精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第466話 暴動の結末は余りにお粗末でした…

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 『黒の使徒』の連中が言っていたように、民衆はある程度力で抑える必要があるのでしょうか?
 私がそんな民衆に対する不信感を抱きそうになった時、ターニャお姉ちゃんが騒動の真相を教えてくれました。

 騒動の発端は二つの事象が絡んでいるようです。
 一つは騒動が発生した場所に関ることでした。
 騒動が発生したのハンデルスハーフェンに近い中規模の港町、やはり帝国西部地区の町です。

 その町もハンデルスハーフェン同様に、周辺の村々の住人が農地を捨てて移住してきている場所でした。

 ターニャお姉ちゃんが初めて西部地区を訪れてから五年が経ち、ヤスミンさんの生まれた村は見事な穀倉地帯に姿を変えました。
 領主のハルクさんだけでなく、そこに住む領民たちも豊かな生活を取り戻しつつあったのです。

 流石に五年もあると、ハルクさんの領地が非常に豊かになっているという噂は周辺に広がります。
 暴動の起きた町にも噂は伝わったのです。

 同じ西部地区の農村地帯、片や穀倉地帯に変容し昔の豊かさを取り戻している、片や依然として荒野のままで村に戻る見通しも立たず安い給金で食い繋がなければないらない。

 ハルクさんの領地に対する羨望と共に、やっかみも生まれます。

 
 そしてもう一つ、そんなやっかみを利用して、我欲のために人々を煽った愚か者がいたのです。

 それは、帝国に併合される前にその辺り一帯を支配した小国の王族の生き残りでした。
 その周辺は、ハンデルスハーフェン同様に大陸西部統一の最終段階で併合された地域で、帝国に編入されて二十年ほどしか経っていないのです。

 通常、帝国に併合される前に恭順した国は王家が残されそのまま領主になる一方で、抵抗して戦火を交えた国は王族が根絶やしにされるというのが通常でした。

 しかし、今回騒動を煽った愚か者は戦争当時、わたし達が通う学園に留学しており断頭台を免れたのです。戦争の収拾のため、国外に留学中の王子にまで手が回らなかったのですね。

 そして、留学を終えた王子は、その小国がオストマルク王国に隠したおいた財産と共に密かに帰国していたのです。
 帰国以来約二十年、港町で息を潜めるように暮らしてきたようです、小国が残した財産を食いつぶしながら。

 そして今回、暮らし向きが改善せず民衆の不満が高まっていることを利用して、この一帯の独立を取り戻し王位に就こうと画策したようです。
 この愚か者は、町で困窮する元農民達の姿を見て義憤を感じた青年を装って、元農民達を唆したのです。自分が元王族であることを隠して。

「民衆の暮らし向きが良くならないのは皇帝ケントニスが暗愚だからだ。
 あんな奴に従うのはやめて、我々の国を取り戻そうではないか。
 豊かな穀倉地帯を取り戻し、みんなで繁栄を取り戻そう。」

 そう言って、民衆を煽って騒動の火付け役を果たしたそうです。愚かですね……。

 何が愚かかって、どうやって繁栄を取り戻そうというのでしょうか。
 この者が人々を煽ってる言葉には、具体的にどうしようという事は一言もないのです。
 
 そもそも、ケントニス皇帝は『黒の使徒』から接収した膨大な財とポルト公爵からの資金援助で財政的には比較的潤沢な治世を開始したのです。
 資金があるにも拘らず人材不足から復興が遅れているのに、この愚か者はどうやって繁栄を取り戻すのでしょうか。

 所詮は小国の隠し財産を取り崩して生きてきた者です。
 現在の帝国のような潤沢な資金があるとは思えません。
 ケントニス皇帝よりも人材のツテがあるようにも思えないのです。
 こんな愚か者に従って独立でもしようものならより悲惨な生活を強いられることになるでしょう。

 
 要約すると、口ばっかり達者な愚か者が燻っている民衆の不満に火をつけたら大きく燃え上がってしまったと言う事ですね。ホント、馬鹿ばかっり……。

 しかし、この愚か者、悪知恵は働くようで元王宮をそのまま使っている領主館を隠し通路から襲撃しました。
 現領主は巧みに隠された通路の存在に気付かず、二十年も放置してあったようです。
 いきなり、館の内部に現われた暴徒になすすべもなく、領主館は愚か者の手に落ちました。

 そして、領主館に備えてあった武具で武装した暴徒たちは、愚か者が言うところの独立を勝ち取るべく打って出たのです。
 目的は、亡国の旧領の奪還です、この時暴徒と化した民衆の数は万には届かないものの、数千に上っていました。

 今回の暴動の概略はこんなところです。


     **********


 こうして私はターニャお姉ちゃんの頼みで帝国西部を訪れることになったです。

 そこは暴動の発端となった町から帝都へ向かう街道を少し行ったところ、まさにかつて穀倉地帯であった荒野です。

 独立を勝ち取るために暴徒と化した数千の民衆を率いた愚か者が町から出たところでした。
 それに対し、民衆に手荒な真似をしたくないケントニス皇帝が自ら少数の兵を率いて説得に出向いて来ており、街道で距離を置いて対峙する形になっていました。


「みんな、聞いてくれ!
 私は民衆に対して手荒な真似はしたくないのだ、要求があるのなら検討しよう。
 だから、暴力に訴えるのはやめてもらえないか。
 今は、荒廃した国の復興に尽くさねばならない大事な時なのだ。
 皆で力を合わせて難局を乗り越えねばなならない、国を割っている場合ではないのだ。」

 一人で率いた兵より前へ進み出て、ケントニス皇帝が暴徒と化した民衆に声をかけました。

「うるさい、みんな、こんな奴の言うことに耳を貸すな。
 俺達が何時まで経っても暮らし向きが良くならないのはこいつのせいだ。
 見てみろ、かつて穀倉地帯だった俺達の土地はこの通り荒れ果てたままだ。
 ハンデルスハーフェン近郊の村は黄金色の小麦畑が広がる穀倉地帯になっているにも拘らずだ。
 どうせ役人共があの辺の奴らに賄賂でも貰って、優遇してるに決まってる。
 俺達は帝国の役人や帝国の政府、その頂点に立つ皇帝など信用しない!
 俺達はかつての祖国の独立を勝ち取って、自分達の手で実りの大地を取り戻すんだ!」

 民衆の先頭に立っていた中年男性が大きな声を上げて、ケントニス皇帝を詰っています。
 きっとこいつが亡国の王子なのでしょう。
 役人が賄賂を貰って優遇しているなんて言いがかりもいいところです。

 あそこはフェイさんやシュケーさん、それにターニャお姉ちゃんの術で土壌から改良してあるから実り豊かなのです。
 普通の人が魔法を使って耕しただけでは、五年であそこまで地力が回復することはありません。

 独立を勝ち取ったところで実りの大地を取り戻すことなど到底不可能なのです。


 私は姿を隠して空を飛ぶターニャお姉ちゃんに抱きかかえられて、民衆を扇動する中年男とケントニス皇帝の中間辺りに降り立ちました。

 突然、空から降ってきた小娘に誰もが驚き声を失っています。
 周囲に沈黙が訪れた今がチャンスと私は声を大にして言いました。

「みんな!
 もう、暴動なんていうバカな真似は止めて!
 独立なんてしたって、みんなの暮らし向きが良くなることはないわよ。」

 私の呼びかけに扇動している男が声を上げた。

「小娘がこんなところにしゃしゃり出てきて何を言う。
 俺達は祖国の独立を勝ち取るまで闘うんだ、邪魔するんじゃない!」

 いや、独立を勝ち取るまで闘うって、この人数では、ケントニス皇帝がその気になったらすぐに鎮圧されちゃいます。
 ケントニス皇帝は国内で流血沙汰は避けたいからこうして少数で説得に来ているのですから。

「祖国の独立というけどそれで民衆の暮らし向きが良くなるというの。
 どうやって、人々の暮らし向きを良くすると言うの。
 民衆を煽ってこれだけの騒動を起こしたからには、具体的なプランはあるのでしょうね。」

「うぐっ……。」

 愚か者は言葉に詰まりました、やはり、具体的な方策など描けていないのでしょう。
 慢性的な人材不足から国の復興が遅れてはいるけど先帝時よりは生活は改善しているはずだと、私は民衆に訴えかけた。

 そして、ハンデルスハーフェン周辺の穀倉地帯は不正に優遇されているのではなく『白い聖女』の特異な魔法の効果だと説明し、普通なら五年であれ程の改善は不可能だと説明したのです。

 資金があっても上手く進展しないのだから、帝国ほど資金を持っている訳ではないみんなが独立を果たしたところで暮らし向きは良くなる訳がないと、私は訴えかけました。

 すると愚か者が言うのです。

「ええい、小娘がうるさいぞ!
 そんなものはやってみないと分からんだろう!
 自分の国を取り戻すんだ、民の全てが今まで以上に仕事に励むに決まっているだろうが。
 それにな、幸いにして『白い聖女』が作ったという穀倉地帯は隣の領地、いざとなればそこを奪えば済む話ではないか。」

 出た、根拠のない精神論、頑張ればどうにかなるのなら既にやっていると思います。
 それと西部地区特有の考えなのでしょうか、足りなければ奪えば良いという盗人のような発想は。
 こういう気質の人が多いから西部地方は争いが絶えなかったのでしょうね。

 ターニャお姉ちゃんが帝国の枠組みを維持することに拘った訳がやっと理解できました。
 帝国が分裂したらまた戦禍に見舞われるといつも言っていたのです。
 西部地区の人のこういう気質を理解していたのですね。

「そう言うあなたは二十年もの間何をしていたのですか?
 もし、帝国の施政に義憤を感じたのであれば、あなたが個人的に資金を出して農村を支援すれば良かったのではないですか。
 あなたは滅びた国がオストマルク王国に備蓄していた資金を独り占めたのですものね、元王子。
 国のお金は国民のために使うものではないのですか?」

「あっ、バカ!……」

 私の言葉に民衆の目がこの愚か者に集まりました。
 それは当然でしょう、この愚か者は自分が元王子だということをひた隠しにしてきたのですから。
 なぜなら、亡国の王族は戦を好み、戦費のために国民に重税を課してきたという歴史があるからです。
 端的に言って、あまり評判が良くなかったのです。
 
「王族さえ生き残れば国は再興する事が出来るのだ。
 王子たる俺が生き残るために国の金を使うことのどこが悪いと言うのだ。
 俺が死んでしまったら、国が完全に滅びるのだぞ。」

 歴史上最も悪しき考えの一つだと思うのです、国イコール王だという考え。
 王さえ生き残れば国は滅びないとする考えです。
 実際、『黒の使徒』の教皇も魔導王国の国王を自任していましたものね。

 こういう考えの奴らは執念深く復活の機会を狙っていて、チャンスがあればことを起こそうとします。
 いえ、良いのですよ、自分達だけでやるのなら。
 それで失敗して命を落とすのは自業自得です。
 しかし、迷惑なことにこういう輩は、今回のように一般民衆を巻き込むのです。

 だからこそ征服した国は滅んだ国の王族を躍起なって根絶やしにしようとするのですね。
 まったく、不毛なことです。


「みなさん、今聞いた通りです。
 この男は、みなさんが荒廃した農地で悪戦苦闘していた時にのうのうと過ごしていました。
 みなさんから徴収した税で生活しながら、苦しむみなさんに手を差し伸べようとしなかったのです。
 今回だって、何のプランも持っていません。
 単にみなさんの間に不満が募っているのを利用して、自分が王に返り咲こうとしただけなのです。
 しかも、隣の領地を奪えば良いなどと言ってます。
 この男に従っていたら再び西部地区に争いがおこりますよ、それでも良いのですか。」

 私の呼びかけに、周囲の雰囲気がしらけたモノに変わっていきます。
 みんな呆れた顔で扇動していた男を見ると、一人、また一人と、手にした得物を放り捨てました。
 どうやら、みんな、愚か者に踊らされていたことが分かったようで、武装放棄に応じてくれました。

 あまりにあっけない終り方に、呼びかけた私の方が驚いてしまったほどです。

「おっ、おい……。」

 愚か者が民衆に何か言おうとしますが、冷めた視線を向けられ言葉を続けられません。
 がっくりと肩を落とし、その場にへたり込んでしまいました。
 
「ハンナちゃん、助かったよ、感謝する。
 君が来てくれなければ、民衆を武力で鎮圧せねばならぬところだった。
 こんなところで、無用に国民の血を流したくはないからね。
 しかし、相変わらずの情報収集力だね、まさか暴動を煽っていたのがこの辺りの王族の生き残りだったとは。」

 私に近付いてきたケントニス皇帝が気安く感謝の言葉をかけてきました。

 ええ、それはもう、ターニャお姉ちゃんが姿を消して真相を探ってきてくれますから。
 ターニャお姉ちゃんは精霊になってから力を使うことに遠慮がなくなった気がします。

「いえ、お役に立てて光栄です。
 今回の一件、すべてはここに座り込んでいる者の企てによるもの。
 民衆はこの者に利用されただけでございます、なにとど寛大な取り計らいをお願いします。」

 私の返答にケントニス皇帝は満足そうに頷き、

「近衛の騎士達よ、この者を捕らえよ。
 すべてはこの者の罪とする。
 扇動された他の民衆は不問とするので速やかに解散するように。」

と近衛騎士と民衆に命じました。

 これで一件落着ですね。

 今回は簡単に終って良かったと安堵し、王都へ帰ろうかと思っていた時のことです。

 一人の老人が、私とケントニス皇帝に進み出てその場で平伏したのです。

 
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