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65 冬のように、秋のように、夏のように、春のように(旭輝視点)
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初めて、好きな人とセックスをした。
それはとても満ち足りていて、こんなに心地良い行為で。たまらなく幸せだった。
「んー……」
聡衣の声は柔らかくて、聞いてると落ち着く。
「……」
寝ぼけてるのか、毛布の中で小さく身体をくねらせてから、キュッと眉をわずかにひそめて、でも、すぐに穏やかな寝息が聞こえた。その寝息に合わせて、長い聡衣の前髪がわずかに揺れる。
ここで、じっと動かず見つめていないと気がつかないほどわずかにだけ。
「……」
髪、柔らかいんだろうな。たまに朝、遭遇すると少し毛先に寝癖がついてることがよくあった。
寝癖のことを言うと、真っ赤になって慌てて、長く華奢な指で押さえてた。
起こさないように、そっと触れて、そっと撫でると、ガキみたいに胸が躍る。
「……ウソ、じゃない、よな」
そう呟くくらい。
まさか、あの人にまた会えるなんて思ってもいなかった。
あの時は信じられなかったっけ。
全然眠れないまま、ソファに寝転びながら嘘みたいな状況を噛み締めてた。
あの人が俺の部屋にいて、俺のベッドで眠ってるって、早朝気がつかれないように確かめたくらい。
ずっと、この人のことが――。
生まれ育ったのは何にもない田舎だった。近所、なんて言っても歩いて数十分かかる。そのまた隣へなんて言ったら自転車で行かないと面倒なくらい。あるのは田んぼ、畑、それから鬱蒼と繁った雑木林に、信号なんてない舗装もどこかボロがきてるコンクリートの道。コンビニなんて車がないと行けそうにもない、そんな田舎。買い物はネットを活用しないと不便で仕方ないし、病院だって学校だって、どこに行くのも遠くて仕方がないような場所だった。
もちろん学生の頃の通学なんて、都会の人間にしてみたら笑い話にしかならないほど遠くまで通わないとならなかった。
だから、大学進学を希望する奴らはもう高校卒業と同時に家を出て、大学近くに一人暮らしか寮生活が当たり前だった。
俺もその一人だ。
そして、大学卒業と同時に官僚に。
成人式でリクルートスーツ一式はあったけど、毎日同じスーツってわけにもいかないし。
親が就職祝いにリクルートスーツをと言ってくれたが、田舎から送ってもらうののは大変なことだし、都会で暮らしてるんだ、自分で準備するから気にしなくていいと言った。
言ったはいいが、いざ紳士服を買いに行っても、わけがわからなくて困ったっけ。
何を買えばいいのか、そう迷ってる時だった。
「いらっしゃいませ。そこのお財布、可愛いですよね」
そう声をかけてくれたのが聡衣だった。
「あ……はい」
「すっごい可愛いけど、白い合皮は使い込むの難しくて……俺、自分用に欲しかったんですけど」
白い指先に白い合皮製の財布。似合うなって思ったんだ。
「お値段も高くて」
そこで悪戯っぽく笑って、その笑顔に見惚れた。
「ビジネススーツをお探しですか?」
綺麗な人だな、そう思った。
「お客さまは背が高いからどんなのも似合いそうですよ。ダークグレーとかもすごく似合いそう。春先なので、ちょっと明るめとか」
同じ男とは思えない、って、思った。
「……あ、いや」
「もしかして、リクルートスーツだったりします?」
「え? あ、はい。今年の春に」
「わ、もしかして同じ歳かな」
「あ、二十二……」
「わぁ、同じ歳! おめでとうございます!」
笑うと、可愛いって、思った。
「そっかぁ、じゃあ、少し真面目そうな感じの方がいいかな」
真面目な顔をすると、美人なのが際立つ。
「親に手間かけたくなくて自分で買うからって言ったけど、よくわかんなくて」
「……」
「だからどんなのがいいのかも、全然」
華やかな人だと思った。
何も起こらない、刺激なんて一ミリだって生まれない俺の生まれ育った場所には到底いないような。
「じゃあ」
「?」
「じゃあ、世界一かっこいいサラリーマンにしてあげるね」
その人がふわりと微笑んだ。
「待ってて。とびっきりのコーデしてあげる」
「あ、あのっ」
「平気! フルコーデでアホみたいに高いスーツ買わせようとしたりなんてしないから」
「でもっ」
「俺ね、高卒で働いてるの。アパレルでやりたかったから、早く仕事したかったのもあるけど、親に少しでも手間かけたくなくてさ」
「……」
「まぁ、親不孝してばっかだし。あ! 俺の場合は、ね? お客さまは親不孝してないと思うし!」
くるくると表情が変わる。そして、どこまで自由に見えた。まるで背中に羽でも生えているように。
「とにかく、親を大事にする人に悪い人いないから! なので応援する!」
「ぁ…………ありがと」
お礼を言うと、可愛く微笑んで、どういたしましてと言ってくれた。
その笑顔に、確かに胸が躍って、心臓がトクトクと田舎暮らしではありえないほど嬉しそうにはしゃいでる。
同じ年、だっけ。
二十二。
「ホント、何でも似合うと思うんだけど。でも、うーん、ダークグレー……あ、いや、もう少しフレッシュマンっぽい感じで紺……かな」
「……」
「うん、紺色、似合います」
名前は?
「そだ! 少し袖通してみます?」
苗字だけネームプレートにローマ字で綴られていた。エダシマ、さん。
「羽織ってみるとイメージ固まると思う」
そばに来て、俯くと、睫毛がとても長かった。
「こちらに腕を」
少し、緊張した。
「わ、ぁ……すごいかっこいい!」
同性なのに、褒められて、やたらと嬉しくて仕方なかった。チラリと店内にある鏡を見ると、普段と少し違う自分が映っていたっけ。でも、その隣にいる彼へと視線は釘付けになったんだ。
華奢だなって。
「新卒ならこのくらい真面目な感じの方がいいと思う。あ、でもネクタイでけっこう印象変わるので、ちょっと待ってて」
ゆるくウエーブのかかった髪は彼の動きに合わせて、ふわりと踊るように揺れる。
「もう絶対にこれがいい! これで、ネクタイはこれ! そんなに値段高いネクタイじゃないけど、この柄、フレッシュマン向けなのにちゃんとお洒落で、俺のイチオシだから。もちろん似合ってる。うん。すっごい、いい感じ」
エダシマさんが鏡をわざわざ持ってきてくれて、見せてくれる。
「君、元がすっごいかっこいいから服変えるだけで全然印象が変わると思うよ?」
「……」
鏡の中にいた自分は確かに、普段の自分とは違ってるように見えた。
「服ってね。魔法なんだ」
「……」
「あは。ここ笑っていーとこだよ」
「いや……」
「服一つでね。その日一日が変わるんだぁ。超イチオシ! の服の日って、背筋伸びない? 勝負服ってやつ。けど、ボロボロの毛玉だらけの服じゃ背中丸まっちゃうでしょ? あ、けど、ここが難しくてね。そのボロボロの毛玉だらけの服も人によっては世界で一番大事な場合もあるから。ほら、思い出とかで。だからそこを見極めて、その人が背筋ピンって伸びる服を探す手伝いをするの」
普段と違う自分を、このエダシマさんが探してくれた。
「俺の自慢の仕事なんだぁ」
「……」
「えへ。笑っていーってば」
少し照れくさいのか頬を赤く染めた。
「えっと。ごめん。話し込んじゃった。えっとね。すごく似合ってます。もう、ホントめちゃくちゃかっこいい。あ、お世辞じゃなくて!」
「かっこいい、ですか?」
「うん。すっごく」
問いかけると、一瞬、じっと見つめて、それからにっこりと微笑みながら頷いてくれた。
「貴方から見ても?」
話すと、秋の紅葉のような髪が揺れる。
「あのっ! 俺が、いい男になったら!」
「?」
「いい男になったら」
「かっこいいスーツメンズは誰でも大好きになっちゃうよ」
「貴方も?」
俺は、あの時。
「もちろんだよー」
何にもない雑木林ばかりの景色を一夜で驚くほど美しい景色に変える雪みたいに肌が白くて。
春のように微笑んで。
「俺、男だけど、男の俺も好きになっちゃうくらいのかっこいい働く男になれるよ」
夏のように笑う。
そんな人に一目惚れをした。
それはとても満ち足りていて、こんなに心地良い行為で。たまらなく幸せだった。
「んー……」
聡衣の声は柔らかくて、聞いてると落ち着く。
「……」
寝ぼけてるのか、毛布の中で小さく身体をくねらせてから、キュッと眉をわずかにひそめて、でも、すぐに穏やかな寝息が聞こえた。その寝息に合わせて、長い聡衣の前髪がわずかに揺れる。
ここで、じっと動かず見つめていないと気がつかないほどわずかにだけ。
「……」
髪、柔らかいんだろうな。たまに朝、遭遇すると少し毛先に寝癖がついてることがよくあった。
寝癖のことを言うと、真っ赤になって慌てて、長く華奢な指で押さえてた。
起こさないように、そっと触れて、そっと撫でると、ガキみたいに胸が躍る。
「……ウソ、じゃない、よな」
そう呟くくらい。
まさか、あの人にまた会えるなんて思ってもいなかった。
あの時は信じられなかったっけ。
全然眠れないまま、ソファに寝転びながら嘘みたいな状況を噛み締めてた。
あの人が俺の部屋にいて、俺のベッドで眠ってるって、早朝気がつかれないように確かめたくらい。
ずっと、この人のことが――。
生まれ育ったのは何にもない田舎だった。近所、なんて言っても歩いて数十分かかる。そのまた隣へなんて言ったら自転車で行かないと面倒なくらい。あるのは田んぼ、畑、それから鬱蒼と繁った雑木林に、信号なんてない舗装もどこかボロがきてるコンクリートの道。コンビニなんて車がないと行けそうにもない、そんな田舎。買い物はネットを活用しないと不便で仕方ないし、病院だって学校だって、どこに行くのも遠くて仕方がないような場所だった。
もちろん学生の頃の通学なんて、都会の人間にしてみたら笑い話にしかならないほど遠くまで通わないとならなかった。
だから、大学進学を希望する奴らはもう高校卒業と同時に家を出て、大学近くに一人暮らしか寮生活が当たり前だった。
俺もその一人だ。
そして、大学卒業と同時に官僚に。
成人式でリクルートスーツ一式はあったけど、毎日同じスーツってわけにもいかないし。
親が就職祝いにリクルートスーツをと言ってくれたが、田舎から送ってもらうののは大変なことだし、都会で暮らしてるんだ、自分で準備するから気にしなくていいと言った。
言ったはいいが、いざ紳士服を買いに行っても、わけがわからなくて困ったっけ。
何を買えばいいのか、そう迷ってる時だった。
「いらっしゃいませ。そこのお財布、可愛いですよね」
そう声をかけてくれたのが聡衣だった。
「あ……はい」
「すっごい可愛いけど、白い合皮は使い込むの難しくて……俺、自分用に欲しかったんですけど」
白い指先に白い合皮製の財布。似合うなって思ったんだ。
「お値段も高くて」
そこで悪戯っぽく笑って、その笑顔に見惚れた。
「ビジネススーツをお探しですか?」
綺麗な人だな、そう思った。
「お客さまは背が高いからどんなのも似合いそうですよ。ダークグレーとかもすごく似合いそう。春先なので、ちょっと明るめとか」
同じ男とは思えない、って、思った。
「……あ、いや」
「もしかして、リクルートスーツだったりします?」
「え? あ、はい。今年の春に」
「わ、もしかして同じ歳かな」
「あ、二十二……」
「わぁ、同じ歳! おめでとうございます!」
笑うと、可愛いって、思った。
「そっかぁ、じゃあ、少し真面目そうな感じの方がいいかな」
真面目な顔をすると、美人なのが際立つ。
「親に手間かけたくなくて自分で買うからって言ったけど、よくわかんなくて」
「……」
「だからどんなのがいいのかも、全然」
華やかな人だと思った。
何も起こらない、刺激なんて一ミリだって生まれない俺の生まれ育った場所には到底いないような。
「じゃあ」
「?」
「じゃあ、世界一かっこいいサラリーマンにしてあげるね」
その人がふわりと微笑んだ。
「待ってて。とびっきりのコーデしてあげる」
「あ、あのっ」
「平気! フルコーデでアホみたいに高いスーツ買わせようとしたりなんてしないから」
「でもっ」
「俺ね、高卒で働いてるの。アパレルでやりたかったから、早く仕事したかったのもあるけど、親に少しでも手間かけたくなくてさ」
「……」
「まぁ、親不孝してばっかだし。あ! 俺の場合は、ね? お客さまは親不孝してないと思うし!」
くるくると表情が変わる。そして、どこまで自由に見えた。まるで背中に羽でも生えているように。
「とにかく、親を大事にする人に悪い人いないから! なので応援する!」
「ぁ…………ありがと」
お礼を言うと、可愛く微笑んで、どういたしましてと言ってくれた。
その笑顔に、確かに胸が躍って、心臓がトクトクと田舎暮らしではありえないほど嬉しそうにはしゃいでる。
同じ年、だっけ。
二十二。
「ホント、何でも似合うと思うんだけど。でも、うーん、ダークグレー……あ、いや、もう少しフレッシュマンっぽい感じで紺……かな」
「……」
「うん、紺色、似合います」
名前は?
「そだ! 少し袖通してみます?」
苗字だけネームプレートにローマ字で綴られていた。エダシマ、さん。
「羽織ってみるとイメージ固まると思う」
そばに来て、俯くと、睫毛がとても長かった。
「こちらに腕を」
少し、緊張した。
「わ、ぁ……すごいかっこいい!」
同性なのに、褒められて、やたらと嬉しくて仕方なかった。チラリと店内にある鏡を見ると、普段と少し違う自分が映っていたっけ。でも、その隣にいる彼へと視線は釘付けになったんだ。
華奢だなって。
「新卒ならこのくらい真面目な感じの方がいいと思う。あ、でもネクタイでけっこう印象変わるので、ちょっと待ってて」
ゆるくウエーブのかかった髪は彼の動きに合わせて、ふわりと踊るように揺れる。
「もう絶対にこれがいい! これで、ネクタイはこれ! そんなに値段高いネクタイじゃないけど、この柄、フレッシュマン向けなのにちゃんとお洒落で、俺のイチオシだから。もちろん似合ってる。うん。すっごい、いい感じ」
エダシマさんが鏡をわざわざ持ってきてくれて、見せてくれる。
「君、元がすっごいかっこいいから服変えるだけで全然印象が変わると思うよ?」
「……」
鏡の中にいた自分は確かに、普段の自分とは違ってるように見えた。
「服ってね。魔法なんだ」
「……」
「あは。ここ笑っていーとこだよ」
「いや……」
「服一つでね。その日一日が変わるんだぁ。超イチオシ! の服の日って、背筋伸びない? 勝負服ってやつ。けど、ボロボロの毛玉だらけの服じゃ背中丸まっちゃうでしょ? あ、けど、ここが難しくてね。そのボロボロの毛玉だらけの服も人によっては世界で一番大事な場合もあるから。ほら、思い出とかで。だからそこを見極めて、その人が背筋ピンって伸びる服を探す手伝いをするの」
普段と違う自分を、このエダシマさんが探してくれた。
「俺の自慢の仕事なんだぁ」
「……」
「えへ。笑っていーってば」
少し照れくさいのか頬を赤く染めた。
「えっと。ごめん。話し込んじゃった。えっとね。すごく似合ってます。もう、ホントめちゃくちゃかっこいい。あ、お世辞じゃなくて!」
「かっこいい、ですか?」
「うん。すっごく」
問いかけると、一瞬、じっと見つめて、それからにっこりと微笑みながら頷いてくれた。
「貴方から見ても?」
話すと、秋の紅葉のような髪が揺れる。
「あのっ! 俺が、いい男になったら!」
「?」
「いい男になったら」
「かっこいいスーツメンズは誰でも大好きになっちゃうよ」
「貴方も?」
俺は、あの時。
「もちろんだよー」
何にもない雑木林ばかりの景色を一夜で驚くほど美しい景色に変える雪みたいに肌が白くて。
春のように微笑んで。
「俺、男だけど、男の俺も好きになっちゃうくらいのかっこいい働く男になれるよ」
夏のように笑う。
そんな人に一目惚れをした。
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