少年ドラッグ

トトヒ

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同級生の赤坂

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俺は隠れてエデンを飲みながら、穏やかな高校生活を演じていた。
一粒では効かなくなり、一日に二錠以上飲むようになった。
用法は守れていないけど俺の体調には何も問題は無い。
丈夫な体で生まれてきて良かった。
あれから叔父さんも何も言ってこない。
俺がドラッグから足を洗ったと思っているのだろう。
夏休みが終わり、毎日サッカー部の練習にも真面目に参加して、如月の機嫌もいい。
奏ちゃんとのランチタイムでも、とりとめもない会話を楽しんでいる。
休み時間に公平から愚痴を聞かされる。
俺の日常はもとどおりだ。これもエデンのおかげだな。

葉の色が赤や茶に変わり始めた季節の日曜日、他校との試合の為に朝早くから学校へ集合となった。
エデンは眠気にも効くから、今日の試合も覚醒して上手くいくだろう。
如月も当分俺に文句は言えまい。
学校の最寄駅に到着し、俺は電車から降りた。
朝早いから駅は空いている。
俺はふと向かいのホームを見つめた。
青白い顔をした同い年くらいの男子が宙を見て立っている。
上下グレーのスウェットだが、顔がげっそりしているので恐らく体も痩せているだろう。
でもどこかで見覚えがあった。
違和感を覚えて、俺はその男子を凝視した。
そして気付いた。
クラスメイトの赤坂だ。
俺が誘拐されている間にドラッグ過剰摂取で欠席し、そのまま登校できていない。
やっと戻ってくるのかと一瞬思ったが、制服ではない。
そして今日は日曜日だ。
嫌な予感がしたが、それが的中した。
赤坂は線路内へと飛び下りた。
そこへ電車が滑り込んでくる。
エデンで頭が冴えていた俺は、急いで線路へ下りて全速力で走った。
赤坂の体を持ち上げて、ホーム下へと突っ込む。
すぐ背後で電車が駆け抜けそして止まった。
正に間一髪のところだった。
赤坂が痩せていて持ち上げることができたから助かった。

俺と赤坂は駅の医務室に通された。
赤坂はベッドで寝ている。
大丈夫なのだろうか。
俺は腕にかすり傷を負った程度だったので、軽く手当てを受けて終わった。
俺は早く学校へ行かなければいけないと思っていたが、駅員や警察が俺をすぐには帰してくれない。
どうしようか悩んでいたら、医務室の扉が勢いよく開き監督の土屋が現れた。
少し涼しくなった季節だというのに、大量の汗をかいている。
俺は叔父さんに心配をかけたくなくて住所を駅員に言わなかったが、俺が着ているジャージを見て学校に連絡したのだろう。
試合の為に学校に待機していた土屋に連絡が入り、俺の特徴を聞いて駆けつけてきたというわけか。
サッカーの試合は大丈夫なのか。

土屋が駅員と警察に頭を下げて、俺の帰宅が許された。
赤坂は後から親が迎えに来るという。
俺はこれから学校に向かい試合に参加すると思っていたけど、土屋の車に乗せられた。

「試合に出なくていいんですか?」

「何言ってんだ。無理だろ。今日は帰れ。送って行くから」

別に無理ではないんだけど。
かすり傷だし。
でも、監督命令だから仕方ない。

「八重藤。よくやった。男の中の男だな」

車が赤信号で停車した時、土屋が前を向いたまま言った。
そうだ。俺はクラスメイトの命を助けたんだ。
俺があの時飛び込まなければ、赤坂は見るも無残な姿になっていたに違いない。
最近は俺のせいで死人が出ていたけど、こんな俺でも人の命が救えるんだな。
久しぶりに自分が誇らしい。

「なんて言うとでも思ったか。この馬鹿野郎が」

あれ。
今褒めてくれたばかりなのに、その直後に罵倒されたぞ。

「もう二度とあんなまねするな」

信号が青に変わり、車は発進する。

「あの。それは、目の前で危ない目にあっている人を助けるなってことですか?」

「そうだ」

「何故ですか。教師がそんなこと言っていいんですか?」

「教員なんてな、自分のクラスと部活の生徒を守るので精一杯だ」

「それなら、同じ学校の生徒が一人犠牲になってもいいって言うんですか?」

「いいか、よく聞け。今回二人とも助かったのは奇跡だ。二人とも電車にはねられて死んでいたかもしれない。そう考えれば、二分の一で一人が助かった方がいい。しかも今回は、自殺未遂だ。お前が巻き込まれる必要は無い」

昔、道徳という教科があった。
他者への思いやりをもちましょう。
困っている人を助けようと習ったような気がする。
でも、俺の隣で運転しているこの教師は、それをするなと言ってくる。
大人は矛盾の世界で生きていると、矢田硝子が言っていた。
それなら、俺達が習ってきたことは何だったんだろう。
何の為に道徳があったんだろう。
全部嘘だったのかよ。
良かったよ。
ちゃんと授業を聴いていなくて。
土屋は俺を家まで送り届けた。
叔父さんに簡単に事情を説明し、土屋は車で学校まで引き返して行った。
如月がまた怒りそうだ。

「ねえ叔父さん。俺のやったことは間違いだったと思う? 俺はクラスメイトを助けたのに、先生に怒られたよ」

試合を休めと命令され、暇になった俺は店頭に立つ叔父さんに聞いてみた。

「間違いじゃない。けど、俺も嫌だな。赤の他人の巻き添えになってお前が死ぬのは、絶対に嫌だ。酷いことを言うかもしれないけど、やっぱりもうやめてくれよ」

叔父さんが俺の頭を乱暴に撫でた。
叔父さんもやっぱり大人なのか。
土屋と同じことを言う。
けれど翌日、大人じゃないクラスメイト達は俺を賞賛した。
何故か俺が赤坂を救出したことは、学校中で話題になっていた。
噂が広まるのは本当に早い。
クラスメイトの男子達は俺のことをまるでヒーローのように讃えてくる。
女子達は頬を赤らめながら、その時の武勇伝を聞きたがった。
俺は少しだけ気分が良かった。
例外として、公平と如月そして奏ちゃんは俺の行いをあまり良く感じていないみたいだった。
公平には馬鹿だと言われ、如月には怪我をして部活に参加できなくなったら許さないと言われ、奏ちゃんからは土屋や叔父さんと同じことを言われた。
彼女は大人なのかもしれない。
大人の中にも、俺に感謝をしてくれる人がいた。
赤坂の両親だ。
俺が赤坂を助けてから一週間経たないうちに、家に赤坂の両親が訪ねてきた。
その二人はスーツを来て、手土産を持ってそして俺に土下座をしてきた。
息子を救ってくれたお礼だ。
身なりを整えた大人二人に感謝されるのは嬉しかったし、何だか優越感にも浸れた。
けれど、何だかもやもやとする感覚もある。
赤坂を追い詰めたのはお前たちなんじゃないだろうか。
クラスメイトの話では、赤坂の家は教育に厳しいらしい。
俺に土下座をしている二人の見た目から判断すると、社会的地位が高い人物なのだろう。
いい会社で重要な仕事を任せてもらえている人間。
きっと自分の息子にもそれを求めたんだ。
子供が苦労しないように厳しく育てたともいえる。
でも、それで死んだら意味無いだろ。

「もう、追い詰めないであげてください」

何様か分からないが、俺は完全に上から目線で二人の大人にそう言った。
俺の言葉を聞いた二人は顔を引きつらせる。
そして、母親は涙を流した。
ほら、赤坂は愛されているじゃないか。
天野は親が子供を愛することは当たり前ではないと言っていたけど、この二人はやり方を間違えただけで愛していたんじゃないかな。
俺の親とは違うんだよ。
赤坂の両親が帰った後、叔父さんが俺の頭をなでた。
叔父さんは俺に笑顔を向けてくれる。
あの日ぶたれたのは、俺が悪いからだ。
俺はこの人をこの日々を守りたい。
それだけが、俺の生きる目的なんだ。
ただそれだけだったのにな。

赤坂は学校を辞めることになったらしい。
少し残念だけど、きっとあの家族ならやり直せるはずだ。
俺が赤坂を救出した話題に皆飽きてくれた。
公平は相変わらず彼女ができないとぼやいている。
如月は大会が近くなり熱量が増している。
奏ちゃんはいつも可愛い。
前に行きたいと言っていたライブには行っていないみたいだ。
毎日がぐるぐると過ぎていく。
俺は自分の秘密を守るために奮闘していた日々を忘れ始めていた。
正直、俺がすべき次の手は思いつかない。
馬鹿で素人の俺が余計な行動をしたせいで、亮真さんは死んだんだ。
薫さんは辛い思いをした。
俺なんかに何もできない。
大人しくして、また誘拐されるならその方がいいだろう。
それまで、ただの高校生に戻っていようと思った。
そして、それは案外短く終わりを迎えることになった。
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