精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第455話 教皇の真意、…開いた口が塞がりません

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 しかし、分からないことがある。

 長い年月にわたり『黒の使徒』は、初代皇帝の再来を企図して、『色の黒い人』を集め、その中で婚姻を結ばせてより魔法力の強い者を生み出そうと画策してきた。

 でも、この教皇になってから瘴気の森から伐り出した木材による調度品で『色の黒い人』を極端に濃い瘴気に晒すなどやる事が極端になっている。
 それに、『黒の使徒』は何十年にも渡って森を減らしてきたと言っているが、ヴィクトーリアさんが皇帝に嫁いできたときにはまだそれなりに森は残っていたと言っていた。
 多分、森の伐採が加速したのはこの教皇になってからだと思う。

 この教皇はいったい何を考えているのだろう。

「ねえ、あなたはギリッグやプッペに瘴気の森で木を切り出させて調度品を作らせていたでしょう。
 それを、『黒の使徒』の息のかかった貴族や宮廷に買い取らせた。
 側妃はそんな調度品に囲まれた部屋で過ごした挙句、魔獣を産むはめになったわ。
 あなたの代になってからやる事が過激になっているのではないの?
 いったい何を考えているの?」

 わたしの問いに教皇は平然と言い放った。

「今までのような迂遠なやり方ではいつまで経っても初代皇帝の再現なんか望めんよ。
 手っ取り早くするのなら濃い魔素に晒した方が効果的だ。
 現に側妃は初代皇帝もかくやという赤子を産んだらしいではないか。
 不心得者が魔獣だなどと言って貴重な赤子を殺めるというけしからんことをしたようで残念だよ。
 赤子の炎は癇癪みたいなものだ、一旦思う様炎を放出したら疲れて寝てしまうようなのだ。
 そこを捕らえればよかったのだよ。
 それを、皇宮一つ燃やしたくらいでやかましく騒ぎ立ておって。
 それが嫌なら忠告どおり男爵領にでも連れて行って産ませれば良かったのだ。」

 酷い暴言だ。魔獣を退治したソールさんの行いをけしからんなんて言ったよ。
 ソールさんが退治してくれなければどれだけ被害が大きくなったかわからないのに。
 だいたい、あの皇宮で何百人もの人が命を落としたのを聞いているだろうに。
 その中には教皇の忠実な僕もたくさん居たんだよ。

「あんな魔獣と区別がつかないような凶暴なモノを上手く手懐けたとして、あなたは何をしたいの。
 既に帝国は大陸の西部を統一して敵はいないのよ。
 ケントニスさん達がいつも言っているけど帝国に強大な軍隊はもういらないの。」

 わたしの言葉に教皇はしらけた表情を見せ、嘲り笑いながら言った。

「所詮は子供の耳学問か、大人の言うことを鵜呑みにしおって。
 敵なら幾らでもいるじゃないか。
 この大陸の東にはおまえが住む王国があるだろう、海を越えれば西の大陸の国々だってある。
 富の収奪が期待できる処は全て敵に回すことができるだろうに。
 いいか、敵というのは作るものだ。
 外に敵を作っておけば、バカな民草共の意識を国の外に向けられる。
 安閑とした時代を作るから民が国政のあり方に疑問を抱き、不平不満を言い出すのだ。
 強大な軍隊を用いて敵国に攻め入り収奪の限りを尽くす。
 バカな民草共もお零れに預かって浮かれ気分だ、それで不平も言わなくなる。
 これこそが国を栄えさせるのだよ。」

 こいつ、とんでもない暴論を吐いたよ……。
 収奪される側の痛みなど考えたこともないのだろうね。

 それよりも、そんなことが可能だと本気で思っているのか、こいつ?
 だとしたら、いい歳して子供以下の知性ではないか。もしくは誇大妄想に取り付かれた人?

「そんなこと出来る訳ないじゃない。
 帝国と王国の間には瘴気の森があるのよ。
 南の回廊も北の回廊もその距離三十シュタット、大兵力を移動させられると思っているの。
 それに兵站が続かないでしょうに。
 西の大陸にいたっては兵員を輸送する船を作る技術すら帝国にはないじゃない。
 あなたこそ、絵空事を言うのも大概にしたら。」

 王国と帝国がまともに戦ったら鎧袖一触だろう、実戦経験のない王国の軍団など帝国にあっという間に蹴散らされるのが目に見えるようだ。

 しかし、そもそも戦いにならない。
 帝国の軍の中心は歩兵部隊で、一日一シュタットの進軍など望むべくもない。
 三十シュタットもある瘴気の森を抜けるだけで何日掛かるのか、こいつは分かっているのだろうか。
 途中に魔獣の群れの襲撃だってあるのに。

 それに加えて、食糧難の帝国でどうやって兵站を維持するつもりなのか。
 まさか、交戦国の王国からの輸入を当てにする訳じゃあるまい。
 
 わたしの指摘に教皇はニヤリとイヤな笑みを浮かべて言ったの。

「だからこそ、初代皇帝の再来が必要なのだ。
 初代皇帝の再来を旗頭に、『色の黒い者』による大軍団を組織するのだ。
 儂の本当の目的は、他国の侵略などではない。
 いや、儂の目的が叶えばそれも簡単なことなのだがな。」

  と言って、勿体つけるように一旦話しを区切った教皇が次に吐いた言葉は耳を疑うものだった。

「儂の真の目的は、黒の森の奥に眠る魔導王国の王都を手中に収めることだ。
 いや、正確には魔導王国の王都に眠る莫大な財宝と失われた技術を手中に収めることだな。
 儂は初代教皇の行いを本当に愚かだと思っている。
 確かに、息をするように高度な術を使える者を生み出せたら素晴らしいだろうよ。
 しかし、それに栄華を極めた魔導王国の財産を投げ出すだけの価値は見出せないのだ。 」

 教皇は、魔導王国が持っていたという軍用の魔導具-誰もが簡単に操作できる石や火の玉を連続で射出できる魔導具-があればそれで十分だろうというのだ。
 初代教皇は魔導具が汎用性のないことに苛立ちを感じたというが、道具なんてものはある目的に特化して作るものなのだから汎用性がなくて当たり前だと教皇は言う。
 石も、火も、風も、水も撃ち出せるような魔導具を作ったら、大掛かりな仕組みになって持ち運び出来なくなるだろうと教皇は言うの。

 歴代の教皇は多様で大規模な魔法を自然に使いこなす魔法使いへの進化を促すことに心血を注いできた。
 だが、目の前にいる現在の教皇はそんなことはどうでも良いと言う。

 教皇が欲するのは魔導王国が溜め込んだ金・銀・財宝それと失われた技術。
 とくに、軍用の魔導具を大量に入手したいらしい。

「知っているか、魔導王国には何千もの人を乗せて空を飛ぶ船があったのだ。
 それがあれば、東の王国だって西の大陸だって一っ飛びだ。
 短期間で大量の兵を送り込むことが出来るのだぞ、兵站の問題も気にすることはない。
 それらの魔導具は王宮の地下に作られた堅固な倉庫に収められているそうだ。
 十中八九、現在でも使える筈なのだ。
 石を射出する魔導具など歩兵用の魔導具で武装させた兵を天翔る船で大量に送り込む。
 これなら、大陸の統一も夢ではないし、西大陸や南大陸も支配下におけるやも知れん。」
 
 しかし、魔導王国の遺産を手に入れるためには、瘴気の森の奥深くに立ち入らねばならない。
 あの異常な濃度の瘴気は教皇のような普通の人間では耐えられる訳がない。
 しかも、獰猛な魔獣までいる。

 そこで教皇が考えたのは、高濃度の瘴気に耐えられる『色の黒い者』に進軍させること。
 ただ、凶暴な魔獣が多数闊歩する瘴気の森だ、教皇に盲目的に従うように洗脳された『色の黒い者』でも尻込みするかもしれない。
 更に難点は、『色の黒い者』は頭が弱くて、魔導王国の失われた技術を理解できないと思われる点だそうだ。
 そこで『色の黒い者』の軍団を束ねる旗頭として、魔獣など物ともしない強力な魔法を使いこなし、高い知性を持っていたという初代皇帝の再来を求めたのだと言うのだ。


「おまえはさっき、儂の代になってやることが過激になっていると言ったな。
 当たり前ではないか、儂がまだ若くて元気な間に実現せねばならないからな。
 そうでなければ、魔導王国の遺産を手に入れたところで恩恵に与れないではないか。
 天翔る船を一台、儂専用にして支配地域を巡る、立ち寄った先で酒池肉林の宴を催す。
 支配者に相応しい贅沢だと思わないか。
 そのために、『色の黒い者』を高濃度の魔素の中で生活させることにしたのだ。
 その者達の赤子が突然変異を起こしやすいように促したのよ。
 森の伐採を加速したのも、黒の森の木材で作った家具を置かせたのも儂の指示だよ。 
 側妃は儂の思惑通り、初代皇帝もかくやという赤子を産んでくれた。
 惜しむらくは、何処かの愚か者に殺されてしまったことだがな。
 でも、儂の方法論が正しいことは立証された。    
 側妃と同じ環境で生活している若夫婦はまだたくさんいるのだ。
 数年のうちには必ず一人や二人、同等の資質を持った赤子が生まれてくるに違いない。」

 清々しいほど下衆な言葉を聞かされてしまった、正直、反吐が出そうだよ。
     
 こいつは、自分が贅沢三昧をしたいというだけで、たくさんの人を犠牲にしてきたと言うのか。

 瘴気の森で魔獣狩りをさせられていたスラムの子供たちが何人命を落としたと思っているのだ。
 平野部の森の殆んどを伐り払ったために、どれだけの水源が枯渇し農地が荒廃したと思っているのだ。

 このとき、わたしは思ったの。

 こいつだけは絶対に赦してはいけないと。
 

 

 
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