恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

文字の大きさ
上 下
47 / 119

47 もう、お終い

しおりを挟む
 頭の中ではわかってるよ?
 脳内会議の結論のとおりにするが一番ってわかってる。わかってるのにさ。

「あのっ!」

 でも、思っちゃうのはあいつのことばっかり。
 ネクタイ見てたって映画観てたってご飯食べてたって、あいつのことばっか。

「俺っ!」

 好きになってみようよって思うけど。
 もう。

「俺っ」

 好きなの、お終いにならない。

「…………ごめん」

 すみませんって謝ろうと思った。今日一日、楽しかったけどって。

「……へ?」

 でも謝ったのは、国見さんだった。
 国見さんが大きな溜め息と一緒に、まるで体調悪くて熱ある時みたいにおでこを手で抑えた。

「国見……さん?」
「本当に申し訳ない」
「……あの」
「君があまりに良い子だから罪悪感がすごくなってきた」
「……」

 何? なんの話?
 きっとそんな顔を俺がしてたんだと思う。国見さんはチラリとこっちを見て、また溜め息を一つ吐くと、姿勢を正した。

「あの」
「蒲田佳祐」
「……え?」
「彼は僕の甥っ子なんだ」
「…………は、はぁぁ?」
「ちゃんと説明する」

 おっきな声、出ちゃった。だってすごいところからすごい名前が飛び出したから。そしてその大きな声に声のトーンを抑えて抑えてって、国見さんが苦笑いをこぼした。

「僕の姉の子でね。姉は外交官をしてる。僕はそういう政治的な仕事には全く興味がなくて、親の仕事の関係で幼少期から海外で暮らすことが長かったから。それだけは今のやりたい仕事の役に立っていて、感謝してるけど」

 あぁ、なるほど、それでたくさん外国語を――。

「って、僕の話はいいんだ。それで甥っ子が」

 蒲田さんが甥っ子。

「まず最初に言っておくと君を採用したのは偶然だ。でも、あの子は君らのことを何か調査してるんだろう? すぐに僕のところへ来て、君と、ルームシェアしている久我山君の話を聞いた」
「!」

 横恋慕をして欲しいと。
 それでも別れることがなかったのなら、本物だと認めて、調査は終了させます、と。

「あの子は少し猪突猛進なところがあるから、あの子の暴走を止める意味で手を貸した。実際、人手が足りなくて困ってもいたし、君はとても努力家で仕事もすごくちゃんとやってくれるから、ありがたかったんだ。だから余計に言い出せなくなってしまった。言えば、辞めてしまうかもしれないと。申し訳ない」

 そういえば、この間、官僚の仕事とか詳しかったっけ。俺がそういうのものすごく疎いから、すごいなぁなんでも知っていて、なんて思っただけだったけど。

「君と彼は恋人同士、ではない、んだろう? 事情は知らないけれど、そういうフリを甥っ子の前でしている」
「……」
「でも君は彼のことが好き」
「っ」
「君は気が付いてないかもしれないけど、僕は今日ずっとお客さんの気分だったよ」
「……ぇ?」
「あははって、笑ってた」

 あははって……まるで、接客の時のように上手に綺麗に笑っていたと。
 そう、だったかな。
 そう、だったかもしれない。

「でも、彼の話をする時は違ってた。とても楽しそうだった。それに」

 旭輝のこと話す時は――。

「夢中になって話してた」

 だって、溢れてくるんだもの。
 考えないようにしましょう。国見さんのことを見ていましょう。お話ししましょう。ほら、すごくかっこいいでしょう? エスコートも上手だし。今まで付き合った誰よりもきっと幸せになれると思うって。

「すごく好きなんだなって思ったよ」

 何度頭の中の小人がそう言ってきても、気持ちが……。

「彼にちゃんと伝えたほうがいい」

 好きだって、溢れてくる。

「甥っ子のことは本当に申し訳ない。仲良くなるととても良い子なんだが少し不器用だから勘弁してあげて欲しい」

 …………少しどころじゃないけど。かなり不器用だけど。でも、あの時のすっごおおおおおく下手な変装と尾行を思い出したら笑えてきたから、もういっかなって思った。

「今度、あの子にもちゃんと謝らせるから」
「いーですよ。全然」

 思い出すのは変な変装と仏頂面とすっごい睨まれたことばかりだけど。面白ろキャラだなと思うし。

「さ、僕と甥っ子の悪巧みに付き合わせて悪かったね。早く行くといいよ。彼も君のこと想ってるんじゃないかな」

 …………いや、それはどうだろ。だってあの人、すっごい女ったらしって、その辺のこと蒲田さんに聞いてないですか? だって、あんなに付き合ってますって、スパイさんから報告書が行ったっつうのにそれでも信じてもらえないレベルとか。

「女ったらしのようだけど」
「わ、笑わないでください」
「あぁ、ごめんごめん。、いや、聡衣君、彼のこととなると百面相だから。今、すごく心配顔してる」
「!」

 そんなに笑うほど? って思うと、そんなに笑うほどなんだよって、また笑われた。
 笑われて、また拗ねたような顔になってしまうのをじっと見つめられて。ちょっと居心地悪いけど、それは全部、あいつのせいってことにしよう。

「そして、もしもフラれたら、僕のところにおいでよ」
「……」
「罪悪感って、言っただろ? 本当に君のこと気に入ってるんだ。横恋慕はダサいからしないけれど、でも、君が振られたら正式に申し込みたい、かな」
「そ、そんな」

 どこまでが本気なのかもわからない大人な国見さんが俺の肩をぽんって叩いた。

「ほら、いっておいで。立ち話は身体が冷える」

 背中を押してもらっちゃった。

「あ、あのっ」
「?」
「今日も、それからそれ以外も本当にありがとうございます。あのっ、本当にお店で働けるのは嬉しくて」
「もちろん! 結果がどうであれ、明日からも働いてもらうから」
「!」
「だから、ズルい大人の僕は、逃げ道もちゃんと用意してるんだ」

 フラれたら、フってしまった方も居心地が悪くなってしまうだろう? 働きにくいようじゃ辞められてしまう。それじゃあ、もう間近になってるクリスマス商戦を一人で乗り切れそうもないって真顔で言われちゃった。
 そして、もしもフラれてこっちに来てくれたら、それはそれで店もプライベートでもパートナーになれてハッピエンドだって、今度は笑って。

「じゃあ、気をつけて」
「……はい」

 最後、別れ際に笑顔で手を振ってもらった。そして――。

「あ、あの、もしもし? 旭輝? あのさ、俺、今日、国見さんとデートで映画とか見たんだけど、その、大事な話があるから。えっと、そこで待ってて。仕事場のとこ。霞ヶ関のあのビルんとこ。今から急いで行くから、邪魔にならないようにするから。五分だけ、話、させて」

 そして、今、仕事中だろう旭輝の留守電に残して、駅へと駆け出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

束の間のアル《廃王子様は性欲ゼロなのに熱・愛・中!?》

ハートリオ
BL
『夫は妻、その他の家族の同意のもと愛人を持って良しとする。 但し、相手は同性に限る。』 α王国にそんな愛人制度が出来て約50年‥‥‥ 『もしも貴族であるならば、 夫たるもの、愛人を持たねばならぬ。』 それが男性貴族の常識となっているという。 美少年の館 ”ドルチェ ”は貴族男性専門の愛人相談所。 アルはそこで事務員として働いています。 ある日、ドルチェ事務所にエリダヌス伯爵夫妻が訪ねて来て… ドルチェのオーナー・デネブ様、エリダヌス伯爵・シリウス様、 そしてアル。 三人の出会いは必然でした。 前世から続く永遠の愛…の予定でしたが、予定外の事だらけ。 三人は、呪いを解いて、永遠の愛を続けたい! 王族、高位貴族をを中心に魔力持ちがいる、異世界です。 魔力持ちは少なく特別な存在です。 ドレスに馬車…そんな中世ヨーロッパ的な世界観です。 BLというより、恋愛ジャンルかなと思うのですが、どうなんだろうと思いながら一応BLジャンルにしますが、違っていたらごめんなさい。 ファンタジー‥でもないかな…難しいですね。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...