こうで、しばらく沈黙が続いた。

『そうだったら良かったよ』

飯田の声は小さく震えていた。

「どういう意味だ」

『八重藤が抜けても僕はレギュラーに戻れない。どんなに練習しても、僕には限界がある。また皆と一緒に大会で闘いたかったけど、無理なものは無理なんだ。だったらせめて、後輩じゃなくて、お前に出場してほしいんだよ。それでまた、お前のパスで如月にシュートを決めさせてあげろよ。僕は、それがまた見たい!』

飯田の声に熱がこもっているみたいだ。
そんなに情熱的なお前に、最後の挨拶をしなかったのは悪かったな。

「飯田、ドラッグを使ってみたらどうだ。少し高いかもしれないけど、それでレギュラー争いに勝てれば安いもんだろ」

飯田の乾いた笑い声が聞こえる。

『残念ながら、もうとっくに使ってるよ』

そうか。
できる努力は全てやってきたんだな。

「用法は守れよ」

どの口が言っているんだ。

『用法を守らない奴は馬鹿だけだ』

おっしゃるとおり。

『今どこだ。少し話そう』

「いや、もう十分だ。バスが来ちゃったよ。最後に話せて良かった。部活頑張れ」

『最後ってどういう意味だ。どこ行きのバスだ!』

「あの世行き。何か、そんな物語なかったっけ?」

『銀河鉄道の夜のことを言っているのか? バスじゃないぞ』

そうだった。
馬鹿でごめん。
俺は笑いながら電話を切って、電源を落とした。
その物語、読んでおけば良かったな。
まあ、どうでもいいや。
バスに乗り込んで、コンビニで買ってきた菓子を食べる。
甘ったるくて美味しくない。
最後の晩餐に失敗した。
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