人を愛したら魔女と呼ばれていた

トトヒ

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第19章

ブライトの回顧録「魔女を愛してしまった男」

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ハモネーの都心に住む、潜力が高い夫婦からブライトは生まれた。
家庭環境と能力に恵まれたブライトは、彼の両親と同じくエリート街道を突き進むことになる。
学校での成績は常にトップクラスであり、クラスのまとめ役でもあった。
正義感が強く思いやりがあり、周りの人間から慕われる。
両親の教育と本人の生まれながらの性格があいまって、ブライトは文字通り品行方正な人物へと成長していった。


青年期にはボランティア活動に参加することが多く、初めは地域の手伝い程度をしていたが、もっと自分の能力を活かしたいと考えるようになった。
いつしか彼の夢は、町の人々を助ける警察官になることを希望することになる。
両親や学校の教師からはハモネーでの超エリートである、国家防衛管理局へ勤めることを勧められたが、平和なハモネーにとっての管理局は税金だけかかる形だけの機関という認識をブライトはもっていた。
それよりも、地域に密着し落とし物の捜索をする方がまだ役に立つ人間だと考えていた。
もちろん平和な国とはいえ、凶悪犯罪も起きている。
悲しむ人を助けたい、誰かを悲しませる人間を成敗したいという思いが強い青年だった。

警察官への道を具体的に考え始めていた頃、平和なこの国に事件が起きた。
ハモネーが正体不明の敵に攻撃を受けたのだという。
地方都市の一部は壊滅的な状態となり、能力値が高いエリート集団である国家防衛管理局の戦闘課も死傷者が多数出たというものだった。
それまで平和だったハモネーの国民は、恐怖で怯える日々を過ごすことになる。
そんな中ブライトは正義の闘志を一人燃やし、進路を警察官から国家防衛管理局へ移すことにした。
今度は両親に激しく反対されることになったが、ブライトの決意は硬かった。
幸か不幸かブライトが入社する前にクリスドールによる英雄ブームが起き、エネミーによる危機間は徐々に薄れていく。
その為、両親の心配も収まり息子の進路に納得することになった。

国家防衛管理局への入社試験を難なくこなし、ブライトは期待の新人として迎えられた。
教育係として目の前に現れたのは、真っ赤なスパイクヘアに黄金の瞳をもったガタイのいい男だった。
ジェイドという名のその男は、3年前に起きたエネミーパニックの生き残りであり、戦闘課のエースだと紹介された。
その見た目に圧倒され今までに無い緊張感を覚えたブライトだったが、外見に反してジェイドは気さくな性格だった。
よく飲みに連れて行ってくれるようになり、打ち解けるのにそんなに時間はかからなかった。
普段は陽気な性格のジェイドだったが、訓練時には人が変わったように厳しくなる。
そんな様子もブライトにとっては尊敬できる要因だった。
ジェイドは面倒見がよく、上官によく叱られているトリンという女性社員に対してもフォローを入れていた。
ブライトにとってトリンの第一印象は、ガサツな女性というものだった。
しかし、彼女の明るい性格と類まれな戦闘力を知るうちに同志として仲間意識を強くしていく。
ブライトはジェイドとトリンという3人で、よくつるむようになった。

この国を守る、誰かのためになりたいという崇高な思いで日々精進していたブライトだったが、そんな心を惑わす人物がいた。
それが管理局の受付で時折見かける、ダチュラという女性だった。
初めて受付でダチュラを見かけた時は、受付用に置かれている人形なのではないかと思う程整った容姿に驚いた。
この国の最高機関だけのことはあり、その受付嬢はトップクラスの美女なのだと一人納得していた。

新人の歓迎会が開かれた時、ブライトのグラスにお酒を注ぎに来たのがそのダチュラだった。
間近で見てもその顔は完璧という表現が正しく、酒を注ぐ所作一つとっても美しいものだった。
本当に人間なのか。
女神では無いのかと、そんな考えがよぎったブライトは自分に苦笑する。
ダチュラに話しかけてみると、愛想も良く知的な彼女にブライトはすぐに恋に落ちてしまった。
そして、受付にいる彼女を思い切って食事に誘うことを誓ったのである。

ブライトには異性に振られるという経験が無かった。
自分から動かずとも、必ず女性から声がかかる。
学生時代は一日に何度も女性から告白をされるということもざらだった。
今までブライトは女性に不自由しない事と、他に目標があったこともあり自ら誰かを誘うということをして来なかった。
ダチュラを食事に誘うというだけで多少緊張はしたものの、ブライトは自覚無く自分という存在に自信があった。
しかしダチュラからは、用事があるからと断られてしまう。
これは振られたという現象なのかブライトには判断がつかなかったが、余程大切な用事があるから仕方なく誘いを断ったのではないかという、微かな希望を胸にもう一押ししてみた。
すると次の返答は、女性社員と男性社員で食事会を開こうという提案だった。
ダチュラという女性は、いきなり男性と二人きりになることを避け、徐々に親睦を深めたいという清楚な女性なのだとブライトは判断した。
このチャンスを逃すまいと、尊敬する先輩であるジェイドに相談することにした。

合コンという浮かれた話をジェイドとしている最中、建物内に警報が鳴り響く。
この警報はエネミーが現れ、至急戦闘課は討伐に向かえという合図だった。

「行くぞ!」

戦闘着を引っ掴んで駆けていくジェイドを慌てて追う。
公共交通機関である列車は止められ、戦闘課のためだけに用意された移動手段である簡素な乗り物に乗り込んだ。
ほとんどの戦闘課が横並びに座り、エネミーが出没した郊外へと向かう。
隣に座ったジェイドの横顔は、他の誰よりも険しいものだった。

話には聞いており、映像放送で多少見たことはあったが、目の前に鋼鉄の巨大ムカデが現れた時はさすがにブライトは恐怖した。
現場には合計4体のエネミーが暴れている。

「ぼやっとすんな!」

ジェイドに背中を叩かれて我に返り、エネミーの攻撃を避ける。
訓練通り、全潜力を拳に込めてエネミーの胴体を殴る。
手ごたえは有り、エネミーの動きが鈍くなった。
そこへ二発目三発目と攻撃を加え、エネミーを破壊することに成功した。

「お疲れ。よくやったな!」

ジェイドはブライトの背中をバシッと叩く。

「何とか倒せました。他のエネミーは?」

「俺がやっといた」

周りの様子を見ると、他のエネミーの残骸が散らばっていた。

「僕がコイツ1体を倒している間に、全部やっつけてしまったんですか?」

「ああ。今回はあんまり強くなかったからな」

これがエネミーパニックで生き残った戦闘課エースなのだと、改めてブライトはジェイドに対し畏敬の念を抱いた。




後日ダチュラと約束した合コンが開催され、一度エネミーのことは忘れて楽しいひと時を送った。
帰り道にダチュラを送りながらも健気にアピールを続けた。
事前にジェイドに注意されてはいたが、ダチュラはアプローチに対してあまり手ごたえが無かった。
ジェイドの考えではあそこまでの美女なので、男性の扱いに慣れているのだろうとのこと。
ブライトにとっては初めて自分から振り向かせようとする相手だったが、難易度が高いと痛感することになった。

その後は面倒見のいいジェイドのお陰もあり、ダチュラや他の事務課との交流が増えて行った。
トリンもダチュラやリアと仲良くなり、私服がだいぶ女性らしく変わっていく。
ルチルに対しては当初何の感情も無かったブライトだったが、ジェイドやトリンに対する戦闘技術向上のアドバイスが的確であり、ブライト自身も直接相談するようになった。
ダチュラと恋仲にはなれていなかったが、仕事帰りに皆で食事に行き帰宅することがブライトにとって大切な時間へと変わっていった。

ある日、予期せぬ人物が現れた。
珍しくエネミーなど深刻な話をいつものメンバーと話て帰った後、目の前に純白の英雄クリスドールが現れた。
エネミー討伐でもブライトはまだ会ったことが無かった。
それが目の前に現れ、さらにダチュラという名前を口にしている。
頭が状況に追いつかないうちに、ダチュラがクリスドールを連れて去って行ってしまった。
さらなる混乱がブライトを襲っていた最中、隣に立っていたリアが呟いた。

「先輩、クリスドールと付き合ってたんだ……」

ブライトは今聞いた言葉を飲み込むことができなかった。

「えっ? そうなんですか?」

トリンが驚きの声を上げる。

「他に関係が思い浮かばないじゃないですか。それに先輩って、男性からの誘い全部断ってたし。あのダチュラ先輩なら、クリスドールの外見と比べても遜色全く無いし」

「なるほど……」

トリンはリアの単純な推理に納得してしまったようだった。
ジェイドの方を見るとブライトと目を合わせ、両手を広げて見せた。
何が何だか分からないという意思表示だろう。
ルチルを見てみると、彼は真っ直ぐにダチュラが消えて行った方を見つめ何かを悩んでいる表情をしている。
ブライトにはルチルが何を考えているか分からなかった。

その翌日ブライトは、ダチュラとクリスドールの関係を夜通し考え睡眠不足のまま出社することになる。
出社後すぐに警報が鳴り、気合を入れ直して現場へと向かった。
そこではいつものようにエネミーを破壊すればいいと考えていた。
しかし、いつもよりもエネミーは抵抗する。
気付いた時には、戦闘課集団から引き離されたジェイドがエネミーに叩き潰されていた。
エネミーの攻撃は止むことが無く、何度も打ちのめされている。
あの強かったジェイドが抵抗できていない。
そう考えた途端、ブライトはその場に座り込んでしまった。
頭が真っ白になる。
自分は何もできない。
その時トリンが全速力でジェイドのもとへ向かい、エネミーの攻撃をはじき飛ばしジェイドを抱えて戻って来た。

「一旦引きましょう!」

彼女の声で立ち往生していた戦闘課も、現場を離れ輸送車へ向かう。
トリンは腰を抜かしたブライトを見つけ、戦闘着の首根っこを引っ掴みそのまま輸送車へ戻った。

それからジェイドが病院へ緊急搬送され手術を受けるまで、ブライトの記憶は曖昧になっていた。
かすり傷のトリンの手当てが終わり、ジェイドの手術室まで向かうとダチュラとリアが座って待っていた。
ボロボロに泣きはらしているリアを、トリンが優しく慰める。
それとは反し、ダチュラはいつもと変わらぬ美しい顔のままだった。
どんな時でも毅然としているその態度を見ているうちに、腰を抜かしてジェイドを助けられず、さらにトリンに助けられた自分に腹が立った。
思ってもいなかったはずなのに、ダチュラに対してクリスドールが現場に現れなかったことを責めてしまった。
自分が筋違いなことを言っていると分かっていたが、どうしても止めることができなかった。

手術は無事に終わり、思っていたよりもジェイドは元気そうで、リアにつられてブライトも思わず涙を流してしまった。
尊敬する大好きな先輩を失わずに済んだことへの安堵だった。
病室に入って来たルチルがジェイドに厳しいことを言っていたけれど、それもジェイドのためであり、何一つ間違えたことは言っていなかった。
やはりルチルは信頼できる。
ジェイドが元気になったらまた皆で食事に行きたい。
ブライトはそう思った。
その前にダチュラにも謝ろうと誓い、機会を窺うことにした。

それから数日が経った。
帰りにジェイドの病院へ寄ろうとしていた時、ダチュラが一人で事務課のフロアをうろついているのを目撃した。
彼女にしては珍しく慌てている様子である。
謝るチャンスだと思ったブライトはダチュラに声をかけ、彼女が無くしてしまったというペンダントを探すことにした。
チェーンに通された指輪だと聞き、少し複雑な気持ちだったが手伝うことにした。
時間はかかったが、彼女へのお詫びも兼ねて絶対に見つけようとブライトは必死だった。
更衣室の扉の前で日の光で輝いているペンダントを見つけた。
彼女にそれを手渡し、一緒に帰宅する。
事前にリアから、ダチュラとクリスドールが付き合っていることを本人が否定しなかったと聞いていたので、純粋に祝福の言葉を口にして別れた。
しかしダチュラには格好をつけたものの、まだ未練があるブライトはジェイドの病室で項垂れていた。

「お前、シャキッとしろよ。俺が戻るまで、この国を守るんだからな。いちいち女に振られたくらいでダメージ受けてんじゃねぇよ!」

「ジェイドさんも早く治す気があるなら、こんな物を食べないでください」

ベッドの脇に立っていたルチルが、ジェイドのスナック菓子を取り上げる。

「え~、病院食は俺には合わないんだよ」

「我慢してください」

手術直後のジェイドに説教をしたルチルだったが、次の日には医者と打ち合わせを済ませてジェイドの回復プランをまとめたものを持ってきた。
仕事が早く、ジェイドの為に尽力するルチルをブライトはやはり信頼できると考えていた。
トリンがルチルを好きだということも、今なら納得している。
ジェイドが必死で取り上げられた菓子を取り戻そうとし、ルチルがそれを完全に無視しながらリハビリについての説明をしている。
そんな様子を、傷心したブライトは微笑ましく眺めていた。

ブライトの想いとは反して、運命の歯車は回りだす。
帰宅中にダチュラとクリスドールの姿を見かけた。
落ち込みかけたブライトだったが、2人の様子がおかしいことに気づいてしまう。
仲の良い恋人同士には見えない。
ダチュラがクリスドールに対して嫌悪の表情を浮かべながら追い払おうとし、クリスドールは微笑みながらダチュラについて行く。
ただじゃれているだけだとも思ったが、ブライトの好奇心は止まらない。
悪いことをしているという意識はあったが、二人を尾行することにしたのだ。
そしてたどり着いたのは、人っ子一人いない廃工場。
そこへダチュラとクリスドールは入って行く。
一体こんな場所へ何の用なのか、ブライトの不信感は増した。

「ダチュラ、今日もお家に入れてくれないの?」

「ダメよ。どっか行きなさい」

家とはどういうことなのか?
ダチュラが地下の階段を下っていく。
その日ブライトは数時間張り込んでみたが、ダチュラは地上には現れずクリスドールは微動だにしなかった。

こうして疑念を抱いたブライトによる、2人への尾行の日々が始まる。
そして、2人の会話を聞きくうちにさらなる不信感が増していった。
しかしある日のこと。

「ブライトさん。ちょっといいでしょうか」

いつものようにダチュラの後を付けようとしたブライトを、ルチルが呼び止める。

「な、何でしょうか?」

後ろめたい行動だと自覚していたブライトは、思わず緊張してしまった。
勘の鋭いルチルには、ブライトの行動はお見通しだった。

「大きなお世話かもしれませんが、ダチュラさんに深入りしない方がよろしいですよ」

ルチルが告げた言葉は、ブライトにとって予想外だった。
ブライトが行っているのはストーカー行為と言われても仕方がない。
それがバレて、咎められると思ったのだ。

「ルチルさんは、何か知っているんですか?」

「何も知りません。知らない方が良いと判断しました。彼女は危険です」

何も知らないのに危険だと判断したルチルは、自分よりも人を見る目があるのかもしれないとブライトは思った。
ルチルの忠告は聞いたが持前の正義感が背中を押し、ブライトは真相究明に燃えていた。
ルチルが首を突っ込まないのは仕方がない。
潜力が低いと聞いている。
それなら能力値が高い自分が問題を解決すべきだと考えたのだった。

尾行を続け二人の会話を聞き、国を滅ぼす、ゴーレム、科学などの単語を線で結んでいく。
馬鹿げた考えだとブライトは思いながらも、無視できない事柄にダチュラが関わっていると悟ってしまった。
証拠は無いが自分の推測をルチルに聞いてもらうため、昼休みに事務課の会議室へ彼を呼び出す。

「つまり、一連のエネミーによるテロ行為はダチュラさんが関わっていると?」

ルチルは冷静な眼差しでブライトを見つめた。

「やっぱり……馬鹿げてますよね?」

「そこまでは想定していませんでした」

呆れられると思っていたブライトは、ルチルの発言に背筋を凍らせる。

「ルチルさんはやっぱり、ダチュラさんに何か心当たりがあったんですか?」

「ブライトさんが足で稼いで得た情報を僕に提供してくれたので、話します。ダチュラさんはうちの課にいた人間を一人殺していると思います」

ブライトは耳を疑った。

「それは女性同士の遺恨による殺人だと思っていました。しかし、そうで無かったとしたら――」

「ちょっと待ってください! ルチルさんはそれを知っていて、ダチュラさんと仕事をしていたんですか?」

「本人がそれを認めたわけではなく、証拠もありませんでしたので。僕の思い込みという可能性がゼロではありませんでした。しかし、ブライトさんの話を聞いて確信しました。彼女は普通じゃない」

まさか自分が好きになった女性が、そんな恐ろしい女だったとは。
自分の女性を見る目が無いことをブライトは呪った。

「どうすれば良いでしょうか?」

ブライトには思考する気力が残されていたなかった。

「正直、職場の人間を一人殺しただけなら目を瞑るつもりでした。実際、殺された方も陰湿な嫌がらせを行っていたわけですし。ダチュラさんの気持ちが分からないわけではありませんでした。しかし、テロ行為を行っていたとなれば話は違います」

ルチルは何故こんなにも冷静でいられるのか、ブライトには不思議でたまらない。
年齢の差が多少あるとはいえ、ルチルはまだ若い。
人生経験に余程の差があるのではないかとブライトは思った。

「僕、直接ダチュラさんに問い詰めてみましょうか? もしかしたら、僕達の勘違いという可能性もありますよね」

告げ口したのはブライト自身だったが、まだダチュラを信じたいという気持ちもあった。
ルチルはブライトを真っ直ぐに見据える。

「危険だから止めてください。近日中に僕が今後のプランを立てます。それまで、この事は他言しないようにお願いします」


ルチルと別れてから、ブライトの頭の中はしばらく真っ白だった。
惚れていた女が殺人を犯していた。
そして、この国にテロ行為を行っているかもしれない。
それでもブライトは皆で集まり、楽しく談笑していた日々を思い出す。
そもそもあんな小柄な女性一人で、あの巨大なエネミーを操るなんて現実的では無いのではないか。
ブライトは冷静に考えるように努めた。

どちらにせよ、証拠は何一つ無い。
ルチルは証拠に拘っていたし、仮にダチュラの行為を止めるためには他にも協力者が必要なはずだ。
今後のプランを立てるという頭脳面はルチルに任せ、潜力が強いブライトは何か証拠を見つけるという役割を請け負おうと決めた。
やはり自分が確認しに行くべきだと判断し、夕方ダチュラが帰宅するよりも前にあの廃墟に向かうことにした。
ブライトは冷静に考えたつもりだったが、それは冷静な判断だとは言えなかった。

その廃墟は日が沈みかかっているとはいえ、目が慣れるまではほとんど何も見えない程暗い。
慎重に中へ進んでいったブライトは、廃墟の隅に白い人物が膝を抱えて座っているのを発見した。
それは、純白の英雄クリスドールだった。
ブライトはその時冷や汗を掻いた。
ルチルが危険だと言った理由は、クリスドールが敵になるかもしれないという危惧からだったとその時気づく。
暗かった為ブライトはクリスドールのすぐそばまで近づいてしまっていた。
しかしクリスドールはブライトに見向きもせず、どこか一点を見つめて微笑んでいる。
それは映像放送で度々見かけた美しい顔だったが、今はどこか不気味な存在に感じた。
クリスドールがこちらに関心を示さないのをいいことに、ブライトはダチュラがよく消えて行った地下へと下りる。
そこは配線で張り巡らされた暗闇で、小さなモニター画面だけがぼんやりとした光を放っていた。
こんな場所にあの美しい受付嬢ダチュラが住んでいるとは信じられない。
気味が悪いと思いつつ、ブライトは更に奥へと進んだ。
そして、決定的な証拠を見つける。
それは、今まで幾度か戦ってきたエネミーの姿だった。
巨大なエネミーの頭部がブライトを睨みつけるかのように鎮座している。
ブライトは思わず叫び声を上げ、地上へと続く階段を駆け上った。

「ダチュラさん」

地上に上がり、すぐ目の前にダチュラが立っていた。
いつもと変わらぬ美しい立ち姿。
しかし、少し驚いているように立ち竦んでいる。
数パーセントだけでも信じていた目の前の女に欺かれたと知る。
ダチュラの姿を見とめたブライトは、その途端冷静さを失った。
ブライトの問い詰めにダチュラは何の応答もしない。
沈黙は是なり。
ブライトはダチュラを押し倒し、悲しみと怒りをぶつける。

ブライトは真っ直ぐに育って来た。
人間を信じることを疑わなかった。
純粋すぎるブライトにとって、愛した人のここまでの裏切り行為には耐えられなかった。
ルチルの忠告を無視する形となり、ジェイドの教訓は生かされない。
頭に血が上ったブライトは、そのまま手加減というものを知らないクリスドールに頭を殴り飛ばされる。
苦しむことは無く、即死だったことが唯一の救いだった。
こうしてブライトは、その生涯に幕を下ろした。
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