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第1話 席替えで隣の席になった不良少女
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席替えはクジ引きで行われ、俺は見事に一番左の最後列という特等席を手に入れた。
ぼっちの俺にとってこの席は非常にありがたい。左と後ろに他の生徒がいないというだけで安心できるのだ。もし自分の前後左右の生徒がそれぞれ友達同士で、俺を挟んで会話でもされたら気まずくて仕方がないからな。
ちなみについ最近まで、俺はその最悪なポジションに配置されていた。息を殺して毎日その場を必死にのり越えたものだ。そんな屈辱の日々もようやく終わる……!
外の景色を眺めながら喜びを噛み締めていると、すぐ隣に机が運ばれてくる音が聞こえた。どうやら陰キャぼっちな俺の隣と言う、ハズレ枠を引き当ててしまった生徒がやってきたようである。
誰が隣なのだろうと気になり、そちらに視線を向けるとその女子生徒――西城 香織と目が合った。
「…………」
「…………」
お互い、特に何も言わずに視線をそらす。
西城さんが隣の席か。彼女は金髪、つり目、荒い口調という見た目から不良少女と呼ばれ、多くの生徒から嫌われている。
現に、今も西城さんが椅子にドカッと座って脚を組むと、彼女の前と右に座っていた生徒が露骨に嫌そうな顔をしてそそくさと距離をとった。
売春をしているだとか、暴力事件を起こしたことがあるだとかいった噂をクラスメイトが話しているところを聞いたことがあるけれど、本当かどうかはわからない。
少なくとも、俺はそんな噂を真に受けるつもりはなかった。
確かに西城さんは見た目や口調はヤンキーっぽいけど、彼女が誰かに危害を加えるところを俺は見たことがないし。
そんなことを考えていると、西城さんがこちらにじっと視線を向けていることに気が付いた。サファイアブルーの綺麗な瞳は、訝し気にこちらを見つめていた。
「西城さん、どうかした?」
「いや、別に……おまえはアタシから離れなくていいわけ?」
まわりの生徒はあからさまに距離を取っているなか、俺だけが離れようとしない。そのことを疑問に思っているのだろう。
「別に離れる理由もないから」
俺は他のクラスメイトと違って西城さんを嫌っているわけじゃない。
ぼっちをこじらせすぎて友達なんかいらないと思ってるくらいだから、彼女と関わることで評価が下がるとか、そんなくだらないことも気にしてない。
なんなら、美人な西城さんの隣になれたことを内心喜んでいるくらいだ。
だから、俺からしたら至極当然な返答をしたつもりだったのだけど、彼女は「ふーん……」と、不思議そうに呟くのだった。
♣
昼休みが終わり、5限目は世界史の授業だった。
昼食の後ということもあり、ひたすらに眠い。実際、多くの生徒が集中力の限界を迎えており、堂々と昼寝をしたり、近くの生徒と会話をしたりしている。
そのことが不満だったのか、世界史の担当教師である剛田は教科書の文章を読み上げながらカツッ、カツッとわざとらしくチョークでデスクの表面を叩く。彼がイライラしているときの癖だ。
ふと隣に視線を向けると、西城さんは眠そうにしながらも必死に教科書を目で追っていた。
ときどき首が傾いているあたり、そうとう眠いのだろう。というか息も荒いし、なんだか体調がよくなさそうだが大丈夫なのだろうか。
しかし、多くの生徒が堂々と机に突っ伏して眠っている中、必死に教科書を読もうとしているあたり彼女は根が真面目なのだろう。
そんなことを考えていたとき、バンッと剛田が教卓を強く叩いた。その音に、多くの生徒がビクッと反応する。
「おい、西城。ちゃんと聞いているのか」
あろうことか、剛田は西城さんただひとりに目くじらをたてた。
生徒だけでなく、教師にも西城さんの悪い噂を真に受けて毛嫌いしている人間は少なくない。中でも剛田は偏見で人を見る典型的な男で、事あるごとに難癖をつけて偉そうに説教するのだ。
「……聞いてます」
「なら、俺が今読み上げたところから続きを読んでみろ。ちゃんと聞いていたなら読めるはずだよなぁ……」
にちゃあぁ――っと、剛田は薄気味悪い笑みを浮かべる。自分の嫌いな生徒を上手く言いくるめられていることが嬉しくて仕方ないのだろう。
気持ち悪い……。俺は彼の表情を見て反吐が出そうになった。
「……ッ!」
西城さんは悔しそうに、何かを噛み締めるような表情を浮かべる。彼女は教科書を追ってはいたけれど、眠気が限界を迎えていたのだろう。どの部分かわからない様子だった。
なんなら、剛田も彼女が教科書を追っていることをわかっていてそのタイミングを狙ったのかもしれない。
「くくっ、西城のやつ怒られてんじゃん」
「これだからヤンキーはなぁ」
「いい気味だぜ」
さっきまで堂々と寝ていたヤツらがひそひそと囁き合っている。
……気持ち悪い。不快だ。
自分が気に入らない生徒を狙って、言いくるめて気持ちよくなっている教師も。
自分のことは棚に上げて、弱い立場にある彼女を責め立てるクラスメイトも。
この腐ったヤツらに嫌気がさした俺は、理不尽な嫌がらせを妨害することにした――
『~!~!~!♪』
大音量で俺のスマホが鳴る。一瞬にして教室内は騒がしくなった。
「おい、誰だっ!」
「あ、すいません俺です」
剛田や他の生徒の意識をそらしつつ、俺は工作を施した紙くずを机の下から右隣に飛ばした。工作と言ってもなんてことはない。先程剛田が読み上げた教科書のページと行数を記して丸めただけのものだ。
俺が投げた紙は西城さんの脚に当たり、彼女の太ももの表面にのった。狙い通りだ。
机の上だと剛田にバレる恐れがあるし、制服越しに当てても西城さんが気が付かないかもしれない。露出している脚だったら紙が当たれば気が付くし、机の下なので気付かれるリスクも少ない。
だから決して西城さんの肉付きのいい、白くて豊満な太ももにイタズラをしたかったとか、そんな不純な動機があったわけではないぞ?
「スマホの電源は切っておけといつも言っているだろう。後で没収するからな――で、どうした西城、早く続きを読めと言っているだろう。まさか『わかりません』とか言うんじゃないだろうなぁ」
俺を注意すると、またしても剛田は西城さんに狙いを定めた。
陰キャぼっちの俺が騒ぎを起こしたところでこんなものだ。笑いが起こるわけでもなく、クラスメイトから白い目を向けられて、微妙な空気になって終わるだけ。
けれど、時間を稼ぐには充分だったようだ。
西城さんは指定された文章をスラスラと読み上げた。剛田や彼女をバカにしていたクラスメイトは呆気に取られている。
「読みました。これでいいですか?」
「ふ、ふんっ。ちゃんと聞いているならいいんだよ。ちゃんと聞いているなら……」
剛田はブツブツと負け惜しみを言いながら、黒板に要点をまとめ始めた。きっと、こちらに背を向けた彼の顔は悔しさで歪んでいることだろう。
ぼっちの俺にとってこの席は非常にありがたい。左と後ろに他の生徒がいないというだけで安心できるのだ。もし自分の前後左右の生徒がそれぞれ友達同士で、俺を挟んで会話でもされたら気まずくて仕方がないからな。
ちなみについ最近まで、俺はその最悪なポジションに配置されていた。息を殺して毎日その場を必死にのり越えたものだ。そんな屈辱の日々もようやく終わる……!
外の景色を眺めながら喜びを噛み締めていると、すぐ隣に机が運ばれてくる音が聞こえた。どうやら陰キャぼっちな俺の隣と言う、ハズレ枠を引き当ててしまった生徒がやってきたようである。
誰が隣なのだろうと気になり、そちらに視線を向けるとその女子生徒――西城 香織と目が合った。
「…………」
「…………」
お互い、特に何も言わずに視線をそらす。
西城さんが隣の席か。彼女は金髪、つり目、荒い口調という見た目から不良少女と呼ばれ、多くの生徒から嫌われている。
現に、今も西城さんが椅子にドカッと座って脚を組むと、彼女の前と右に座っていた生徒が露骨に嫌そうな顔をしてそそくさと距離をとった。
売春をしているだとか、暴力事件を起こしたことがあるだとかいった噂をクラスメイトが話しているところを聞いたことがあるけれど、本当かどうかはわからない。
少なくとも、俺はそんな噂を真に受けるつもりはなかった。
確かに西城さんは見た目や口調はヤンキーっぽいけど、彼女が誰かに危害を加えるところを俺は見たことがないし。
そんなことを考えていると、西城さんがこちらにじっと視線を向けていることに気が付いた。サファイアブルーの綺麗な瞳は、訝し気にこちらを見つめていた。
「西城さん、どうかした?」
「いや、別に……おまえはアタシから離れなくていいわけ?」
まわりの生徒はあからさまに距離を取っているなか、俺だけが離れようとしない。そのことを疑問に思っているのだろう。
「別に離れる理由もないから」
俺は他のクラスメイトと違って西城さんを嫌っているわけじゃない。
ぼっちをこじらせすぎて友達なんかいらないと思ってるくらいだから、彼女と関わることで評価が下がるとか、そんなくだらないことも気にしてない。
なんなら、美人な西城さんの隣になれたことを内心喜んでいるくらいだ。
だから、俺からしたら至極当然な返答をしたつもりだったのだけど、彼女は「ふーん……」と、不思議そうに呟くのだった。
♣
昼休みが終わり、5限目は世界史の授業だった。
昼食の後ということもあり、ひたすらに眠い。実際、多くの生徒が集中力の限界を迎えており、堂々と昼寝をしたり、近くの生徒と会話をしたりしている。
そのことが不満だったのか、世界史の担当教師である剛田は教科書の文章を読み上げながらカツッ、カツッとわざとらしくチョークでデスクの表面を叩く。彼がイライラしているときの癖だ。
ふと隣に視線を向けると、西城さんは眠そうにしながらも必死に教科書を目で追っていた。
ときどき首が傾いているあたり、そうとう眠いのだろう。というか息も荒いし、なんだか体調がよくなさそうだが大丈夫なのだろうか。
しかし、多くの生徒が堂々と机に突っ伏して眠っている中、必死に教科書を読もうとしているあたり彼女は根が真面目なのだろう。
そんなことを考えていたとき、バンッと剛田が教卓を強く叩いた。その音に、多くの生徒がビクッと反応する。
「おい、西城。ちゃんと聞いているのか」
あろうことか、剛田は西城さんただひとりに目くじらをたてた。
生徒だけでなく、教師にも西城さんの悪い噂を真に受けて毛嫌いしている人間は少なくない。中でも剛田は偏見で人を見る典型的な男で、事あるごとに難癖をつけて偉そうに説教するのだ。
「……聞いてます」
「なら、俺が今読み上げたところから続きを読んでみろ。ちゃんと聞いていたなら読めるはずだよなぁ……」
にちゃあぁ――っと、剛田は薄気味悪い笑みを浮かべる。自分の嫌いな生徒を上手く言いくるめられていることが嬉しくて仕方ないのだろう。
気持ち悪い……。俺は彼の表情を見て反吐が出そうになった。
「……ッ!」
西城さんは悔しそうに、何かを噛み締めるような表情を浮かべる。彼女は教科書を追ってはいたけれど、眠気が限界を迎えていたのだろう。どの部分かわからない様子だった。
なんなら、剛田も彼女が教科書を追っていることをわかっていてそのタイミングを狙ったのかもしれない。
「くくっ、西城のやつ怒られてんじゃん」
「これだからヤンキーはなぁ」
「いい気味だぜ」
さっきまで堂々と寝ていたヤツらがひそひそと囁き合っている。
……気持ち悪い。不快だ。
自分が気に入らない生徒を狙って、言いくるめて気持ちよくなっている教師も。
自分のことは棚に上げて、弱い立場にある彼女を責め立てるクラスメイトも。
この腐ったヤツらに嫌気がさした俺は、理不尽な嫌がらせを妨害することにした――
『~!~!~!♪』
大音量で俺のスマホが鳴る。一瞬にして教室内は騒がしくなった。
「おい、誰だっ!」
「あ、すいません俺です」
剛田や他の生徒の意識をそらしつつ、俺は工作を施した紙くずを机の下から右隣に飛ばした。工作と言ってもなんてことはない。先程剛田が読み上げた教科書のページと行数を記して丸めただけのものだ。
俺が投げた紙は西城さんの脚に当たり、彼女の太ももの表面にのった。狙い通りだ。
机の上だと剛田にバレる恐れがあるし、制服越しに当てても西城さんが気が付かないかもしれない。露出している脚だったら紙が当たれば気が付くし、机の下なので気付かれるリスクも少ない。
だから決して西城さんの肉付きのいい、白くて豊満な太ももにイタズラをしたかったとか、そんな不純な動機があったわけではないぞ?
「スマホの電源は切っておけといつも言っているだろう。後で没収するからな――で、どうした西城、早く続きを読めと言っているだろう。まさか『わかりません』とか言うんじゃないだろうなぁ」
俺を注意すると、またしても剛田は西城さんに狙いを定めた。
陰キャぼっちの俺が騒ぎを起こしたところでこんなものだ。笑いが起こるわけでもなく、クラスメイトから白い目を向けられて、微妙な空気になって終わるだけ。
けれど、時間を稼ぐには充分だったようだ。
西城さんは指定された文章をスラスラと読み上げた。剛田や彼女をバカにしていたクラスメイトは呆気に取られている。
「読みました。これでいいですか?」
「ふ、ふんっ。ちゃんと聞いているならいいんだよ。ちゃんと聞いているなら……」
剛田はブツブツと負け惜しみを言いながら、黒板に要点をまとめ始めた。きっと、こちらに背を向けた彼の顔は悔しさで歪んでいることだろう。
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