少年ドラッグ

トトヒ

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嘘をついて日常に戻る

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翌朝は朝食を済ませ、玲時さんと家を出た。
肩を並べて登校するのは何だか不思議な気分だ。
そして、駅に到着すると公平が待ち構えていた。
珍しく髪の毛をセットしていない。
今朝スマートフォンを確認すると、ありがた迷惑なことだが友人達から大量のメッセージが届いていた。
何故か公平からの返信は無かったが、駅で会えるからだったのか。

「公平君、久しぶりだね」

「こんにちは。お兄さん」

公平は玲時さんのことを何故かお兄さんと呼ぶ。正直やめてほしい。

「じゃあバトンタッチだね。弟を頼んだよ」

「了解です」

玲時さんは公平なんかに俺を託して駅の中へと消えた。
公平は玲時さんとにこやかに手を振り合っていたが、玲時さんが見えなくなると俺を睨みつけてきた。
そして、俺の頭をやや強めにはたいた。

「このクソ薬人。何で連絡よこさなかったんだよ!」

それはな、とんでもない目に合っていたからだよ。

「スマホの充電が切れてたんだ」

「半月もスマホ無しの生活をしてたのかよ。漫画喫茶とかに泊ってたんじゃないのか?」

「そんな金は無い」

「お前をかくまってくれる友達なんていないだろ」

失礼な奴だな。
いたんだよ。
ヤバい人だけどな。

「その辺の公園とかで寝泊まりしてた」

「馬鹿なんじゃないか!」

お前にだけは言われたくない。
でも、暖かくなってきた時期とはいえ夜はまだ寒いから本当に野宿していたら馬鹿かもしれない。

「俺にだけでも連絡してくれれば、差し入れくらい持って行ってやったぞ。叔父さんにチクるとでも思ったか? 男には一人になりたい時があることぐらい、俺は分かってる」

優しいなお前。
優しいからきっと、叔父さんに居場所を教えるに違いない。

「貧乏高校生が野宿していた割には顔色がいいな」

公平が俺の顔を観察する。
残念ながら寝起きの顔色は最悪だった。
布団から出るのが億劫で、何とか洗面所へ行って鏡に映った自分の顔を見て愕然とした。
目が虚ろで顔は真っ青。
とても登校できるような顔ではなかった。
頭も体も重たくて怠い。
昨日と今日でここまで見た目が変貌していては、登校する前に叔父さんと玲時さんに何かしら疑われてしまう。
だから俺はエデンを飲んだ。
そのおかげで、俺は健康な高校生を演じることができている。

「サッカー部で鍛えたおかげで、俺は体力があるんだよ」

人間って一つ嘘をつくと、次からはどうでもよくなるんだな。
叔父さんについたのは最上級の大嘘だから、他がちっぽけに思える。

「サッカーと言えば、如月に毎日お前のこと聞かれて死ぬほどウザかったんだけど。桜井ちゃんからも毎日聞かれたよ。可愛いから別に良かったけどな」

サッカーなんかどうでもいい。
奏ちゃんの件は答えが出ない。
悩みが多い高校生になってしまった。

「覚悟しておけよ」

公平が俺の顔を指差してそう言った。
何の覚悟か分からなかったが、学校に着いてからまあまあ大問題になっていたことに気づかされた。

「八重藤! お前サッカーの練習さぼってどこ行っていた!」

校門を通ってすぐ、朝練中の如月に捕まった。
後から奏ちゃんも駆け寄って来た。
彼女より先に、如月が俺を捕まえるなんて空気を読んでくれよ。
おまけに、開口一番にサッカーかよ。
それしか頭に無いのかこの馬鹿は。

「運動は一日さぼると三日戻るんだぞ。今から取り戻す必要がある」

彼女と会話する間もなく、如月がサッカーの練習に俺を連れて行こうとする。
前にも言ったが、もうすぐ予冷が鳴るんだってば。

「おいおい如月、ちょっと待て」

如月の体格を上回る体格をしている男に、俺は腕を取られた。
サッカー部の顧問で監督の土屋だ。
今もそうだが常にダンベルを持っている。
来ているポロシャツから胸筋が浮き彫りにされる程の筋肉量だ。
皆は裏でこいつをゴリラと呼んでいる。

「悪いな如月。こいつはまず職員室行きだ」

そういうことか。
半月の家出だし、教師から事情を聴かれるのは当然だ。
如月は不機嫌な顔をしていたが、ここで反論する程非常識な奴ではなかった。

「放課後さぼったら許さん」

如月はそう言い残し、練習に戻って行った。
土屋と共に職員室へ向かう時、奏ちゃんと目が合った。
彼女は俺を心配そうに見つめる。
とても綺麗な瞳だと思った。
でも、俺にそんな表情を向けるのは間違いだ。
俺にはそんな価値がない。
職員室で俺は平謝りを続けた。
生活指導の教師は、何となく俺の家庭環境を知っているようでやんわりとした注意しかしてこない。
大人には反発をせず、とりあえず謝っておいた方が楽だ。
同情された俺は、すぐに解放され教室へ向かった。
そこでも、興味津々な野次馬達から質問攻めに合う。
ただの家出だと答えれば、男子は何故か羨ましがった。
そんな男子を女子は馬鹿だとなじった。
今回の場合は、女子が正しいと俺は思う。

「さて、賭けはどっちの勝ちかな」

クラスメイトの一人が言った。

「賭けって何だ?」

「八重藤と赤坂あかさか、どっちの休みが長いか賭けてるんだよ」
 
俺は窓側一番前の席を見つめた。
そこにはクラスで一番成績が良い男子生徒が座っているはずだった。
今は空席になっている。

「赤坂どうしたんだ?」

「ドラッグやりすぎて、体調不良だってさ」

信じられない。
超優秀で真面目な生徒だったのに、何でそんなことになってるんだ。

「あいつの家、厳しいからさ。この前の定期試験の為に、ドラッグの用法を守らなかったらしい。せっかく高級ドラッグ買ってもらえてるのに、使い方間違えるなんてアホだよな」

そう言ってクラスメイト達は笑っていた。
以前までの俺なら、同じように笑えていただろう。
でも、今は無理だった。
赤坂が使ったのは認可されているドラッグでも、どうしても母親と重なる。
俺が考え事をしている間に、クラスメイトの話題は全く別のものへとすり替わっていた。
この話題に飽きたのだろう。
女子は新しい美術教師がイケメンだと騒ぎ、今度は男子がそれを馬鹿にする番だった。
俺は一人、赤坂の体調が戻ることを祈った。

「お前が家出している間に、美術教師がチェンジしたぞ」

移動教室の途中で公平と廊下で会った。
俺の選択芸術科目は美術だ。
芸術なんてこれっぽっちも理解できないが、一番楽そうだと思ったから選んだ。
公平は音楽だった。
音楽は時々皆の前で歌うテストがあるようで、俺は絶対にやりたくない。

「その教師が前と違ってイケメンでさ。女子人気を独り占めだよ。美術選択じゃない女子まで騒いでやがる。俺の彼女作りがますます遠のいちまうぜ」

「教師がイケメンだろうが、お前がモテないことに変わりはないだろ」

俺の言葉を聞いた公平が、俺の頭をはたいた。
確かにさっき、うちのクラスの女子も噂していた。
何でこんな時期に、教師が変わったんだろう。
前の教師は見た目が陰気だったが、適当に提出物を出せば何も文句を言われなかったから楽だったんだけど。
次の人が熱血教師だったら面倒だ。
今の俺には悩みが多すぎて、美術なんかに気を使っている暇はないんだ。
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