精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第441話 その魔獣の脅威は厄災級だったみたい……

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 いまいち要領を得ないわたし達を代表するようにケントニスさんがウンディーネおかあさんに問い掛けたの。

「その黒曜石がどうかしたのですか。
 もう少し詳しく説明してもらえると有り難いのですが。」

 周囲のみんなが頷くのを見てウンディーネおかあさんがやれやれといった様子で話し始めた。

「誰かに聞かせるつもりで来た訳ではないのだけど仕方がないわね。
 私は、フェイちゃんが付いていながら、あなたやリタさんが瀕死の大怪我を負ったということが信じられなかったの。
 いくら、不意を突かれたとは言え、フェイちゃんが水の防壁を張るのは一瞬だわ。
 あなたやリタさんが大火傷を負ったということは魔獣が放った火の魔法がフェイちゃんの水の防壁を抜いて尚、それだけの熱量を残していたと言うこと。
 人が魔獣化するとどれだけの脅威になるのかを確認したかったのよ。」

 ウンディーネおかあさんは水の上位精霊であるフェイさんなら息をするように自然に水の防壁を張ることができると言った。
 ちなみに、それが必要な状況に陥ったことがないので、わたしは水の防壁というモノを見た事がないよ。
 咄嗟のことであっても、防壁そのものは間に合うし、従来上位精霊の張る防壁を抜くことが出来る魔獣は見た事がないと言うの。

 そもそも、上位精霊の不意を突くほど術の発動速度が速い魔獣も前代未聞みたいだし。

「今ハンナちゃんが言ったけど、岩って溶けるのよ。
 この建物に使われている石材だと、金や銀を溶かす温度と同じくらいの温度で溶け出すわ。
 で、溶けた岩石が急速に冷やされてガラス質が結晶化したのがこれ、黒曜石。
 建物のこの部分が崩れ落ちているのは、熱で躯体の岩が溶けて建物を支えられなくなったのね。
 ただね温度が高いだけではダメなの、ちょっとやそっとの熱量では表面を溶かすだけ。
 これだけの規模の岩を溶かすのには膨大な熱量が要るわ。
 それだけ高温で膨大な熱量の炎を操れる魔獣だったということなの。」

 どうやら、焼け跡を見たいと言ったのはその魔獣が放った術の威力、すなわち脅威度を把握したからだったみたい。

 その辺中に散乱している黒曜石を見て、その魔獣の放ったと言う火の魔法の温度や熱量を想像していたようなの。

 そして、瓦礫の中で歩を進めると余り広くない瓦礫すらない空間に辿り着いた。

「ここが、魔獣が生まれたと言う産室があった辺りです。」

 何もない空間でケントニスさんは、災害の発生地だと言ったの。

「なるほど、ここで大きな爆発があったことも、建物の崩壊の一因のようですね。」

 ウンディーネおかあさんの仮説だと生後間もない魔獣が、しょっぱなここで放った火の魔法。
 高温で膨大な熱量を持つその魔法で産室内は一瞬で酸欠状態に陥ったろうと言ったの。
 そして、すぐのち、産室の外壁が熱で溶け落ち大量の酸素が室内に流入したため爆発を起こしたのだと言う。

 その爆発の衝撃で産室のモノは周囲に拡散し、その衝撃は熱で躯体の一部が解け脆くなった建物を崩壊させたのだろうとウンディーネおかあさんは説明した。

「これでは、ここで亡くなった者の遺体が見付からないのも納得だわ。
 最初の熱で骨まで燃え尽きたのか、爆発の衝撃で粉々になってしまったのか。
 どちらにしろ、人体の痕跡など残らないわね、哀れなものね。」

 そう言ってウンディーネおかあさんがみんなに対する説明を終えたときのこと。
 わたし達の後ろから小さな人影がフラフラと出てきた。
 何もなくなった空間、ウンディーネおかあさんがいる傍まで来るとそこで蹲って泣き出した。

「母上……」

 ザイヒト皇子だった。いつの間に来たのだろうか、いつから話を聞いていたのだろうか。

「ああ、亡くなったのはあなたのご母堂でしたか。
 これは無神経なことを言ってしまいました、ごめんなさいね。」

 ウンディーネおかあさんは慌ててザイヒト皇子に謝るが、言葉は届いていないようだ。

「皇帝陛下が現場を見に行ったと耳にして、自分もお母さんの亡くなった場所を見たいって。
 部屋の中で燻っているよりは良いかなと思ったの。」

 わたしの横に来たネルちゃんが言った。
 そこにいたみんながやるせない気持ちでザイヒト皇子を見つめていた……。


     **********


 いつまでも皇子を地面に蹲らせておく訳にもいかず、ザイヒト皇子が泣き止むのを待って立ち上がらせ、今はネルちゃんが寄り添うようにして立っている。

「さて、皇帝陛下に案内までさせてしまって申し訳なかったわね。
 だいたい理解したわ、これでは不意を突かれればフェイちゃんが後れを取るのも納得だわ。」

 そう言って、ウンディーネおかあさんは、ここで発生した魔獣についての脅威を説明し始めたの。

 それによると、ここで発生した魔獣、火の魔法に限っていえば火の上位精霊に匹敵する力を持っていたのではないかとのことだった。
 生まれたてでそれだけの力を持っているとは信じ難いことだと、ウンディーネおかあさんは言っていた。

「その場にソールちゃんがいたのは幸運だったわね。
 そんなのが町へ出たら厄災以外の何物でもなかったわよ。」

 岩をも溶かすような灼熱の炎を短時間で連発できる魔獣、そんなのが街中に出てしまったら本当に悪夢だ。
 ウンディーネおかあさんの言うように厄災となるだろう、人に太刀打ちできるとは思えない。

 うん?待てよ…。

 魔獣を生み出す可能性を秘めているのは側妃だけだったのかな?

「ねえ、ケントニスさん、『色の黒い人』同士の夫婦ってどのくらいいるの?
 その中で、奥さんが妊娠中の人は?
 ついでに、『黒の使徒』の連中が瘴気の森で切り出した木材から作った調度品ってどのくらい売られたんだろう?」

 わたしは、側妃と同じ条件に当てはまる人が他にもいるのではと思い、尋ねてみたの。
 わたしの問い掛けに、ケントニスさんも言わんとするところが理解できたようで渋い顔をした。

「ああ、ターニャちゃんの言いたいことは分るよ。
 でも、残念なことに政府が持っている貴族の情報に容姿の特徴は記されていないんだ。
 もちろん、妊婦の有無も含めて、これから調べることは可能だと思う。
 ただ、平民については調べようがないな。
 たぶん、ターニャちゃんの欲している情報を正確に把握しているのは『黒の使徒』の幹部だけだと思う。」

 帝国では、『色の黒い者』は大部分が貴族階級の者で、その殆んどは前皇帝の派閥に属しているので当主はだいたい分かるそうだ。
 わからないのは当主の子とその配偶者の情報とのこと、当主は高齢の者も多く妊婦がいるのは息子の代であることが多いのではとのこと。
 その辺の情報はこれから集めるしかないとケントニスさんは言ってるの。

 平民に関しては『色の黒い人』の情報は全く持っていないようだった。
 ただ、平民階級では『色の黒い人』は少なく、軍もしくは『黒の使徒』の教団に属しているようだとケントニスさんは言う。
 なんでも、平民に『色の黒い人』が生まれると、『黒の使徒』が神の思し召しだとか御託を並べて連れ去るらしい。なんか、創世教が『癒し力』を持つ子供を独占するのに似ている気がする…。

 お得意の洗脳教育を施して、男の子なら軍人か教団職員にし、女の子なら息のかかった貴族家の養女としたうえで別の貴族家へ嫁がせるらしい。
 こうして、『黒の使徒』のネットワークが構築されてきた訳だ……。

 ましてや、『黒の使徒』が瘴気の森から伐り出した木材で作った調度品を誰がどのくらい所有しているかに至っては雲をつかむような話だという。


     **********


 ケントニスさんの話をまとめるとこんな感じ。
 これから『色の黒い人』が当主を務める貴族家の家族関係の詳細を調べて『色の黒い』妊婦の存否を確認する。
 その妊婦さんのところに出向き、瘴気の森産の木材で作られた調度品があれば撤去すると共に妊婦さんは瘴気の薄いところに移す。例えば、最近わたし達が作った帝都の周囲の森の中とか。

 うーん、なんかそんなことをしている間に、一人、二人は生まれてしまいそうな感じがする。
 無事、普通の子供が生まれてくれば良いけど……。

 わたしが考えていたことと同じことをウンディーネおかあさんも思ったみたい。

「そんな悠長なことで間に合うかしら?
 ここからだと正確な場所までは分からないけど、今もこの帝都の中で尋常ではない瘴気を感じる場所が何ヶ所かあるわ。
 そこに出産間近の妊婦がいなければいいわね。」

 脅迫するようにウンディーネおかあさんは言ったの。
 そのときはソールさんはいないと思うわよとも。

 ソールさんはわたしの保護者兼護衛なのであって帝国に貸すつもりはないし、そもそも帝国に力を貸す義理もないと突き放すように言ったの。

 確かに、精霊は人と積極的に関わらないことにすると決めた二千年前の大精霊達の取り決めは今でも活きている。

 今は、偶々わたしが人の社会に出てきて、わたしの保護者としてソールさん達が付いて来た。
 そして、わたしの周りで起った問題を解決するために力を貸してくれているだけだ。

 わたしのいない所で起こった問題に精霊が関る理由がないのは正論ではある、しかし……。
 なんか、ウンディーネおかあさんの口振りが気になるの。
 温厚なウンディーネおかあさんがあんな突き放すよう言い方をするなんて…、逆に含みがあるような…。

 ウンディーネおかあさんの指摘で最悪の状況を想定したのか、ケントニスさんは黙ってしまった。

 そんなケントニスさんにウンディーネおかあさんは微笑を浮かべて話しかけたの。
 そう、悪魔のような微笑を浮かべて…。

「とは言うものの、日頃ターニャちゃんが親しくしているあなた達を見捨てるのも気が引けるわ。
 この場で全て片付けてしまっていいのなら、力を貸してあげてもいいわよ。」

 うん?どういうこと…?
 

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