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5 怒れる人
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昨日まではここを、こんなことになるなんて思いもせずに歩いてた。
面接がんばろーって思って。帰りにスーパーで新発売ってなってた秋の新味、梨風味チューハイでも買って帰ろうかなぁなんて。でも林檎もいいなぁ、なんて思ってたっけ。
あいつも飲むかなぁ、なんて考えて。
「このまま、真っ直ぐ行けばいいのか?」
「あ、うん」
久我山さんが歩くペースの遅くなった俺に、道を間違えたのかと足を止めて訊いてくれた。
俺は急いで久我山さんの隣に並んで、真っ直ぐ進んでいく。
昨日までは知るはずのない赤の他人、もしもここですれ違っても、きっと「わーイケメン」って思っただけの久我山さんと並んで歩いてる。
「あの、ごめんっ、わざわざ休みの日なのに。平気だよ? 俺、そもそもそんなに荷物持っていってなかったから」
あいつの部屋小さいの知ってたから、そんなに荷物は持ち込んでいなかった。ほぼ服だけ。それ以外はほとんど処分したから。一応、しばらくの間だけの同棲、あいつにとっては別れる予定だった男がただの居候として居座ってただけなわけで、長居とかは予定してなかった。
「けど、また大げんかになるかもしれないだろ。その時のボディガード」
久我山さんがニヤリと笑うと、そこにナイスアシストの秋風が吹いて、彼の前髪をかき乱す。もう絵になること……って感心するくらい。
「もしくは、今度は俺が新しい彼氏ですって言ってもいいし。昨日の礼に」
「! れ、礼になるようなこと、俺してないし」
いちいちサマになりすぎる久我山さんには少し雑多で絵にならない住宅街を足早に歩いていった。
あいつのアパートは駅から歩いて十五分。バスは走ってるけど、一時間にそうたくさんくるわけじゃないマイナーなとこ。一軒家も多くて、そのどこもがマイカーを一台は持ってる感じ。そして、歩道は二人が並んで歩くことは難しいほどすごく狭くてさ。そんな歩道はもちろんガードレールなし。そこを車が結構な勢いでビュンビュン通り過ぎていく。とっても交通の便は悪い感じ。そんな道を曲がって、もっとマイナー、歩道と車道の境目すらなくなった細道の突き当たりが、あいつの――。
「……」
あいつのアパートの前には住民用の駐車場があって、その脇に、檻のような鉄柵で囲われた箱と、コンクリートで囲われた塀がある。ゴミ置き場……なんだけど、ここ。
「もしかして、聡衣のか?」
そんな場所に俺の小さなスーツケースがぽんって置いてあった。
はい、どーぞっていうみたいに。
もういらない、っていうみたいに。
「うん……そう、俺の」
ここに転がり込んだ時に荷物を詰め込んだスーツケース。
「…………ぶん殴ってきてやろうか」
俺、けっこう物持ちいいんだよね。なにせ、アパレル系ですから。物は大事にっていうか、服とか好きだからかな。このスーツケースだってすごく大事に使ってた。そりゃ、使ってるから傷とかあるけど、でも、もう何年も使ってて、けっこうそれなりに思い出も詰まっちゃったりしてるスーツケース、なんだけど。
「聡衣」
「っ、平気! っていうか、雨降ってなくてよかったぁ。雨入ったら流石にちょっと泣くかも。あは……荷物、あ、入ってた、よかったぁ。ね、ほら、一人で運べるって言ったじゃん? 全然荷物持ってなかったのに、本当にごめ、」
「バカ」
駅から歩いて十五分。バスはとりあえず走ってるけど、そう本数ないから、歩いてっちゃったほうがいい時がけっこうあって。早歩きとかすると、辿り着く頃には手があったかくなるくらい。
ほら、だから、一緒に歩いてここまで来てくれた久我山さんの手、俺の頭をポンポンってやんわり叩く、大きな手が。
「昨日、もう一発ぶん殴っておけばよかったな」
大きな手がすごくあったかくて――。
見上げると、久我山さんの横顔がとても怒っていた。怒って、ゴミ捨て場を睨みつけていた。
駅に向かいながら、ガラガラとちょっと荒れたコンクリートの歩道を賑やかに俺のスーツケースが進んでいく。
「ふざけんな、くそ早漏短小野郎って言ってやればいいんだよ」
「っぷは、また一個暴言が増えたし」
「いくらでも付け足してやる」
「あははは」
俺はそんな賑やかなスーツケースを眺めて、怒ってくれてる久我山さんの隣で笑ってる。
「……文句の一つくらい付け足してやったっていいだろ」
「でも、多分、いないよ。出かけるてるんじゃん? 土日だし」
「……」
土日はあの妊婦さんと一緒にいるでしょ。今までだってずっとそうしてたんだろうし。ほら、俺が無職になっちゃって土日も一緒にいられるようになっちゃったせいで、あの婚約者の彼女は不満だってあっただろうから。今日はその埋め合わせのためにデートの真っ最中なんじゃない?
「あの合鍵、あそこに置いてきただけでスッキリだし」
「……」
「俺が借りてたあの鍵しかスペアないからさ。彼女に渡せないって困ってるだけでもういいよ」
ゴミ置き場にスポットライトでも当てたくなるほど、ポツンと置いてあるのを見つけたら、腹たつだろうし。合鍵をゴミ置き場から見つけられなくても、俺が持ってと考えて、新しいスペアキー作らないといけないってなるかもしれないし。どっちにしても苛立ってるあいつの顔を想像できたからさ。
「むしろ、久我山さんにはさ、本当にこんなところまで付き合ってもらっちゃって、悪いなぁって」
「……」
「ごめんね。ね、スーツケース、いいよ。古いやつだからタイヤうるさいし。ね、俺持つって。っていうか、久我山さん、女の子相手じゃないからそこ気にしなくていーんだよー。っていうか、さすがモテる男は違うよねぇ。いっつもそうやって女の子に優しくしてるんでしょ? さっすがぁ。でも、俺、男だしさ」
「バーカ」
一人で大丈夫だよ。
男だし。
あいつのことグーで殴れるんだよ?
けっこう、強いよ?
「女とか男とか、関係ねぇよ。ムカつく」
「……」
世界で大嫌いなこと、三つあげるとしたら?
俺はね。
一つ目、タバコ、ゴミのポイ捨て。
二つ目、ホラー映画。
三つ目は――。
「あー! 腹立つ! あのくそ早漏短小野郎!」
三つ目は、可哀想って思われること。
けれど、久我山さんは俺を可哀想とは思わず、たくさんたくさん怒ってたから、なんか悲しくなくなった。帰り道、久我山さんのマンションへと向かいながら、帰りながら、ずっと怒ってくれるその様子に、俺は悲しんだりすることなく、その怒れる横顔に笑っていた。
面接がんばろーって思って。帰りにスーパーで新発売ってなってた秋の新味、梨風味チューハイでも買って帰ろうかなぁなんて。でも林檎もいいなぁ、なんて思ってたっけ。
あいつも飲むかなぁ、なんて考えて。
「このまま、真っ直ぐ行けばいいのか?」
「あ、うん」
久我山さんが歩くペースの遅くなった俺に、道を間違えたのかと足を止めて訊いてくれた。
俺は急いで久我山さんの隣に並んで、真っ直ぐ進んでいく。
昨日までは知るはずのない赤の他人、もしもここですれ違っても、きっと「わーイケメン」って思っただけの久我山さんと並んで歩いてる。
「あの、ごめんっ、わざわざ休みの日なのに。平気だよ? 俺、そもそもそんなに荷物持っていってなかったから」
あいつの部屋小さいの知ってたから、そんなに荷物は持ち込んでいなかった。ほぼ服だけ。それ以外はほとんど処分したから。一応、しばらくの間だけの同棲、あいつにとっては別れる予定だった男がただの居候として居座ってただけなわけで、長居とかは予定してなかった。
「けど、また大げんかになるかもしれないだろ。その時のボディガード」
久我山さんがニヤリと笑うと、そこにナイスアシストの秋風が吹いて、彼の前髪をかき乱す。もう絵になること……って感心するくらい。
「もしくは、今度は俺が新しい彼氏ですって言ってもいいし。昨日の礼に」
「! れ、礼になるようなこと、俺してないし」
いちいちサマになりすぎる久我山さんには少し雑多で絵にならない住宅街を足早に歩いていった。
あいつのアパートは駅から歩いて十五分。バスは走ってるけど、一時間にそうたくさんくるわけじゃないマイナーなとこ。一軒家も多くて、そのどこもがマイカーを一台は持ってる感じ。そして、歩道は二人が並んで歩くことは難しいほどすごく狭くてさ。そんな歩道はもちろんガードレールなし。そこを車が結構な勢いでビュンビュン通り過ぎていく。とっても交通の便は悪い感じ。そんな道を曲がって、もっとマイナー、歩道と車道の境目すらなくなった細道の突き当たりが、あいつの――。
「……」
あいつのアパートの前には住民用の駐車場があって、その脇に、檻のような鉄柵で囲われた箱と、コンクリートで囲われた塀がある。ゴミ置き場……なんだけど、ここ。
「もしかして、聡衣のか?」
そんな場所に俺の小さなスーツケースがぽんって置いてあった。
はい、どーぞっていうみたいに。
もういらない、っていうみたいに。
「うん……そう、俺の」
ここに転がり込んだ時に荷物を詰め込んだスーツケース。
「…………ぶん殴ってきてやろうか」
俺、けっこう物持ちいいんだよね。なにせ、アパレル系ですから。物は大事にっていうか、服とか好きだからかな。このスーツケースだってすごく大事に使ってた。そりゃ、使ってるから傷とかあるけど、でも、もう何年も使ってて、けっこうそれなりに思い出も詰まっちゃったりしてるスーツケース、なんだけど。
「聡衣」
「っ、平気! っていうか、雨降ってなくてよかったぁ。雨入ったら流石にちょっと泣くかも。あは……荷物、あ、入ってた、よかったぁ。ね、ほら、一人で運べるって言ったじゃん? 全然荷物持ってなかったのに、本当にごめ、」
「バカ」
駅から歩いて十五分。バスはとりあえず走ってるけど、そう本数ないから、歩いてっちゃったほうがいい時がけっこうあって。早歩きとかすると、辿り着く頃には手があったかくなるくらい。
ほら、だから、一緒に歩いてここまで来てくれた久我山さんの手、俺の頭をポンポンってやんわり叩く、大きな手が。
「昨日、もう一発ぶん殴っておけばよかったな」
大きな手がすごくあったかくて――。
見上げると、久我山さんの横顔がとても怒っていた。怒って、ゴミ捨て場を睨みつけていた。
駅に向かいながら、ガラガラとちょっと荒れたコンクリートの歩道を賑やかに俺のスーツケースが進んでいく。
「ふざけんな、くそ早漏短小野郎って言ってやればいいんだよ」
「っぷは、また一個暴言が増えたし」
「いくらでも付け足してやる」
「あははは」
俺はそんな賑やかなスーツケースを眺めて、怒ってくれてる久我山さんの隣で笑ってる。
「……文句の一つくらい付け足してやったっていいだろ」
「でも、多分、いないよ。出かけるてるんじゃん? 土日だし」
「……」
土日はあの妊婦さんと一緒にいるでしょ。今までだってずっとそうしてたんだろうし。ほら、俺が無職になっちゃって土日も一緒にいられるようになっちゃったせいで、あの婚約者の彼女は不満だってあっただろうから。今日はその埋め合わせのためにデートの真っ最中なんじゃない?
「あの合鍵、あそこに置いてきただけでスッキリだし」
「……」
「俺が借りてたあの鍵しかスペアないからさ。彼女に渡せないって困ってるだけでもういいよ」
ゴミ置き場にスポットライトでも当てたくなるほど、ポツンと置いてあるのを見つけたら、腹たつだろうし。合鍵をゴミ置き場から見つけられなくても、俺が持ってと考えて、新しいスペアキー作らないといけないってなるかもしれないし。どっちにしても苛立ってるあいつの顔を想像できたからさ。
「むしろ、久我山さんにはさ、本当にこんなところまで付き合ってもらっちゃって、悪いなぁって」
「……」
「ごめんね。ね、スーツケース、いいよ。古いやつだからタイヤうるさいし。ね、俺持つって。っていうか、久我山さん、女の子相手じゃないからそこ気にしなくていーんだよー。っていうか、さすがモテる男は違うよねぇ。いっつもそうやって女の子に優しくしてるんでしょ? さっすがぁ。でも、俺、男だしさ」
「バーカ」
一人で大丈夫だよ。
男だし。
あいつのことグーで殴れるんだよ?
けっこう、強いよ?
「女とか男とか、関係ねぇよ。ムカつく」
「……」
世界で大嫌いなこと、三つあげるとしたら?
俺はね。
一つ目、タバコ、ゴミのポイ捨て。
二つ目、ホラー映画。
三つ目は――。
「あー! 腹立つ! あのくそ早漏短小野郎!」
三つ目は、可哀想って思われること。
けれど、久我山さんは俺を可哀想とは思わず、たくさんたくさん怒ってたから、なんか悲しくなくなった。帰り道、久我山さんのマンションへと向かいながら、帰りながら、ずっと怒ってくれるその様子に、俺は悲しんだりすることなく、その怒れる横顔に笑っていた。
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