少年ドラッグ

トトヒ

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エデンの正体

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「薬人、ちょっとここに座りなさい」

天野の家から帰宅すると、神妙な顔をした叔父さんに茶の間に座るように言われた。
久しぶりに玲時さんもいる。
二人して真剣な顔をしていて、一体どうしたのだろうか。

「これは何だ」

叔父さんと玲時さんの向かいに座ると、叔父さんが卓袱台の上に白い缶を置いた。
それは、机の奥に隠していたエデンが入っている缶だ。
俺の机を勝手に開けたのか。

「お前が家出した時にお世話になった刑事さんがいるだろ。その人が、先日お前を渋谷で見かけたと教えてくれた。心配だから変な物を持っていないか注意した方がいいと言われた。悪いとは思ったが、お前の部屋を調べたらこれを見つけた」

叔父さんが腕を組んでいる。
俺をチクったのは、たぶん東刑事だ。
余計なことをするなよ。

「心配かけてごめん。でも、それは変な物じゃないよ」

俺はできるだけ冷静に答えた。
それに嘘じゃないはずだ。
違法ドラッグじゃないんだから。

「薬人君。これ、どこで手に入れたの?」

玲時さんが険しい顔をしている。
そっか、玲時さんは医学部の学生だ。
ドラッグにも詳しいのかもしれない。
エデンはネットでは検索しても出てこないから、珍しいドラッグなのだろう。
アンジェラも俺を上客と言っていたから、高いドラッグなんだ。
高校生がちょっとバイトしたくらいで買える金額なのだろうか。
その辺もちゃんと調べておけばよかったな。
詰めが甘いとこうなるのか。

「これって、そんなに高いドラッグなんですか?」

質問に対して質問で返す作戦に切り替えよう。

「これが何か知らないで飲んでいたの?」

玲時さんが身を乗り出してくる。
その様子だと、あまりいいドラッグじゃないのか。

「アッパー系ドラッグだって聞いてるけど。違法じゃないんですよね。部活前とか勉強前に飲むと頭がスッキリしてはかどるんです」

大嘘です。
これを飲まないと生活ができません。
でも、前向きな高校生活を送るという意味では同じだろ。

「まさか、既にドラッグとして販売されていたなんて。法の抜け穴を利用した悪質な商売だよ」

玲時さんが頭を抱える。
悪質ってどういうことだ。

「薬人君。これはね、開発されたばかりの強力な抗うつ薬だよ」

抗うつ薬って、うつ病の人が飲むやつか。

「ドラッグじゃなかったんですか?」

「ドラッグは元々、医薬品として開発されたものがほとんどだ。昔は医薬品を別の用途で使うことを乱用と呼んでいた。ネオドラ以降はドラッグ業者が医薬品をドラッグとして販売する許可をもらうか、改良したものを販売許可されるかで商品化される。でも、これは最近やっと医薬品として認可されたばかりのものだ。ドラッグとして販売許可がおりている企業は無い」

「え、じゃあ違法ドラッグなんですか?」

玲時さんが渋い顔をする。
違法ドラッグだったら、俺はどうなるんだ。

「違法じゃない。医薬品だからね。日本で販売規制がかかっている成分も含まれていない。法には引っかからないよ」

なんだ、良かった。
それなら何も問題無いじゃないか。

「薬人君、ほっとしないで。君がこれを持っていることが問題なんだよ」

「どうしてですか?」

「君が正規の方法でこれを手に入れたのなら、病院で処方されたことになる。つまり、君にはこれが必要な症状だったということだ」

俺がエデンを病院で処方される為には、うつ病だと診断される必要があるということか。

「もし、正規の方法で手に入れていないなら薬の譲渡だ。不必要な薬を摂取するのは体に良くない」

何だか今更な話だな。
俺は普通に違法ドラッグが売買されているクラブに出入りしていたし、ほしければアンジェラに頼んで手に入る。
薬の譲渡がそんなに悪いことだと感じられない。

「そして、この薬は開発されたばかりだ。まだ日本で手に入る場所は少ないんだよ。あの父さんですら、少し驚いていたくらいだ」

「あの人に話したんですか」

何だか裏切られた気分だ。

「ごめん。でも、僕が勉強不足なのもあってこの薬が何か調べてもよく分からなかったんだ。実人さんから相談されていたし、僕も心配だったから仕方なく父さんに聞いたんだよ。そうしたら調べてくれた。どこで手に入れたか聞かれたけど、誤魔化しておいたから大丈夫だよ」

また叔父さんは生野家を巻き込んだのか。
思わず溜息をついてしまった。
叔父さんの眉毛が吊り上がるのが見えた。
今の態度は良くなかったかもしれない。

「薬人、最近のお前はおかしい。何か隠しているだろ」

最近は隠し事しかないかもな。

「ドラッグを持っていたことを黙っていたのはごめん。でも、それ以外は何も無いよ」

慣れって怖いな。
俺はこんなに平気で嘘をつけるようになったんだ。

「じゃあ、これはどこで手に入れた。玲時君の話では、これは珍しいものみたいじゃないか。ドラッグストアでは買えないんだぞ」

「ちょっと渋谷に遊びに行って、そこで手に入れたんだ。好奇心に勝てなかったんだよ。これからはそういうことしないから」

俺は俯いた。
反省しているふりをした。

「これは捨てておく」

叔父さんはエデンが入っている缶をつかんだ。
俺は咄嗟に身を乗り出してしまった。

「違法じゃないのに、使っちゃだめなのか」

それが無いと生きていけない。

「薬人、病院に行こう。こんなもの飲んで大丈夫なわけないだろ。ドラッグは危険なんだ」

「ドラッグじゃないんだろ。薬ならいいじゃないか」

「どっちも同じだ。そんなに飲みたがるなんて、やっぱりおかしい。もしかしたら、もう中毒になってるんじゃないか」

「叔父さんだってアル中みたいなもんだろ」

左頬に痛みがはしった。
叔父さんに頬を叩かれた。
叔父さんに手をあげられたのは、初めてだ。
これはどういう意味なんだ。
俺がドラッグを持っていたからか。
俺が暴言を吐いたからか。

「ごめんなさい。それは捨てておいて」

大人に歯向かってはいけない。
これ以上刺激を与えたら、叔父さんが母親のようになってしまうかもしれない。
俺は大人しく謝って自分の部屋へ入った。
玲時さんが後ろから俺の名前を呼んだけど、無視した。
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