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第2章

第9話

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雨宮とのファーストトーク作戦も失敗に終わり。オレはひとつ前の席で繰り広げられているタイヨウと雨宮の痴話げんか(?)に介入かいにゅうするすきを見つけることもできずに、彼らの会話をただ聞いているだけだった。

そして、そのまま雨宮と会話をすることが無いまま昼休みをむかえていた。



クソ、まずいな昼休みにまでなってしまった。
このままじゃ今日1日、雨宮と話すことなく終わってしまう。
雨宮と普通に会話するような仲にならないままの関係性が定着してしまうとヤバい。

それはつまり、オレがどんどん主人公とヒロインたちの物語からフェードアウトしていって、主人公の親友ポジションの中でも、たまーにしか物語に絡んでこない影の薄いタイプの親友ポジションに成り下がることを意味する。


認めん!
それだけは絶対避けなければならない。
せめて親友ポジションでもガンガン物語に絡むタイプの親友ポジションの座はキープしておかないことには主人公など夢のまた夢。




気合いを入れ直そう!
昼休みという長い自由時間はチャンスだ、ここでどうにか雨宮と話さなくては!



しかし肝心の雨宮は昼休みになったとたんに教室から出ていってしまって居ない…。








しかしそんな、女の子の1人もまともに話しかけられないようなオレに話しかけてきた女の子がいた。



それは雨宮とは真逆のタイプの女の子だ。
フワフワした雰囲気で、明るくてちょっとおバカな女の子。
肩につかないぐらいの長さの栗色のボブヘアの女の子。

幼なじみヒロインの野々村泉ののむらいずみである。




正確にはオレだけでは無く。オレとタイヨウに話しかけてきた。

…もっと正確に言うと主にタイヨウに話しかけてきたと言えなくも無いが、それはあまりにもオレがかわいそうなので、そこまで正確にするのはよそう。





「いやー数学はもはやオバケだね」

いつものように野々村はIQの低さを自らアピールするかのごとくオレたちのところに登場した。
いや、もはやオバケは意味がよくわからんが。


今日も野々村はタイヨウのぶんの弁当もつくってきたらしく。2つの弁当を腕に抱えている。

「やっとお昼だよー。おひる~おひる~♪」

やっと勉強から解放されて、うれしそうに鼻歌まじりでお昼を連呼している。
今日ものんきなフワフワガールだ。

昨日プンスカ怒っていたのに今日になればなにごともなかったかのようにタイヨウのぶんも弁当を用意している。
りちぎなやつやなぁー。


「ん?どうしたいずみ?座んないのか?」

タイヨウは弁当はやく弁当はやくと急かすように野々村に問いかけた。

しかし野々村は困ったように本人不在中の雨宮の席を目の前に立ち尽くしたまま見つめている。


そうなのだ。今まではタイヨウの席のとなりが空席だったので昼休みはいつも野々村はその空席に座ってオレたちと昼飯を食っていたのだ。

 
しかし今となってはそこは雨宮の席。
いま雨宮はチャイムが鳴ってすぐに教室から出ていったので不在だが、雨宮が昼休みをまるまる教室以外で過ごすかどうかはわからない。


「でも雨宮さん購買行ったんじゃないのかな?昨日も購買でタイヨウと仲良くパン買ってたもんね?それに雨宮になにも言わないで勝手に席使っちゃまずいよね」

「オレはパン買えてねーし。仲良く行ってねー」

すぐさまタイヨウが反応した。
どうやら昨日の昼飯抜き事件を思い出したのだろう腹を立てたようなブスッとした言い方でツッコミをいれた。まあ腹は立ったんじゃなくて減ったんすけどね。



「雨宮さん戻ってきて、わたしが座ってお弁当食べてたら悪いよね。とりあえずこっち空いてるしこっちに座ろ」

と言って野々村は雨宮のひとつ後ろの席、つまりオレのとなりの席に座った。


その席の本来の主である男子生徒は、いつも教室の廊下側のほうで友達と集まって昼飯を食っている。

深瀬ふかせくーん。席かりるねー?」

野々村はオーイと大きく手を振りながら、その男子生徒に届くように大きな声で話しかけた。


深瀬は女子と話すのがあまり得意なタイプでは無いらしい。自分の名前を野々村に呼ばれたことに驚いたのだろう一瞬固まって、そのあと声を出さずにコクコクっと首を縦にふって、なんとか了解の意を野々村に伝えていた。



まあ野々村はそのユルいキャラクターのせいであまり話題にはならないが、雨宮同様に美少女と言って差し障りの無いルックスを持つ女の子だ。
そんな野々村にいきなり遠くから話しかけられたらキョドってしまうのも仕方ない。


だからオレが雨宮に話しかけることに未だに成功していないのも仕方ない。

と、ダメな自分を守るためだけに深瀬を心の中でフォローした。
…てかあいつ深瀬っていうのか。





すると雨宮がやはり昨日と同じく購買でパンを買ってきたらしく、パンを腕に抱えて教室に戻ってきた。
自分の席に戻ろうとした、雨宮はオレのとなりの席に座っている野々村の姿に気づいたようだ。
誰?といった表情で野々村に注目しながら歩いてくる。



「あ、雨宮さんパン買ってきたんだね」

そんな雨宮に気づいた野々村がいきなり、あたりまえのように話かけた。

「え?あぁ。そうだけど…」

いきなりフレンドリーに話しかけられた雨宮は驚いたのか困惑しながら答えた。

そんな雨宮の様子を察して、野々村がさらに続ける

「あ、ごめん。わたし野々村泉ののむらいずみ。よろしくね!ちなみにわたしの席は雨宮さんの列の一番前だよー」

野々村はニコニコしながら、雨宮に自己紹介をした。
さすがのコミュニケーション能力の高さ。オレが今日半日かけても無し得なかったことをたったの数秒でやってのけた。 
…いやオレが無能すぎるだけか?


「そうなの。…よろしく」



雨宮は、フレンドリーにガンガン話しかけてくる野々村にすこし圧倒されているようだ。
オレたちには(主にタイヨウにだが)ツンツンしがちなので意外な1面を見て、少し可笑しい。


ひとり心の中で笑っていると。挨拶をすませた雨宮は自分の席に座りながら、教室に戻ってきたときから思っていた疑問をなげかけた。

「それで、野々村さんは夏目くんの友達の彼女かなにか?」

いきなり直球だなオイ。
やっぱり雨宮は雨宮か。物言いがはっきりしてやがる。


「いやいや!ちがうちがう!わたしはタイヨウのただの幼なじみで、だから昼休みはタイヨウとちひろんと一緒に食べてるの」

野々村は笑いながらも、あわてて否定した。


オレのとなりの席に座っているからそう思ったのだろうか。
確かにただの友達で男2人と女子1人という組み合わせで昼飯を食うことなかなか無いことだ。
雨宮がそう考えるのも不思議ではない。


……てか事実とはいえ否定しすぎじゃね?
そこまであわてて否定されるとなんとなくショックなんですけど?


ていうかそれよりも、夏目くんの友達って言いましたよね、雨宮さん。
やっぱりオレは名前も覚えられてなかったのか。
いやそもそも名乗ってもねーのか。


……そもそも喋ってねーか。




「そうなの。へー、幼なじみ…」

と雨宮は物珍しそうにタイヨウと野々村を見ている。

「まぁ腐れ縁ってやつだな」

と、タイヨウは主人公が幼なじみとの関係を表すときに一番使われる『腐れ縁』というワードを使ってきやがった。
やはりこの男、主人公センスが高い。


ほーん、と雨宮が納得したような顔をしている。
しかしまだ野々村の言ったことにまだ一点だけ疑問が残ったようだ。

「ちひろん…?」


あぁそうっすよね。名前も知らんやつがアダ名で呼ばれてて、しかも女の子みたいなアダ名だと『え?こいつがちひろん?』ってなりますよね。


しかしながらこれはチャンスだ。


「オレの名字からきてんだよ。千尋司ちひろつかさだから、ちひろん」


オレはやっと雨宮に話しかけることに成功し、自然な形で自己紹介をすることも同時にやってのけた。
やれば出来る子だオレ。いや、やるときはやる主人公のような男と言ったほうが良いかもしれない。良いのは主にオレの気分だけだが。


それを聞いた雨宮は、ふむとアゴに手をあてながら

「名字も名前みたいな名前ね…」

そう言い終えたあと雨宮は、オレへ対するあおりとかでは無く、自分で自分の言ったことがツボにはいったらしくクククと小さく肩を揺らしている。


「逆でもいけるわね。つかさちひろ…クッ!」

つぶやいて、またも自分で自分のツボにはいったのだろう。
1人でクスクス、クスクス笑っている。


お前あれなんだそー?いまどき人の名前で笑うのとか悪意なくても文句言われたら負けなんだぞー?炎上なんだぞー?


と世の中の流れを教えてやろうかとも思ったが雨宮があまりに楽しそうなので水をさすのもしのびない。やめておこう。


それに雨宮の笑顔なんて、よく考えればはじめて見たようなきがする。
さげすんだような笑い顔はあっても、今みたいな屈託くったくのない笑顔は見たことがなかった。

…てか笑いのツボ独特だなキミ!


その凛とした姿とクールな雰囲気で近寄りがたいイメージもあり大人びて見えるが、こうして無邪気に笑っている雨宮を見ていると、やはりオレたちと同じ普通の高校2年生の女の子なのだと実感する。…まぁ普通とはいえ普通の美少女ではあるが。

そんな無邪気に笑う雨宮の姿に思わずドキッとしたりして。



「なんか雨宮さんておもしろい人だったんだね。めっちゃ美人だし、もっとクールな感じかとおもってた」

野々村もオレと同じようなことを思ったのだろうか。1人でツボにはまっている雨宮を見て、のんきに感想を言っている。

「かわりもんなのは確かだな」

とタイヨウは笑いながらからかうように言った。

「まあ変わり者のアナタに変わり者と称されても、あまりアテにはならないわね」

フッと鼻で笑いながらすぐさま雨宮はやり返す。

「うるせー」

「アハハ。でも確かにタイヨウは変わってるかもー」

「泉までなんだよ。オレはめちゃくちゃ普通だっての!」

いや普通なやつは普通って自分でいわねーけどな。ソースは主人公。



「てかさ、雨宮さんこれからゴハンたべるとこだよね?よかったら雨宮さんも一緒にお昼たべよーよ」

「え?まあ私はもともと自分の席で食べるつもりだったから…。形としては一緒と言えば一緒だけど」

「じゃあ一緒にたべよ~」

「そ、そうね」


野々村の人当たりの良さと意外な推しの強さで、こうしてオレたちは主人公一行らしく4人で昼飯を食うような流れが出来上がったのだった。


…てか、結局オレほぼ喋ってなくね?
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