少年ドラッグ

トトヒ

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カラフルな世界

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矢田硝子が言ったように、亮真さんを殺した犯人は逮捕された。
俺がクラブを追い出されてから、わずか一週間後だった。
日本の警察は優秀らしい。
でも、犯人は住所不定無職の中年男性と報道された。
犯行動機も不明だという。
なんだそれ。
これが犯人ですって言われても、誰が納得できるんだよ。
少なくとも俺と薫さんは納得できない。
今すぐ警察に駆けこんで、真実をぶちまけたい。
でも、それはできない。
やっぱり俺の秘密は、叔父さんにばれるわけにはいかない。
亮真さん薫さん本当にごめんなさい。
エデンを飲んでも落ち込む。
もう一粒飲んでしまった。
俺は用法すら守れない愚か者だ。

ワイドショーでしばらくこの事件は話題になっていた。
いかれた男に殺された、幸せ目前の優秀な大学院生は視聴者の心をつかんだに違いない。
殺害方法も死体をバラバラにするという残虐な犯行だ。
ネットでも話題になっていた。
美しい婚約者は顔をさらされてしまった。
同情が行き過ぎて迷惑行為だと気づかない馬鹿どもが。
何となくだけど、奏ちゃんと如月も事件のことを察している気がする。
でも、俺には何も聞いてこない。
悪いけど、俺からも何も言えないからな。

「心ここにあらず、だね」

俺は天野のベッドの上だ。
うつぶせになり、尻を突き出している。
死んでしまいたい。

「黒幕は誰なんだ。ネオドラ条約を結んだこの国が憎い」

逮捕された男は直接手を下した人物なのだろう。
でも、そいつを雇った奴がいるはずだ。
全国のドラッグ研究員の中にいるはずなんだ。
それが複数人なのか、さらに誰かに雇われた下っ端なのかも分からない。
そもそも、ネオドラなんて無ければこんなことにはならなかったんだ。

「君の物語の黒幕は君自身で決めなくちゃ」

天野がまたわけの分からないことを言っている。
芸術家とは話が合わない。

「誰が悪者なら納得するのか。それを決めるしか、自分の物語は完結できないんだよ」

「納得とかじゃなくて、本当に悪い奴を知りたいんだよ」

「例えば?」

「ゲームの魔王みたいに倒すべき悪い奴がいるはずだろ」

天野はわざとらしく溜息をついた。
ゲームを例にしたのは間違いだったな。

「魔王が世界を滅ぼそうとする理由を考えずに生きてきたんだね」

「どうしてそんなこと考えなくちゃいけないんだ」

「考えてみて。腰抜けなこの国の政治家は、ネオドラに同意してこの国にドラッグを持ち込んでしまった。ドラッグビジネスは激化し、新薬を開発するたびに被験者が必要になる。金に困っている人間は飛びつくだろう。君のような境遇になる子もいるだろうし、君をさらった男のように追い詰められる人もいる。でも、他国と対等な関係を築いていられる。徹底管理の下で違法ドラッグが持ち込まれて蔓延することもある程度抑えられる。政治家は絶対悪かい?」

「絶対、じゃない」

「じゃあこっちはどうだろう。違法ドラッグの密売組織は自分達の利益の為に罪の無い国民に、人体に害があるドラッグを売りさばいている。自分達の利益に邪魔な人物は排除する。けれど、彼らが危険を冒してドラッグを持ちこむおかげで他国とのドラッグ競争に有利になれる。人体にいい影響を与えるドラッグが開発されて、僕達は豊になれる。欲に目がくらんで勝手を働こうとする者を始末してくれる。八千代鴉は絶対悪かい?」

「それは……」

「絶対とは言えないだろ。権力者が黒幕だったら、君達庶民はさぞかし気分がいいだろう。密売組織が黒幕なら、君達表世界で生きている人間は安心して断罪できる。残念ながらそんな単純な白と黒に分けられる世界じゃない。この世界はカラフルなんだ。大量の顔料が混ざりあって、黒に見えてもそれは黒じゃないんだ」

天野は絵の具をつまんで振りかざした。
それなら俺は、もっとシンプルなモノクロの世界に生まれたかった。

「自分が気持ちいい黒幕を選べばいいじゃないか。悪いことじゃないよ。君の知り合いを殺した犯人は見つかった。人でなしだと罵ればいい。犯人の彼が脅されていたとか、家族を守ろうとしたとしても関係無い。犯人を雇った人物を恨めばいい。その人も自分の利益を守ろうとしただけだろうからね。証拠が出てこなければ捕まらないけど。じゃあ、証拠を見つけられない無能な警察を恨んでみたらどうだい」

「何で、そんなに人を恨まないといけないんだ。嫌だよ」

「だって、君の人生は人を恨んでいないとやっていられないように見えるから」

天野は歌でも歌っているように笑顔だった。

「天野も誰か恨んでる?」

「いや、誰も恨んでいない。そんな必要が無いからね。僕の世界は君の世界と違って、皆仲良しで平和なんだ」

こいつは人の神経を逆なでするという言葉を知らないのか。

「いいご身分だよな。政治家の父親に甘やかされて、道楽で下手くそな絵を描いて生きていられるんだから。プライドは無いのかよ」

「なにそれ。そんなもので絵なんか描けないよ。利用できるものを利用して何が悪いんだい。それに、僕は自分の絵が好きだ。作品や画家にも、下には下がいる。君も上ばかり見ていないで、下を見て這いつくばってみたらもう少し楽に生きられるよ。今のポーズみたいにね」

こいつには何を言っても響かないのか。
それとも、俺の言葉なんて誰にも届かないのか。

「お茶にでもしようか。それから、依頼されていた絵だよ。約束だからね」

天野がベッドに置いたのは、俺が頼んでいた薫さんと亮真さんの絵だった。
教室机の半分程の大きさだけど、見栄えがある作品だった。
天野に渡した写真のように、絵の亮真さんは目に生気が宿っている。
でも、もうこの絵は必要無い。
破り捨てたい衝動にかられたけど、その絵に触れた瞬間それは無理だと悟った。
絵が傷つかないように天野からもらった額に入れて鞄にしまった。
せめて絵の世界では、二人は幸せに結ばれてほしかった。
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