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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第404話 信じてもらうのは中々難しい……
しおりを挟むデニスさんの商会から港まで目抜き通りをぶらぶらと歩く。双子ちゃんは初めてきた大きな町に目を輝かせている、目に映るもの全てが物珍しいようだ。
「あっ、こら待って!ダメでしょう、勝手にふらふらしたら。」
少し気を抜くと何処かへ行ってしまいそうな双子ちゃんにヤスミンちゃんは気が気でないようだ。
途中、町の中央広場の屋台で何か買って食べようという話になった。
双子ちゃんに何が食べたいと聞くと、双子ちゃんは
「「お肉!」」
と声を揃えて言った、とっても嬉しそうに。うん、聞く必要もなかったね…。
双子ちゃんのリクエストに答えて、シュケーさんが屋台に買いに行ったのだけど……。
買って来たのはパンにスパイシーな香辛料をつけて焼いたお肉と何種類かの生野菜が挟んであるものだった。
双子ちゃんは受け取ったパンを見て、あからさまにイヤな顔をした、そこまで野菜がイヤなの…。
「たっぷりの香辛料をつけて焼いたお肉の味が野菜に染み出してとても美味しいですよ。
食べてみなさい。」
シュケーさんに言われて、双子ちゃんは渋々パンに口を付けたの。
「「美味しい!」」
野菜とお肉を一緒に挟んだパンを美味しいと喜ぶ双子ちゃんをシュケーさんはとても微笑ましいものを見るような眼差しで見つめていた。
屋台で昼食を済ませ港まで行くと、船荷の積み下ろしが終って人が減った港の地べたにヤスミンさんのお父さんが胡坐をかいて待っていた。
**********
「おう、ヤスミン、待たせて悪かったな。
お前が村長の仕事を放ってまで来るのだから急ぎの用事だったのだろうけど。
こっちも急ぎの仕事だったんでな、サボってたら首になっちまうからよ。」
ヤスミンちゃんを見つけたお父さんが大きな声で話しかけてきた。
「お父さん、そんな大きな声を上げなくても、恥ずかしい…。」
ヤスミンちゃんはそう言いながらお父さんの方へ歩いた。
ヤスミンちゃんのお父さんって、すっかり村長さんというより港の荷役夫という雰囲気になっている。
「で、こんなところまで来ていったいどんな大事件が起こったんだ?」
「これから、一緒に村に帰って村長の仕事に復帰して欲しいの。
事情はここでは拙いから、落ち着いた場所で話すから。」
ヤスミンちゃんがお父さんの問い掛けに返答すると、
「バカいうな、俺が帰ったら収入がなくなっちまうじゃないか。
今は村長なんて形だけで、領主様に出す書類仕事しかないし、お前がいれば十分だろう。」
と、いきなり否定的な答えが返ってきた。
するとハイジさんが前へ進み出て二人の会話に割り込んだ。
「現金収入のことは心配ございません。
村長にはもっと重要な仕事をして欲しいのです。
詳しいお話はここでは差し障りがあるので場所を改めたいです。
付いて来て頂けませんか。」
ヤスミンちゃんのお父さんはハイジさんの姿に怪訝な顔をし、
「誰だ、おまえさんは?
見たところ貴族のお嬢様のようだけど?」
と尋ねたの。
「私の身分についても、ここで明かすのは少々差し障りがあるのです。」
ハイジさんにそう言われたお父さん、ヤスミンちゃんに腕を引かれて渋々立ち上がった。
デニスさんの商会で話し合うことにして歩き始めたのだけど、両手に双子ちゃんの手を引いて歩くヤスミンちゃんのお父さんは言葉とは裏腹に機嫌が良く見える。
双子ちゃんに街の事を尋ねられると楽しそうに答えていた、やっぱり久し振りに子供に会えるのは嬉しいのだろうね。
**********
デニスさんの商会に着いたわたし達は、通された応接室でデニスさんを待つ間に、簡単に事情を説明することにした。
「自己紹介が遅れてすみません、わたしはティターニアと申します。
こちらにいらっしゃるのは、この帝国の第一皇女アーデルハイト殿下です
これから、今日伺った用件を簡単に説明しようと思います。」
わたしがそこまで言ったとき、ヤスミンちゃんのお父さんは慌てて跪いた。
そして、
「皇女殿下とはつゆ知らず、先ほどは無礼な口を利きまして申し訳ございませんでした。
私は領主様から村長を仰せ付かかっているハルクと申します。」
と言ったの。
「今はお忍びでこの地を訪れている身、そんなに畏まらなくても良いです。
それより、跪かれると話がし難いです。どうぞ、いすに腰掛けてください。
ターニャちゃん、続きを説明してもらえるかしら。」
ハイジさんに促されて、わたし達が帝国に緑の大地を取り戻す活動をしていることを話す。
今まで活動していた帝国の東部辺境は復興の目途が付いたこと、西部地区の状況が良くないことを知った事から、この夏から西部地区の復興を始めることにしたと告げた。
そして、その第一号にヤスミンちゃんの村を選んだこと、農地の再生にハルクさんの手を借りたいことを説明する。
ハルクさんが村長に復帰するに当たって、ヤスミンちゃんをハイジさんが侍女として召抱えることになったので現金収入は心配ないと話したの。
わたしの説明を聞いたハルクさんは、やや不機嫌そうな声で言った。
「じゃあ、何かい。ヤスミンが皇女様にお仕えするから代わりの俺に村で留守番してろってか?
しかし、山出し娘のヤスミンに皇女様のお側付が勤まるんですかい?」
どうも、ハルクさんの耳には、ハルクさんの稼ぎでは足りないので、ヤスミンちゃんが働きに出るから帰って来いと言われている様に聞こえたらしくプライドが傷ついたみたい。
農地の再生に手を借りたいということは余り信用しておらず、ハルクさんを連れ戻す方便だと思っているふしが見受けられる。
「いえ、ハルクさんには、村長としてやってもらわないとならない重要な仕事がるあるのです。
何も、村に帰ってきて双子ちゃんの世話をしてくれと言っている訳ではないのですよ。」
わたしの言葉にハルクさんは、
「農地の再生に手を貸せってか。
こんなこと言いたかねえが、俺の親父がこの土はもう死んでる、もうだめだと言った土地だ。
土と共に生きてきたあの親父がだ。
そんな土地を再生するだって、とてもじゃないが信じられないぜ。」
と言ったの。
あの村の農地をこよなく愛してきたヤスミンちゃんのお祖父さんが亡くなる前にそう言ったらしい。
それから、ハルクさん達は農耕を諦めてこの港町に出稼ぎに出るようになったそうだ。
農業のプロが死んだといった土地を、小娘が再生すると言っても絵空事に聞こえるみたい。
「ちがうの、お父さん。
ターニャちゃんの言っていることは本当なのよ。
ターニャちゃんの魔法で畑が生き返ったの。
畑だけじゃない、森だって、池だって。
芋、ソバ、大豆が収穫できたの、もう今年の冬は飢えを心配しなくても大丈夫なのよ。」
ヤスミンちゃんが必死でハルクさんを説得しようとするが、その言葉に余計疑念を深めたみたい。
「そんな馬鹿な話があるか、誰がそんな与太話を信じると言うんだ。
森なんてものは、それこそ五十年、百年かかってできるものだ。
俺が去年村に顔を見せて一年も経っていないのだぞ、森なんかできる訳ないだろうが。」
ハルクさんは担がれていると思ったのか、余計にへそを曲げてしまった。
そのときのこと。
「あなたのお嬢さんの言うことはたぶん本当のことですよ。
このままではいつまで経っても商談には入れそうもないので口を挟ませてもらいますよ。
私はこの商会の商会長のデニスと申します。
色々と信じられないでしょうけど、そこにいるターニャちゃんは奇跡のような魔法を使うのです。
帝国の東部辺境ではこの三年間で殆んどの村で自給自足が出来るようになっているのですよ。
全て、ターニャちゃんのおかげです、東部辺境では『白い聖女様』って呼ばれるくらいですから。」
何時からそこにいたのか、途中から話を聞いていたらしいデニスさんがそう言ってくれたの。
そして、デニスさんはわたしに向かってこう続けた。
「ターニャちゃん、あなたの使う魔法は常識の範疇を越えていて、普通の大人が容易く信じられるものではないんだよ。
私は、ターニャちゃんに命を救われ、ターニャちゃんの魔法で再生した農地を見ているから信じるけど、普通はそうはいかないと思っていた方が良いね。
それでどうかね、一度ハルクさんに再生した土地を見てもらうのは。
私も、ターニャちゃんのことは信用しているけど、一応商人なんでね。
大きな商談だから一度現地を見ておきたいのだけど。」
以前にミルトさんから、全てわたしの物差しで物事を考えたらいけないと注意されたことがあったっけ。
今回もそうなんだ、わたしの周りの人は何度も見ているから誰も疑わないけど、普通じゃありえないことなんだね。
その後デニスさんの説得もあって、わたし達はハルクさんとデニスさんを連れて一旦村に戻ることになったの。
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