50 / 104
私の恐怖はこれから 呪われた者たち編
七柱七番目世界の歯車その3
しおりを挟む「さて……どうしようか」
結局、琥珀色の小狼はエルピスの街に架かる橋まで着いて来てしまった。
「クゥン」
琥珀色の小狼は俺の足元に擦り寄る。
このままエルピスの街に入っては悪目立ちし過ぎる。
「なんだ、そうか」
変に考え過ぎることはなかった。
もし、このもふもふ小狼が魔物なら、魔防壁のあるエルピスの街に入ることは不可能。
「この辺だな」
橋を歩いて行き、ちょうど半分くらいの位置。エルピスの街の魔防壁は橋のちょうど半分の位置から長方形型の街をぐるりと囲んでいる。
「クウン?」
俺が足を進めないから気になったのか、首を傾げている。
「じゃあな」
俺は魔防壁がある範囲へと足を進めた。これでもう着いて来られないだろう。
魔物には珍しく可愛らしかったが、悪く思わないでくれよ。
……だが、魔防壁がある場所からは何も聞こえて来ない。魔防壁に魔物が接触すれば邪のエネルギーを感知し、たちまちその魔物は消滅してしまう。
まさか、と、俺の後ろから橋を歩いて来る音が聞こえるのは気のせい……
「クゥン」
じゃなかった。
そこには、何の傷痕もないもふもふの小狼がいた。
「……お前、魔物じゃないのか?」
屈んでもう一度、よおく見てみた。
狼……ではあるのだが、動物の方じゃない。そもそも、動物の狼が魔物だらけの草原で一匹だけで生き残れる方が奇跡に近い。
毛は琥珀色。こんな生物、聞いたことも見たこともない。
新種の何か、そう考えるのが妥当。
「俺は知らないからな」
着いて来るのだから、俺にはどうしようもない。
俺はお構いなしにエルピスの街の巨大門へ向かう。
「おい! あれ見ろ!」
そう言って騒ぎ始める男に気づき、周りにいた人々も何事かと視線を向ける。
ああ……もう、俺は何も知らないからな。
外見は魔物の様な奴が、いきなりエルピスの街に入って来たんだ。注目の的になること請け合いだ。
俺は速技を解放して即座にその場から離脱した。
◇
「此処まで来れば……」
俺は今、民家の路地裏にいる。周りを見ても、もふもふ小狼の姿は見当たらない。
撒いた。
まったく、なんだったんだ? あのもふもふ小狼は。
「……」
何か、強烈に視線を感じる。
「お前……」
民家の屋根の上からひょっこりと顔を覗かせて俺を見るのは、琥珀色の巨大な狼。もふもふ感は収まっているが、それでも前の状態の面影が残っている。
跳んでスタッと地面に着地するなり、俺の前に座る。
「クゥン」
巨大になった影響からか、その鳴き声は少しばかり低くなったようだ。
「騒がしいな。……お前」
エルピスの街の騒ぎの原因は十中八九、今、俺の前に座るこいつだ。
俺がそう断定したのは、街の方から魔物が忍び込んだだとか、巨大化したなどと、もう分かりやすいほどの人々の声が聞こえてくるからだ。
「クウン?」
首を傾げる琥珀色の巨大狼。自分が原因だと分かっていないのだろう。
「……仕方ない」
俺は民家の壁にもたれ、騒ぎが収まるのを待つことにした。
目の前には俺に何をどうして欲しいのか、訴えかけるような瞳をした琥珀色の狼。
シュルルル、と可愛らしい方のもふもふ小狼に戻った。
そっちの方が巨大化前より目立ちにくいからまだいい。と言っても琥珀色なんていくら路地裏が暗いと言っても目立ってしまう。まだ午前中の明るい時間帯。
見つかるのも時間の問題だな。
それによくよく考えれば、この小狼をエルピスの街に入れたのは俺だった。
……ふぅ。
いや、もう入れてしまったのだ。そこは認めざるを得ない。
さて、どうこの場を切り抜けようか。
もう暫く、騒ぎの様子が収まるのを待つのもいいが……
「居たぞお!!」
「ちっ!」
見つかってしまった。
ぞろぞろと7人ばかりの街の者たちが走って来る。
「また巨大化を!? お前! その化け物の仲間か!?」
「違う! 俺はコイツとは何の関係も」
いつの間にか巨大化していた小狼は俺の股下に入って背中に乗せた。
「逃げる気か!? ーー消えた」
消えたーー男の言葉の意味が分からなかった。
現に民家も、街の者たちも見える。
俺はというと、巨大化した琥珀色の狼に跨らされている。
「クウン」
「……まさか、お前何かしたのか?」
よく分からない状況。それは街の者たちも同じようで、頭をかきながら何処かへ行ってしまった。
助かった、と、そう言いたいところだが、さっき来た街の者たちには俺の顔はもうばれているし、そもそも街に戻って来た時点で何人かにも俺の顔は見られてしまっている。
ひとまずメアたちがいる場所に戻りたいところだが……このまま、行っていいものか。
ばっと琥珀色の狼から地面に降りた。
「クゥン」
そう鳴き声は聞こえるのだがおかしい。琥珀色の狼の姿が見えなくなった。
俺の目がおかしくなったか?
「やっぱり、お前の力だったのか」
琥珀色の狼の姿が見えなくなる現象。琥珀色の狼の力と考えるのが妥当。
琥珀色の狼の姿が、何もなかったはずの場所にパッと現れた。
こんな能力があるのなら、無理してエルピスの街に入る必要もなかった。だがまあ、それはもう終わった話。
「……これは使えるな」
ならば、姿を消す力を使わない手はない。
問題は俺の言うことを聞いてくれるかどうか。
「なあ? また、姿を消せるか?」
俺も、魔物でもない謎の生物に何を話しかけているのか。俺の言葉を理解出来るなら、苦労はしない。
……消えた。
だが、俺の予想を上回り、琥珀色の狼の姿は俺の言葉を理解したのか、ものの見事にパッと消えた。
なるほど、街の者たちが驚いたのがよく分かる。
消えた、その表現がしっくり当てはまる。
俺は、琥珀色の狼がいるであろう場所に手をかざしてみる。が、触れることは出来ない。
これは、ますます凄い力だ。
「もういいぞ」
と俺が言うと、再びパッと姿を現した。
なんて便利な力だ。
となると疑問も湧いて来た。
街の者たちの反応からするに、俺の姿も見えなかったようだが。
柔らかい琥珀色の毛並み。
「……姿を消してくれ」
どうだろう。俺は俺自身の姿は見えるし、琥珀色の狼の姿も見える。
俺は琥珀色の狼に触れたまま、路地裏から出た。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
オカルティック・アンダーワールド
アキラカ
ホラー
出版社で編集者として働く冴えないアラサー男子・三枝は、ある日突然学術雑誌の編集部から社内地下に存在するオカルト雑誌アガルタ編集部への異動辞令が出る。そこで三枝はライター兼見習い編集者として雇われている一人の高校生アルバイト・史(ふひと)と出会う。三枝はオカルトへの造詣が皆無な為、異動したその日に名目上史の教育係として史が担当する記事の取材へと駆り出されるのだった。しかしそこで待ち受けていたのは数々の心霊現象と怪奇な事件で有名な幽霊団地。そしてそこに住む奇妙な住人と不気味な出来事、徐々に襲われる恐怖体験に次から次へと巻き込まれてゆくのだった。
都市伝説レポート
君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。
鬼手紙一古代編一
ぶるまど
ホラー
一『今から話すのは…千年前の私達の《過去》についてだ』一
一あらすじ一
今明かされる《鬼灯六人衆》結成の物語。
物語の舞台は千年前へと遡る。千年前…かつて妖怪と神と人間の距離が近いとされた時代であった。
五十嵐家の初代当主である五十嵐家 秋声は鬼巫女である双葉 氷見子と和華を守るため《鬼灯六人衆》を結成することを決意する。鬼神の予言により3人が選び出された。秋声は氷雨と辰三郎と共に予言された3人の元へと向かい、仲間になるように交渉するのだが…?

終の匣
凜
ホラー
父の転勤で宮下家はある田舎へ引っ越すことになった。見知らぬ土地で不安に思う中、町民は皆家族を快く出迎えた。常に心配してくれ、時には家を訪ねてくれる。通常より安く手に入った一軒家、いつも笑顔で対応してくれる町民たち、父の正志は幸運なくじを引き当てたと思った。
しかし、家では奇妙なことが起こり始める。後々考えてみれば、それは引っ越し初日から始まっていた。
親切なのに、絶対家の中には入ってこない町民たち。その間で定期的に回されている謎の巾着袋。何が原因なのか、それは思いもよらない場所から見つかった。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
長野県……の■■■■村について
白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。
■■■の物語です。
滝沢凪の物語です。
黒宮みさきの物語です。
とある友人の物語です。
私の物語です。
貴方の物語でもあります。
貴方は誰が『悪人』だと思いますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる