素直になれない幼なじみは、今日も憎まれ口を叩く。

南雲このは

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好きでこんな態度を取っているわけではありません。

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「おっ美穂みほ、今日も早いな」


──ドキンッ


悠真ゆうまの声を聞いた瞬間、頭が思考を停止してしまったのかと思うほど、フワンフワンとした心地いい幸せに包まれる。

ああ、ずっとこの感じのままでもいいかも……。


「──美穂?おーい」


すると、突然べチンッと額に軽い痛みを感じた。

……叩かれた!?

思わず、悠真に抗議と非難の目を向ける。

でも、呆れた表情をする悠真もかっこいい…!!

で、でも叩いたことは許せない!

でもかっこいい…!

私は結局、悠真に怒りたいのかドキドキしたいのかわからなくなって……。


「ゆ、悠真のバーか!アホ!そりゃいっつも寝坊する悠真と違って、私はちゃんと時間を見て過ごしてるから早いの!悠真と違って!!」

「………………あっそ」


悠真の声が、一段と低くなった気がした。

……や、やってしまったーーっ!!

本当は、『悠真に早く会いたいから早起きするんだよ』とか、かわいいことを言いたかったのに!

自分の不甲斐なさに、思わず泣きそうになる。

しかし、泣きそうになるのは心の中だけで、私の表情はいつの間にかクセになってしまった、『人をバカにする表情』のままだ。


「お前、本当に小さい頃から変わらないよな。お前みたいな高圧的な態度のブス、誰も恋愛対象として見ねーよ。一生独り身だな」


悠真はそう言って、私を嘲笑あざわらうような笑みを浮かべた。

──高圧的な態度のブス、誰も恋愛対象として見ない、独り身……。

悠真の言葉が、私の頭の中をずっとループする。

……わかってる、わかってるよ。


「悠真く~ん!一緒に学校に行かない??」


すると、同じクラスで美人の、朝川あさかわさんが悠真の家の前にやって来た。


「…………環奈かんな。ああ、いいよ」

「うふふ、やった~!じゃあね~一条いちじょうさん♪」


朝川さんと悠真は、2人で歩き出した。

朝川さんの綺麗に整えられた髪が、風でフワッと揺れる。

細い手足に、華奢な身体。

そのどれもが、守ってあげたくなるほどかわいい。

何よりも、悠真に憎まれ口を叩くことなく、素直に自分の想いを伝えることができる朝川さんが羨ましい。

ここから見ていると、まるで映画のワンシーンだ。

美男美女の悠真に朝川さん。

私は絶対に手に入れることのできない、“恋人”としての悠真の隣。

私じゃあ、絶対に無理。

無理なんだ。


「……んなの、わかってるよ……!!」


私は思いっきり叫ぶと、少し前を歩いていた悠真たちを追い越して、走り出した。


「ちょ、美穂!?」


私の名前を呼ぶ悠真の声を無視して走る。

走っている最中に、少しだけ涙が零れた。

私じゃあ悠真を幸せにできないこと、イライラさせるだけなこと、全部全部、わかっている。

わかっている、けど……。


「諦められないんだよ……」


そう小さく呟くと、私はよろよろと歩き出した。

そのまま、校門の前まで歩いた。

うつむきながら歩く私を、周りの生徒が迷惑そうに見る。

すると、頭がグワンと揺れた気がした。

……あれ、ちょっとだけふらつく?


「美穂おっはよー!て、どうしたのその顔色!?」


驚いたように声をかけられ、声が聞こえた方向を見ると、そこには私の小学校からの親友のがいた。


「あ、麗奈れいな、おはよう…」

「呑気におはようって言ってる場合じゃないよ!保健室保健室!!」

「だ、大丈……」

「大丈夫じゃない!」


私は半ば麗奈に引きずられるような形で、保健室に連れていかれた。


「──うーん、精神的な疲れが、身体に出たのね。何か、一気にストレスになるような出来事でもあったの?」

「う……は、はい……」


保健室の美人先生の言葉に、小さく頷く。

どう考えても、ストレスの原因は朝のことだよね……。


「うん、熱はなし、と。じゃあ、私は職員室に用事があるからちょっと席を外すけど、そこのベッドにきちんと横になって、安静にしててね」

「はーい、どうもありがとうございました……」

「いーえー」


先生は笑ってそう言うと、保健室を出ていった。

私は麗奈に支えてもらいながら、ベッドの中に入る。


「……しっかし、頑丈な美穂がストレスで倒れる日が来ようとはね。世も末だなー」

「あはは、ご迷惑をお掛けしました……」

「全くだよ。どうせそのストレスの原因も、松田まつだくん絡みでしょう?」

「せ、正解。よくわかったね」


もしかして、麗奈にはエスパーの力でも備わっているの……?


「あんたが松田くん以外のことで悩んでるのなんか見たことないからね。また素直になれなくて、憎まれ口でも叩いちゃったんでしょ」

「うん、今日も。……それに、今日は朝川さんが、悠真のところに来たの」

「え、朝川さんが?もしかして、朝川さんと松田くんの2人、一緒に登校したとか?」


麗奈の質問にゆっくりと頷く。

お似合いだった2人の姿を思い出して、じわっと涙が浮かんできた。

そんな私を見て、麗奈がポンポンと私の頭を撫でた。


「早くお互い素直になればいいのに。本っ当、じれったいなあ……」

「…………麗奈、何か言った?」

「んーん、なーんにも。それより、美穂は松田くんのこと、どう思ってるの?」


麗奈の問いかけに、少しだけ考える。


「悠真は、すぐに意地悪するし、叩くし、私をバカにするし……」

「ははは……。本当にお互い何やってんの(小声)……」

「でも、それでも、悠真は私がピンチになると、真っ先に助けてくれるの。そんな悠真は……私の大切な幼なじみで、ずっと、好きな人……」

「──それ、どういうこと?」


…………へ?

ずいぶんと聞き慣れた声がして、その声の主を辿ると……。


「ゆ、うま……?」


保健室の扉の前に、扉に寄りかかるようにして立っている悠真がいた。

え、え、何で!?

ていうか、もしかして今の聞かれてた!?


「ふふ、じゃあ、お邪魔虫の私はとっとと退散するね~。じゃあね美穂、お大事に~」

「え、ちょっ、麗奈待って!!」


こんな状況で、私と悠真を2人にしないで!

しかし、そんな私の必死の願いも虚しく、麗奈は教室に戻っていった。

その代わり、悠真がこちらに近づいてきた。

私の気持ちが聞かれてしまったかもしれないと思うと恥ずかしくなって、悠真が立った方とは逆向きの壁を見る。


「ど、どうしたの悠真。私のお見舞い?だとしたら珍しいね。今から槍でも降ってくるのかな…?怖いなあ……」


ああダメだ……。

何を話したらいいのかわからない……。


「わ、私はもう元気だから、教室戻っていいよ!ていうか、お願いだからもう戻って。悠真がいたら、しっかり休まらないし……」

「俺にドキドキして?」

「そう、悠真にドキドキして……。って、何言わせるの!?」


反射的に悠真の方を見ようとしたその時……。


──ギシッ


「へ?」


ギシ??


「……っ!な、ななななあ!?ゆ、悠真何して……!?」


私が横になっているベッドに乗ると、悠真が私に覆いかぶさった。

そして、私が動かないようにするためなのか、私の手と足を、悠真が押さえつけるようにして、ベッドにがっちりと固定した。


「ちょ、ゆ、悠真、お願いだから離して!」

「──うるさい。ちょっと黙ってて?」

「ーーっ!」


まるで、餌を求める肉食獣のような目を向けられて、背中にゾクゾクっとした衝撃のようなものが走った。

何、この感じ……。
 

「ねえ美穂、俺のこと、どう思ってるの?」

「へ、どうって……お、幼なじみ……んん!?」


突然、悠真の口で、私の口を塞がれた。


「んん、ふっ……プハッ!ゆ、悠真……!?」


何で、キスなんか……。

しかし、悠真の視線は鋭いままで、悠真が何を考えているのかわからずに、不安になる。


「もう一度だけ聞く。美穂は俺を、どう思ってんの?」

「ーーっ!」


私にこの気持ちを、言っしまっていいのだろうか。

悠真に伝えても、いいのだろうか。

私にはわからない……けど。

気持ちを抑えておくなんて、私にはもうできなかった。

だから、真っ直ぐに悠真を見つめて言う。

神様、どうかこの瞬間だけは、素直になれる勇気を、私にください。


「す、好き……ずっとずっと、悠真が好き……」


やっと、素直に気持ちを言うことができた。

それだけで満ち足りたような気持ちになって、口元が緩んでくる。

すると、何故か悠真が固まったまま動かなくて、私は不思議に思って、おそるおそる悠真に声をかけた。


「えと、ゆ、悠真……?」

「ごめん、今の言葉、もう1回言って……」

「え……えっと、私、悠真が好きだったの。ずっと、好……んむ!?……ん、ふうう……」

「もう1回」

「ゆ、悠真が好……ん、ふあ……んん……!」

「もう1回」

「だから、好……ん!?ん、ふ、ふあ……」


私が“好き”と言いそうになる度に、悠真がキスを落としてくる。


「全然聞こえないよ、美穂」

「はあっ、はあっ……そ、れは、悠真が……」


なんか、いつもの悠真じゃない……?

悠真は熱のこもった視線で私を見ると、ギュッと抱きしめてきた。


「やっと……本当に、美穂が俺のものだ……。ずっとずっと、キスしたかった。ずっと、俺の手で美穂をぐちゃぐちゃにしたかった……」


………………んん?


「えと、悠真、聞き間違いじゃなかったら……ぐ、ぐちゃぐちゃって、言った……?」

「うん、言った」


すると、悠真は私の腕や足をもっとキツく押さえつけると、いたるところにキスをした。


「や、あ……悠真!何して…!」


いやらしい音が、保健室中に響く。


「大丈夫。保健室なら俺が内側から鍵閉めたから」

「そういう問題じゃなくて、いや、それも問題だけど!……ふ、んんっ……!」

「いいね美穂、その顔。俺で感じて、俺で満たされて、最終的に足りなくなって、俺に“もっと”ってねだる顔。すっごいゾクゾクする」

「なあ……!?」


悠真の発言に、ただでさえ赤くなっていた頬がもっと赤くなる。


「美穂を見てると、加虐心が疼いてくるんだよね。今までは我慢したけど……。でも、これからは遠慮なくいくよ。──美穂は、これからはずっと、なんだから」

「は、はい……」


頭がフワフワとして、もうまともな思考ができていなかった私は、コクリと頷いてしまった。

その瞬間、悠真が意地悪い顔で、薄く微笑んだ。


「いい子だね、美穂」

「~~~~/////」





この後、私がどうなってしまったかは、恥ずかしすぎて、あまり言いたくはありません……。

ただ、今の私が言えることは、もしかしたら私は、とんでもない人に、ずっと恋をしていたのかもしれない、ということ──。
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