人を愛したら魔女と呼ばれていた

トトヒ

文字の大きさ
上 下
7 / 26
第6章

ルチルという男「ルチル主任を無理やり食事に誘ったわ」

しおりを挟む
お仕事終わりに、小洒落た個室つきのバーにルチル主任と入店した。
前にリアと読んだ雑誌『穴場の飲食店ガイド』に載っていた隠れ家バーとして紹介されていたお店。
雑誌に掲載されてしまったら穴場でも隠れ家でもなくなるのではないかと思ったけれど、地下にあり個室まであるバーは密会には最適だと思い選択した。


ルチル主任の予定を全てチェックし、仕事を早く切り上げられる日を狙って声をかけた。
相変わらず目元があまり見えず表情は分かりにくかったけれど、明らかに警戒されていることは間違いなかった。
自分で言うのもなんだけど、私に誘われてそんな態度をとる人はこの国には今のところいなかったのだけれど。
お店が会社から近かったこともあり、強引に連れ込むことに成功した。

「今日はありがとうございます。ルチル主任はお酒をお飲みになりますか?」

「……お茶にします」

ルチル主任がお茶ならと、私も同じものを注文することにした。
数分の後、ウェイターが個室の扉を開けて二つのグラスを持って来た。
まだ20代前半の若い男性だが、髪をしっかりセットしこのお店に馴染む出で立ちをしている。
私とルチル主任を見比べて戸惑っている様子だけれど、私の方を見て微笑んでから退出した。

「お腹は空いてませんか? お茶だけでよろしいですか?」

「あの……ご用件は何でしょうか?」

あら、まずは軽く談笑でもしようかと思っていたけれど、普通の会話はやっぱり苦手な男なのかしら。
相変わらず私に目を合わせないしね。

「用件だなんて。ルチル主任とあまりお話したことがなかったから、勇気を出して誘ってみただけですよ」

「二人きりで、こんなお店にですか?」

「ごめんなさい。ご迷惑だったかしら?」

「僕を誘っても、ダチュラさんにメリットがあるとは思えないので」

ガードが固すぎるわね、この男。
それとも……。

「本当のことを言いますと、ルチル主任が私に目を合わせないのが気になって。私の事嫌いでしょうか?」

さて、どう出るかしら?

「そのように思わせてしまい、申し訳ありませんでした。そういうわけではありません。以後気を付けます」

詰まらない回答。
どっちが上司なのかしら。
ここまで萎縮しなくてもいいじゃない。
やっぱり……彼は何かに感づいている。
こっちから切り出すしかないわね。
答え方次第では……また処理しなければ。

「ルチル主任は不必要なことを言わないのですね。それって、自己防衛ですか?」

ルチル主任はビクッと身体を震わせた。
より俯いて、私の視線を避けようとする。

「ルチル主任は私の事を嫌っているのではなく、怖がっているように見えます。それは何故ですか?」

「……」

「今後の為にもはっきりしておきたいのです。答えていただけなければ、今夜は帰しませんよ、なんて」

しばしの沈黙の後、ルチル主任は顔を上げて私と目を合わせた。
こんなにしっかりと目を合わせてくれたのは、これが初めてね。
良く見ると、切れ長の素敵な目だわ。

「失礼しましたダチュラさん。この期に及んで、はぐらかそうとしたのが間違いでした」

今までとは違い、私をまっすぐ見つめてはっきりとした口調。
本当にさっきまでと同じ人なのかしら。

「見逃してもらえませんか?」

「はい?」

あまりにも堂々とした態度で何を言うのかと思えば。

「何をでしょうか?」

「僕という存在です」

「私があなたに危害を加えると思っているのでしょうか?」

「その為に、このお店を選択したのでは?」

さっきの歯切れの悪い話し方とは段違い。
さすがね秀才君。
今ならかなりいい男よ。

「そう思う根拠を教えてくださるかしら」

「根拠は僕の勘としか言えません」

「勘? 随分とあやふやじゃないですか?」

「人間の直感には侮れないものがありますよ。僕は潜力が人一倍弱いこともあり、昔から周囲を気にしながら生きていました。人の行動や顔色には敏感なんです。訓練の賜物とも言うべきか、今では第一印象でだいたいどのような人間か分かるようになりました」

「まあ、すごい。それで、私の印象はどうだったのでしょうか?」

「気を悪くされたら申し訳ないのですが……」

「構いませんよ、今更」

ルチル主任は私の目の奥を覗きこむように見つめた。
そんなに見つめることもできるんじゃない。

「あなたは、得たいが知れない」

「……それは、どういう人間か分からないということでは無いのですか?」

「そのとおりです。だから恐ろしい。僕のような弱い人間が近づいてはいけない存在だと思います」

「そんな、人を化け物みたいに言わなくても」

「得たいが知れないものを化け物と呼ぶならば、その表現が正解かもしれませんね」

ちょっとこの男を見くびっていたかもしれないわね。

「そんなに私を警戒していたのなら、私について何か調べたりもしているのでは?」

「いえ、先程も言ったように近づいてはいけない存在を詮索したりしません。僕はそんな男なんです。危険には首を突っ込みたくない。好奇心よりも安全を優先する。それが、能力値が低い人間がこの国で生きていくための処世術ですよ」

なるほど、だから勘止まりというわけね。

「こんな平和な国なのに、そのような考え方なのですね?」

「そうですね、ぼんやりしたベールに包まれた平和な国です。でも人間の本質は欲望と破壊。能力値が低い人間の幼少期なんてろくなものではない。いや、今もそうか……」

「ルチル主任は能力値がなくても頭がいいエリートじゃないですか。能力値に遺伝は関係ありませんし、引く手数多なのでは?」

「自分の手で守れもしない家族を作ろうとは思いませんね。それに、僕は遺伝じゃない事の方が怖いですよ。ただの運じゃないですか、生まれながらにして。神様がいるとしたら、僕は最初から嫌われていたわけですからね」

この国の闇の部分と言うべきかしらね。
こんなひねくれて育ってしまう人も多いのかもしれない。
でも、彼のように頭がいい人と話すのは久しぶりで少し楽しいかもしれない。

「今の話からして、ダチュラさんは僕より能力値は高そうですね」

「そうでもありませんわ」

実際問題、あなたよりも潜力は低い……というより一切無いもの。

「さて、こんなか弱い僕をどうするつもりですか? 僕はこんなゴミクズです。あなたの障害にはならないし、邪魔もしません」

ルチル主任は開き直ったように深々と椅子に座りなおした。
こういう人間が私にとって、一番危険なのよね。
ブライトやジェイドなんかよりよっぽど危ない男。

もう少し詮索してから判断するとしますか。

「ルチル主任は自分の勘に絶対の自信があるのですね。でも、このままじゃまるで私が本当に悪い女みたいじゃないですか? 勘違いかもしれないですよね」

「確かに、証拠は何もありません。僕の勘違いなら謝ります。これでいいでしょうか?」

「何か他に、思い当たることでもあるんでしょ?」

口調を変えて、静かに囁く。
ルチルが眉間に皺を寄せた。
しばらく沈黙した後、ルチルが重い口を開いた。

「……ランダさんに、何かしましたか?」

ほらね、やっぱり出てくるじゃない。
ランダは私が入社してくる前に働いていた、ベテランの受付嬢。
入社当初から私に対して面白くなかったのか、ちょっかいを出してきた。
上手くあしらっていたつもりだけれど、私がジェイドに気に入られたり他の男性社員から声をかけられたことがさらに彼女を怒らせてしまったみたいだった。
でも、これって私は悪くないわよね。

「無断欠席が続いてますわね。そのランダ先輩の欠席理由が、私と関係あると?」

「ランダさん、あなたに嫌がらせをしていましたよね。そして突然失踪した。ご家族が警察に捜索願を出したのですが、未だに見つかっていません」 

「それで?」

「それだけです。ただ彼女がこの仕事を放り出す理由が考えられません」

「私が何かした思っているのですね?」

「ただの勘です。失礼なことを言っているのは分かっています」

私は笑い出してしまった。
私の笑い方が不気味だったのか、ルチルの顔は青くなる。
ルチルが臆病な性格で助かったわ。
狙いを定められて調べられたら、いろいろとバレてしまったかもしれない。

どうしようかしら、この男。
ランダの時のように処理するのは簡単だけど、彼女と彼の違いは利用価値があるかどうかね。
あの女の存在は私にとって何の利益にもなかったけれど、この男はまだ使い道がありそう。

「ねえ、ルチル主任。私に対する失礼な発言は水に流しますから、その代わりに私のお願いを聞いていただけますか?」

そろそろ飽きてきた、この詰まらない日常に変化が起きそう。
そう思いながら、わくわくしている自分がいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...