人を愛したら魔女と呼ばれていた

トトヒ

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第17章

協力関係「私とあなたは似ているかもしれない」

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このバーにルチルと来るのは二度目ね。
本当に良い店を見つけたと思う。
注文したドリンクを持って入って来た店員は、また同じ青年だった。
縁があるわね。
私と目が合い一瞬硬直したものの、今度は営業スマイルを忘れず完璧な対応をした。
仕事ができる子ね。きっと出世するわよ。

さて、今日はルチルから誘われてこの地下にあるバーに来たけれど、一体何の用かしら。
ルチルは今回、注文したドリンクをちゃんと飲んでいる。

「急に誘ってしまい、申し訳ございませんでした」

「いえ、用件は何でしょう」

わざわざこんな日に私とバーに来るなんて、以前なら信じられなかった。
今日は特に忙しかったでしょうに。

「単刀直入に聞きますが、ブライトさんを殺したのはあなたですか?」

あら、まさか冒頭からこんな話題になるとは予想できていなかった。
ルチルは私の目を真っ直ぐ見据え、組んだ手を口元にあてがっている。

「ルチル主任は、危険なことに首を突っ込まない主義では?」

ルチルは目を伏せて、口元を綻ばせた。

「まずは目的を伝えさせていただきます。もし、あなたがブライトさんを殺したのであれば、僕と協力関係を築いてほしいと思いまして」

ちょっと意味が分からないわ。

「協力とは?」

「あなたがこの国にテロ行為を仕掛けているなら、僕はあなたに協力をします。その代わり、僕を見逃してください」

まさかここまでバレていたなんて。
本当に侮れない男ね。

「ルチル主任がその考えに至った経緯を教えてくださるかしら? もしあなたの妄想なら、あなたは訴えられても仕方がありませんよ」

この男の直感と思考力はもはや無視できない。
以前飲み会で語ったエネミーの正体についても、当たらずとも遠からずだったわけだし。

「簡単なことです。ブライトさんに教えてもらったので」

意外な答えが返って来た。

「ブライトさん、ダチュラさんをストーカーしていました。気づきませんでしたか?」

あんな爽やかな別れ方をしたのに、そんな事をしていたの?
気付かなった。
きっと、ゴーレムの完成を焦っていたからでしょうね。

「それで相談されたんです。どうもダチュラさんは怪しいと」

「それで、ルチル主任は何と答えたのですか?」

「本人に確かめてみてはどうかと提案しました。そしてその後、彼は死体で発見されたのです。この流れから考えて、ダチュラさんが関係していると思いました」

なるほど、ブライトが私の住処にたどり着いたのは私をストーキングしていたからだったわけね。
私とクリスドールの会話を何度か聞いているうちに、不審がられてしまったのだろう。
そしてルチルに相談した。
迂闊だったわ。

「それは心が痛んだことでしょう。ルチル主任がそんな提案をしなければ、彼は死なずに済んだのだから」

「いえ、全く」

ルチルは無表情のまま答えた。

「僕は彼のことが嫌いでしたので」

「そうだったのですか。ブライトさんはルチル主任を信頼していたように見えましたけれど」

ルチルが他者に対して好嫌があるとは意外だった。

「信頼ではありません。きっと彼は、自分より立場が下の人間に構ってやっている、くらいの気持ちだったと思います」

私のことを相談するくらいだから、少なからずルチルを信頼していたはずよ。
けれどもルチルの歪んだ心では、そのように認識できなかったのね。

「この会話から推測して、あなたがブライトさんを殺したと断定して宜しいでしょうか?」

私が直接手を下したわけではないけれど、広く見れば私が殺したも同然よね。
もう今更否定をしようがしまいが、私の未来に何か変化があるとは思えない。

「ええ、ブライトを殺したわ。そして、死体を捨てたの」

ルチルは表情一つ変えず、私の目を見つめる。

「そうですか。後もう一つ、ブライトさんが言っていたとおり、あなたはこの国にテロ行為を行っていますか?」

「それも答えなければなりませんか?」

「はい。ブライトさんを殺した理由が、彼のストーカー行為が原因による正当防衛という可能性もありますから。それなら話が違ってきます」

本当に細かい男。
考えられる可能性は全て消しておかなければ気が済まないのね。

「そんなわけ無いじゃない」

「では、エネミーを使って本当にこの国にテロ行為を行っているのですね? クリスドールも英雄では無いと」

これは尋問なの?
だんだん面倒になってきたわ。

「ルチル主任はいつでも正しいわ」

「それは、僕の問に対する回答ということで宜しいですね?」

「ええ、いいわ」

ルチルが眼鏡を指で押し上げた。

「ジェイドさんが負傷し、ブライトさんが死んだ。この国の防衛は弱くなっています。そろそろ、この国に大打撃を与えようとお考えでは?」

相変わらず賢いわね。
でも、打撃なんかじゃ済まさないわ。

「正解よ」

「では、次の攻撃時に僕が避難すべき場所を教えてください」

この国で一番防衛力が高いのは、もしかしてルチルなんじゃないかしら。

「避難場所なんて無いわよ。この国諸共滅びるしかないわ」

「次の攻撃時、僕はダチュラさんの都合の良い戦略を立てましょう。戦闘課にとっては間違った指示を出します。戦略を無視するジェイドさんもいませんので、彼らは僕の操り人形ですよ。これで手を打ちませんか? 僕を見逃してください」

上手いことを考えたわね。
ちょっと魅力的な提案だわ。
大きな戦力を削ったとはいえ、私の計画にまだ不安要素が無いわけでもない。

「一人で生き残ってどうするのよ」

私も人の事は言えないけれど。

「僕なら何とか生きていけます。取り柄は処世術だけですから」

「あなたの国が破壊されても構わないの?」

「むしろ歓迎します。僕はこの国が嫌いです。幼い頃より、亡命することが僕の夢でした」

ルチルの言葉に、自分の生い立ちを重ねてしまった。
私も昔、自分が生きづらい国を出たいと考えたことがあった。
私とルチルの国が逆だったら良かったのかもしれないわね。
きっとルチルは私の国なら、今よりも地位と名誉を得れたでしょう。
私も女性差別が無いこの国に生まれたら、もう少し違う生き方ができたかもしれない。
ハモネーは国を出ることは厳重に取り締まられている。
もちろん、異国の者が入国することもね。

「分かりました。ルチル主任だけは見逃します。その代わり、次に警報が鳴った時は全戦闘課を地方に送ってくださいね」

「全員ですか?」

「はい。それだけで十分です」

こうして私達の契約は成立した。
ルチルは退出しようと席を立ったが、扉の前で立ち止まった。

「最後に、聞いてもよろしいでしょうか?」

何かしら?
私の正体か、この国を破壊する理由か。

「何故、ブライトさんの死体を処理しなかったのですか?」

「はい?」

この質問の意味は一体何なのかしら。

「話を蒸し返してしまって申し訳無いのですが、ランダさんを殺しましたよね?」

本当に今更ね。

「はい」

「ランダさんの死体はまだ見つかっていません。見つからないように、処理されたのではありませんか?」

「正解よ。もうどこを探しても見つからないわ」

バラバラどころではなく、ミンチ状にしてしまったからね。

「ブライトさんも同じように処理すべきだったのでは無いでしょうか。死体が見つからない方が、リスクはより低くなります。ダチュラさんがそれに気づかないとは思えません」

常に細心の注意を払う、ルチルらしい考え方ね。
確かに私は詰めが甘いのかもしれない。
けれど……。

「私、ブライトさんにお礼を言い忘れたの」

「お礼?」

「私の無くし物を、一緒に探してくれたんです。彼が見つけてくれたのだけれど、その時お礼を言い忘れました。それが理由です」

ルチルの眉間に皺が寄る。
理詰めのあなたには分からないかもね。

「彼はちゃんと埋葬してあげるべきだと思いました。皆に見送られながら。それが私にできる、感謝の印です」

「……他人を全て理解することはできませんね。お先に失礼します」

ルチルは去った。
グラスは空になっていた。
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