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71 優しい大人
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「おはようございま、す……」
クリスマス商戦が終わるとすぐに今度は年末年始商戦が始まる。とりあえず、クリスマスムードは大急ぎでチェンジして、少し艶やかな和風テイストも入ったディスプレイに変更する…………って言ってた、よね?
俺がウインドウのところのレイアウト変更を担当って、言われてたと……思うんだけど。
なのに、お店に現れたら、ものすごく驚いた顔をされた。
あれ? 今日って、俺出勤日だよね? 火曜日だもん。水曜……ならまた休みだけど、それならお店ごとお休みのはずだよね?
でも、お店、今日やる、よね?
チラリと、時間を見て、レジカウンターのところにある小さな卓上カレンダーへと視線を向けた時、ぽつりと国見さんが。
「…………今日、休みだとばかり思ったのに」
そう、呟いた。
「え? えぇ? なんでですかっ!」
「だって、昨日、休みでしょ?」
「……?」
「ベッドから起きられないかと」
「! なっ、なん、なん、なんっ」
首を傾げて、うーん、なんて唸って、国見さんが頭を抱えたふりをした。
「ないですよ!」
「案外、彼は奥手なのか」
「そうじゃなくてっ! って」
自分から言っちゃったじゃん。
まだ、店内にエアコンはいらないかもしれないですよ? ってくらいに、頬が熱くなっていく。
「なるほど、それで今日はタートルネック」
「!」
咄嗟に、首元を手でぎゅっと押さえちゃった。
でも、違うし。
このタートルざっくり編みでそもそもお気に入りだし。だからなだけだし、なんて今更言ってももう遅そうで。
「そのニット、とても聡衣君に似合ってるよ。そんなわけで、今日は一人でレイアウト変更しないとって気合いを入れて来たんだけど」
「だ、大丈夫ですっ」
「そう?」
「はいっ」
「あ! 重いものは大丈夫だよ?」
「! へ、平気、ですっ!」
腰とか背中とか、大丈夫だし。
なんていうか、その、すごく優しかったし。
――聡衣、平気か?
そう何度も訊かれた。訊きながら、あっちにもこっちにも旭輝がキスをするから、すごく、その。
「聡衣君」
「は、はいっ!」
思い出してたら、名前を呼ばれて、頭の中で再現した昨日のあれこれを掻き消すように、ブン! って顔を上げると、国見さんが眉を上げて驚いた顔をした。
「あまり、朝から刺激的な表情をしないように。僕はしっかりゲイなので。恋愛対象が男性だからね。もちろん、君も恋愛対象に入るし」
どんな顔なんですかって言ったら笑われちゃった。
そして、笑いながら、クリスマス用の雪を模した綿を袋に入れて、箱へとしまう。国見さんは高い棚からレイアウトに使えそうな小物たちの入った別の箱を出してくれた。俺でもどうにかしたら手が届くけれど、精一杯のつま先だちをしないと無理そうな高いところにあって。
多分、労ってくれた。
「大事な、うちのスタッフの体を気遣える彼氏に感謝しておかないと」
「……」
「優しい彼氏なんだね」
「……は、ぃ」
そう、旭輝って、優しい。
優しくて、びっくりするくらい。
あんなに優しく抱かれたの、初めてだった。
「素敵な表情だ」
夢見心地って、感じのセックス、初めてした。
「これは完全に僕は可能性ゼロだなぁ。残念」
「! ぁ、の……」
「言っただろ? きっかけは甥っ子の我儘だけれど、けっこう本当に気に入ってたんだよ?」
「……」
「君に優しくできる彼氏が羨ましいくらいには、ね」
今も、まだ余韻が残ってるの。優しくて甘い余韻。
そうなんだよね。
旭輝は俺の彼氏で、俺は旭輝の彼氏で。
なんか、今更なのに、もう数日前から俺たちの関係は変わったのに、でも、昨日のはすごく幸福感があったからかな、なんかこの恋に実感湧いてないけど。
「はぁ、僕が君にその表情をさせたかったのにな」
国見さんはそう言って、少し肩を落とした。
すっごく素敵な人で、俺にしてみたら国見さんだって勿体無くて、でもそれを言ったとろで、だ。どんなに俺にはもったいない上品な人でも、やっぱり、俺は旭輝を選んじゃうから、かける言葉が見つからない。
「……ぁ」
「あぁ! そうだ! 聡衣君、これ」
国見さんがパッと顔を上げた。そして――。
「勝てる見込みはないけど、アピールしてみたんだ。いつかこっちに振り向いてくれるかもしれないなぁって。まぁ、オーナーとして、君には元気にお店で頑張ってもらいたいから」
そう言って、俺が戸惑わないようにしてくれる。そういうところ、すごいなって思う。大人だなって。
「たくさん頑張ります。あの……」
最初から思ってたよ。素敵な人って、大人の余裕と包容力があるって。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、にっこりと笑ってくれた。
でも言っても、仕方ない。
言わないほうがいいけれど、俺も。
俺も、国見さん、けっこう好きだよ。可愛い人だなとも思った。今もそれは変わらない。
けれど、それを俺が言ったって、さ。
「さ、それじゃあ、新年のレイアウト、やっちゃおうか」
「はい」
だから、俺よりもずっと素敵な人が見つかりますよって心の中で呟いて、新しい年のレイアウトをどうしようかなって、真っ赤なストールを手に取った。
クリスマス商戦が終わるとすぐに今度は年末年始商戦が始まる。とりあえず、クリスマスムードは大急ぎでチェンジして、少し艶やかな和風テイストも入ったディスプレイに変更する…………って言ってた、よね?
俺がウインドウのところのレイアウト変更を担当って、言われてたと……思うんだけど。
なのに、お店に現れたら、ものすごく驚いた顔をされた。
あれ? 今日って、俺出勤日だよね? 火曜日だもん。水曜……ならまた休みだけど、それならお店ごとお休みのはずだよね?
でも、お店、今日やる、よね?
チラリと、時間を見て、レジカウンターのところにある小さな卓上カレンダーへと視線を向けた時、ぽつりと国見さんが。
「…………今日、休みだとばかり思ったのに」
そう、呟いた。
「え? えぇ? なんでですかっ!」
「だって、昨日、休みでしょ?」
「……?」
「ベッドから起きられないかと」
「! なっ、なん、なん、なんっ」
首を傾げて、うーん、なんて唸って、国見さんが頭を抱えたふりをした。
「ないですよ!」
「案外、彼は奥手なのか」
「そうじゃなくてっ! って」
自分から言っちゃったじゃん。
まだ、店内にエアコンはいらないかもしれないですよ? ってくらいに、頬が熱くなっていく。
「なるほど、それで今日はタートルネック」
「!」
咄嗟に、首元を手でぎゅっと押さえちゃった。
でも、違うし。
このタートルざっくり編みでそもそもお気に入りだし。だからなだけだし、なんて今更言ってももう遅そうで。
「そのニット、とても聡衣君に似合ってるよ。そんなわけで、今日は一人でレイアウト変更しないとって気合いを入れて来たんだけど」
「だ、大丈夫ですっ」
「そう?」
「はいっ」
「あ! 重いものは大丈夫だよ?」
「! へ、平気、ですっ!」
腰とか背中とか、大丈夫だし。
なんていうか、その、すごく優しかったし。
――聡衣、平気か?
そう何度も訊かれた。訊きながら、あっちにもこっちにも旭輝がキスをするから、すごく、その。
「聡衣君」
「は、はいっ!」
思い出してたら、名前を呼ばれて、頭の中で再現した昨日のあれこれを掻き消すように、ブン! って顔を上げると、国見さんが眉を上げて驚いた顔をした。
「あまり、朝から刺激的な表情をしないように。僕はしっかりゲイなので。恋愛対象が男性だからね。もちろん、君も恋愛対象に入るし」
どんな顔なんですかって言ったら笑われちゃった。
そして、笑いながら、クリスマス用の雪を模した綿を袋に入れて、箱へとしまう。国見さんは高い棚からレイアウトに使えそうな小物たちの入った別の箱を出してくれた。俺でもどうにかしたら手が届くけれど、精一杯のつま先だちをしないと無理そうな高いところにあって。
多分、労ってくれた。
「大事な、うちのスタッフの体を気遣える彼氏に感謝しておかないと」
「……」
「優しい彼氏なんだね」
「……は、ぃ」
そう、旭輝って、優しい。
優しくて、びっくりするくらい。
あんなに優しく抱かれたの、初めてだった。
「素敵な表情だ」
夢見心地って、感じのセックス、初めてした。
「これは完全に僕は可能性ゼロだなぁ。残念」
「! ぁ、の……」
「言っただろ? きっかけは甥っ子の我儘だけれど、けっこう本当に気に入ってたんだよ?」
「……」
「君に優しくできる彼氏が羨ましいくらいには、ね」
今も、まだ余韻が残ってるの。優しくて甘い余韻。
そうなんだよね。
旭輝は俺の彼氏で、俺は旭輝の彼氏で。
なんか、今更なのに、もう数日前から俺たちの関係は変わったのに、でも、昨日のはすごく幸福感があったからかな、なんかこの恋に実感湧いてないけど。
「はぁ、僕が君にその表情をさせたかったのにな」
国見さんはそう言って、少し肩を落とした。
すっごく素敵な人で、俺にしてみたら国見さんだって勿体無くて、でもそれを言ったとろで、だ。どんなに俺にはもったいない上品な人でも、やっぱり、俺は旭輝を選んじゃうから、かける言葉が見つからない。
「……ぁ」
「あぁ! そうだ! 聡衣君、これ」
国見さんがパッと顔を上げた。そして――。
「勝てる見込みはないけど、アピールしてみたんだ。いつかこっちに振り向いてくれるかもしれないなぁって。まぁ、オーナーとして、君には元気にお店で頑張ってもらいたいから」
そう言って、俺が戸惑わないようにしてくれる。そういうところ、すごいなって思う。大人だなって。
「たくさん頑張ります。あの……」
最初から思ってたよ。素敵な人って、大人の余裕と包容力があるって。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、にっこりと笑ってくれた。
でも言っても、仕方ない。
言わないほうがいいけれど、俺も。
俺も、国見さん、けっこう好きだよ。可愛い人だなとも思った。今もそれは変わらない。
けれど、それを俺が言ったって、さ。
「さ、それじゃあ、新年のレイアウト、やっちゃおうか」
「はい」
だから、俺よりもずっと素敵な人が見つかりますよって心の中で呟いて、新しい年のレイアウトをどうしようかなって、真っ赤なストールを手に取った。
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