少年ドラッグ

トトヒ

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腹違いの兄 玲時さん

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玲時さんと初めて会ったのは、俺が中学三年生になったばかりの頃だった。
ある日この家に突然訪ねてきた。
新品のスーツを着て、緊張した表情をしていた。
震える手で手土産を叔父さんに渡していたのをなんとなく覚えている。
そして、俺をじっと見つめたまま自分は兄だと名乗った。
そして、俺は自分の父親の存在を知った。
父親は都内にある大学病院の院長。
当時の俺でもなんだかすごい人だということが分かった。
玲時さんが俺の存在を知った経緯は父親の書斎で、とある資料を見つけたことだった。
それは、俺の母親について探偵に依頼したものらしかった。
俺の母親の行方は分からなかったが子供を産んで、俺が千葉県にある八百屋にいることまで突き止めたみたいだった。
玲時さんは父親を問いただし、俺という存在を知ったのだという。
正義感が強い玲時さんはいてもたってもいられず、わざわざ俺に会いに来たというわけだ。
当時の俺は、淡い期待を抱いてしまった。
父親が俺のことを探してくれていたということは、気にかけてくれていたということではないのか。
もしかしたら感動的再会を果たして、失われた父と子の時間を取り戻すことができるのではないかと思っていた。
よくあるテレビドラマのような展開しか、俺の頭では想像ができなかった。
けれど結果は残酷で、父親は俺を認知する気がないと玲時さんに言い放ったそうだ。
玲時さんも多少反論してくれたが、生野家では父親が絶対的権力を握っているようで逆らうにも限界がある。
再び俺を訪ねて来た玲時さんは泣きそうになりながら謝ってきた。
幸い俺の性格はひん曲がっていて、その頃までには大人というものをあまり信用しなくなっていた。
ショックが全く無いと言えば嘘になるが、そこまで大きなダメージを受けずに済んだ。
むしろダメージを受けていたのは、きっと玲時さんだったのだろう。
想像してみれば、自分の父親がよそで子供を作っていた事実だけでもショックだろうし、それを放っておくと宣言されるのはなかなか酷な話なんじゃないかな。
責任を感じてしまった玲時さんは、俺が受験生だったことを知り、高校受験の勉強を無償で手伝うと言い始めた。
正直俺は、高校への進学も考えていなかった。
素行の悪かった俺の内申点はズタボロだし、五教科の勉強が必要な公立高校への進学は絶望的だった。
私立は金がかかるから選択肢には最初から無かった。
叔父さんは高校へは行ったほうがいいと言ってくれたけど、子供の俺でも家計が火の車だと分かっていた。
勉強だって好きじゃなかったし、行く理由が分からない。
そんな俺は玲時さんの申し出を断った。
でも、玲時さんは変なところが頑固で、一歩も引かずに毎日この家にやって来た。
俺はそのことにイライラした。
そう、この人はイライラするくらい、腹が立つくらいの善人だった。

そんなある日、玲時さんの母親である生野春子いくのはるこが訪ねてきた。
保護者会にでも行くようなオシャレなスーツを着て、黒髪ストレートヘアの女性だった。
裕福そうで上品な女性だったけど、表情は若干やつれていた。
最初は自分の旦那が浮気していたことにショックだったのかと思ったが、そうではなかった。
彼女の悩みは、息子である玲時さんが通っている医学部で進級できるかの瀬戸際だというものだった。
生野家は代々、大学病院を経営している家系だった。
玲時さんはその病院を引き継がなければならない。
医者になるためには大学の中でも最難関といわれる医学部へ進学し、そして国家試験に合格しなければならない。
医者は頭のいい人達という漠然としたイメージしかなかった俺は、医者になる為に必要な勉強がどれだけ大変なのか分かっていなかった。
玲時さんの母親が家に乗り込んできた理由は、玲時さんと俺の接触を避ける為だ。
その大きな理由はドロドロの恋愛ドラマで展開されるような、浮気された女の嫉妬ではなく院長の嫁としての立場や息子の将来を案じてのことだった。
俺という存在は、彼女の感情を揺さぶる対象にすらなっていなかった。
それどころか、俺でも入れそうなレベルの私立高校の学費まで負担すると言い出した。
それ程までに、玲時さんの勉強時間を俺に取られたくなかったようだった。
俺と叔父さんは呆気にとられた。
もちろん、その話は丁重にお断りした。
当の本人である玲時さんは、母親の説得に応じず俺の元へと通って来た。
叔父さんもやんわり断っていたが、玲時さんは聞かなかった。
そんな玲時さんに腹を立てた俺は、本格的に反発した。
うざい、邪魔、消えろなど拙い罵詈雑言を吐いた。
そして、同情しているつもりならいい加減にしろと叫んだ。
さすがにここまで拒否すればもう来ないだろうと思っていたが、俺が甘かった。
そして、玲時さんが言った言葉を今でも覚えている。

『これは僕の為の計画的反抗期だから、手伝ってくれ』

今よりも馬鹿だった俺はその言葉の意味が全く分からなかったが、玲時さんは俺の為じゃなくて自分の為だと言ったみたいだった。
よく分からないが、大人になってから反抗期を迎えてしまうとたちが悪いみたいだ。
玲時さんは代々医者の家系というプレッシャーもあり、言われるがままに勉強して反抗期というものを経験して来なかったという。
まだ学生であるうちに反抗期を終わらせようと考え、生まれて初めて本格的に親に対して反抗している最中だと言った。
だから俺をかわいそうだと同情しているわけでなく、自分のライフプランに俺を利用しているというわけだった。
なんとなくそんな説明をされて、俺はその時笑ってしまった。
そして、玲時さんを信用できる人だと認識した。
俺は学校の教師が嫌いで、俺を叱る時は決まって俺のことを思ってだとか、俺の将来を案じてだとかわけが分からないことを言ってきた。
俺にはその言葉が本気だと思えなかった。
本当に俺のことが心配なら、そんな言葉だけじゃなくてもっと形あるもので助けてほしかった。
でも、玲時さんは俺の為じゃなくて自分の為だと言った。
へそ曲がりな俺は、その単純な言葉を信じた。
今から思い返せば、全て玲時さんの計画通りに俺は動いていたんだろうな。
だって、計画的反抗期って何だ。
それはもはや反抗期じゃないだろ。

玲時さんは温厚な人だけど、勉強に関してはかなり厳しい人だった。
勉強をまともにやったことがない俺に対して夏休みの宿題より分厚いドリルを渡し、一週間で終わらせろと言ってきた時は冗談かと思った。
もちろん冗談なんかじゃない。
きっと玲時さんは、幼少期からそのドリルの倍以上の量を俺の倍以上の早さでこなしてきたのだろう。
毎日スパルタな家庭教師がついた状態になり、俺はすぐに玲時さんに心を許してしまったことを後悔したけど逃がしてはくれなかった。
でも、玲時さんは教えるのが上手で、馬鹿な俺にも理解しやすかった。
最初が分かれば次も分かるようになるという勉強の楽しさも少しだけ理解できた。
俺と同じ高校を目指すようになった公平も、時々俺の家で玲時さんに厄介になった。
そんなスパルタ勉強会はかなり大変だったが、少しだけ楽しくもあった。
そして、俺は玲時さんのおかげで見事今の高校に合格した。
努力して得たものはとてつもない幸福感を与える。
恥ずかしいことに俺はうれし泣きした。
叔父さんは号泣していたけど。
俺と叔父さん、後おまけに公平はお祭り騒ぎだ。
でも、全てがうまくいったわけではなかった。
玲時さんの留年が決まってしまった。
焦っていた俺に玲時さんは、反抗期が成功したなんて笑ってごまかしていた。
でも、生野家は相当まずい状況になっていたみたいだった。
玲時さんは二浪してやっと私立大学の医学部に合格したらしい。
医学部にもランクのようなものがあるみたいで、玲時さんが合格した大学は父親が望んでいるレベルに達していなかった。
それだけでも父親から疎まれていたらしいが、さらに留年したことで父親との溝が深くなってしまったらしい。
どうやら俺を認知しない父親は、玲時さんに対しても厳しい親のようだった。
次留年したらどうなるか分からない。
玲時さんの言葉の端々や、叔父さんからの情報で俺にも伝わってくる。
権力者のもとへ生まれるのも大変なことなんだ。
当初は玲時さんの家庭環境が羨ましく妬んでいた俺は、生野家ではなく八重藤家で叔父さんと仲良く暮らしている方が幸せなのかもしれないと思えてきた。
誰にでも悩みはあるものなのだろうと思えるようになり、俺は少し広い視野を手に入れた。
これも玲時さんのおかげだ。
こんな経緯があるから、今の玲時さんの行動に俺が心配するのも当然だろ。

茶の間へ行くと、卓袱台いっぱいに夕食が並べられていた。
相変わらず野菜は多めだが、肉のおかずもある。
俺の大好きなピーマンの肉詰めが皿いっぱいに盛られていた。
三人で食卓を囲み、無言で食べ始める。
俺は何か言わないといけないのかな。

「薬人。公平君にちゃんと連絡したか?」

俺が話題をふる前に、叔父さんが口を開いた。

「まだだよ。さっきスマホを起動したばかりだから」

「後で連絡しておけ。ものすごく心配してたぞ」

「うん。わかった」

逆の立場なら、俺も公平を心配しただろう。
少し悪いことをしたかもしれない。
何か奢ってやろうかな。
他に連絡くれていた友達にもメッセージを入れておこう。
奏ちゃんはどうしようかな。
ていうか、俺とこのまま付き合うのはマズイのではないだろうか。
秘密を隠し、嘘をつきとおすと決めたが、俺は犯罪者だ。
彼女には早めに手を切ってもらい、もっといい男と付き合ってもらった方がいい。
彼女は美人で性格もいいから、すぐに次の相手がみつかるだろう。
でも、付き合ったばかりで別れるというのも奏ちゃんの印象を悪くするんじゃないだろうか。
俺のせいなのに、恋愛が長続きしない女だと思われたら死んでもお詫びできないぞ。
俺から振る場合、どうすれば傷つけずに済むのだろうか。
誰かに相談もできない。

夕食時では、俺の家出については話題にされなかった。
叔父さんも玲時さんも関係ない世間話をする。
気を使われてしまったが、問い詰められても何も話せないからありがたいと思った。
満腹になった俺は、スマートフォンで友人達に返信を簡単に済ませてすぐに眠ってしまった。
急激に全身が怠くなった。
エデンの効力が切れたのだろう。
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