少年ドラッグ

トトヒ

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信じるべきではなかった

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亮真さんに全てを任せてから一ヶ月経ち、俺はただの高校生のように部活に励んでいた。
夏休みに入ったというのに、サッカー部の練習の為に学校へ行かなければならない。
真夏の太陽の下、グラウンドを走り回りボールを追いかけ回す。
如月は何故あんなにもいきいきとしているのだろうか。
信じられない。
もうすぐ他校との練習試合があるから、如月の気合はいつも以上で暑苦しい。
けれど、俺もわざわざ部活に参加しているわけだから、同じ穴の狢というやつなのかもしれない。

練習中にマネージャーである奏ちゃんが俺を呼びに来た。
少し表情が硬い気がする。

「どうかした?」

「知り合いの、例の女の人が呼んでいるわよ」

奏ちゃんは校門を指差した。
見るとそこには薫さんが立っていた。
白いワイシャツとジーパンというラフな格好をしている。
ショルダーバッグのような大きな荷物を肩にかけていた。

「どうしたんだろう。ちょっと行ってくる」

俺は練習を中断して、薫さんのもとへ駆け寄った。
後ろから如月が、早く戻れよと怒鳴った。

「薫さんお久しぶりです。どうしたんですか。わざわざ学校に来るなんて」

この一ヶ月、薫さんとは数回連絡を取り合ったくらいだった。

「急いでいたの。ちょっとだけいいかな」

薫さんは俺を学校から誘い出して、路地裏へと歩いていく。
人通りが無い壁際に身を寄せて彼女は立ち止まった。
日陰になっていて少し涼しい。

「薬人君。今日もエデンを飲んでいる?」

「はい」

なんだろう、この違和感は。
久しぶりに見た薫さんは相変わらず奇麗だったけど、どこか表情がおかしい。
目が泳いでいる。

「良かった。じゃあ大丈夫ね」

「何がですか?」

「本当はこんなもの見せるべきじゃないと思う。でも、見せた方がいいと私は判断したの。今後の君の為に。エデンを飲んでいるならきっと大丈夫よね。ごめんね」

彼女は持っていた荷物を俺に掲げた。
それは白い箱のような形をしている。
叔父さんが時々観ていた釣り番組でよく見かける、釣った魚を入れるためのクーラーボックスだった。
薫さんはそれを開いた。
中には何故か亮真さんが入っている。
首だけだった。
なんだこれは。

「今朝、家にこれが届いたの。これがどういう意味か分かる?」

分からない。
これが何かも分からない。

「亮真、一週間帰って来なかったの。研究室で泊り込みで実験しているのかと思っていたの。そして、今朝この状態で帰ってきたの」

つまり、これは本当に亮真さんということなのか。
眼鏡はかけていない。
あの優しげな目は焦点が合っていない。
亮真さんのはずがない。

「何か知っている?」

心当たりならある。
亮真さんは俺の秘密を知った。
そして、俺の秘密を守るために亮真さんは何かをしようとしていた。
たぶん、俺の秘密を知っている人物を説得しようとしたのだろう。
薫さんが無表情で俺を見つめる。
謝るしかないのか。
謝ればどうにかなるのか。

「ありがとうね」

薫さんが呟いた。
何がありがとうなんだ。
ショックで言葉を間違えたのか。

「君にもらったエデンを飲んだの。このおかげで私、死なずに済みそう」

何を言っているか分からない。

「君が言ったとおり、頭がとても冴えている感じがする。とても冷静でいられるわ。私がこれから何をすべきなのか分かるのよ」

「何を、するんですか?」

「警察に行くに決まっているじゃない。犯人を見つけてもらうの」

薫さんは淡々と言葉を発する。

「大丈夫よ。君が何かを知っていても、私は君を売らないわ。罪滅ぼしよ」

「罪って?」

「約束守れなくてごめんね。起業は無しよ。雇ってあげられないわ」

そんなこと、どうでもいい。
むしろ、俺の罪はどうすればいいんだ。
全部俺のせいだ。

「部活頑張ってね。そして、無事で」

薫さんは微笑を浮かべて去って行った。
腰抜けな俺は、謝ることも彼女を追いかけることもできずに突っ立ったままだった。

「おい!」

どれくらいそのままだったのだろうか。
後ろから怒鳴られ、ジャージの襟を掴まれる。
振り返ればそこには如月と奏ちゃんがいた。

「遅いぞ、何やっている。もうすぐ試合があるんだ。練習に戻るぞ」

如月はいつものように、俺を引きずっていく。

「薬人君、大丈夫? 顔色悪いわよ」

奏ちゃんが心配そうに、俺の顔を覗き込んでくる。
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。

「結婚なくなったらしい」

「え!」

俺の力の無い呟きに、奏ちゃんが驚いた。

「それは残念だな。でも、よくあることだろ」

如月はそう言ったが、よくあることじゃないだろ。
こんな破談の仕方。
今朝観たテレビで、日本の出生率は低下していると専門家らしい人物が話していた。
俺のせいで、また少子化だ。
こんな気分なのに、真夏の太陽は燦燦と輝いて俺を照らしている。
セミの声がやかましい。
こいつらが繁殖に成功し続けていったら、日本は人間よりセミが多くなったりしてな。
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