497 / 508
最終章 それぞれの旅路
第496話 ふたたび王都へ
しおりを挟むリタさん、長らくの王宮でのお勤め疲れ様でした。
ポルトでゆっくり体を休めてくださいね。
こんにちはミーナです。
さて、これでターニャちゃんと縁のあった方の話はあらかた済んだでしょうか。
最後はやはり私とハンナちゃんの話になります。
リタさんが宰相の座を退いた年の夏、私に三度目の転機が訪れました。
私が三十八歳のときです。
**********
その日、私は両親の墓前に手を合わせていました。
「お父さん、お母さん、暫くのお別れです。ミーナは再び王都へ行くことになりました。
聞いてください、ミーナは今度貴族になるのですよ、ビックリですよね。
今までずっと断り続けてきたのですけど、とうとう断りきれなくなりました。
十年程で戻る予定ですが、その間は年に一度位しか来れないと思います。
どうぞ、ミーナが無事に帰って来れるように見守ってください。」
それは、この数日前、三人の子供たちが学園の夏休みに入ったときのことです。
夫と食後のお茶を飲みながらマッタリしていると、庭が騒がしくなりました。
どうやら、夏休みに入った娘たちが帰ってきたようです。
庭に出ると今年十五になる長女を筆頭に三人の娘がターニャちゃんに送られて戻ってきたところでした。
ターニャちゃんは何時まで経ってもあの日のままの姿で、四人でいるとまるで姉妹のようです。
特に末娘はあの日のターニャちゃんと同じ十二歳、仲良く手を繋いで歩いている姿は双子に見えます。
末娘が出迎えに出た私を認めるとターニャちゃんの手を引いて走り出しました。
透明感のある白銀の髪をたなびかせて走るその姿は本当にターニャちゃんそっくりです。
「おかあさん、ただいま!
ターニャちゃんが送ってくれたんだよ。
王都からここまで一瞬なの、転移術ってすごいね。」
末娘はターニャちゃんの転移術がお気に入りです。
既に何度も経験しているのですが、その度に大はしゃぎです。
「そう、良かったわね。
ターニャちゃん、いつも有り難うね。」
「ミーナちゃん、こんにちは。
どういたしまして、わたしもミーナちゃんの顔が見たかったし丁度良かったよ。
それにね、今日はフローラちゃんからの言付けもあるんだ。」
私が感謝するとターニャちゃんはそう返してきました。
どうやら、今回はフローラ様のお遣いでもあるようです。
「リタさんがね、宰相を辞めるときに根回ししていたんだ。
宰相の仕事が多過ぎるので、仕事を分散して権限を委譲するんだって。
リタさんは無事に乗り切ったけど、このままでは過労で倒れる宰相がでるって。
宰相のなり手がなくなるよってフローラちゃんを脅していたんだ。
それで、ミーナちゃんにも協力して欲しいんだって。」
フェアメーゲン氏、アデル侯爵と仕事が趣味のような人が宰相を務めた期間に宰相の仕事が膨れ上がってしまったらしいのです。
両氏は既存の部署の所管に属さない事案が発生すると自分の管轄として処理してしまったそうです。新たな部署なりを作り、組織編制する労を惜しんだようです。
優秀な二人のことですから、そんなことをする時間に自分で処理してしまった方が早いと思ったのでしょう。
更に優秀なリタさんは思ったそうです。
自分は何とかしたしたけど、後に続く人が何とかできるか分からないと。
今の体制のままだと、宰相が過労で倒れると政が破綻してしまうと。
そこで、リタさんは忙しい合間を縫って宰相の所管事項を幾つかの分野ごとに分類したそうです。
そして、その分野ごとに独立した部署を設け、その長には卿(大臣)を据え権限の委譲をすることをフローラ様に建議したのです。
フローラ様はリタさんの建議を受け入れ、組織改革に着手したそうです。
そして、それが概ね完了したのでリタさんはエルフリーデちゃんに後を託したそうなのです。
さすがリタさんです。
口ではブツクサぼやきながらも、そうやってそつなくこなしてしまいます。
だから手放してもらえないのですよね。
新体制は動き出しているのですが、埋まっていないポストがあるそうです。
リタさんが引退するときに別の人を推薦したらしいのですが、フローラ様の気に召さなかったようです。
「ミーナちゃんが貴族を苦手としていて、宮廷勤めがイヤなのは知っているよ。
でもね、フローラちゃんがミーナちゃん以外に適任者はいないと言うの。
今回は、宮廷の組織体制を大幅に改編する重要なことなので、何とか頼めないかって。」
用意されていたポストは二つ、文部関係と保健医療関係の部門の長でした。
それを兼任しろと言うのです。
私は官吏の経験などありません。宮廷の流儀など知らないのに仕事が務まるのでしょうか。
私がそれを指摘するとターニャちゃんが言います。
「それも、リタさんが言っていた。
今までの宮廷は上に立つ人が頑張り過ぎだって。
部門の長はフローラちゃんの相談に乗ることと部下に的確に指示を出すことが仕事だって。
後の実務は下に任せてしまえって。それなら、宮廷の流儀は関係ないでしょう。」
従来王国の官吏は、伝統的貴族がロクに仕事もせずに上に居座ることを防ぐため、上に立つ者が率先して仕事をして実績を上げてきました。
どうも、それが行き過ぎていたようです。
リタさんは、上に立つ者がふんぞり返ってロクに仕事をしないのは論外だけど、働き過ぎるのも良くないとして仕事のバランスを調整したようなのです。
「だから、ミーナちゃんの仕事はフローラちゃんの相談に乗ることが中心だと思って。
んで、ミーナちゃんがこれまでやってきた学校経営や医療の経験を活かして欲しいって。
どうかな、フローラちゃんの力になってあげられないかな。」
結局、私はターニャちゃんの言葉に説得されフローラ様の要請を受け入れることになりました。
フローラ様ったらずるいです、私がターニャちゃんの頼みを断れないのを知っていてターニャちゃんを遣いによこすのですから。
**********
こうして、私は三十八歳にして始めて宮廷に出仕し、文部卿と厚生卿を拝命することとなりました。
王国では卿(大臣)の地位に就く者には伯爵の爵位が必要とされています。
これに伴い私は伯爵位の叙爵に与り貴族に列せられました。
爵位自体は、貴族などという面倒なモノになった証なので余り嬉しくなかったのです。
でも、一つだけ、とても嬉しい事がありました。
私が貴族に列せられることが決まるとハンナちゃんから嬉しい贈り物があったのです。
それは、今後『ハイリゲンフラウ』の家名を名乗るようにと記された一通の書簡です。
そこには、
「幼い頃、姉妹のように育ったミーナお姉ちゃんに私と同じ家名を名乗ってもらったら嬉しいです。
本当の姉妹になれたようで。」
との、昔ながらの砕けた文体でのメモ書きが添えられていました。
貴族に列せられると必要になる家名、ハンナちゃんが気を利かせて贈ってくれたのです。
帝国皇帝と同じ家名を名乗るなど恐れ多いですが、ハンナちゃんの気持ちが嬉しかったので、お言葉に甘えさてもらいました。
その時より、私はミーナ・ハイリゲンフラウと名乗ることになりました。
それを聞いて、私をからかいに来たターニャちゃんが言いました。
「子供の頃から『白い聖女様』って言われていたミーナちゃんも、本当に『聖女(ハイゲンフラウ)』になっちゃったね。」
ハンナちゃんがこの家名を名乗ることになった経緯をターニャちゃんは知っているのでしょうか。
『聖女』の遺志を継ぐ者という意味でこの家名を名乗ったのですよ、ターニャちゃん。
私は目の前で笑う、小さな『聖女様』に心の中でそう呟いたのです。
**********
次話は一日お休みを頂き、8月29日20時の投稿とさせて頂きます。
明日は、新作を投稿する予定です。
『最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい』という題名のファンタジーです。
時代の流れに取り残されてひっそり生きてきた魔法使いの少女の時間が、一人の少女との出会いで動き出すお話しです。
明日の12時10分にプロローグを、18時10分に第1話を投稿しようと思います。
読んで頂けたらとてもうれしいです。
よろしくお願いします。
5
お気に入りに追加
2,314
あなたにおすすめの小説

俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?
八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ
『壽命 懸(じゅみょう かける)』
しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。
だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。
異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる