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27 なんだか不機嫌な君へ
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「おはようございます。今日から、宜しくお願いします!」
出勤はオープンの一時間前。国見さんのお店は十一時オープンだから、俺は十時までのお店に辿り着いてればいい。
もちろん、出勤初日から十時ギリギリなんてことはしないから、ちゃんとそれより早い時間に来たんだ、けど。
「すごい、早起きだね。ごめんね。待たせて」
「いえ」
お店の鍵を持ってるのは国見さんで。その国見さんが十時ちょうどに来た。
「朝は大の苦手なんだ」
晴れやかな笑顔でそんなことを言いながら、お店の裏口の扉を開けてくれた。裏と言っても、正面の扉の脇にある小さな扉だった。そこに一階建の家ならちょうど屋根くらいまでの高さの木が植えられていて、その周りをまた緑が生い茂っているから、見えにくくなっている。
「さ、どうぞ」
「わ」
扉を開けてくれた国見さんに促されて中に入ると、この間面接をしてもらった一人掛けのソファがある店内の奥に繋がっていた。
「小さな店だから、ごめんね。荷物はそこに。レジの下にかごを用意したから置いてくれるかな」
「あ、はい」
「それから、休憩はすごおおく小さくて狭いんだけど、奥にバックヤードがあるからそこで取ってもらう。段ボールの中に埋もれる感じになっちゃうけど……あぁ、そうそう、タイムカード何ていうハイテクなものはないから、そこの時計で時間を見て、ここに記入してもらっていいかな? 遅刻なのに、時間誤魔化したらダメだからね」
「そんなことしませんよっ」
「あはは。冗談だよ」
全部が軽やかな人だった。それがお店の雰囲気にも反映されてる気がする。軽やかで、温かみがあって。それでいて洗練された感じ。素朴さよりも、上質なナチュラルって感じがして。
ちょうど今日の国見さんが着ているニットもそんな感じ。
「それ、素敵なニットですね」
「これ? ……なんだ。残念」
「え?」
「中身を褒めてくれるかと」
「中身? …………あ! いえっ、中身も、あ、中身とか失礼かもっ。国見さんも素敵ですよっ」
慌ててそう伝えると、言わせてしまった感じがすごいけどありがとうと笑っていた。やっぱり優しくて温かみにある感じの人だ。
「さてと……まずは、掃除、を」
「あ、あのっ」
運、よかった。
「俺、アパレルでも全然セレクトショップは未経験ですし、小物とかまだあんまり詳しくないんですけどっ、でも、頑張って覚えます! ぜひ、宜しくお願ぃします!」
ここを偶然通って、偶然。変な顔してて、よかった。
「こちらこそ。ぜひ、宜しく」
ここで働けて、よかった。
『アルコアイリス』それが国見さんのお店の名前。
虹って意味なんだって。よく国見さんが買い付けに行くスペインで虹をそう言うんだって。
どんな人にも必ず似合う色がある。
どんな人にも必ず似合う服がある。
そして、虹を見て気持ちが晴れやかにならない人はそうはいないからね。その人が晴れやかな気持ちになるような服を、靴を、鞄を、見つけられる場所にしたいんだ――。
「なんて、素敵じゃない?」
「……そうだな」
「すごいよね。しかも、あんな小さいお店なのにけっこう忙しくて」
「……へぇ」
久しぶりのフル稼働はけっこう疲れた。でも、無賃滞在してる身分だからちゃんとご飯は作ったよ。そのくらいのことは、ね。それに仕事を見つけたっていっても、到底エリートの久我山さんとは比べものにならないくらいに収入少ないんだろうし。
久我山さんが帰ってきたら温めて一緒に食べようと思ったけど。
今日は仕事が終わるのが早かったのか、作り終わったのと同じくらいの時間に帰ってきた。
「あの忙しい中を一人で全部こなしてたって、すごいと思う。一人ではちょっと大変そうな忙しさでさ」
「……へぇ。たまたま忙しい日とか時期だったとかじゃないのか?」
「それはまぁあるかもだけど」
確かに冬ってアパレル業界では重要な売上時期だから。みんなが着込むからかな。冬の売上がどれだけいくかが大事でさ。
「でも、お店にお客さんがほぼ途絶えずに来店するってすごくない?」
「さぁ、俺はアパレルの経験ないからな」
今は、食事を終えて、これから大の苦手な英語をお勉強するところ。英語なんて学生の時、以来だ。しかもその学生の時だって全然得意じゃなかったし。定番の屁理屈「日本にいて海外移住のの予定もないし、日本人ばっかりの島国で、今までだって必要な場面なんてなかった英語を覚える必要ある?」をよく言ってたくらいには、苦手。久我山さんにしてみたら、できて当たり前なんだろうなぁ。
頭の出来、違うもんね。
だから、仕事後、ヘトヘトで、しかも珍しく早く帰れたのに、ゆっくりしたいところを家庭教師やらなくちゃいけないなんて。
「ごめんね。仕事後に」
ちょっと面倒ではあるよね。
「だからって、わけじゃないんだけどさ……」
それでなくても、久我山さんには色々してもらってるし。日頃の感謝の気持ちも込めて、みたいな?
「これ……どーぞ……」
「……」
「アパレル系なんで。こういうセンスだけはあると思うし。もらってください」
初出勤、で買いました。
「似合うと思うから」
掃除しながら、あ、これ久我山さんに合いそうだなぁって。シンプルだけど、黒い石が綺麗でしょ? キャッツアイなんだけど、光の入り方がすごく綺麗だったから。
「使って、よ」
買ったのは、タイピン。本当は初給料とかで買った方がカッコつくんだろうけど、ほら、わからないじゃん? もしも、蒲田さんが「はい、お付き合いおめでとうございます」って認めてくれたら、ここ出てかないと、じゃん? それが初お給料の前だったら、渡せないから。
だから、今、渡しておこうって思ったの。
「あ、ぁ……」
そして、今。
「うん……どーぞ……」
思っちゃった。
ここ、出てかないとなんだ……なぁって……ふと、予想外な顔をした、彼の、久我山さんのうっすらと赤くなった気がする、けど、すぐに手で隠されて見えなくなっちゃった頬を見つめながら。
「……使って、ください」
そう、思っちゃった。
出勤はオープンの一時間前。国見さんのお店は十一時オープンだから、俺は十時までのお店に辿り着いてればいい。
もちろん、出勤初日から十時ギリギリなんてことはしないから、ちゃんとそれより早い時間に来たんだ、けど。
「すごい、早起きだね。ごめんね。待たせて」
「いえ」
お店の鍵を持ってるのは国見さんで。その国見さんが十時ちょうどに来た。
「朝は大の苦手なんだ」
晴れやかな笑顔でそんなことを言いながら、お店の裏口の扉を開けてくれた。裏と言っても、正面の扉の脇にある小さな扉だった。そこに一階建の家ならちょうど屋根くらいまでの高さの木が植えられていて、その周りをまた緑が生い茂っているから、見えにくくなっている。
「さ、どうぞ」
「わ」
扉を開けてくれた国見さんに促されて中に入ると、この間面接をしてもらった一人掛けのソファがある店内の奥に繋がっていた。
「小さな店だから、ごめんね。荷物はそこに。レジの下にかごを用意したから置いてくれるかな」
「あ、はい」
「それから、休憩はすごおおく小さくて狭いんだけど、奥にバックヤードがあるからそこで取ってもらう。段ボールの中に埋もれる感じになっちゃうけど……あぁ、そうそう、タイムカード何ていうハイテクなものはないから、そこの時計で時間を見て、ここに記入してもらっていいかな? 遅刻なのに、時間誤魔化したらダメだからね」
「そんなことしませんよっ」
「あはは。冗談だよ」
全部が軽やかな人だった。それがお店の雰囲気にも反映されてる気がする。軽やかで、温かみがあって。それでいて洗練された感じ。素朴さよりも、上質なナチュラルって感じがして。
ちょうど今日の国見さんが着ているニットもそんな感じ。
「それ、素敵なニットですね」
「これ? ……なんだ。残念」
「え?」
「中身を褒めてくれるかと」
「中身? …………あ! いえっ、中身も、あ、中身とか失礼かもっ。国見さんも素敵ですよっ」
慌ててそう伝えると、言わせてしまった感じがすごいけどありがとうと笑っていた。やっぱり優しくて温かみにある感じの人だ。
「さてと……まずは、掃除、を」
「あ、あのっ」
運、よかった。
「俺、アパレルでも全然セレクトショップは未経験ですし、小物とかまだあんまり詳しくないんですけどっ、でも、頑張って覚えます! ぜひ、宜しくお願ぃします!」
ここを偶然通って、偶然。変な顔してて、よかった。
「こちらこそ。ぜひ、宜しく」
ここで働けて、よかった。
『アルコアイリス』それが国見さんのお店の名前。
虹って意味なんだって。よく国見さんが買い付けに行くスペインで虹をそう言うんだって。
どんな人にも必ず似合う色がある。
どんな人にも必ず似合う服がある。
そして、虹を見て気持ちが晴れやかにならない人はそうはいないからね。その人が晴れやかな気持ちになるような服を、靴を、鞄を、見つけられる場所にしたいんだ――。
「なんて、素敵じゃない?」
「……そうだな」
「すごいよね。しかも、あんな小さいお店なのにけっこう忙しくて」
「……へぇ」
久しぶりのフル稼働はけっこう疲れた。でも、無賃滞在してる身分だからちゃんとご飯は作ったよ。そのくらいのことは、ね。それに仕事を見つけたっていっても、到底エリートの久我山さんとは比べものにならないくらいに収入少ないんだろうし。
久我山さんが帰ってきたら温めて一緒に食べようと思ったけど。
今日は仕事が終わるのが早かったのか、作り終わったのと同じくらいの時間に帰ってきた。
「あの忙しい中を一人で全部こなしてたって、すごいと思う。一人ではちょっと大変そうな忙しさでさ」
「……へぇ。たまたま忙しい日とか時期だったとかじゃないのか?」
「それはまぁあるかもだけど」
確かに冬ってアパレル業界では重要な売上時期だから。みんなが着込むからかな。冬の売上がどれだけいくかが大事でさ。
「でも、お店にお客さんがほぼ途絶えずに来店するってすごくない?」
「さぁ、俺はアパレルの経験ないからな」
今は、食事を終えて、これから大の苦手な英語をお勉強するところ。英語なんて学生の時、以来だ。しかもその学生の時だって全然得意じゃなかったし。定番の屁理屈「日本にいて海外移住のの予定もないし、日本人ばっかりの島国で、今までだって必要な場面なんてなかった英語を覚える必要ある?」をよく言ってたくらいには、苦手。久我山さんにしてみたら、できて当たり前なんだろうなぁ。
頭の出来、違うもんね。
だから、仕事後、ヘトヘトで、しかも珍しく早く帰れたのに、ゆっくりしたいところを家庭教師やらなくちゃいけないなんて。
「ごめんね。仕事後に」
ちょっと面倒ではあるよね。
「だからって、わけじゃないんだけどさ……」
それでなくても、久我山さんには色々してもらってるし。日頃の感謝の気持ちも込めて、みたいな?
「これ……どーぞ……」
「……」
「アパレル系なんで。こういうセンスだけはあると思うし。もらってください」
初出勤、で買いました。
「似合うと思うから」
掃除しながら、あ、これ久我山さんに合いそうだなぁって。シンプルだけど、黒い石が綺麗でしょ? キャッツアイなんだけど、光の入り方がすごく綺麗だったから。
「使って、よ」
買ったのは、タイピン。本当は初給料とかで買った方がカッコつくんだろうけど、ほら、わからないじゃん? もしも、蒲田さんが「はい、お付き合いおめでとうございます」って認めてくれたら、ここ出てかないと、じゃん? それが初お給料の前だったら、渡せないから。
だから、今、渡しておこうって思ったの。
「あ、ぁ……」
そして、今。
「うん……どーぞ……」
思っちゃった。
ここ、出てかないとなんだ……なぁって……ふと、予想外な顔をした、彼の、久我山さんのうっすらと赤くなった気がする、けど、すぐに手で隠されて見えなくなっちゃった頬を見つめながら。
「……使って、ください」
そう、思っちゃった。
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