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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第399話 木を植える理由

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 ハイジさんが尋ねるとヤスミンちゃんは悲しそうな顔になり、こう言ったの。

「私、十五歳になったら港町の娼館に働きに出ようと思っているんです。
 正直なところ、お父さんの出稼ぎではこの子達に満足な食事は与えてあげられません。
 それに、お父さんが不在だと領主様から遣いの方が見えたとき都合が悪いのです。
 娼館で働けば出稼ぎのお父さんよりもはるかに稼げると聞いています。
 ただ、娼館に働きに出た娘は病気をもらって早死にする人が多いそうなんです。
 でも、十年働ければこの子たちが独り立ちできるようになります。
 この子達が大人になったとき、私が植えた木を見て私を思い出してもらえればと。」

 尋ねたハイジさんは更に落ち込んでしまった。
 娼館、たまに聞く言葉だけど、商館とは違うらしい。
 フェイさん達に聞いても、もう少し大人になったらねと言われて教えてもらえないの。
 ただ、娼館というのは過酷な職場らしいことは分かる、早死にするって言うのだからね。
 その分、お金はいっぱいもらえるみたいだね、出稼ぎのお父さんの代わりに働きに出るというのだから。

 早死にすると分かっていて、幼い弟と妹を養うために働きに出ようというヤスミンちゃんの悲壮な覚悟がハイジさんには堪らなく辛い事みたい。
 きっと、自分達の失策のせいで民をこんな目にあわせているのだと落ち込んでいるのだろう。

「別に私がここに居たと言う証を残すなら木でなくても良いんですけど。
 どうせなら、この子達の役に立つものをと思って。
 私が植えた木がこの辺りを再び実り豊かな大地に甦らせる呼び水になればと思って。
 そのために、残された後三年で出来る限り多くの木を植えたいと思っているのです。」

 それから、ヤスミンちゃんは植樹を選んだ理由を教えてくれたの。


     **********

 
 それは、ヤスミンちゃんがまだ幼い子に、当時存命だったお祖父ちゃんから聞いた話から思い至ったらしい。

 最初に聞いたとおり、お祖父ちゃんが若かりし頃はこの辺りはハンデルスハーフェンを中心とする小国だったらしい。
 三十年ほど前に、帝国との戦争に敗れて併合されたらしいの。

 帝国に編入されて程なくして、『色の黒い』連中が村にやってきて言ったらしい、

『帝国では今食料が不足している。村の周りにある無駄な森を全て伐り払って農地に変えろ。』

って。

 その時、この村の郷士であったこの家の当主、ヤスミンちゃんの曽祖父さんは、村の周りの森は鎮守の森だから切り払うなど以ての外だと抵抗したらしい。
 すると、曽祖父さんは立ち上がれないくらい、『色の黒い』連中に暴行されたそうだ。
 結局、暴力に抗し切れず村の人達は、森を開墾し始めたそうなの。

 それから、直ぐに異変は生じたらしい。

 当時森には滾々と水が湧き出る池があり、そこから流れ出る川が周囲の農地を潤していたそうだ。
 その池の水位が目に見えて下がってきたんだって。

 そして終にヤスミンさんが生まれるころには池は干上がってしまったそうだ。
 そのため、農地は満足な灌漑ができずに乾き始めたんだって。
 耕作した柔らかい土って乾くと流れ易いんだって、その頃から恵みの雨が敵になったらしい。
 雨でせっかく耕した豊かな土地が流れ出してしまうらしい、土に適度な潤いがあった今まではそんなことはなかったそうだ。

 結局、長い年月をかけて培ってきた滋養豊かな表土は失われて、残されたのはガチガチに硬い痩せた土地だけだったそうだ。

 その頃からこの辺りに雨が降らなくなったらしい。

 お祖父ちゃんは幼いヤスミンちゃんに、「あの『色の黒い』連中が森を伐れなどと言わなければ、こんなことにはならなかった」っていつも言っていたそうだ。
 鎮守の森に手をつけたから天罰が中ったんだって良く言っていたらしいの。

 天罰ね……、昔の人はそう言って森を守ってきたんだろうね。
 生活の知恵で森の大切さを知っていたんだ。

 実際はそんな神がかり的なものじゃなくて、森の保水能力が喪失したんで池は枯れたのだし、この村だけじゃなくてこの地方全体で同じことをやったから大規模な砂漠化で雨が降らなくなったんだけどね。

 そんな訳で小麦の栽培が出来なくなって、ソバとかに切り替えていたのだけど、食料不足が本格化して収穫量の多いジャガイモに頼るようになったみたい。
 これも、帝国の飢饉のお決まりのパターンだね。
 そして、三年前、ジャガイモの病気の大発生で深刻な飢饉が発生したと……。

 更に悪いことには、昨年には終に井戸が枯れたらしい。
 今は魔法で作った水に頼らざるを得ず、飲み水も節約している状況だそうだ。

 そんな時、ヤスミンちゃんはお祖父さんから聞いた話を思い出したらしい。
 鎮守の森を復活させればまた水が湧くかも知れない、また豊かな実りをもたらす大地を甦らせる事が出来るかもしれないと思ったそうだ。

 そして、少し前からあそこに木を植え始めたと。
 あの場所は、かつて池があった畔に当たる場所らしい。

 うん、多分、やっていることは間違いないと思う……。
 でも、効果が現れるのは百年後だよ、きっと。
 弟さんと妹さんが大人になる頃に恩恵を受けるのは無理だと思う……。



     **********


 うん、分かった。そういうことであれば力になれるね。

「じゃあ、今すぐこの村を実りの大地に変えちゃおう。
 そうすれば、ヤスミンちゃんは娼館へ働きに出る必要もなくなるし、お父さん達出稼ぎに出た人も呼び戻せるよ。
 大丈夫、任せておいて!」

 しんみりしてしまった空気を払拭するように、わたしは出来る限りテンションを上げて言った。
 ヤスミンさんは目をパチクリさせて、わたしを見てこぼしたの。

「あんた、そんな夢みたいなことを言って……。
 今すぐにできれば、誰もこんな苦労はしていないよ。」

「最初に言ったでしょう、わたしは帝国を緑の大地に変える活動をしているの。
 今までは、主に帝国の東部で農地の再生をしてきたんだけど。
 これからは西部で活動するの、この村の再生が第一号よ。
 それにね、わたし達には頼りになる大人が付いているの。
 凄い魔法使いのなのよ。」

 ヤスミンちゃんは疑心暗鬼だけど、わたしは自信いっぱいに返すと同時にフェイさん達を紹介した。

 そして、百聞は一見にしかずということで、わたし達は双子ちゃんも連れて屋敷の外、枯れた井戸までやってきた。

「フェイさん、この井戸から水が湧き出るようにして欲しいの。
 お願いできる?」

 わたしのお願いにフェイさんはニッコリ笑って、

「ええ、もちろん」

と答えてくれた。

 そして、誰の目にもはっきり見える淡く光るマナの奔流が井戸に吸い込まれると、待つことしばし。
 ポコポコと水が湧き出る音が聞こえたと思ったら、みるみる水位が上がって。
 やがて、井戸から零れだす手前、井戸の縁よりもやや低いところで水面の上昇が止まった。

「うそっ……。」

 今にも井戸の縁から溢れそうな位に湛えられた井戸の水を見て、ヤスミンちゃんは息を呑んだ。

「どうぞ、この水はこのままでも飲めますよ。
 この井戸の水は永劫枯れる事はないでしょう大切にしてくださいね」

 そう言って、フェイさんは柄杓に一杯の水を汲みヤスミンさんに差し出した。

 ヤスミンさんはおそるおそるそれに口をつけ、「美味しい…」とこぼしたの。
 そして、柄杓を双子ちゃんに差出し、

「とっても美味しいお水よ。このお姉さんに感謝していただきなさい。」

と言った。柄杓の水を飲んだ双子ちゃんはとっても嬉しそうだった。
 井戸が枯れてから飲み水も節約していたと言ってたものね。

 ヤスミンちゃんは自分の飲み水を減らしてまで植えた木に水を与えていたという。

「どう、フェイさんの魔法凄いでしょう。
 これでもわたし達のこと、信じられない?」

 だめだ、ヤスミンちゃん、目を丸くしたまま、わたしの言葉なんて耳に届いてないや…。
 



 
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