恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

文字の大きさ
上 下
44 / 119

44 脳内会議開催してよ

しおりを挟む
 この人を好きになっても叶うことはないので、両想いにはぜーったいになれないので、はい、やめましょー。
 りょーかいしました。では、他に……。
 おります。
 なんと!
 こちらの方! おススメです! ちょっとだけ、先方から好意も感じられますし。
 なるほど。それでは今後はこちらの方を好きになる方向で。

「…………なぁんて……」

 なったらいいよね。脳内会議でさ、なんか小さな人たちがわらわら集まって、今後の俺の恋愛に関してミーティングしてくれるの。そして、その決定した内容で自分の気持ちも持っていけて。
 ついさっき一人、リビングで見てたオンデマンド配信のデジタルアニメみたいになったらいいのなぁって。

「……はぁ」

 そんなアホなことを考えながら、お風呂の湯船に浸かりながら天井を見上げた。
 今日は月曜日、昨日は日曜日。
 すっごい忙しくて、もうへっとへとで。
 国見さんもしんどそうにしてた。月曜日である今日は嘘みたいに穏やかな感じで、昨日、もう限界だー! これ以上は無理だー! ってできなかった雑務もこなせたりした。
 だから、昨日は帰ってきたら、すぐに寝ちゃった。旭輝がお茶漬け作ってくれて、それ食べて、ヘロヘロになりながらお風呂だけ入って。立ち仕事で慣れてるはずの足ももうパンパンにむくれてた。
 そして今日は、旭輝の帰りが遅くて。
 だから、ここしばらく旭輝とあんまり顔を合わせてない。
 まぁ、それはそれで助かるんだけど。
 そして、オンデマンドでのんびりアニメとか見てた。
 脳内会議、できたらいいのに。
 そこで決めた通りに動けたらいいのに。
 はい! 久我山旭輝はノンケなのであきらめましょう!
 了解!
 国見さんにしときましょう! あの人、大人で余裕のある感じで、顔だってかっこいい! お店も持てちゃうすごい人! 同じようにファッション関係の仕事してて、話も会う! 絶対におすすめですから!
 ラジャー!
 そうなれたらいいのに。そうなれないから。

「……難しいなぁ」

 旭輝、何時くらいになるのかな。
 遅いのかな。
 晩御飯、一応、作ったけど、食べてくる? とか? でも、もうそろそろ帰ってきそうだからスープとか少しあっためておこうかな。連絡したほうがいいかなぁ。
 なんて色々考えながら湯に浸かってたらのぼせそうだから、お風呂を出た。
 洗面所のところにある時計を見ると、そろそろ十時半だった。
 大変な仕事だよね。
 こんな時間まで仕事なんてさ。
 乾燥が気になるこの時期はしっかりボディクリーム塗りたいから、上だけ着て、髪をタオルで拭って。

「……」

 ふと、鏡を見つめる。
 髪、伸びたなぁって。
 でも、どんなに髪伸ばしたって、どこからどう見ても、男、だもんねって。
 当たり前だけどさ。
 普段ちっとも気にならないのに、たまに、気分転換でもしたいのかな、急に髪が切りたくなる。突然、今すぐ、すぐにでも切っちゃいたくなる時がある。なのに今回はそういうのがちっともなくて、今の少し長めの感じが気に入ってて。

「……ぁ」

 ―― なんか……うちにいるみたいだな。カウンター……。

 そう言って、触れてもらった……から。
 前髪、旭輝が指先でつまむように触れて、微笑んでくれて、あの時――。

 ――ガタタ。

「!」
「! わりっ」

 バスルームの鏡の前、俺は乾燥が気になるこの時期、丁寧にボディクリームを塗りたくて、上だけ着た状態で、鏡へ向かって身を乗り出すようにしながら、濡れ髪の自分をじっと見つめてて。
 そしたら、それを物音がしたと同時、帰ってきたばかりな旭輝が……見て。

「……ごめん。静かだからもう寝てるのかと思った」
「う、ううんっ、お、おかえり」

 びっくりした。
 思わず、その場にしゃがみ込んじゃった。足を抱えるようにしながら、ぎゅって床に。

「……ただいま」
「あ、うん。って、あ! お風呂、入るよねっ、今っ」
「……いや、大丈夫。ゆっくり着替えろよ」

 びっくりしちゃったじゃん。すごくすごく。

「……う、ん」

 けど、向こうは、慌てたりしないか。

「聡衣」
「は、はいっ」

 旭輝の声、扉の向こう側、すぐそこから聞こえる。まだ、そこにいる?

「髪、ちゃんと乾かせよ」
「……ぁ……うん」
「今日、すげぇ寒いから、風邪引くぞ」
「ぅ……ん」

 男の裸なんて面白くもないし、興味もないよね。おんなじ、男の身体じゃんって感じ。
 前にもそんなこと、思ったっけ。
 ここに来た最初の時。
 もう散々でさ、根無し草みたいになっちゃった俺は今までより少し広いお風呂に浸かりながら変なことになっちゃったなぁなんて思ったりして。あの時も、ノンケの彼には俺の裸なんて興味ないよねぇなんて思ったりして。俺も、全然フツーで。
 なのに、今じゃ、意識しまくり。
 今ならさ、ドキドキしちゃってバスルームから出れないかもね。彼の服、借りるなんて、さ。

「……バカ、落ち着け、俺」

 きっと顔が真っ赤になりすぎて、すぐにバレちゃうから出られない。好きな人の服、だなんて、今、裸を見られたのだって、笑っちゃうくらいに意識してて。だから、深く深く、溜め息をこぼして、騒がしくなる心臓に「お静かに」って言い聞かせた。



「しっかりあったまったか?」
「あ……うん」

 コーヒー……淹れてくれたんだ。

「お仕事、お疲れ様」
「あぁ。夕飯、作っておいてくれたんだな」
「あ、うん、食べる? あっためよっか?」
「風呂入ってからいただくよ」
「あ、じゃあ」
「それ飲んだら寝とけ。あっためるのは自分でやるから。もう遅いだろ? サンキューな」

 旭輝は、髪ちゃんと乾かしたなって、笑いながら、触れた。ぽん、って頭に一秒もない短い瞬間、触って、そのままお風呂場に行っちゃった。
 あの時もそうだった。あの時もお風呂から上がるとコーヒーがあって、美味しくて、ほぅって溜め息が溢れた。
 あの時は砂糖使うなら、こっちにあるって教えてもらった。今は何も言わず、砂糖なしミルク多め、の俺が好きなコーヒーが置いてある。当たり前みたいに。

「細長いって言われたんだっけ」

 あの頃は知らない洗剤の香り、知らないボディソープの香りって思ったのに。

「色気のない言い方だなぁ……何、細長いって」

 恋愛対象外って感じがすっごいよね。意識してる人にそんな言い方しないもんね。男だもん。当たり前だけど。

「……ね、だからさ、コーヒー飲んだら、寝れないってば」

 もう馴染んでるボディソープの香り、もう覚えてもらってるコーヒーの味、でも、あの時よりもずっとずーっと意識してる。そして、ほんのり熱くなった頬は、きっとお風呂であったまりすぎたせいで、猫舌なのに慌てて急いで飲んだコーヒーのせい。そうだそうだと目を閉じた。


しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

正しい風呂の入り方

深山恐竜
BL
 風呂は良い。特に東方から伝わった公衆浴場というものは天上の喜びを与えてくれる。ハゾルは齢40、細工師の工房の下働きでありながら、少ない日銭をこつこつと貯めて公衆浴場に通っている。それくらい、風呂が好きなのだ。  そんな彼が公衆浴場で出会った麗しい男。男はハゾルに本当の風呂の入り方を教えてあげよう、と笑った。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...