人を愛したら魔女と呼ばれていた

トトヒ

文字の大きさ
上 下
13 / 26
第12章

純白の英雄クリスドール「私とクリスドールの関係は――」

しおりを挟む
前にルチルとの密会に使ったお店にやって来た。個室はやっぱり便利ね。

私の目の前に、純白の英雄クリスドールが座っている。
クリスドールは目立つから、グレーのパーカーを羽織りフードを被って私の後に続いて入店した。
個室に通されてから、クリスドールはフードをとって透き通った目を私に向ける。


私達の目の前にクリスドールが現れた時は少し焦ってしまったわ。
クリスドールが私の名前を呼んだ時点で、私とこの子が何かしらの知り合いであることを察し、皆は混乱しながら私達を交互に見ていた。
良い誤魔化し方も思いつかなかったので、その場で皆には今度説明すると伝え、クリスドールを連れてその場を去るしかなかった。
どうしてくれるのよ。


個室の扉が開き、注文した飲み物が届く。
現れた店員は、以前ルチルと密会していた時と同じ若者だった。
彼は私と目が合い微笑みかけたのも束の間、クリスドールに気づきグラスをひっくり返しそうになったところを、すんでの所で支えた。
さすがプロね。でも営業スマイルを忘れてしまっている。
震える手でテーブルにグラスを置いた。

「お兄さん、オレがここに来てることは内緒ね」

クリスドールが完璧なウィンクをする。
店員が素早く90度のお辞儀をした後、一瞬私を見てから出て行った。
私のことをどう思ったかしら。

「じゃあ、再会を祝って乾杯しようか」

クリスドールが私にグラスを向ける。

「しないわよ」

私が拒否すると、クリスドールは大人しくグラスを机の上に戻した。
無機質な笑顔のままで。

「久しぶりだねダチュラ。ずいぶん探したんだよ」

クリスドールは微笑みながら、首を横に傾けた。

「それで、私を探し出してどうするの?」

「お願いを聞いてほしいんだ。この国を破壊するのを止めてよ」

予想通りの回答が返ってきた。
ここまで来たのに、今更止められるわけがないじゃない。

「嫌だと言ったら?」

「最終的には、ダチュラを殺せってマスターから命令されてる。でも最終的って、どういう状態のことなのか分からないんだけど。教えてくれる?」

「殺されると分かってて、教えるわけないでしょ。自分で考えなさい」

「考えたけど分からないから聞いてるのに。曖昧な命令されて困ってるんだよ」

知らないわよ、そんなこと。

「じゃあ提案をしてあげる。当初の予定どおり、あなたがこの国を破壊して。そうすれば私がこの国を破壊する必要もなくなるわ」

「オレがこの国を破壊することも禁じられてる」

この子と話していても、平行線のままよね。

「分かったわ。破壊を止めてあげる。ただし、時々憂さ晴らしだけはさせて。それくらい良いでしょ?」

「憂さ晴らしって何するの?」

「時々、“ゴーレム”を暴れさすだけよ。今までどおりね。あんたも時々壊していいから」

「それでいいのかなぁ?」

「いいじゃない。今やあんたは純白の英雄なんて呼ばれて、もてはやされているじゃない。『人を救うことに理由は必要ありません』あれ、素晴らしい演説だったわ。私が死んでも言えない台詞ね」

「あれね。マスターがそう言っておけって言うからさ。他に余計なことは言うなって」

この発言を、クリスドールに憧れている人が聞いたら泣くでしょうね。
この子は正義の為に自ら動いているわけではないから。
全ては私を止めるという、アイツからの命令に従っているだけ。

「じゃあオレからも提案。そろそろ死んだら? クソババア」

クリスドールの表情はにこやかだ。
美しいまま張り付いた顔面を崩したりしない。

「おだまり、クソガキ」

この子のことは言えない。
私も表情豊かではないから。

「ババアは不適切だよね。だってババアなんて年齢じゃないもんね。やっぱり魔女の方が良かったかな?」

その通り名も嫌い。

「ねえ、オレそんなに間違えたことを言ってる? そろそろ死んでおこうよ。悪いことは言わないからさ」

傍から聞いたらとんでもない発言だけれど、私達の場合は確かに間違えた表現ではないかもしれない。

「そう思っているのに、私を殺さないのね」

「さっきも言ったじゃん。最終的な状況じゃないと殺しちゃダメなんだよ。人間って本当に自分勝手だよね。破壊行為を止めろ、でもまだ殺すな、でも最終的に殺せ……意味不明だよ」

クリスドールは笑みを浮かべたまま、両手を挙げた。

「あんたのマスターなのに、悪く言うのね」

「ダチュラの弟なのに、遺言を聞いてあげないんだね」

クリスドールが真っすぐに私を見つめる。
その目の奥にアイツがいるかと思うと、忘れかけていた愛憎が蘇る。
こんなに気分が悪くなるのは久しぶりだわ。

「もう弟だなんて思ってない。死んでも尚、あんたを使って私の邪魔をするなんて許せないわ」

「そんなに敵意を向けたら可哀そうだよ。マスターはダチュラのこと、大好きだったのに」

だったらどうして死んだのよ。
一緒にこの国に復讐しようと誓ったじゃない。
私達の国を滅ぼした、この国に。

「さっきの人達はダチュラのお友達? 心が痛まないの? 人間は悪いことをすると、心が痛むんでしょ? オレには分からないけど、ダチュラはオレよりはまだ人間でしょ?」

最後に良心の呵責にさいなまれたのは、いつだったかしら。
この身体と顔だった女を乗っ取った時だったかもしれない。
きっとその時に、前の身体と一緒に心も捨ててしまったのね。
あの時から私は、本当の魔女になったのかもしれない。

「私はもう人間じゃない。あんたの言う通り、魔女よ。それに、悪いことをしているとは思わない。これは私の正義なの」

「その先に何があるの?」

「それを見たいのよ」

私が日頃から服の下に忍ばせているネックレスを取り出した。
チェーンに通された、豪華な指輪が輝いている。

「それって旦那さんから貰ったやつ?」

「そう。私はあの人の無念を晴らさなければならないの。それが、私にできる唯一の罪滅ぼしよ」

「死んで詫びるっていう方法があると聞いたけど?」

「それはできない。きっと私は天国にも地獄にも行けないから。もう、あの人に会って謝ることはできないわ」

「天国と地獄って本当にあるの? マスターはどっちに行ったのかな? オレも壊れたらどっちかに行けるかな?」

私は科学者。
正直、そんな曖昧な事柄は信じていなかった。
でも、もしもあるなら、天使も悪魔も私達に関わりたくないでしょうね。

「アイツも私も、そしてあんたも、そろって煉獄行きよ」

「やった! じゃあ、また3人で仲良く暮らせるね」

クリスドールが完璧な笑顔で微笑む。
この笑顔に虫唾が走るのは、私だけかしらね。

でも、久しぶりの再会は悪いことだけでは無かった。
危うくこの国に染まりそうになっていた私に、また決意の炎を灯してくれたもの。
悪いけど、煉獄行きは先延ばしにさせてもらうわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...