恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

文字の大きさ
上 下
20 / 119

20 ふわり、ふわりと……

しおりを挟む
 一週間、でもないか。
 数日間、か。
 最寄りのスーパーでトイレットペーパー買いながら。
 デートって? って、考えた。
 ゴミ捨て係をかって出て、電池とかの危険物を出せるのは、ここの地区だと水曜日なんだなぁって思いながら。
 デートっって? って、考えて。
 今日は久我山さんかなり遅くなるのかぁ、じゃあ、お湯張らなくてもいいかなぁ、きっと久我山さんシャワーだけだもんね。なんてことも考えながら。
 デートっっって? って、考えてた。
 週末までの数日間そんなことを考えてた。 

「お、用意できたか?」

 待ち合わせたのは玄関のところ。だって住んでるところ同じですから。外では待ち合わせしないでしょ。出発地点が一緒だもん。
 俺は今使わせてもらってる小さな自室の中で今日のコーデを考えて、約束の時間に部屋を出た。
 出たら、久我山さんもちょうど準備ができたみたいで腕時計をしながら歩いて玄関に来たところで。
 ちょうどバッタリ出くわして。

「!」

 久我山さん、コートがいつもと違う。明るいベージュのウールブレンドコートに中がダークブラウンのニット。パンツはこれまた明るいベージュ。
 仕事に行く時とは全く違う。けど、家でくつろいでる時とも違う。そんで、どっちにしても上質っていうのはわかる。
 センス、すっごくいい。
 黒髪だから明るいカラーのコートがすごく生えてて。

「……」
「な、何? そんなじっと見て。変だった?」

 俺は差し色になりそうなブラウンが少し混ざった、けれどビタミンカラーでもあるオレンジのニットにブラウンのパンツ。黄色が強いオリーブグリーンのウールブレンドコートにした。明るい色の方がいいかなぁって、思ったりなんかして。
 デートだからさ。
 っていうか、デートって?
 はい?
 そこまでする?
 いや、するか。蒲田さん信じてくれないんだし。
 それならデートするしかないじゃん。
 信じてもらわないと、こっちとしてもこのままここで暮らしてかないといけなくなるし。それじゃ、困るし。久我山さんだって困るだろうし。大先生が怒っちゃうから。でも、もう調査結果は出たわけで。ただ今までの女性遍歴のせいで疑ってる蒲田さんが納得してないだけなわけで。
 だからここまでする必要はないような気もするわけで。

「さすがアパレルで働いてるだけのことはある……似合ってる」
「!」

 あ、ダメ。
 今、ちょっとだけ、ふわって。
 いやいや。
 ふわって、なる要素ない。全然ない。
 ないってば。

「さ、行くか」
「あ、あのっ久我山さん」
「?」
「デートって、あの、ね、どこへ? って、わっ、わぁっ」
「あっぶ……な」

 小さな段差。ほんの一センチ、二センチくらいかな。白っぽい床板の廊下から玄関の大理石へとたったの一センチ、下がったことに足を取られて、もつれて、もう少しで後頭部から回復不能なくらいにぶっ倒れるところだった。
 でも大丈夫だった。
 久我山さんが手を掴んでくれたから。

「っぷはっ、真っ赤だぞ」
「こ、これはっ」
「彼氏に腰抱かれてそんな真っ赤になるようじゃ、確かに信じてもらえなさそうだ」
「これは、そうじゃなくっ」
「ほら、行くぞ」

 もたついたらまた笑われそうで、慌てて靴を履くと、楽しげな久我山さんの声が俺を呼んだ。

「とりあえず、咄嗟の時、この程度のことで動揺しないようにしておいてくれ」
「はぁ? これはっ違くてっ、今、滑ったことに驚いたからだしっ」

 はぁぁ? なんだそれ。なんて、ちょっと喧嘩腰になるくらいに今、慌てた。

「あぁ、それから」
「な、なにっ今度はっ」
「!」

 ほら、ダメだってば。

「手でも繋ぐか?」
「! 繋ぐわけないでしょうが! 男同士で」
「だって恋人だろ?」
「しないっつうのっ!」

 なのに、ふわってなる。
 ふわってさ。あの時、蒲田さんが俺と久我山さんの交際をちっとも信じてくれなかった時と同じ。あ、これ、この偽装交際まだ延長戦に突入じゃんって思った瞬間、気持ちがさ、ふわって、なったんだ。
 それと同じになった。
 だって、久我山さん笑ってるんだもん。
 まるですごく楽しそうに。
 だから、ちょっとだけ、ほんのちょっと、ふわって、なっちゃったんだ。



 なんだっけ。
 そうそう、女ったらしが最後の恋で夢中になった彼氏とするデート、だ。
 映画見て、なんかすごくおしゃれなレストランでランチして、ランチだっつうのに、フルーツカクテルとか一杯ずつ飲んじゃって、大人な感じ。それで今度はぶらりぶらりと高級店が並ぶ並木道をのんびり歩いてる最中。

「あ……」
「? 聡衣?」

 そっか。もう完全冬シーズンだもんね。映画見て、今は街をぶらぶらしながら買い物をしている最中だった。土曜の午後なんてどこの店だって激混みの中、ふと目に入ったウインドウに飾られたチャコールグレーのコート。仕立て、上手。普通のメーカーのだけど、これなら数年は使えそう。今年テイストちゃんと入ってるけど、形がベーシックだから来年少し流行りが変化しても使えると思う。色もちょうどいいし。ただちょっと丈が長いかな。着る人は要身長って感じ。
 久我山さんに似合う気がする。背が高いから。
 歩く時、すごく綺麗に歩く人だからこれ着たら丈の長さが映える気がする。あー……値段は、そうだよね。そのくらいはするよね。しなかったら「え? なんで?」ってなるもんね。

「面白いか?」
「!」

 心臓が、ぴょんって、跳ねた。

「アパレルの人間にしてみると」

 コート見てたら、すぐ横、左の視界がフッと影って、そこにイケメンが顔を出してたから。
 距離、近いよ。
 心臓が止まる距離だよ。

「買う?」
「は? 買わない! 買わないってば! っていうか、俺似合わないからっ、着回し率いいなぁって思ってただけっ」

 さすが。

「けっこう高いな」
「んだー! 買わないって言ってるじゃん! ほら、今度、どこだっけっ」

 こんな上質なデートを用意しちゃうんだもん。
 そりゃ、大先生の娘をご乱心させちゃうだけのことはあるよね。
 今の仕草、距離、表情、セリフ。
 もうさ、女の人だったらイチコロだったよ。
 絶対に落ちてたね。
 はい、これでまた一つトラブルの種発芽。

「聡衣」
「何っ?」
「それも持つ、貸して」

 あ、ほら、ここ、ここ。
 わかる? 久我山さん、女なら大概イチコロ、ナンデスヨ? って、睨みつけると、またニヤリと口元だけで笑ってた。

「それから、やっぱ、服、好きなんだな」
「?」
「今日の服も似合ってる」
「……」
「それに今、そこの店のコート見てる時、いい顔してた」

 ふわって……なる。

「聡衣の横顔、カッコよかったよ」

 だってさ、さっき、言ったんだ。朝、出る直前、確かに言った。
 さすがアパレルで働いてるだけのことはあるって。
 働いてただけの、じゃなくて、働いてる、って。今もその職業希望って。俺ね、服ってすごく好きなの。この仕事、すっごい好き、なんだ。なんかさ、あの瞬間、この人は、久我山さんはそのことわかってくれてそうで、すごく、すごく。

「あ、りがと……」

 気持ちが、ふわりと……躍ったんだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

桜吹雪と泡沫の君

叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。 慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。 だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

花霞に降る、キミの唇。

冴月希衣@商業BL販売中
BL
ドS色気眼鏡×純情一途ワンコ(R18) 「好きなんだ。お前のこと」こんな告白、夢の中でさえ言えない。 -幼なじみの土岐奏人(とき かなと)に片想い歴10年。純情一途男子、武田慎吾(たけだ しんご)の恋物語- ☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆.。.*・☆ 10年、経ってしまった。お前に恋してると自覚してから。 ずっとずっと大好きで。でも幼なじみで、仲間で、友達で。男同士の友情に恋なんて持ち込めない。そう思ってた。“ あの日 ”までは――。 「ほら、イイ声、聞かせろよ」 「もっと触って……もっとっ」 大好きな幼なじみが、『彼氏』になる瞬間。 素敵表紙&挿絵は、香咲まり様の作画です。 ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission.

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...