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八千代鴉
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サッカーの練習が終わり、辺りは暗くなり始めていた。
エデンが切れるには早いはずだけど、気分が落ち込んで仕方ない。
練習もあまり集中できなかったような気がする。
我慢できずに、持ち歩いていたエデンをもう一粒飲み込んだ。
頭が冴える。
そして、俺が何をすべきなのか理解した。
俺は帰宅せずに電車で渋谷へ向かった。例のクラブ内では、夜通し踊り狂っているはずだ。
俺はジャージ姿のまま、渋谷のクラブへ入って行く。
誰も俺を止めない。
顔パスってやつか。
天野は裏世界でも顔が広いのかもしれない。
あれほどの変態ならそうだろうな。
「やあ。アンジェラのお友達。また会えて嬉しいよ」
俺はクラブのバーテンダーに近づいた。
相変わらず薄ら笑いをしている男だった。
「ドロップヘブンを狙っている研究員を全員教えろ」
亮真さんがあんな目に合ったのは、確実に俺のせいだ。
あの時、亮真さんにちゃんと問いただしていれば良かった。
誰が亮真さんを殺したのか分かったのに。
「狙っている人は多いからね。全員は無理だ。分からない」
バーテンダーは呑気にグラスを磨いている。
それが腹立たしい。
「じゃあ、化学構造を持っているガキを特定している奴を教えろよ」
俺はカウンターから身を乗り出し、バーテンダーが持っているグラスを払い落とした。
グラスが割れる。
フロアの音楽が大きすぎて、気に留める客は誰もいない。
「君、ヤバいドラッグでもやってきたかい? 落ち着きなよ。水を出そうか」
俺のようなガキが多少すごんでも、バーテンダーは薄ら笑いをやめなかった。
お前もドラッグをやって頭がおかしいんじゃないのか。
「教えろよ! そいつを殺してやるんだよ!」
俺は叫んだ。
声は大音量の音楽に飲み込まれる。
バーテンダーの胸倉をつかんで揺さぶる。
バーテンダーは俺を馬鹿にでもしているように笑ったままだ。
まるで音楽に合わせて頭を振っているようだ。
俺は力強い何かに腕を取られ、バーテンダーから手を放してしまった。
俺の両脇をいかつい男二人が掴み、俺をどこかへ引きずっていく。
バーテンダーは一切表情を崩さず、ゆっくりと手を振ってきた。
どいつもこいつも、ふざけやがって。
クラブ内で暴れた俺は、奥の部屋へと連れて行かれた。
薄紫のライトだけが光っている怪しい空間だった。
黒いソファーに押しやられ、俺はうつぶせで倒れ込んだ。
殴られてもいい、殺されてもいい。
でも、亮真さんの敵をとった後にしてくれ。
「坊主、うちの店で暴れないでおくれ」
低い女性の声が聞こえた。
顔を上げると、向かいのソファーに着物を着た初老の女性が足を組んで座っていた。
薄暗い室内で顔の細部はよく分からないが、目だけは光っている。
「お前はもう少し、大人しいガキだと思っていたんだけどね」
その女性は煙管を口に加える。
「俺を、知っているのか。あんた誰だ」
俺は起き上がった。
俺を連れて来た二人の男は、目の前の女性の脇に立っている。
「あたしはここを取り仕切っている矢田硝子っていうんだ。坊主は、アラタの友達だと聞いているんだがね」
アラタって誰だ。
そんな奴知らない。
「名前を知らないのかい。顔中に落書きをしている、いかれた男だよ」
顔中に落書きをしている男って、あっくんのことか。
本名はアラタなのか。
「分かったようだね」
「あの人と知り合いなのか?」
「うちで雇っている始末屋だ。こっちが動くのに都合が悪い障害物を法律関係なく消してくれる。便利な殺人鬼だね」
都合が悪い人間を消す。
まさか、亮真さんのこともあっくんが殺したのか?
「何を騒いでいたんだ」
「知り合いが、殺されたんだ。俺のせいだ」
「若い大学院生のことか」
「知っているのか! やっぱり、あんた達が?」
矢田硝子が煙を俺に吹きかける。
俺はむせた。
「あんな証拠が残るやり方はしない。自己顕示欲が強い三流の手口だ」
「じゃあ、何で知っているんだ!」
「恋人の女が警察に駆けこんできたからさ。肝が据わった女だ」
薫さんのことだ。
婚約者の生首を持って、警察に行った。
その前に、俺にまで会いに来た。
あれは、俺への警告だった。
それなのに、馬鹿な俺はこんなところに飛び込んだ。
後先考えない行動をしてしまった。
「犯人が見つかるのも時間の問題だ。店で泣きわめかないでおくれ」
「あんたは、アラタとつながっている。それなら、俺の秘密を知っているんだな」
「秘密って何だい。ドラッグのことか」
「そうだ! あんただって俺を利用する気じゃないのか」
矢田硝子が笑う。
薄闇の中で、その表情は読めない。
声だけ聞こえる。
「お前があたしらのことをどう解釈しているか知らないけど、雇われない限り動きはしないさ。欲に目がくらんで迂闊な行動をとると、長く生きることはできない」
矢田硝子はまた煙管をくわえる。
この部屋は煙い。
「八千代鴉だろ。政府に公認されているみたいだけど、このクラブを見て分かったよ。欲望の塊集団じゃないか。違法ドラッグを売って、人を食い物にしている」
「お前にはそう見えるのか。私は救済しているつもりだよ」
何が救済だ。
フロアでアホみたいに頭を振り回して踊っている客の、どこが救われているというんだ。
「確かにここでは違法ドラッグを売っている。でも、ネオドラ以前よりは管理を徹底しているよ。国が認めた違法ドラッグしか販売していないし、求められなければ売らない。体への負担も説明している。何か悪いことをしているかい」
「売ることが問題だろ」
「でも、この国のルールでは良しとされている。あたしらはそれを守っているよ」
「国が認めた違法ドラッグなんて矛盾している」
「まだ学生だから、理解できないんだろ。大人は矛盾の世界で生きているんだ。国が認めた理由は、徐々に体を蝕んでいくドラッグだからさ。意味分かるかい?」
俺は首を横に振った。
体を悪くするドラッグを認めるなんて信じられない。
「ネオドラ以前は、危険薬物を摂取した人間が他者を攻撃する事件が多かった。酷い話だろ。まともじゃない人間が、まともな人間を脅かすなんて。あたしらが売っているドラッグは、快楽作用はあっても一過性のものだ。中毒性もそこまでない。それでも、何度も使えば体が動かなくなって使い物にならなくなる。つまり、自滅するようにできているんだよ。まともな人間の権利を守るためにね」
「じゃあ、ドラッグを使う人はどうだっていいのか」
「仕方ないって話さ。無理やり買わせているわけじゃない。自分の選択だ。幸せに自滅していくなら問題ないだろ。この国は、まともで真面目な人間の為にあるんだ。そこから外れた人にまで手を差し伸べてくれはしない。だから、あたしらが彼らに手を差し伸べるのさ」
それが救いだっていうのか。
「まあ、安心しな。ドロップヘブンは中毒性が高いからね。あたしらの目的とは違う。違法ドラッグで元気になられたら困るんだよ。坊主は元気そうだからね」
「ドロップヘヴンは中毒性が高いなら、人を狂わせるってことか。それを摂取した人間が暴力を振るうのは、仕方ないことなのか」
母親はドラッグで人生を狂わされたのかもしれない。
俺を叩いたのも、ドラッグのせいなのかもしれない。
「そう思いたいならそう思えばいい。心神喪失なら危害を加えられても、殺されても仕方ないと許せるならね」
それなら許せるだろうか。
母親を許してあげられるだろうか。
「お前みたいな目をしたガキは、うちのクラブには相応しくない。出禁にするから帰りな」
俺を連れて来た男達が動き出し、俺の両腕を持った。
「待てよ! 俺は犯人を見つけなくちゃいけないんだ」
「坊主の仕事じゃない。足元を見ろ。相手を間違えるな。年長者からのアドバイスだよ」
俺は部屋から引きずり出された。
フロアを通りすぎると、半狂乱で踊り狂う人の群れが見える。
誰一人、俺には気づかない。
そのまま俺は店の外に放り出された。
鞄を腹の上に投げられる。
「二度と近づくなよ」
俺を引きずっていた男の一人がそう言い残し、店内へ消えて行った。
俺は地面に倒れたまま空を見つめた。
茨城で見た夜空と違って星なんか見えない。
結局俺は何もできなかった。
「どうしました?」
頭上で声がした。
髪の毛がはねている男性が見下ろしている。
「あれ。君は千葉の家出少年じゃないか」
俺の手をとって起き上がらせた男は、チャラそうな真田刑事だった。
「夜遊びか。ませてるね。でも、まだ早いぞ」
真田刑事はニヤニヤと笑っている。
警察に見られるなんて運が悪いな。
おまけに強烈な視線に気づいて真田刑事の後ろを見ると、そこには東刑事までいる。
最悪だ。
「まだ懲りないのか。こんな時間にこんな場所をうろつくなんて。犯罪に巻き込まれたらどうするつもりだ」
もう巻き込まれてるよ。
小学生で人殺し、今は年齢詐称とバーテンダーに暴力を振るいました。
目の前に犯罪者がいるぞ、刑事さん。
「俺も君くらいの頃はいろいろ悩んだもんだ。これあげるよ。スッキリするから」
真田刑事はポケットから小さな銀色の包み紙を取り出して、俺に渡そうとした。
その真田刑事の手を東刑事が素早く掴む。
「変なものを与えるな。こっちにしろ」
東刑事が俺に板ガムを差し出した。
「パイセン、ガムなんかじゃ心のモヤモヤはスッキリしないんですよ」
「ドラッグで心を落ち着かせる方が間違っている。脳を強制的に抑制させるだけだ」
「だからいいんすよ。効果が無ければ意味無いじゃないですか。ドラッグは確実に効きます。君もそう思うよね」
真田はにやけ顔を俺に向ける。
俺はガムを食べながら曖昧に頷いた。
「刑事さんは、どうしてここにいるんですか?」
「俺達が追っていたコソ泥が、この辺りに盗品のドラッグを売りに来たってタレコミが入ってね。聞き込み中だよ。君と違ってお仕事だ。俺も遊びたいけど、パイセンに監視されてるから」
真田刑事はへらへらと笑っている。
俺が立っている後ろには、丁度違法ドラッグを売買しているクラブがある。
でも、国で認可されているなら警察も中には入らないのか。
いいのかそれで。
正義って何だ。
コソ泥を捕まえる方が重要なのか。
「念のため、鞄の中を見せろ」
東刑事が俺の学校鞄を指差す。
「パイセン鬼畜っすよ。高校生の鞄を覗くなんて」
真田刑事がやんわり止めに入った。
でも、ここで拒んだらこの東刑事に怪しまれる。
この刑事はベテランだけあって、俺に何かを感じているのかもしれない。
刑事の勘ってやつかな。
「大丈夫ですよ。どうぞ」
俺は大人しく鞄を差し出した。
エデンは違法じゃないし、今日は残りも飲んでしまったから無い。
俺は用法を守らなかったということだよな。
明日から気をつけよう。
「何だ、変な物は入って無いね。ゲームとか漫画とか入っていると思っていたよ。でも、今の子達は何でもスマホでできるもんね」
俺の鞄の中を見た真田刑事が詰まらなそうに言った。
「遅いからもう帰るんだ。叔父さんがまた心配するぞ」
東刑事が俺に鞄を返しながら語気を強くした。
そのとおりだな。
突発的にこんな所まで来たから、叔父さんに連絡を入れるのを忘れていた。
俺にできることは何も無いから帰るしかない。
本当はこの二人の刑事に、亮真さんを殺した犯人を捜してほしい。
でも、関わりがあると知られたら怪しまれてしまう。
本当の意味で、俺には何もできないんだ。
無力すぎて嫌気がさす。
俺は二人の刑事に別れを告げて帰宅した。
東刑事が俺をものすごく睨んでいたような気がしたけど、気づかないことにした。
エデンが切れるには早いはずだけど、気分が落ち込んで仕方ない。
練習もあまり集中できなかったような気がする。
我慢できずに、持ち歩いていたエデンをもう一粒飲み込んだ。
頭が冴える。
そして、俺が何をすべきなのか理解した。
俺は帰宅せずに電車で渋谷へ向かった。例のクラブ内では、夜通し踊り狂っているはずだ。
俺はジャージ姿のまま、渋谷のクラブへ入って行く。
誰も俺を止めない。
顔パスってやつか。
天野は裏世界でも顔が広いのかもしれない。
あれほどの変態ならそうだろうな。
「やあ。アンジェラのお友達。また会えて嬉しいよ」
俺はクラブのバーテンダーに近づいた。
相変わらず薄ら笑いをしている男だった。
「ドロップヘブンを狙っている研究員を全員教えろ」
亮真さんがあんな目に合ったのは、確実に俺のせいだ。
あの時、亮真さんにちゃんと問いただしていれば良かった。
誰が亮真さんを殺したのか分かったのに。
「狙っている人は多いからね。全員は無理だ。分からない」
バーテンダーは呑気にグラスを磨いている。
それが腹立たしい。
「じゃあ、化学構造を持っているガキを特定している奴を教えろよ」
俺はカウンターから身を乗り出し、バーテンダーが持っているグラスを払い落とした。
グラスが割れる。
フロアの音楽が大きすぎて、気に留める客は誰もいない。
「君、ヤバいドラッグでもやってきたかい? 落ち着きなよ。水を出そうか」
俺のようなガキが多少すごんでも、バーテンダーは薄ら笑いをやめなかった。
お前もドラッグをやって頭がおかしいんじゃないのか。
「教えろよ! そいつを殺してやるんだよ!」
俺は叫んだ。
声は大音量の音楽に飲み込まれる。
バーテンダーの胸倉をつかんで揺さぶる。
バーテンダーは俺を馬鹿にでもしているように笑ったままだ。
まるで音楽に合わせて頭を振っているようだ。
俺は力強い何かに腕を取られ、バーテンダーから手を放してしまった。
俺の両脇をいかつい男二人が掴み、俺をどこかへ引きずっていく。
バーテンダーは一切表情を崩さず、ゆっくりと手を振ってきた。
どいつもこいつも、ふざけやがって。
クラブ内で暴れた俺は、奥の部屋へと連れて行かれた。
薄紫のライトだけが光っている怪しい空間だった。
黒いソファーに押しやられ、俺はうつぶせで倒れ込んだ。
殴られてもいい、殺されてもいい。
でも、亮真さんの敵をとった後にしてくれ。
「坊主、うちの店で暴れないでおくれ」
低い女性の声が聞こえた。
顔を上げると、向かいのソファーに着物を着た初老の女性が足を組んで座っていた。
薄暗い室内で顔の細部はよく分からないが、目だけは光っている。
「お前はもう少し、大人しいガキだと思っていたんだけどね」
その女性は煙管を口に加える。
「俺を、知っているのか。あんた誰だ」
俺は起き上がった。
俺を連れて来た二人の男は、目の前の女性の脇に立っている。
「あたしはここを取り仕切っている矢田硝子っていうんだ。坊主は、アラタの友達だと聞いているんだがね」
アラタって誰だ。
そんな奴知らない。
「名前を知らないのかい。顔中に落書きをしている、いかれた男だよ」
顔中に落書きをしている男って、あっくんのことか。
本名はアラタなのか。
「分かったようだね」
「あの人と知り合いなのか?」
「うちで雇っている始末屋だ。こっちが動くのに都合が悪い障害物を法律関係なく消してくれる。便利な殺人鬼だね」
都合が悪い人間を消す。
まさか、亮真さんのこともあっくんが殺したのか?
「何を騒いでいたんだ」
「知り合いが、殺されたんだ。俺のせいだ」
「若い大学院生のことか」
「知っているのか! やっぱり、あんた達が?」
矢田硝子が煙を俺に吹きかける。
俺はむせた。
「あんな証拠が残るやり方はしない。自己顕示欲が強い三流の手口だ」
「じゃあ、何で知っているんだ!」
「恋人の女が警察に駆けこんできたからさ。肝が据わった女だ」
薫さんのことだ。
婚約者の生首を持って、警察に行った。
その前に、俺にまで会いに来た。
あれは、俺への警告だった。
それなのに、馬鹿な俺はこんなところに飛び込んだ。
後先考えない行動をしてしまった。
「犯人が見つかるのも時間の問題だ。店で泣きわめかないでおくれ」
「あんたは、アラタとつながっている。それなら、俺の秘密を知っているんだな」
「秘密って何だい。ドラッグのことか」
「そうだ! あんただって俺を利用する気じゃないのか」
矢田硝子が笑う。
薄闇の中で、その表情は読めない。
声だけ聞こえる。
「お前があたしらのことをどう解釈しているか知らないけど、雇われない限り動きはしないさ。欲に目がくらんで迂闊な行動をとると、長く生きることはできない」
矢田硝子はまた煙管をくわえる。
この部屋は煙い。
「八千代鴉だろ。政府に公認されているみたいだけど、このクラブを見て分かったよ。欲望の塊集団じゃないか。違法ドラッグを売って、人を食い物にしている」
「お前にはそう見えるのか。私は救済しているつもりだよ」
何が救済だ。
フロアでアホみたいに頭を振り回して踊っている客の、どこが救われているというんだ。
「確かにここでは違法ドラッグを売っている。でも、ネオドラ以前よりは管理を徹底しているよ。国が認めた違法ドラッグしか販売していないし、求められなければ売らない。体への負担も説明している。何か悪いことをしているかい」
「売ることが問題だろ」
「でも、この国のルールでは良しとされている。あたしらはそれを守っているよ」
「国が認めた違法ドラッグなんて矛盾している」
「まだ学生だから、理解できないんだろ。大人は矛盾の世界で生きているんだ。国が認めた理由は、徐々に体を蝕んでいくドラッグだからさ。意味分かるかい?」
俺は首を横に振った。
体を悪くするドラッグを認めるなんて信じられない。
「ネオドラ以前は、危険薬物を摂取した人間が他者を攻撃する事件が多かった。酷い話だろ。まともじゃない人間が、まともな人間を脅かすなんて。あたしらが売っているドラッグは、快楽作用はあっても一過性のものだ。中毒性もそこまでない。それでも、何度も使えば体が動かなくなって使い物にならなくなる。つまり、自滅するようにできているんだよ。まともな人間の権利を守るためにね」
「じゃあ、ドラッグを使う人はどうだっていいのか」
「仕方ないって話さ。無理やり買わせているわけじゃない。自分の選択だ。幸せに自滅していくなら問題ないだろ。この国は、まともで真面目な人間の為にあるんだ。そこから外れた人にまで手を差し伸べてくれはしない。だから、あたしらが彼らに手を差し伸べるのさ」
それが救いだっていうのか。
「まあ、安心しな。ドロップヘブンは中毒性が高いからね。あたしらの目的とは違う。違法ドラッグで元気になられたら困るんだよ。坊主は元気そうだからね」
「ドロップヘヴンは中毒性が高いなら、人を狂わせるってことか。それを摂取した人間が暴力を振るうのは、仕方ないことなのか」
母親はドラッグで人生を狂わされたのかもしれない。
俺を叩いたのも、ドラッグのせいなのかもしれない。
「そう思いたいならそう思えばいい。心神喪失なら危害を加えられても、殺されても仕方ないと許せるならね」
それなら許せるだろうか。
母親を許してあげられるだろうか。
「お前みたいな目をしたガキは、うちのクラブには相応しくない。出禁にするから帰りな」
俺を連れて来た男達が動き出し、俺の両腕を持った。
「待てよ! 俺は犯人を見つけなくちゃいけないんだ」
「坊主の仕事じゃない。足元を見ろ。相手を間違えるな。年長者からのアドバイスだよ」
俺は部屋から引きずり出された。
フロアを通りすぎると、半狂乱で踊り狂う人の群れが見える。
誰一人、俺には気づかない。
そのまま俺は店の外に放り出された。
鞄を腹の上に投げられる。
「二度と近づくなよ」
俺を引きずっていた男の一人がそう言い残し、店内へ消えて行った。
俺は地面に倒れたまま空を見つめた。
茨城で見た夜空と違って星なんか見えない。
結局俺は何もできなかった。
「どうしました?」
頭上で声がした。
髪の毛がはねている男性が見下ろしている。
「あれ。君は千葉の家出少年じゃないか」
俺の手をとって起き上がらせた男は、チャラそうな真田刑事だった。
「夜遊びか。ませてるね。でも、まだ早いぞ」
真田刑事はニヤニヤと笑っている。
警察に見られるなんて運が悪いな。
おまけに強烈な視線に気づいて真田刑事の後ろを見ると、そこには東刑事までいる。
最悪だ。
「まだ懲りないのか。こんな時間にこんな場所をうろつくなんて。犯罪に巻き込まれたらどうするつもりだ」
もう巻き込まれてるよ。
小学生で人殺し、今は年齢詐称とバーテンダーに暴力を振るいました。
目の前に犯罪者がいるぞ、刑事さん。
「俺も君くらいの頃はいろいろ悩んだもんだ。これあげるよ。スッキリするから」
真田刑事はポケットから小さな銀色の包み紙を取り出して、俺に渡そうとした。
その真田刑事の手を東刑事が素早く掴む。
「変なものを与えるな。こっちにしろ」
東刑事が俺に板ガムを差し出した。
「パイセン、ガムなんかじゃ心のモヤモヤはスッキリしないんですよ」
「ドラッグで心を落ち着かせる方が間違っている。脳を強制的に抑制させるだけだ」
「だからいいんすよ。効果が無ければ意味無いじゃないですか。ドラッグは確実に効きます。君もそう思うよね」
真田はにやけ顔を俺に向ける。
俺はガムを食べながら曖昧に頷いた。
「刑事さんは、どうしてここにいるんですか?」
「俺達が追っていたコソ泥が、この辺りに盗品のドラッグを売りに来たってタレコミが入ってね。聞き込み中だよ。君と違ってお仕事だ。俺も遊びたいけど、パイセンに監視されてるから」
真田刑事はへらへらと笑っている。
俺が立っている後ろには、丁度違法ドラッグを売買しているクラブがある。
でも、国で認可されているなら警察も中には入らないのか。
いいのかそれで。
正義って何だ。
コソ泥を捕まえる方が重要なのか。
「念のため、鞄の中を見せろ」
東刑事が俺の学校鞄を指差す。
「パイセン鬼畜っすよ。高校生の鞄を覗くなんて」
真田刑事がやんわり止めに入った。
でも、ここで拒んだらこの東刑事に怪しまれる。
この刑事はベテランだけあって、俺に何かを感じているのかもしれない。
刑事の勘ってやつかな。
「大丈夫ですよ。どうぞ」
俺は大人しく鞄を差し出した。
エデンは違法じゃないし、今日は残りも飲んでしまったから無い。
俺は用法を守らなかったということだよな。
明日から気をつけよう。
「何だ、変な物は入って無いね。ゲームとか漫画とか入っていると思っていたよ。でも、今の子達は何でもスマホでできるもんね」
俺の鞄の中を見た真田刑事が詰まらなそうに言った。
「遅いからもう帰るんだ。叔父さんがまた心配するぞ」
東刑事が俺に鞄を返しながら語気を強くした。
そのとおりだな。
突発的にこんな所まで来たから、叔父さんに連絡を入れるのを忘れていた。
俺にできることは何も無いから帰るしかない。
本当はこの二人の刑事に、亮真さんを殺した犯人を捜してほしい。
でも、関わりがあると知られたら怪しまれてしまう。
本当の意味で、俺には何もできないんだ。
無力すぎて嫌気がさす。
俺は二人の刑事に別れを告げて帰宅した。
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