精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第483話 飛ぶ鳥跡を濁さずとは言いますが……

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 それから数日後、交渉は全部済みました。
 
 コルテス王国は軍用艦を北の大陸に決して差し向けないこととなり、その代わりに商船による交易を受け入れることになりました。
 
 交易に関しては原則自由ですが、魔導具、こと軍にも使える魔導具は輸出数量を厳しく制限すると共に民生用の小型の物に限るとしました。

 コルテス海軍が欲している給水の魔導具については、夫婦子供二人の世帯向けの一番小さな物を年間二千台輸出するものとしました。
 協定書の中では軍には販売しないことを謳ってありますが約束が守られることは無いでしょう。
 良いのです、例え軍に販売されたところで二千台では一艦隊にも足りないでしょう。
 しかも、軍艦で大量に水を消費したらあっという間に魔晶石が空になります。

 魔晶石は南の大陸では産出しないのです、約定が守れないのならば魔晶石の供給を止めれば済む話です。

 ただ、多少の良心の呵責はありました。
 北大陸に遠征するには足りなくても、数日から十日位の艦隊運用には十分と思われることです。
 水の積載量を減らしてその分弾薬を増やしたとすると、南大陸での戦闘は激しくなるでしょうね。
 まあ、戦争などという愚かなことを続けているのがいけないのです。自業自得ですね。


 さて、一月近くの滞在となりましたが私は一度も迎賓館の外へ出ることは出来ませんでした。
 苦労性のこの国の宰相が私に外に出て欲しくないと懇願したのです。
 それはそうです、王が私達を亡き者にしようと虎視眈々と狙っているのです。
 私に万が一のことがあれば、手痛い報復を食らうと予想している宰相は気が気でないようです。

 結局、歓迎式典もありませんでした。私達の安全が約束出来ないからとの理由からです。
 しかし、実務面の最高責任者である宰相と国王がこれほど足並みが乱れている国は珍しいです。
 王が何をやらかすか想像できないと宰相が言うのですから。
 この国は大丈夫なのでしょうか?


     **********


 宰相から愚痴交じりに聞かされた話しでは、最近戦況が思わしくないようです。
 この国の勢力が増したのは三代前の王のとき、今から七十年ほど前のことだそうです。

 その王は、当時開発されたばかりの攻城兵器、大砲を船に積むことを思いついたそうです。
 当時は船体の大型化や逆風でも帆走できる帆の開発など、造船技術も急速に高まっている時代だったそうです。
 また、大砲と同じ時期に開発された鉄砲を歩兵に持たせることを考案したのもこの王だそうです。
 当時の戦は剣、槍、弓矢によるものが主で、兵の全てに鉄砲を装備させた国はなかったそうです。

 他国に先んじて、大砲と鉄砲の量産を始めたことから三代前の王のときは圧倒的な強さで版図を拡げたとのことでした。
 ただ、鉄砲も大砲もこの国で開発されたものではないそうです。
 所詮は他所で開発されたモノ、生産方法の秘密など隠せるわけがありません。
 他国も帆船の大型化と大砲・鉄砲の量産を始めました。 

 先代王の時代にはかなり周辺国に追いつかれていたようです。
 その頃から、造船分野でも砲の分野でも目立った技術進歩は見られず、個々の軍艦の能力では周辺他国と差がなくなったそうです。
 結局、どれだけ多くの軍艦を抱えられるかという不毛な争いになってきたとのことでした。

 その中で、先代王が目を付けたのが北の大陸で作られた魔導具で、これを積むことで戦力的に優位に立とうと考えたそうです。
 その時、派兵されたのがピサロ提督の艦隊のようです。

 しかし、魔導具の調達は一度も成功せず、無駄に艦隊を失う結果になっています。
 その間に、周辺各国との海軍力の差は更に縮まり、今の王になってからは他国に領地を奪われることこそ無いものの、版図は全く拡がってないそうです。

 現国王は、北の大陸から運良く帰ってきた商船の船乗りを呼び我が国の話を聞いたそうです。
 その船乗りから聞いた話を鵜呑みにし、国王は北の大陸を組み易しと思い込んだようなのです。
 国王は、魔導具を強奪、あわよくば北の大陸を植民地化しようと先代王以上に執着しているとのことでした。

 個々の性能に差がない昨今、どれだけ多くの軍艦を戦場に投入できるかが勝敗を決めます。
 にも拘らず、新鋭艦を毎年一艦隊ずつ失う王のやりようを宰相は強く諌めているそうなのです。

 毎年四十隻の軍艦を失っているのです、宰相の苦言はもっともな事と思います。
 普通であれば北の大陸のことは諦めてその分の軍艦を目先の戦場に投入するのでしょう。

 もっとも、そのおかげで我が国は毎年四十隻もの船を無償で頂戴して丸儲けだったのですが。

 宰相の話では、国王は格下と見下していた私にコケにされたと恨んでいるとのことでした。
 いい迷惑です、おかげで観光も出来ないではないですか。
 偏った情報を基に勝手に格下だと思い込んだくせに、逆恨みもいいところです。


     **********


 結局、一度もコルテス王国の様子を視察できないまま、交渉は妥結し私達は帰国することになりました。
 当初は一ヶ月程度の滞在期間を見込んでいたのですが、三十日ほどで帰国の途につくことになります。

 国王二人による合意書の署名の署名取り交わしと握手?
 ええ、勿論行いましたよ、満面の笑顔の私に対しコルテス王は終始不機嫌な表情を隠しもしませんでした。
 まだ何か悪巧みをしていそうな表情だったのです。

 さて、港へ向かう私達一向、私達を乗せた馬車の後ろに幌馬車が五台も続きます。
 全て賠償金の金塊が詰まった木箱を満載した幌馬車です。

 中身が全て純金なのは、ターニャちゃんが術を使って調べてくれました。
 全ての木箱の中身に対して術で金以外の成分を抽出したのです。
 結果は、極僅かな不純物がターニャちゃんの掌に抽出されただけでした。
 ほぼ、純金と言って良いでしょう、木箱の中に残ったのは純金になった訳ですし。

 私の馬車に乗るのは、ミーナちゃん、カリーナちゃん、リタさんと見送りにきたコルテス王国宰相の四人です。
 姿を消したターニャちゃんもいるのですが、私とミーナちゃんしか見えていません。

 私達一行を乗せた馬車の列が港の広場に差し掛かったとき、そこに待ち構えていたのは国王と国王が従える多数の兵でした。

「ふぁあ、はっ、はっ!
 余がこのまま、おめおめと引き下がると思ったか。
 黙って我が国の富を持ち去らせる訳が無かろうが。
 今こそ、我が国を虚仮にしたことを後悔させてやるわ!」

 私の目の前で宰相が頭を抱えていました。
 この半月ほどで宰相の髪が僅かに薄くなったような気がするのは私だけでしょうか。

 最後くらいは私が出張りましょうか、私も迎賓館から出られないでストレスが溜まっていたのです。

「女王陛下が銃を持つ兵士の前へ出るのは拙いんじゃないの?」

 ターニャちゃんが耳元で囁きます。

「大丈夫、あのくらいなら私でもあしらえるわ。」

 私がそう言って馬車を降りようとすると、リタさんと宰相が止めようとしますが無視しました。
 勿論、ターニャちゃんは付いてきてくれます。

「危なくなったら、わたしが出るからね。」

 とターニャちゃんは言いますが、私はあることをターニャちゃんに頼みました。
 私が一人で馬車を降り立つとコルテス王が言いました。

「なんだ、女王が一人でノコノコと出て来おって、命乞いでもしようってか。
 いまさら、詫びても許さんぞ。
 皆の者、やってしまえ!あの女を撃ち殺すんだ!」

「眠りなさい!」

 私の言葉が、コルテス王の言葉に重なります。
 光の精霊の眠りの術が、引き金を弾くよりも早く兵士達を包み込みました。
 兵士達が次々と力を失ったように地面にへたり込み熟睡を始めます。

「お、おい、皆の者、いったいどうした。早くあいつを撃ち殺さんか。」

 コルテス王の命令を聞くことが出来る兵はそこにはもう一人もいませんでした。

「ターニャちゃん、首尾はどう?」

 私が問い掛けると、私の横に姿を現したターニャちゃんが言いました。

「バッチリ、いつでもいけるよ。」

「何だ、小娘、いったい何処から出てきたんだ。」

 いきなり、目の前に現われたターニャちゃんにコルテス王は面食らったようでした。
 驚きを隠せないコルテス王に私は告げました、死刑宣告に等しい言葉を。

「コルテス王よ、貴殿にはもう少しきついお仕置きが必要なようですね。
 我が国を侮ったことを後悔しなさい。
 ターニャちゃん、やっちゃってください。」

「はーい、じゃあ、いくね!」

 ターニャちゃんが発する緊張感の欠片のない言葉、その直ぐ後それは起こりました。
 ここマゼランの町からやや離れたところが一転にわかに掻き曇り、暗雲が立ち込めます。
 そして一筋の稲光が走りました。

 次の瞬間

 大分離れたここからでもはっきりと視認できる黒煙、そして火柱が高く上がったのです。
 やや遅れて、「ドーン!」という爆音がここまで響いてきました、この場所でも結構大きな音です。

「おい、おまえら、今何をやったんだ。
 あの火柱は何処から上がったんだ。」

 コルテス王は酷く狼狽した表情であの火柱の上がった場所を尋ねてきました。
 自分の国のことです、しかも、この王都の郊外です、おおかた予想は付いていると思います。
 でも、確認せずにはいられないのでしょう、この国の最重要施設ですから。

「貴殿の自信の裏付けとなっている大砲とマスケット銃、それを無価値にしました。
 本当は分かっているのでしょう、あの方向に何があるのかは。
 貴殿の想像通り、この国最大の火薬庫と火薬工場ですよ。
 この国の火薬の大部分はあの火薬庫に保管されているのでしょう。」

 この二十日ほど、ターニャちゃんとテーテュスさんは精力的に王都マゼランの周辺を探っていました。主に軍事施設の場所を探っていたのです。
 そして、王都の郊外、民家から離れた無人の場所に大きな火薬庫があるのを見つけたのです。

 調べたところ、戦略物資である火薬を国王の管理下におくべくそこに集めたようなのです。
 相談した結果、そこを破壊するのがコルテス王の心を挫くのに一番良いのではとなったのです。
 火薬がないと大砲も鉄砲もただの鉄の塊ですからね。しばらくは大人しくなるはずです。

 もちろん、火薬庫や火薬工場で働いていた人達はターニャちゃんが転移させています。
 罪のない方々を巻き込むわけには参りませんから。

 一瞬でそれだけのことが出来るって、ターニャちゃんの力って本当に恐ろしいです。

「おまえら、何てことをしてくれたんだ。
 これが周辺国に知られたら我が国はお終いではないか……。」

 そう言って、コルテス王はその場に力なく崩れ落ちてしまいました。
 もう遅いと思います。
 先程の爆音を聞きつけて多くの人が建物の外に出て黒煙の立ち上る様子を眺めています。
 何が燃えているのはすぐに民衆の間に知れ渡るでしょう。
 そして、ここは港町です。あとは言うまでも無いですね。

 その時、馬車から降りてきた宰相が、私達に同行していたコルテス王国の官吏に命じました。

「国王陛下がご乱心なされた。
 これは療養していただかねばならん、直ちに『奥の間』にお連れするのだ。」

 『奥の間』、それは著しく素行に問題があり国益をそこなうと判断された国王が病気療養を理由に押し込められる軟禁部屋だそうです。
 軟禁部屋といってもそう長く使われることは無く、ここへ入った王は二、三日で容態が悪化して崩御されるそうです

 国交交渉が合意に至った国の使節団に軍を差し向けて亡き者にしようとする王に対して、さしもの宰相も見切りをつけたようです。
 その後、出立までの間に聞いた話ですと、王と共に十八歳の第一王子と十五歳の第二王子も儚い事になるそうです。
 現王の影響を強く受けていて、気性が現王そっくりで矯正が困難だと思われるからだそうです。

 幸い、現王には若い第二王妃に産ませた四歳の第三王子がおり、その王子を玉座に据えるそうです。
 しばらくは宰相が摂政となり政を切り盛りする傍ら、幼王を謙虚で思慮深い人間になるように教育するそうです。
 宰相は二心のない方のようで、幼王が成長し独り立ちできるようになったら引退すると言っていました。忠臣の鑑のような人ですね。

 
     **********


 こうして私の初の外遊は幕を降ろしました。
 政治的な成果は文句なしのものでした。
 賠償金も満額獲れたし、その後はコルテス王国の艦隊が侵攻してくることもなくなりました。
 大量のマスケット銃を無償で頂くと言う余禄もありました。

 しかし、アホな王に振り回されて外出も出来なかった私はフラストレーション溜まりまくりだったのです。
 でも、ポルトに着いてイザベラさんと曾孫さんを抱きしめて涙を流すピサロ提督の姿を見たら、そんなモヤモヤも吹き飛びました。
 この姿を見られただけでも遥々コルテス王国まで行った甲斐がありました。

 その後の話を少し致しましょうか。

 ピサロ提督はその後二十年近く長生きをし、イザベラさんと曾孫さんを見守っていました。
 二人をポルトまで連れてきたことに深く感謝してくださり、退職後も度々力を貸してくださいました。

 コルテス王国は宰相の尽力で奇跡的に生き残っています。
 私達が帰国した後直ちに周辺諸国と和平交渉を始めたのです。
 ターニャちゃんの術で国の大部分の備蓄火薬が焼失したことが周辺国に知れ渡る前に迅速に。
 交渉の中でかなりの領土を失ったようですが、宰相の立ち回りが功を奏し他国に攻められることは無かったそうです。
 その宰相も幼かった国王が成人すると共に宮廷を辞しました。
 その国王ですが、思慮深い宰相が手塩にかけただけあってかなりの賢王に育ったようです。

 私の南の大陸外遊記はこの辺で終わりにしたいと思います。
 

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