少年ドラッグ

トトヒ

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罠にはまったヌードモデル

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せっかくサッカー部の練習が無い日曜日だというのに、俺は一体何をしているのだろうか。
定期的に体を休ませることも大切だと土屋は言い、如月は練習に来いと言った。
監督の命令くらい聞けよ、あのサッカー馬鹿が。
俺も人のことを馬鹿なんて言えないありさまだけどさ。

今の状況は何だ。
俺は人の家の巨大なベッドの上で、全裸になって横たわっている。
下半身をシーツで隠されているのが、せめてもの救いだ。横を見ると天野がいる。
とても穏やかな表情を浮かべ、白いワイシャツに身を包み優雅に筆を滑らせている。
小鳥や花の絵でも描いているのだろうか。
いや、自分が勤めている学校の男子生徒のヌードを描いている。
それも脅して連れてきた。
本当にどういう状況なんだよ。

「まあまあ。そう緊張しないで」

天野が爽やかに笑いかけてきた。
その顔を今すぐぶん殴ってやりたい。

「あれ、何か怒ってる?」

何とぼけたことを言ってるんだ。
もし本当に俺の気持ちが分からないなら、こいつの神経はどうかしているぞ。
俺はまんまとこいつの罠にはめられた。
理由は分からないが、俺が家出ではなく誘拐されていたことを知っている。
半ば強引にモデルにさせられ、こいつの住む高級マンションまで車で連れて来られた。
マンションの最上階の部屋は、一人暮らしとは思えない程広く家具も豪華だ。
俺が今仰向けで横たわっているこのベッドも、味わったことがないくらいにフカフカしている。
こいつはただの美術教師なんかじゃない。

「ヌードモデルは初めてかな」

当たり前だろ、馬鹿なのか。

「人は生まれてきた時は誰しも裸だ。むしろ、服を着ている方が異常だと考えてみてはどうだい。そうすれば、もう少しリラックスできるよ」

そんな考え方できるわけないだろ。

「衣服を脱ぎ捨て、俗社会から解放されることで魂を解き放つことができる。僕が描きたいのは繕われた肉塊ではなく、その奥に潜んでいる魂なんだよ」

じゃあ何だ。
魂を出してやればいいのか。
この場で死んでやろうか。

「そんなに心を閉ざされてしまっては、魂まで辿り着けそうにないね。親睦を深めるために、何かお話でもしようか。聞きたいことだってあるだろ?」

テレビで時々見かける男性アイドルのような笑顔を向けてくる。
猫を被っているのか、それとも本当に悪いことをしている自覚がないのか。
聞きたいことはある。
けれど、正直怖さもあった。
何もかも無かったことにして、今すぐ逃げ出したい。
俺が黙り続けていると、天野は立ち上がりゆっくりと近づいて来た。
そして俺の上にまたがる。
ベッドが深く沈んだ。
嘘だろ。
やっぱりそういうことか。
何が芸術活動だ。
やましい気持ちがあったんじゃないか。
天野の顔が近づいてきて俺は思わず目をつぶった。
口に何か突っ込まれる。
砂糖菓子のような甘さが口内に広がった。
何だこれ。
天野がどいたのか、ベッドの沈みが戻る。
俺は恐る恐る目を開けると、天野が近くのテーブルで紅茶を注いでいた。
俺に笑顔を向けて、ティーカップと何やらカラフルなお菓子が積まれた皿をよこしてくる。

「おいしいでしょ。マカロンだよ。それも、高校生のお子様じゃ買えない老舗の高級品さ」

口に突っ込まれた菓子をかじってみる。
品の良い甘さだった。
何かクリームのようなものが挟んでいたみたいで、それも美味しかった。
起き上がった俺に手渡されたティーカップは淡い花柄模様の洒落たもので、これも高いブランド品か何かなのだろう。
紅茶のいい香りがする。口に含むと、マカロンの甘さと紅茶の香りが溶け合った。

「お茶でもしてリラックスしようか」

天野はふわりと笑って、俺の向かいに腰掛ける。
俺は慌てて下半身にシーツを巻き付けた。

「俺が家出じゃないって、どうして知ってるんだ」

俺は腹を決めた。

「僕はこう見えて情報通でね。学校の教師はおろか、警察でもなかなか知りえない事まで調べることができるんだよ。ましてや、今回みたいにずさんな犯罪だったらすぐに耳に入ってくる」

やっぱりただの教師なんかじゃなかった。
こいつ、どこまで知っているんだ。

「俺をさらった奴らのことを知っているのか。その後どうなったかも」

「君が生きて戻って来たということは、誘拐犯は無事じゃないだろうね。僕は犯人のその後にはあまり興味がないから調べてないけど。グロいのは苦手だし」

それじゃ、死んでいるって知っているんだな。

「俺のことは、どこまで知っているんだ」

「隠し事の多い少年だということを知っているよ」

天野は妖しく笑う。
だめだ。
これ以上は聞けない。
怖い。

「お願いします。何でもしますから、ばらさないでください」

俺は情けないことに、裸のままこの得体の知れない男に頭を下げた。

「ばらされたら、何が問題なの?」

こいつ本気で言っているのか。
大問題になるだろうが。

「皆に迷惑がかかる。特に叔父さんに」

「どうして?」

「人が死んでるからだよ」

「君が誘拐犯を殺したの?」

「違うけど」

「じゃあ、問題ないじゃないか」

問題あるんだよ。
今回の事件が発覚したら、芋づる式に母親が死んでいる事実がばれるかもしれない。
叔父さんがどうにかなってしまう。

「君がモデルになってくれるなら僕は黙っているよ。ばらしても、僕にメリットは無いしね。それに、この程度の犯罪は常日頃から起きているよ。たぶん、今もね」

詰まらない話をしているとでも言うように、天野は伸びをする。あっくんとは違うタイプの、裏世界の人間なのかこの教師は。

「モデルになるだけでいいならやります。俺の秘密はばらさないでくれ」

「やったね。交渉成立。じゃあ、また横になって。時間は有限だ。作品を完成させたいからね」

うきうきとした表情の天野は、再びキャンバスの世界へと戻って行った。
俺の秘密は墓場まで持っていくと決めたんだ。
叔父さんには絶対にばれてはいけない。
叔父さんの幸せを守る為なら、裸にでも何でもなってやる。
俺は高級ベッドに身を預けて、日が暮れるまで人形のように動かないでいた。

「お疲れさま。今日は帰っていいよ。後、これ」

天野は俺に封筒を渡してきた。
中身を見ると、五万円入っていた。
俺は驚いて天野を見上げた。

「報酬は払うって言ったからね。これで、君はプロさ」

ヌードモデルなんて、俺が一番選択しないアルバイトだ。
でも、金を貰うことで秘密を握られているという実感が薄れた。

「君ってさ、あまり物事の裏まで考えないタイプかな」

服を着て帰り支度をしようとしている俺に、天野が静かに呟いた。

「どういう意味だ?」

「僕との契約で安心しているみたいだから」

天野は首を傾げて微笑んでいる。

「あんたが、俺を裏切るかもしれないってことか?」

それはあり得る。
けれど、俺にどうしろというんだ。
天野は小さく声を上げて笑った。

「まあ、今日は混乱しているだろうし、後でゆっくり考えてみてね。見えるもの聞いたものをそのまま捉えていては、この世界じゃ生きていけないよ」

天野が言っていることが分からないのは、俺の考えが足りないからなのか。
仕方ないだろ、俺は馬鹿なんだから。
俺はこの高級マンションという不気味な施設から逃げるように出て行った。

このご時世、調べれば大抵のことは分かる。
秘密は一度広まれば隠すことが難しい。
我が校の女子達は好きな物を徹底的に調べることに惜しみなく、天野空というイケメン教師の素性を調べ上げていた。
加えて、女子達の伝達力はインフルエンザのウィルスよりも早く広まった。

天野空の父親は、法務省の入国管理局に勤めているらしい。
この国をまとめる政治家の一人だったわけだ。天野が情報通なのは、父親のおかげなのかもしれない。
それに親が権力者だと、あまり逆らうこともできない。
俺の気は滅入るばかりだ。
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