少年ドラッグ

トトヒ

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反転して元に戻る世界

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ホノカさんと会ったこと、聞いたことを忘れようと努力しようとした。
けれど、一週間経った頃彼女から頻繁に電話がかかるようになってしまった。
俺がスマートフォンで電話をかけた時、番号を控えられていたようだ。
電話には出ないままでいたが、彼女からかかってくる頻度が日ごとに増してくる。
だんだん怖くなってきた。
やっぱり俺の勘は正しかったのかもしれない。
たぶん、俺の母親とホノカさんの間には何かしらのトラブルがあるのだろう。
あの最低な母親のことだ。
金を借りて返さずに逃げたのではないだろうか。
かなり有り得る話だと思う。
もしそうなら、返さなければならないのか。
俺には払えないから、叔父さんが払うことになるかもしれない。
また迷惑をかけてしまう。
でも、借用書とか無ければ返す義務がないとも聞いたことがある。
それなら逃げられるだろうか。
不安がピークに達し、遂に俺はホノカさんからの電話に出た。

『つながって良かったわ。決心はついたかしら?』

「決心って何ですか?」

金を返せと怒鳴られると思い込んでいた俺には、彼女が本当に何を言っているのか分からなかった。

『この前話したでしょ。ドラッグのことよ』

あの胡散臭い話は本気だったのか。

「すみません。やっぱり、お断りします」

『どうして? お母さんのこと、思い出したくないの?』

そんなわけない。
母親がどんな人だったか知りたい。
一緒に暮らしていた頃を思い出したい。
でも、誰かが俺の頭の中で警告している気がする。
この話に乗ってはいけないと。

「これからゆっくり思い出そうと思います。何か思い出したら、こちらから連絡するので、もう電話して来ないでください」

俺は早口で伝え、電話を切った。
緊張して、嫌な汗が全身から噴き出していた。

この時、誰かに相談をしていれば良かったのだろうか。
それとも、運命というものはそう簡単に捻じ曲げることはできないのだろうか。
俺の世界は一変したが、もとに戻ったとも言えるから。
ホノカさんとの電話から三日後、部活を終えて帰宅途中だった俺は誘拐された。

煙たい煙草の匂いのせいで、寝覚めが悪い。
目を開けても辺りは闇に包まれていて、状況がつかめない。
横たわっている身体を起こそうとしたが、手足を何かに拘束されているみたいで無理だった。
ギシギシと音が響くだけ。
悪夢なのか現実なのか分からないが、どちらにせよ恐ろしい。

「あら、やっと目が覚めたのね」

近くで喉を枯らした女性の声が聞こえた。
そして、俺の頭上に設置されている電気がつく。
急に襲って来た強烈な光のせいで、しばらく俺の目は見えなかった。
やっと慣れてくると、その光はドラマでよく見る手術室に設置されているライトに見える。
俺は手術台の上で拘束されていた。
先程声がした方を振り向くと、そこにはホノカが立っていた。
赤いワンピースを着て、煙草を吹かしながら俺を見下ろしてくる。
俺はパニックに陥り、口から小さな悲鳴が飛び出した。

「君が案外用心深くて困っちゃったわ。今の子なら、そんなにドラッグに抵抗無いと思ったんだけど」

俺が誘いを断ったせいでこんなことになっているのか。

「お、お金返します。ごめんなさい」

俺の声は情けない程にか細かった。

「お金って何?」

ホノカが首を傾げる。

「母が、あなたから何か盗んだんじゃないんですか?」

ホノカが高笑いをする。
怖い。
誰か助けてくれ。

「お金を返してほしければ、子供じゃなくて大人に言うわよ」

よく考えればそうか。
俺に会う前に叔父さんに会いに行ったなら、その時に話すはずだ。
それじゃあ、俺に用があったということか。
どういうことだ。

「お金は借りてないけど、お金儲けという意味では合っているかもね。これはビジネスなの」

ますます意味が分からない。
そんな俺に構わず、ホノカは扉の向こうに誰かを呼びに行った。
ホノカの後に続いて入って来たのは、中年の男だった。髪が薄く、白衣をだらしなく着ている。

「初めまして、薬人君。君は本当に、母親のことを少しも覚えていないのか?」

名乗ることもせず、その男は俺に質問をぶつけてきた。
俺は頷くことしかできない。

「母親どころか、当時のことを全く覚えていないんですって。これってやっぱり、あんたが言うようにドラッグのせいなのかしらね」

男とホノカは俺を見下ろしながら勝手に話し始める。
俺には何が起きているのか全く分からない。

「母親ごと当時の記憶が消えているということか。理由は分からないが、エムクラッシュを手に入れたのか。誰かに飲まされたのか」

男は近くにある作業台から注射器を取り出した。
それを持ってゆっくり俺に近づいて来る。

「やめてくれ! あんた達の狙いは何だよ!」

俺は拘束されているにも関わらず、できる限り暴れた。
自分の目から、涙が流れていることに気づいた。

「危ないから暴れないでちょうだいね。ちょっとチクッとするだけだから。そうしたら、お母さんのことを思い出せるわよ。あんまり楽しい思い出じゃないと思うけどね」

ホノカが言ったことは気になったが、質問するまでもなく俺の首に針が刺さる。
血管を通り、熱い薬品が脳にいきわたる。
病院で打たれる注射とは何かが違った。
みるみる身体が熱くなり、激しい頭痛に襲われた。
痛みの向こう側に、ずっと望んでいた母親の姿が現れた。
けれど、叔父さんから見せてもらった十代の美しい母親の姿ではなく、さびれて歪んだ顔の女だった。
そして、記憶の光景に俺は絶叫した。
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