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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第398話 荒地に木を植える少女

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 ここは帝国の西部、ハンデルスハーフェン近郊の農村地帯、いやかつて農村地帯であった場所というべきなんだろうか。
 今は耕作放棄された荒地が広がっている、非常に寂しい風景なの。

 おチビちゃんに皇帝の様子を探らせていたら、どうやら帝都でわたしが捜索されているらしい。
 わたしを抹殺したいんだって、それなら都合が良いということでわたしは帝国西部へ跳んだの。
 帝都なんて危険なところに居る必要はないし、帝都に向こうの目を引き付けておけるなら西部地区は警戒しないだろうと思ったの。

 わたし達が街道沿いに魔導車を走らせていると、ポツリと人影が見えた。
 荒地の中、たった一人で何かの作業をしている人が居た。

 わたしは車を降りて尋ねてみた。

「こんにちは。何をしているのですか?」

「お貴族様がこんなところに来るなんて珍しい。
 見ての通り苗木を植えているのですよ。」

 返ってきた声は若い女の人の声だった。
 苗木を植え付け終えて顔を上げたその人はわたしと同じ年頃の少女だった。

 少女は答えを返すとそのまま作業を続け、今度は器用に魔法を使って苗木に水を与えている。

「あなたは農作業に魔法を使うの?」

 わたしが驚きを込めて問い掛けると、少女は少し苛立ち気味にこう返してきたの。

「お貴族様は、あの連中と同じく農作業に魔法を使うのはけしからんと言うので?
 こんな乾いた土地で樹木を育てるのに魔法を使わずどうしろと?
 近くに水場なんてないのですよ。」

 へー、この子は凄い合理的に物事を考えられるんだ。
 誰にも教えられずにその結論に辿り着けたのならすごいね。

「違うのよ、農作業に魔法を使いことに抵抗が無いようだから驚いたの。
 わたしはティターニア、貴族ではないわ。気軽にターニャって呼んで。
 帝国で木を植えて農地を再生して、荒地を緑の大地に戻す活動をしているの。
 わたしも魔法で農地を造ったりするんだけど、帝国ではそれを忌避する人が多くて困ってるの。」

「へー、凄い車に乗ってキレイな服を着ているから、どこのお貴族様かと思ったよ。
 豪商かなんか知らないけど、凄い金持ちの娘なんだ。
 まあ、興味があるなら見ていけばいいさ。」

 そう言って少女は、また一本の苗木を魔法で耕した土地に植え付けていく。
 植えているのはハリエンジュ、荒地でも育つ強い木でうまくミツバチを呼べればよい蜜源になる。
 でも、なんか力ない、苗木が良くないのだろうか。
 
「一寸手伝っても良い?」

 わたしがそういうと彼女は意外そうな顔をして言った。

「なんだ、金持ちのお嬢さんが荒地を緑の大地に変えるというから金で支援してくれるのかと思えばあんた自らやるのかい?
 まあ、手伝ってもらえるのならありがたいが。」

 彼女の了承を得たので、わたしは土と樹木のおチビちゃん達に呼びかけ、大地を活性化し彼女の植えた苗木の成長を促進してもらう。
 マナがすっと吸い取られる感触と共に、黒々と養分を取り戻した土に苗木が歓喜するように育ち始めた。

 呆然とする彼女の目の前で苗木はもやは成木という大きさまで育って生育を止めた。

「ビックリしたー!
 何なんだその魔法は?そんなの初めて見たぞ。」

「えへへ、すごいでしょう。得意技なんだ」

「おお、すごい、すごい。
 おかげで今日はやることがもうなくなっちまった。
 おっといけない、まだ名乗ってなかったな。
 私はヤスミンだ。
 どうだい、少し寄ってかないかい、大した持て成しは出来ないけどな。」

 わたし達も丁度このあたりの村に寄ろうとしていたので渡りに船だった。
 彼女のお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 ヤスミンちゃんを連れて魔導車に戻るとハイジさんが車の前でこちらを見ていた。

「ターニャちゃん、相変わらず凄いわね!
 あんなに木が活き活きとしている。」

 そんな感想を漏らすハイジさんに、わたしはヤスミンちゃんを紹介した。

「あっ、ハイジさん、こちらはヤスミンちゃんだよ。」

「はじまして、ヤスミンちゃん。
 私はアーデルハイトよ、呼び難ければハイジでいいわ。」

「あっ、はじめまして。ヤスミンです。」

「ヤスミンちゃん、ハイジさんは帝国の第一皇女なんだよ。」

「えっ!」

 そう言ったきり、ヤスミンちゃんは固まってしまった。

「ターニャちゃんたら、そんなこと言わなくていいのに。
 みなさい、ヤスミンちゃん、固まっちゃたじゃない。
 ヤスミンちゃん、そう硬くならなくていいのよ。」

 ハイジさんはわたしに苦言を呈するけど、第一皇女が各地を慰問して農業指導をしていることを広めるのも旅の目的の一つなのだから、積極的に名を売らないと。

 ガチガチに緊張しているヤスミンちゃんを何とか車に乗せて、わたし達はヤスミンちゃんの村に向かったの。


     **********


 その村は一瞬廃村かと思うくらいに寂れている村だった。
 空き家が目立ち、外を歩いている人は誰も居ない、そんな村だった。

「随分寂しい村ね……。」

 ハイジさんが感想をもらすと。

「三年前の飢饉で大分亡くなったんです。
 わたしのお母さんも子供達を優先して自分の食べるものを減らしたものだから衰弱しちゃって。
 ちょっとした風邪で命を落としたんです。
 それから、村を捨てて町へ出て行く人が増えちゃって、今はこの有様です。」

 ヤスミンちゃんからそんな答えが返ってきた。

 三年前の飢饉ってわたしが初めて帝国に来た年だ、ロッテちゃんがお腹を空かせて行き倒れていたっけ。
 あの年は帝国全体が酷い飢饉に見舞われたと聞いたけど、この辺りも酷かったんだ。

 今人が少ないのは、村に残った人も今年の作付けを諦めてハンデルスハーフェンに出稼ぎに出ているためらしい。
 出稼ぎって、農業が出来ない冬にするものだよね、普通。
 農期の夏に出稼ぎって……、末期症状だね。

 わたし達がヤスミンちゃんの案内で家の前に車をつけるとそこにはくたびれてはいるが、立派な造りの屋敷が建っていた。

「汚いところですが、どうぞ入ってください。」

 そう言って通されたのは、ガタが来た建物には不釣合いな立派な応接室だった。

「あなたの家はこの村の村長だったのですか。
 しかも、この造り、もしかして、帝国に編入される前は郷士の家柄だったのかしらね。」
 
 帝国にそのような制度はないが、昔この辺りに存在した小国では貴族が少なく、代わりに自治権を認められた大きな農地を所有する豪農がおり、それを郷士という準貴族として扱っていたそうだ。
 現在の帝国では郷士は存在せず一般の平民となっているが、大部分は領主から村長に任命され村のとりまとめを任せれてるそうだ。

「はい、そうでございます。
 わたしが生まれるより遥か昔のことですが、この家はこの辺一体を治める郷士だったそうです。
 かつてはハンデルスハーフェンを中心とする国を支える穀倉地帯として繁栄したこの村も今ではこの有様です。」 

 因みにヤスミンちゃんのお父さんもハンデルスハーフェンの街に出稼ぎに行ってしまったそうだ。

「村を治めるべき村長が出稼ぎに行ってしまうなんて……。」

 ハイジさんが言葉をなくしていると…。

「申し訳ございません、お咎めはごもっともです。
 しかし、お父さんが出稼ぎに出ないと幼い弟や妹が食べていけないのです。
 お母さんが自分の命と引き換えに守った弟と妹です。
 そう思って、お父さんは、本当に断腸の思いで出稼ぎに出たのです。」

 今にも平身低頭しそうな勢いでお父さんの不在を詫びるヤスミンちゃんにハイジさんは優しく声をかけた。

「あなたやあなたのお父さんを責めているわけではないの。
 そこまで帝国の民を貧困に追い込み、帝国の農業生産力を疲弊させてしまった私達皇族の不甲斐無さを嘆いているのよ。
 この状況は全て私達皇族の責任よ、申し訳なかったわ。」

 ハイジさんは申し訳なさそうにヤスミンさんに言う、こんなときの表情って本当にヴィクトーリアさんそっくりだ。今にも泣き出しそうなくらい落ち込んでいるのが表情に見て取れるの。


 その時、応接室の扉が開いて、小さな顔が二つ見えた。
 年の頃は三つ、四つか、顔がそっくりで、背格好も同じくらい、多分この子達双子だ。

「お姉ちゃん、その人達お客さん?もしかして、お貴族様だった?」

「そうよ、とっても偉い方がおこしなの。いつも言ってるでしょう。
 この部屋を使っているときは絶対に扉を開けたらダメだって。」

 ヤスミンちゃんが双子にそう注意するとハイジさんが子供を手招きして言った。

「大丈夫よ、こっちへいらっしゃい。今、美味しいお菓子を持ってきてもらいますね。」

 ハイジさんがそういうと後ろに控えていたフェイさんが魔導車の中に置いてあるお菓子を取りにいってくれた。ついでに茶葉も持ってきてもらったよ。

 双子はガリガリに痩せていて確かに食べ物が足りていないみたい。
 当然甘いお菓子など手に入らない訳で、お菓子をあげたら一心不乱に食べている。

 ヤスミンさんが、「はしたない」と叱ろうとしたようだけど、双子の喜ぶ顔を見たら叱れなくなったみたい。

 わたし達に向かって、

「本当に有り難うございます。
 はしたないところを見せて申し訳ございません。
 恥ずかしいことですが、この子達にお腹いっぱい食べさせてあげることが出来なくて。」

とヤスミンさんは恐縮していたの。

 落ち着いたところで、ハイジさんがヤスミンさんに尋ねた。

「ところで、ヤスミンちゃんはあんなところで何をしていたの。
 見れば、荒地に木を植えていたようだけど、たった一人で。
 何をするつもりなの?」

 その問いにヤスミンちゃんから返ってきた答えは笑えないものだった。

 


 
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