精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第427話 ウンディーネおかあさんの想い

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 ブルーメンからアルムートまでは数時間の距離であるため、今日はゆっくりとホテルを出たの。
 ブルーメンを出ると何処までも平坦な土地が広がり、その中には美しい紫の花が一面に咲いている区画が見られる。

「ああ、あれはラベンダーですね。
 良い香りがするので香水の原料に使われたり、匂い袋にしたりしていますよ。
 それに、花や葉っぱは食べられるんですよ、食欲増進の効果があるそうです。」

 車窓から一面に咲く紫の花に見惚れていると博識なリタさんが教えてくれたの。
 ラベンダーから採れる精油はこの辺りの領地の特産品として大きな収入源になっているんだって。

 それを聞いていたウンディーネおかあさんが昔を懐かしむように言った。

「昔は、このあたり一帯は見渡す限り葦が生い茂る湿原でね。
 農地はおろか、人が立ち入ることすら困難な場所だったのよ。
 二千年の月日って凄いわね、あの湿地がこんな美しい花の園に変わっているなんて。
 いえ、凄いのは人の力ね。
 最初にあの男から湿原を農地に変えると聞いたときは何の冗談かと思ったわ。」

 ああ、以前言っていたよね、最初は大言壮語にしか聞こえなくて、何十年かやり続けたら手を貸すと約束したって。
 実際何十年か後に再び訪れて、湿地の開拓が進んでいることに驚いたんだよね。
 そして、約束通りに塩害対策と飲み水の確保に協力したって、昨日見たのはその時の泉だよね。
 
「昔ね、ヴァイスハイトと旅をしていて、やっぱり飢えで多くの村人、特に小さな子供を亡くした村を幾つも見てきたわ。
 その度にヴァイスハイトも心を痛めたわ、だけど、やっぱりみんなを救うことは出来ないの。
 それでも諦めずに少しずつ荒地を開墾し、人々を癒して長い年月をかけて国を築いたの。」

 不意におかあさんはヴァイスハイトさんの話を持ち出したの。
 おかあさんは遠い目をして話したの、きっと脳裏には心を痛めているヴァイスハイトさんの姿を思い浮かべているのだろう。
 ヴァイスハイトさんが旅を始めた頃は、魔導車はおろか馬車すらなく、おかあさんと二人で歩いて旅したという。

 当然そんなに速く進める訳もなく、辿り着いた時には飢饉で多くの人が亡くなった村もあったと言う。その度にヴァイスハイトさんは涙し、もっと早く来れればと後悔していたと言う。
 ヴァイスハイトさんが旅を始めた頃はそんなことの繰り返しだったと言う。
 それでも、焦らず、諦めずコツコツと開墾を続けたという。
 実際問題、焦ろうにも移動手段がなくて焦りようが無かったみたい。

「それにね、人の間ではヴァイスハイトは偉大な人物みたいに言われているけど、実際には心優しい普通の女の子だったの。
 荒野を豊穣の地に変えながら旅をしたと伝えられているそうだけど、実際にヴァイスハイトが訪れたのはそんなに広い範囲ではないわ。
 ヴァイスハイトが拾ってきた子供の中に幾人か精霊と親和性の高い子がいたの。
 その子達が精霊と共に各地に散らばってヴァイスハイトを手助けしてくれたのよ。
 お調子者のミルトなんかも結構役に立ったのよ。
 ヴァイスハイトを慕ってくれた子供達が長じて、力を併せて開墾するようになったの。
 それからよ、この地が本格的に豊穣の地に姿を変え始めたのは。」

 ウンディーネおかあさんは、ヴァイスハイトさん一人では決して成し遂げられなかっただろうという。
 力を貸してくれる人達がいたからこの国が出来たのだと。

「この領地にいた男もそう、干拓を進める間に力尽きて亡くなる人も多かったと思う。
 それでも、人々と力を併せて、諦めずに干拓を続けたからこの豊かな大地があるの。
 ターニャちゃんがやろうとしていることも同じなのよ。
 あれだけ荒廃してしまった帝国の大地を豊穣の地にするなんて百年単位の時間が必要なの。
 ターニャちゃんが飢えに苦しむ人々を助けたいと思う優しい子に育ってくれたのは嬉しいわ。
 でもね、一人の人の力には限りがあるのよ。
 ターニャちゃん一人の力で短期間にやろうとするのは無理なの。
 ターニャちゃんが無理をして体を壊せば、私は悲しいわ。他のお母さんもそうよ。
 だからもう無茶しないで。」

 いつも鷹揚に構えているおかあさんの表情に陰りが見える。
 ああ、ウンディーネおかあさんはこれが言いたかったから、ハンナちゃんの誘いに乗ってわたし達と同行することにしたんだ。

「おかあさん、心配させちゃってごめんなさい。そんな顔をさせちゃってごめんなさい。
 もう無茶なことはしない。
 体の調子が良くなるまで、しばらくは静養しているから安心して。
 その代わり、旅の間はうんと甘えさせてもらうからね。」

 わたしがそう返答するとウンディーネおかあさんは幾分表情を和らげたの。

「じゃあ、もう無茶はしないって約束してね。
 そうと決まれば旅を楽しみましょう。
 人と一緒に旅するなっんて、本当に久し振りで楽しみだわ。」

 ウンディーネおかあさんは暗くなってしまった場の雰囲気を変えようと努めて明るく言ったみたい。
  

     **********


 何処までも平坦な干拓地を抜けて少し小高い丘に上る、ここは海岸沿いに広がる砂丘地帯だそうだ。
 そして、ここはもうルーナちゃんの実家のあるアルムート領だとリタさんが教えてくれた。

 相変わらず美しい紫の花をつけるラベンダー畑が多いけど、その中に大根のような葉をした野菜を栽培する畑が増えた来た。
 
 何の野菜だろうと思っていると、リタさんが教えてくれた。

「あれが、アルムート領の最大の収入源、砂糖が採れる野菜ですね。
 たしかテンサイと言いましたか、葉の部分の見た目は大根そっくりですね。
 寒さに強く、水捌けの良い土地を好むので、冷涼で砂丘地帯のこの地で多く栽培されるようになったそうです。」

 何でも秋口以降の気温、特に夜の気温が低い方が糖度が高まるらしく、この領地が栽培に適しているらしい。
 王国で流通している砂糖は、北部のテンサイから採れる物と南部のサトウキビから採れるものが半々で、テンサイ糖の七割位がアルムート領で作られているのだとか。
 ルーナちゃんの家がお金持ちの理由がこれらしい。

「私も初めて来た場所なので断言できませんが、北の方角に森が帯状に続いているでしょう。
 あれが防砂林だと思います。
 たぶん、あの森の向こうが海ですね。」

「海!、お船が見たい!」

 リタさんの説明を聞いたハンナちゃんが声を上げた。
 ハンナちゃん、本当に船が好きだね。
 ポルトでも船に乗りたいとおねだりしたし、女神の湖でも小船に乗ってはしゃいでいた。

 まだ時間も早いので、領都アルムートに行く前に海を見に行くことにしたの。
 進路を森の方角へ変えて進むこと三十分ほど森を抜けるとそこには穏やかに凪いだ海が広がっていた。

「海だぁ!」

 ハンナちゃんが歓声を上げる。砂浜ぎりぎりまで近付き魔導車を停めるとハンナちゃんが飛び出して行った。

 そのまま砂浜を海に向かって走って行き……。そして、砂地に足をとられてコケた。
 勢いよく転んだせいで顔に砂がかかったようで、口に入った砂をペッと吐き出している。

「あらあら、いつもは大人しいのに、本当に海が好きなんですね。」

 リタさんはそう言ってハンナちゃんを起き上がらせると顔にかかった砂をハンカチで払っている。

「ううっ、なんかここ足が潜って走り難い、こんなところ初めて。」

 そういえばハンナちゃんは海と言えばポルトしか見た事がなかった。
 あそこは港の外は岩場で砂浜が広がっている場所は無かったっけ。

 ハンナちゃんは入り込んだ砂を取るため靴を脱ぐとそのまま裸足で波打ち際まで走っていった。

 そして、打ち寄せる波に足をつけて。

「冷たい!」

とはしゃいだの。

 いつもと違い歳相応の無邪気さを見せるハンナちゃんにウンディーネおかあさんは相好を崩している。 

 冬場は凄く荒れるとルーナちゃんから聞いていたけど、夏場の北の海は凄く穏やかで水がきれいだった。

 ひとしきり波と戯れていたハンナちゃんだったけど、気が済んだのか一言呟いた。

「お船がいない…。」

 あ、やっぱり船は外せないのね……。

 リタさんの知る限りでは、この辺りは遠浅の海が続いており、冬場に海が荒れて交易に適さないこともあって大きな港がないそうだ。
 小さな漁港が何ヶ所かあるけどわたし達が立ち寄った付近にはなかったみたい。

 交易船は通らないし、漁船はわたし達が立ち寄った時間帯には港へ戻っていて海上の船を見ることはまずないって。

 不満げなハンナちゃんをまた今度見に来ようと宥めて、わたし達は領都アルムートに向かうことにした。
 
 

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