少年ドラッグ

27

中毒

案の定、翌日は体調が悪かった。
幸いエデンを小分けにして持っていたおかげで、それを飲むことができた。
叔父さんは翌朝ちゃんと朝食を作ってくれていた。
頬を叩いたことを謝られた。
俺もまた謝った。
ちゃんと行ってきますと挨拶をした。
それに対し、叔父さんも挨拶を返してくれた。
表面上繕っただけだろうと、これで平和な日常にもどれる。
サッカー部の練習後、俺は電車に乗って渋谷へ向かった。
俺が小分けで持っているエデンは少ない。
これでは生きていけない。
円滑な日常を過ごす為には、このドラッグが必要だ。

アンジェラの店に入ろうとすると、先客の男が入り口から出てきた。
ハーブティーを買いに来た客には見えない。
顔が腫れて、鼻血を垂らしている。
俺はその男が去って見えなくなると、慌てて店へと下りて行った。

「あら、いらっしゃい」

アンジェラは俺に笑顔を向けてくれた。
手をウェットティッシュで拭っている。

「さっき、顔がボコボコになった男の人が出てきましたけど、大丈夫ですか？」

「あらやだ、見られちゃった。ちょっと取引でクレーム言ってきたから、殴っちゃったわ」

アンジェラは舌を出した。
店員がクレームを受けて、客を殴るなんてさすがだ。

「もうエデンが無くなったの？　まさか、用法を守っていないんじゃないわよね」

アンジェラが軽く睨んでくる。
心当たりがあって、俺は背中に汗をかいた。

「違います。家の人に見つかって捨てられちゃったんです。それと、エデンは抗うつ薬だったんですか？」

「そういうこと。おまけに薬の正体もばれたのね。まあ、罰則はされないから大丈夫でしょ」

「アッパー系ドラッグじゃなかったんですね」

「ドラッグとして正式に売り出す為には、国の認可が必要でしょ。でも、馬鹿正直に認可を得ようとしても何か問題が見つかると、今度は正式に違法ドラッグになってしまうわけ。そうしたら都合が悪いから、あたし達の業界では違法成分が入っていない医薬品をこっそり売るのよ」

玲時さんが法の抜け穴と言っていた理由はそれか。

「お家の人に納得してもらいたいなら、処方箋偽装してあげましょうか」

「それだと、俺はうつ病だから処方されたってことになりますよね」

「そうね。医薬品としては抗うつ薬だから」

「それは、まずいです。でも、俺エデンが無いと辛いんですけど、うつ病でしょうか」

「あたしは、ちゃんとした診断はできないわ。でも、心療内科で受診したらそう診断される可能性が高いわね」

そうか。
この気持ちの落ち込みの原因はそれか。
でも、エデンがあれば問題なく生活できる。
病院に行って正式にうつだと診断されたら、何が原因だと叔父さんから問い詰められる。
結局秘密がばれるかもしれない。
俺の人生は嘘で塗り固めるしかない。

「この薬は、中毒になりますか？」

「中毒性が強い薬じゃないわ。でも考え方によっては、生きる為に中毒になることも時には必要なんじゃないのかしら」

そうだ。
俺の人生はごく限られた優先順位の中で考えるしかない。
俺はアンジェラからエデンを受け取った。
これでまやかしの日常にもどれる。
俺が穏やかに過ごしていれば、叔父さんも安心するはずだ。
それでいいじゃないか。