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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第445話 神聖な場にも道化師はやってくる、少しは空気読んで…
しおりを挟むさて、ケントニスさんと周囲の人が知恵を絞って準備した国葬が催される。
中央広場に臨時で設けられた祭壇、臨時といっても先帝の国葬のための物だから非常に格調高い物となっている。
その祭壇の中央に並べて置かれた二つの棺、先帝と側妃、ザイヒト皇子の両親の棺だ。
悲しいことに棺に遺体はなく、生前亡くなった二人が身に着けていた正装の服が収められている。
あたかも、故人が着ている様な形で。
棺を中央に祭壇の右手には、一際豪奢な椅子に腰掛けたケントニスさんを中心に皇族が並ぶ。
隣には皇太后となったヴィクトーリアさん、もう一方の隣にはザイヒト皇子、ヴィクトーリアさんの隣にハイジさんと四人が並んでいる。
祭壇の左手には座り手のいない椅子が置かれていた。
本来そこには側妃の生家である男爵家の人々が座る席なのだが…。
当主の男爵は皇帝が崩御したあの日、皇宮の本宮内で行方不明になったそうだ。
恐らく、皇帝同様、劫火で燃え尽きてしまったのだろうといわれているの。
男爵の長男夫婦も帝都の館に住んでいたが、そそくさと領地に帰ってしまったという話だった。
ソールさんの浄化の光を浴びて真っ白になってしまったみたい。
側妃、おそらく今回の災害の一番の被害者なのに、血を分けた肉親が弔いに来ないなんて。
寂しいね、可哀想だよ……。
祭壇を望むように正面手前には貴族席が設けられ、列席する貴族のために意匠を凝らした座面の柔らかい椅子が用意されている。
帝都に住む貴族全員が列席しても十分な数の席が用意されたが、埋まっているのはその半分ほど。
参列している貴族はほとんどがケントニスさんの派閥か中立派の人達だと聞いている。
もちろん、帝都に館を構える全ての貴族に参列するようにとの招集状を出したらしい。
しかし、前皇帝派の貴族は皇帝と共に命を落とすか、ソールさんの術で真っ白になってしまっており、参列できないみたい。
自分たちが担いだ御輿なのに、その葬儀に参列しないなんて酷い話だ…。
貴族の後ろには一般民衆のために簡易な長椅子が設えれている。
わたし達はその一般民衆用の席で国葬に参列することにしたの。
もちろん、ミルトさん達王国の使節団は特別に設けられた貴賓席にいるよ。
ミルトさんからはわたし達も使節団の席に混ざればと勧められたの。
誰も咎めないと言うけど、そんな席で窮屈な思いをするのは願い下げだ。
「一般の人向けの長椅子は木を組んだだけの物だから、長時間座っていると腰やお尻が痛くなるわよ。」
とミルトさんが言ってくれたけど、今回は民衆にも椅子が用意されたからこれでもマシらしい。
先々代の皇帝のときは、帝都の住民を無理やり参列させたため一般席がすし詰め状態になり椅子を置くどころではなかったそうだ。
今回は住民に参列を義務付けていないし、皇帝は民衆の嫌われ者だったので参列者は少ないのではと考え、それでも態々参列してくれた人のために長椅子を用意したそうなの。
ケントニスさんの予想では、貴族以外で参列するのは皇宮の御用商人くらいだろうという。
後は、物珍しさでやってくる野次馬のような人達だと。
急遽呼び寄せられた創世教の司祭が祭壇の中央に歩み出て、今厳かに前皇帝と側妃の国葬が始ま……えっ?
**********
創世教の司祭が国葬の始まりを告げようとしたまさにその時。
一般席の後ろから祭壇の正面に設けられた献花用の通路を、五人の男達が警備の近衛騎士を振り切るようにして早足で進み出たの。
そして祭壇の下まで来るとリーダーらしき男が怒鳴り声を上げた。
「崩御された先帝の国葬に我ら『黒の使徒』を招かんとは何事だ!
皇帝の葬儀は初代皇帝の代から『黒の使徒』が取り仕切るのが慣わしであろうが!」
どうやら、この男は『黒の使徒』の司祭らしい、以前見たことのある立派なローブを羽織っている。
他の四人は司祭を護るように取り囲むと、いつでも魔法を放てるようにして周囲を威嚇している。
こいつら、いつもこのパターンだな。
近衛騎士は四人が魔法を発動できる状態にあることを察して手出しできなかったみたい。
「『黒の使徒』は国教から外されたのだ、もうおまえ達を国葬に招く理由はないだろう。
我々の言うことを聞いて大人しく会場から出るのだ。」
近衛騎士の一人がそう説得するが、攻撃魔法を待機状態にした仲間に護られた司祭は動こうとしない。
「ええい、儂は隣の教区を任されている司祭だぞ、只人如きが儂に軽々しく口をきくでない。
だいたい、貴様らは皇帝を護る近衛だろうが、なぜ逆賊ケントニスなどに従っている。
貴様らが皇帝と仰ぐべきはあちらにおわすザイヒト様であろうが。
逆賊ケントニスが『黒の使徒』を国教から外しただと、逆賊に何の権限があると言うのだ。」
司祭はケントニスさんを逆賊と決め付けて、逆賊のしたことに意味はないと言い張るの。
これはまた、ある意味手強い奴が来た……、話しが全く噛み合わないのだもの。
こんなことで時間を無駄にして、神聖な葬儀を台無しにする訳には行かない。
向こうの魔法を警戒して手が出せないのであればわたし達の出番かな、ソールさんに眠らしてもらおうか。
そう思っていた矢先、祭壇の上から司祭に非難の声が掛かった。
「その方ら、何故、亡き父上、母上の葬儀の邪魔立てをするのだ。
ここは故人の御霊を弔う神聖な儀式の場である、邪魔立てするなら許さぬぞ。
本来であれば手打ちにするところ、神聖な儀式の場を血で穢すのは憚られるゆえ。
見逃すから、サッサと立ち去るが良い。」
声を上げたのザイヒト皇子であった、葬儀の進行を邪魔されたのが腹に据えかねたらしい。
実に理にかなった物言いだった。
しかし、司祭には黙って立ち去れば見逃してやると言うザイヒト皇子の気遣いは通じなかったよ。
「何を申されます、ザイヒト様。
神聖な葬儀だからこそ、こうして『黒の使徒』の司祭であるこの私奴が儀式を執り行うために参上したのではありませんか。
配下から帝都の教会の者が行方不明との知らせが入ったので急ぎ駆けつけたのですぞ。
ザイヒト様こそ、何故玉座におられないのです。
帝国の玉座は神に選ばれた我々黒き者の頭領がその座に就くものと初代皇帝の御世から決まっております。
ケントニスが如き只人が座って良いものではないのです。」
あっ、ザイヒト皇子が怒った…、怒りで顔を真っ赤にしているよ。
「いいかげんにしろ!
貴様等の妄言はもうたくさんだ。
何が神に選ばれた者だ、色の黒き者など魔獣のなり損ねではないか!
貴様らが初代皇帝の再来を作るだか何だか知らないがくだらない妄想を抱いたせいで……。
そのせいで、優しかった母上は命を落としたのだぞ。
何が初代皇帝の再来だ、あの広大な皇宮を焼き尽くす化け物が生まれただけじゃないか。」
それは、今にも泣き出しそうな悲しい叫びだった……。
しかし、ザイヒト皇子の言葉を聞いた司祭は恍惚とした表情で歓喜の声を上げた。
「何と素晴らしい、それこそ我らが目指した初代皇帝の再来。
何が化け物ですか、まさに黒の御子の生誕ではないですか。
して、御子は何処に?」
いけない、これ以上はザイヒト皇子の精神的に悪い……。
わたしは意を決して、司祭の前へ歩み出たの。
「その化け物はわたしの仲間が討伐したわ。
あんなのが街に出たらそれこそ厄災だったって討伐した仲間が言っていたわ。」
いきなり出てきた小娘に司祭は怪訝な顔をしたが、すぐにわたしの言葉を理解したようだ。
「貴様、神の子たる黒の御子を弑しただと、何と罰当たりな。
それは、偉大な力を我々に与え賜もうた神のご意思に背く行為だぞ。」
わたしは食って掛かった司祭に言ってやったの。
「それはどうかしら、神の意思に背いたのは人の命を弄んだあなた達の方じゃないの。
あなたは知らないようね、帝都の『黒の使徒』の連中がいなくなった理由。
天罰が中ったからよ、こんな風に。」
わたしの言葉を合図にソールさんの『浄化』の光が、司祭達五人を包んだ。
問答無用だ。
これ以上、こいつの心無い言葉をザイヒト皇子に聞かせる訳には行かない。
『黒の使徒』の教区ってどのくらいの広さか知れないけど、隣の教区で帝都で何が起こったか知らないんだ。
帝都では『黒の使徒』に天罰が下ったとあれだけ噂になっているのにノコノコ出て来るんだもの。
光が消えた時、司祭たち五人はすっかり真っ白になっていた。
当然四人が待機状態としていた魔法も魔力の喪失と共に消えうせている。
あたしは、当の五人同様に、呆けていた近衛騎士に問い掛けた。
「この人達は、皇帝と皇族の方々を侮辱した上に、葬儀の進行の妨害をしたのです。
牢獄に放り込んだ方が良いのではないですか?
もう魔法は使えないので拘束しても平気ですよ。」
わたしの言葉で我に返った近衛騎士達が慌てて五人を拘束して連行して行った。
やっと葬儀が始まるよ…
その後、葬儀は滞りなく行われた、司祭による祈りが捧げられ、聖歌隊による鎮魂歌が捧げられ、幾つもの儀式の後、やがて献花の時間となった。
わたしも献花の列に並んで、棺の横に盛られた白百合の花を一輪、棺に供えた。
この白百合はわたしがシュケーさんに用意してもらったの。
ザイヒト皇子から側妃が白百合の花が好きだったと聞いたので、せめてもの手向けにと思って。
少し時期が遅いので白百合は無理だと諦めていたみたいだから。
ザイヒト皇子が棺の横に盛られた白百合の花を見て驚いていた。
この日、国葬という公式の場で皇帝を逆賊と侮辱し葬儀の進行を邪魔した『黒の使徒』の司祭が、多くの人の目の前で自慢の『黒い色』を奪われ、魔法力を失った。
このことは、『黒の使徒』の言うことは神意など反映していないと人々に改めて認識させることになったの。
ことここに至って、『黒の使徒』の言う事を聞くのは教団内部の人と子飼いの貴族だけとなった。
いや、子飼いの貴族の中でも魔力を失うことを恐れた者は屋敷の中に籠って、『黒の使徒』との接触を断ったらしい。
今更ケントニスさんには寝返ることは出来ないけど、『黒の使徒』との共倒れは嫌だって。
さて、いよいよ追い詰められたね。
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