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薫さんと亮真さん
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嘉悦薫と地元のファミリーレストランで待ち合わせをした。
彼女は奢ってくれると言い、俺は断ったけれど押し切られてしまった。
とりあえずミートスパゲティを頬張る。
「快楽ドラッグを開発する為には、ダウナー系ドラッグを片っ端から調べてみようと思ったの。とりあえずドラッグストアで買えるものを揃えて、亮真の研究室で調べてもらっているわ」
今日、心海亮真は研究室に引きこもり、ドラッグの研究をしているらしい。
「ドラッグストア以外で買ったりしないんですか?」
俺から仕掛けてみた。
ドラッグ会社を起業しようとしているくらいだから、違法ドラッグの一つや二つ入手することはできるだろう。
「ネットや繁華街とか? でも詐欺とか多くて。珍しい薬品は亮真に任せているし。できれば、ドラッグストアで購入できるものから調べて、化学構造を組み替えられたらベストかなって思うのよね。確実に体へのリスクは少ないから」
安全策をとるってことか。
でも、それで新薬を開発なんてできるのか?
簡単すぎる気がする。
「違法ドラッグを使って研究しないんですか?」
俺の言葉を聞いて、喜悦薫が飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
「何言っているのよ。そんなの手に入るわけないじゃない。君、まだまだドラッグについて勉強不足なのね」
喜悦薫は微笑を浮かべた。
やっぱりそうなのか。
俺はまた感覚がずれていたのか。
普通なら入手ルートなんて知る由もないんだ。
俺は相当、一般的な道から外れ始めているのかもしれない。
いや待てよ、これは俺を欺こうとしている演技という可能性もある。
「違法ドラッグが手に入ったら、強力なドラッグが作れるかなって思ったんですけど」
よし。
俺はここで手を引かないぞ。
相手を攻め続けて、ぼろを出してやる。
「強力かもしれないけど、体への負担が強かったらダメでしょ。そもそも認可なんてされないわ。最悪の場合、死刑になるかも。嫌よ。ただ起業しようとしているだけなのに、死ぬなんて」
まともなことを言われてしまった。
なかなかしぶといな。
「じゃあ、違法ドラッグを入手する方法が分かっても買いませんか?」
さあ、どう出るか。
喜悦薫は少し表情を変えたぞ。
「君、まさかとは思うけど、そういう手段を知っているの?」
興味をもち始めたんじゃないか。
ここは情報をちらつかせてみよう。
「噂程度なら聞いたことがあるんです」
嘉悦薫が身を乗り出して、俺の手を握ってきた。
本性を出したか。
俺って交渉力あるのかもしれない。
「絶対にダメよ」
「え?」
「噂でもそういう場所に出入りしてはダメ。犯罪者の温床になっているかもしれないわ。それに、素人が市販のドラッグを改造するだけでも罪に問われるの。亮真は大学院の研究室だから許されているだけ。ネオドラ以降は、ドラッグに物凄く厳しいのよ。君もドラッグ企業で働きたいなら、その辺は慎重になりなさい」
嘉悦薫は鋭い眼差しで俺を見つめる。
まるで、俺の身を案じるかのように。
彼女は自分の席に座り直しケーキを食べ始めた。
もしかして、ただのいい人なのか。
「もう、心配。ドラッグ会社を立ち上げる身としては、用法を間違える若者を増やしたくないのよね。今度家に来なさい。たっぷりドラッグの授業をしてあげるから」
美女の家にお呼ばれされてしまった。
これは浮気じゃないよな。
でも、会ったばかりの人に誘われて家に行くのは、やはり用心が足りないのだろうか。
嘉悦薫が住んでいる家は、なんと俺の最寄り駅から一駅という近さだった。
その為、平日でも放課後に寄ることが可能だった。
外観はこじんまりとした五階建てマンションだったが、三階にある彼女の部屋は家具が少なめでスッキリとしている。
下心はたぶん無かったけれど、女性が一人で暮らしている部屋へお邪魔することに緊張していた。
けれど、嘉悦薫は婚約者である心海亮真と同居していた。
安心したような、がっかりしたような良く分からない気分になった。
やっぱり俺には少し、よこしまな心があったみたいで反省した。
心海亮真は見た目どおりの温厚で優しい男性だった。
俺のようなガキが遊びに来ても嫌な顔一つせず、喜悦薫が起業に関して暴走気味になるのを優しく抑えていた。
喜悦薫からは最新のドラッグやその歴史、関連会社について教えてもらうことが多かった。
二人はとても頭がいい。
そんな二人は、俺のような馬鹿なガキにあれこれ教えてくれて、さらには意見まで求めてくれる。
俺は平日も休日もこの家によく通うようになってしまった。
何だか居心地が良かった。
薫さんは厳しい姉のように、優しい母親のように俺に接してくれる。
亮真さんは優しいお兄さんのような、頼りになる父親のように接してくれる。
少しだけ玲時さんに似ているかもしれないな。この二人のもとに生まれてきたら幸せだろう。この二人が結婚して、子供ができたら俺と違って頭が良くていい子に育つに違いない。
その時は、まだ一緒にいてもいいだろうか。
その子と一緒に遊ぶことは許されるのだろうか。
そういえば、俺の目的は叔父さんに秘密がばれることを阻止するために、ドラッグ研究員に接触して情報を集めることだったはずだ。
俺はこの二人を最初警戒していた。
二人は頭がいいから、俺に優しく接しているふりをして現在進行形で騙しているのかもしれない。
俺の警戒心が完全に解けたところで、俺は何かされるのかもしれない。
でも、この二人になら血を抜かれてもいい。叔父さんにさえばれなければ、この血なんて全部やるよ。
「部活をさぼっているの?」
薫さんと亮真さんの自宅でいつものように話をしていた時、俺の部活の話になった。
サッカーの全国大会に出場したことまで話した時、薫さんが俺の異変に気付いてしまった。
全国大会に出られるサッカー部員にしては、部活で忙しくないように見えたみたいだ。
実際そうだ。
如月としては毎日部活に参加してほしいみたいだけど、俺は週二から週三しか参加していない。
俺はちょっと部活の自慢がしたかっただけなんだけど、洞察力に優れている薫さんには部活をさぼっていることがばれてしまった。
俺の馬鹿。
「学生時代は短いのよ。部活が嫌いじゃないなら、しっかり活動した方がいいわ。ねえ、亮真」
「そうだね。僕も高校生の頃はバスケ部で、かなり忙しかったんだよ。それが、今はいい思い出だ。最後まで物事を続ける力がついたとも思うし」
部活で忙しかったのに、しっかり勉強もしていたんだ。
頭のいい人はやっぱり違うな。
「何かごめんね。私に気を使って休んでくれていたのよね。とても参考になったから、こんなに頻繁に来てもらわなくても大丈夫よ」
何だか俺は、彼女に拒絶されたような感覚になった。
部活は嫌いではない。
でも、この家に通えなくなるのはとても辛い。
「でも、もっといい案が浮かぶかもしれないし」
俺のない頭で、これ以上何か浮かぶとは思えない。
それでも、俺は食い下がっていた。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ」
薫さんが優しく微笑む。
俺は何を焦っているというんだ。
「将来が不安なんでしょ。高校を卒業したら、一緒に働かない? もちろん、他に就職したい会社があればいいけど。君は将来有望だと思うの」
薫さんがテーブルから身を乗り出してきた。
俺なんかを雇ってくれるのか。
俺なんか使える人材じゃないのに。
「いろいろ調べてみたんだけどね。ドラッグ企業はやっぱり、高卒の枠があまり無くて。優良企業があれば紹介したかったんだけど、ごめんね。でも、そんな学歴社会をひっくり返すチャンスでもあるわよ。私の会社は学歴不問にするから。私の会社が上手くいけば、この国を変えられるかも」
薫さんの大きな瞳が輝いている。
彼女の話を聞いていると、未来が少しだけ明るく感じる。
「薫、予定は未定だよ。あまり期待させることを言わない方がいい。起業して成功することは難しいんだから」
亮真さんは、ヒートアップしている薫さんをなだめた。
彼はとても冷静な人だ。
「もう、水を差さないでよ。革命は情熱がなければ成し遂げられないわ」
薫さんは亮真さんに対して少し怒っていた。
俺はそんな二人の関係がとても好きだ。
そろそろ俺も、もとの日常に戻ってもいいかな。
この二人の口からは、ドロップヘヴンの話は聞かない。
俺が特定されないままなら、それはそれでいいじゃないか。
何を不安がっていたのだろう。
「そうだ。エデンっていうドラッグを知っていますか?」
俺は帰りがけに、薫さんと亮真さんに聞いてみた。
「エデン? 聞いたこと無いわ」
「僕も無いな」
二人が研究しているドラッグはダウナー系で快楽作用が強いものだけど、何か力になれないかと思った俺は唯一持っているドラッグを渡してみようと思いついた。
「アッパー系ドラッグなんですけど、何か役に立ちませんか? 俺たくさん持ってるので、改良できるか研究室で調べてみてください」
俺は赤い球体を薫さんに差し出した。
俺は小分けにして、常に持ち歩いている。
薫さんはエデンを受け取ったが、その後俺の顔をじっと見つめた。
彼女が何を考えているのか分かった。
「違法ドラッグじゃないですよ!」
俺は慌てて大声を出してしまった。
本当に違法ドラッグじゃないはずだ。
アンジェラが嘘をついていなければだけど。
「ドラッグストアには無いものね。どこで売っているの?」
しまった!
どこまで話していいのだろうか。
「渋谷のお店で」
「渋谷ね。確かに珍しいものも出回っているわよね。でも、それなりの値段がするはずよ」
薫さんにエデンを教えたのは失敗だったかもしれない。
俺の行動はいつも浅はかだ。
「バイトしたお金で買いました。でも、かなり優秀なドラッグですよ。毎日飲んでるけど、副作用とか無いですし。頭も冴えるんです」
何とか誤魔化そうと俺は必死になった。
「何故、毎日飲んでいるのかな」
今度は亮真さんに質問される。
「えっと、やる気がみなぎる感じがして」
毎日気持ちが落ち込んで、人相が悪いからだなんて言えない。
副作用や中毒を疑われる。
「そうか。でも、できれば毎日はやめた方がいいと思うよ。認可されているとはいえ、ドラッグはドラッグだから。そもそも薬は良くも悪くも体に影響を与えてしまうからね」
亮真さんは単純に、俺の体を心配していたみたいだった。
天野も似たようなことを言っていたし、徐々に控えるようにした方がいいのかな。
「まあ、こっちでも調べてみるわね。ないとは思うけど違法ドラッグなら、大学の研究室でも許されないから。もしおかしな改造ドラッグだったら、長時間のお説教だからね」
薫さんが厳しく言い放つ。
薫さんの説教なら、俺にとってそこまで苦にならない。
エデンが少しでも二人の役に立ったら、俺も何か貢献できたような気になる。
二人の会社が上手くいくことを願った。
彼女は奢ってくれると言い、俺は断ったけれど押し切られてしまった。
とりあえずミートスパゲティを頬張る。
「快楽ドラッグを開発する為には、ダウナー系ドラッグを片っ端から調べてみようと思ったの。とりあえずドラッグストアで買えるものを揃えて、亮真の研究室で調べてもらっているわ」
今日、心海亮真は研究室に引きこもり、ドラッグの研究をしているらしい。
「ドラッグストア以外で買ったりしないんですか?」
俺から仕掛けてみた。
ドラッグ会社を起業しようとしているくらいだから、違法ドラッグの一つや二つ入手することはできるだろう。
「ネットや繁華街とか? でも詐欺とか多くて。珍しい薬品は亮真に任せているし。できれば、ドラッグストアで購入できるものから調べて、化学構造を組み替えられたらベストかなって思うのよね。確実に体へのリスクは少ないから」
安全策をとるってことか。
でも、それで新薬を開発なんてできるのか?
簡単すぎる気がする。
「違法ドラッグを使って研究しないんですか?」
俺の言葉を聞いて、喜悦薫が飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
「何言っているのよ。そんなの手に入るわけないじゃない。君、まだまだドラッグについて勉強不足なのね」
喜悦薫は微笑を浮かべた。
やっぱりそうなのか。
俺はまた感覚がずれていたのか。
普通なら入手ルートなんて知る由もないんだ。
俺は相当、一般的な道から外れ始めているのかもしれない。
いや待てよ、これは俺を欺こうとしている演技という可能性もある。
「違法ドラッグが手に入ったら、強力なドラッグが作れるかなって思ったんですけど」
よし。
俺はここで手を引かないぞ。
相手を攻め続けて、ぼろを出してやる。
「強力かもしれないけど、体への負担が強かったらダメでしょ。そもそも認可なんてされないわ。最悪の場合、死刑になるかも。嫌よ。ただ起業しようとしているだけなのに、死ぬなんて」
まともなことを言われてしまった。
なかなかしぶといな。
「じゃあ、違法ドラッグを入手する方法が分かっても買いませんか?」
さあ、どう出るか。
喜悦薫は少し表情を変えたぞ。
「君、まさかとは思うけど、そういう手段を知っているの?」
興味をもち始めたんじゃないか。
ここは情報をちらつかせてみよう。
「噂程度なら聞いたことがあるんです」
嘉悦薫が身を乗り出して、俺の手を握ってきた。
本性を出したか。
俺って交渉力あるのかもしれない。
「絶対にダメよ」
「え?」
「噂でもそういう場所に出入りしてはダメ。犯罪者の温床になっているかもしれないわ。それに、素人が市販のドラッグを改造するだけでも罪に問われるの。亮真は大学院の研究室だから許されているだけ。ネオドラ以降は、ドラッグに物凄く厳しいのよ。君もドラッグ企業で働きたいなら、その辺は慎重になりなさい」
嘉悦薫は鋭い眼差しで俺を見つめる。
まるで、俺の身を案じるかのように。
彼女は自分の席に座り直しケーキを食べ始めた。
もしかして、ただのいい人なのか。
「もう、心配。ドラッグ会社を立ち上げる身としては、用法を間違える若者を増やしたくないのよね。今度家に来なさい。たっぷりドラッグの授業をしてあげるから」
美女の家にお呼ばれされてしまった。
これは浮気じゃないよな。
でも、会ったばかりの人に誘われて家に行くのは、やはり用心が足りないのだろうか。
嘉悦薫が住んでいる家は、なんと俺の最寄り駅から一駅という近さだった。
その為、平日でも放課後に寄ることが可能だった。
外観はこじんまりとした五階建てマンションだったが、三階にある彼女の部屋は家具が少なめでスッキリとしている。
下心はたぶん無かったけれど、女性が一人で暮らしている部屋へお邪魔することに緊張していた。
けれど、嘉悦薫は婚約者である心海亮真と同居していた。
安心したような、がっかりしたような良く分からない気分になった。
やっぱり俺には少し、よこしまな心があったみたいで反省した。
心海亮真は見た目どおりの温厚で優しい男性だった。
俺のようなガキが遊びに来ても嫌な顔一つせず、喜悦薫が起業に関して暴走気味になるのを優しく抑えていた。
喜悦薫からは最新のドラッグやその歴史、関連会社について教えてもらうことが多かった。
二人はとても頭がいい。
そんな二人は、俺のような馬鹿なガキにあれこれ教えてくれて、さらには意見まで求めてくれる。
俺は平日も休日もこの家によく通うようになってしまった。
何だか居心地が良かった。
薫さんは厳しい姉のように、優しい母親のように俺に接してくれる。
亮真さんは優しいお兄さんのような、頼りになる父親のように接してくれる。
少しだけ玲時さんに似ているかもしれないな。この二人のもとに生まれてきたら幸せだろう。この二人が結婚して、子供ができたら俺と違って頭が良くていい子に育つに違いない。
その時は、まだ一緒にいてもいいだろうか。
その子と一緒に遊ぶことは許されるのだろうか。
そういえば、俺の目的は叔父さんに秘密がばれることを阻止するために、ドラッグ研究員に接触して情報を集めることだったはずだ。
俺はこの二人を最初警戒していた。
二人は頭がいいから、俺に優しく接しているふりをして現在進行形で騙しているのかもしれない。
俺の警戒心が完全に解けたところで、俺は何かされるのかもしれない。
でも、この二人になら血を抜かれてもいい。叔父さんにさえばれなければ、この血なんて全部やるよ。
「部活をさぼっているの?」
薫さんと亮真さんの自宅でいつものように話をしていた時、俺の部活の話になった。
サッカーの全国大会に出場したことまで話した時、薫さんが俺の異変に気付いてしまった。
全国大会に出られるサッカー部員にしては、部活で忙しくないように見えたみたいだ。
実際そうだ。
如月としては毎日部活に参加してほしいみたいだけど、俺は週二から週三しか参加していない。
俺はちょっと部活の自慢がしたかっただけなんだけど、洞察力に優れている薫さんには部活をさぼっていることがばれてしまった。
俺の馬鹿。
「学生時代は短いのよ。部活が嫌いじゃないなら、しっかり活動した方がいいわ。ねえ、亮真」
「そうだね。僕も高校生の頃はバスケ部で、かなり忙しかったんだよ。それが、今はいい思い出だ。最後まで物事を続ける力がついたとも思うし」
部活で忙しかったのに、しっかり勉強もしていたんだ。
頭のいい人はやっぱり違うな。
「何かごめんね。私に気を使って休んでくれていたのよね。とても参考になったから、こんなに頻繁に来てもらわなくても大丈夫よ」
何だか俺は、彼女に拒絶されたような感覚になった。
部活は嫌いではない。
でも、この家に通えなくなるのはとても辛い。
「でも、もっといい案が浮かぶかもしれないし」
俺のない頭で、これ以上何か浮かぶとは思えない。
それでも、俺は食い下がっていた。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ」
薫さんが優しく微笑む。
俺は何を焦っているというんだ。
「将来が不安なんでしょ。高校を卒業したら、一緒に働かない? もちろん、他に就職したい会社があればいいけど。君は将来有望だと思うの」
薫さんがテーブルから身を乗り出してきた。
俺なんかを雇ってくれるのか。
俺なんか使える人材じゃないのに。
「いろいろ調べてみたんだけどね。ドラッグ企業はやっぱり、高卒の枠があまり無くて。優良企業があれば紹介したかったんだけど、ごめんね。でも、そんな学歴社会をひっくり返すチャンスでもあるわよ。私の会社は学歴不問にするから。私の会社が上手くいけば、この国を変えられるかも」
薫さんの大きな瞳が輝いている。
彼女の話を聞いていると、未来が少しだけ明るく感じる。
「薫、予定は未定だよ。あまり期待させることを言わない方がいい。起業して成功することは難しいんだから」
亮真さんは、ヒートアップしている薫さんをなだめた。
彼はとても冷静な人だ。
「もう、水を差さないでよ。革命は情熱がなければ成し遂げられないわ」
薫さんは亮真さんに対して少し怒っていた。
俺はそんな二人の関係がとても好きだ。
そろそろ俺も、もとの日常に戻ってもいいかな。
この二人の口からは、ドロップヘヴンの話は聞かない。
俺が特定されないままなら、それはそれでいいじゃないか。
何を不安がっていたのだろう。
「そうだ。エデンっていうドラッグを知っていますか?」
俺は帰りがけに、薫さんと亮真さんに聞いてみた。
「エデン? 聞いたこと無いわ」
「僕も無いな」
二人が研究しているドラッグはダウナー系で快楽作用が強いものだけど、何か力になれないかと思った俺は唯一持っているドラッグを渡してみようと思いついた。
「アッパー系ドラッグなんですけど、何か役に立ちませんか? 俺たくさん持ってるので、改良できるか研究室で調べてみてください」
俺は赤い球体を薫さんに差し出した。
俺は小分けにして、常に持ち歩いている。
薫さんはエデンを受け取ったが、その後俺の顔をじっと見つめた。
彼女が何を考えているのか分かった。
「違法ドラッグじゃないですよ!」
俺は慌てて大声を出してしまった。
本当に違法ドラッグじゃないはずだ。
アンジェラが嘘をついていなければだけど。
「ドラッグストアには無いものね。どこで売っているの?」
しまった!
どこまで話していいのだろうか。
「渋谷のお店で」
「渋谷ね。確かに珍しいものも出回っているわよね。でも、それなりの値段がするはずよ」
薫さんにエデンを教えたのは失敗だったかもしれない。
俺の行動はいつも浅はかだ。
「バイトしたお金で買いました。でも、かなり優秀なドラッグですよ。毎日飲んでるけど、副作用とか無いですし。頭も冴えるんです」
何とか誤魔化そうと俺は必死になった。
「何故、毎日飲んでいるのかな」
今度は亮真さんに質問される。
「えっと、やる気がみなぎる感じがして」
毎日気持ちが落ち込んで、人相が悪いからだなんて言えない。
副作用や中毒を疑われる。
「そうか。でも、できれば毎日はやめた方がいいと思うよ。認可されているとはいえ、ドラッグはドラッグだから。そもそも薬は良くも悪くも体に影響を与えてしまうからね」
亮真さんは単純に、俺の体を心配していたみたいだった。
天野も似たようなことを言っていたし、徐々に控えるようにした方がいいのかな。
「まあ、こっちでも調べてみるわね。ないとは思うけど違法ドラッグなら、大学の研究室でも許されないから。もしおかしな改造ドラッグだったら、長時間のお説教だからね」
薫さんが厳しく言い放つ。
薫さんの説教なら、俺にとってそこまで苦にならない。
エデンが少しでも二人の役に立ったら、俺も何か貢献できたような気になる。
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