精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第392話 悪いことばかりしていると魔法が使えなくなっちゃうよ。

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 皇帝が念証に署名した途端、ケントニスさんから王国からの輸入穀物の流通に関る人員を派遣すると申し出がなされ、担当大臣がそれを了承してしてしまった。
 しかも、穀物の輸出先の代表としてきているリタさんもそれを歓迎しているため、皇帝は何もいえなくなってしまう。

 『黒の使徒』の息のかかった役人を流通段階に配することで約定の骨抜きを狙ったのだろうが、ケントニスさんが先回りをしてそれを塞いでしまったのだ。
 皇帝としては怒鳴り散らしたい気分だろうが、言葉が浮かばないようで、顔を赤くしたままムスッとしている。

 そこにケントニスさんは言ったの。

「みなの者、見ての通りである。
 この通り、小麦などの流通過程において不当に価格を吊り上げていたシュバーツアポステル商会の排除が皇帝陛下の裁可に拠って決した。
 これからは、みなの者に手に届くパンの価格も大幅に下げることであろう。
 シュバーツアポステル商会の穀物の払い下げからの排除及び小麦等の小売価格の上限については帝都の各所に掲示する予定である。
 みなの者は、帰ったら今日この場で見聞きしたことを、周りの者に正確に伝え人心を鎮める事に努めるように。」

 その段階に至って皇帝は部屋の隅にいるわたし達平民に気がついたようだ。
 どうやら、怒りの余り視野狭窄に陥っていたらしい。

「ケントニス、どうしてここに下賎の民がおるのだ。
 ここ皇宮は平民の立ち入るところではないぞ。」

「皇帝陛下、税を収めてくれる民に対して『下賎』とは甚だ不適切なお言葉ではないですか。
 何故、ここにいるのかですか、これも全てシュバーツアポステル商会と『黒の使徒』の愚かな行いのせいですぞ。
 奴らが民衆の感情を逆撫ですることを言い、民衆を挑発したため、シュバーツアポステル商会の排除を民衆に周知しないと帝都に暴動の火種が燻る事になってしまったのです。
 こうして、民の代表の前でことを決することにより、人心を平らかにしようという配慮です。
 何か問題がございますか。」

「馬鹿者!問題だらけではないか!
 これでは、シュバーツアポステル商会や『黒の使徒』の面目が丸潰れではないか。
 しかも、愚民共に要らぬ知恵を付けようなどと、何を考えておるのだ。
 愚民共には、知恵を付けず、余計なことを知らせないと言うのが楽に統治をする秘訣なのだ。
 おまえは、その歳にもなって、そんなことも分からないのか!」

 なんか、『黒の使徒』に被れている人って、みんな同じ事を言うよね。
 民には知らせず、教えずって、何処まで民衆をバカにしているんだろうか。

「皇帝陛下、民を『愚民』とは聞き捨てならない発言ですよ。
 シュバーツアポステル商会及び『黒の使徒』についてはあれだけの悪事を働いたのです。
 目せしめになるのは当たり前じゃないですか。
 それに、『民には知らせず、教えず』とは古い考え方ですね。
 世の中が閉鎖的であった昔ならそれで良かったかも知れません。
 しかし、昨今、口コミによって帝国各地であった出来事が帝都でも流布するようになったのですよ。
 ご存知ありませんか?」

 ケントニスさんは、帝国の東部辺境地域で『黒の使徒』が完全に排斥されたことやルーイヒハーフェン及びその周辺の港町でシュバーツアポステル商会及び『黒の使徒』が断罪されたことが、口コミによって帝都の民に知れ渡っていることを話した。
 また、ハンデルスハーフェンでの出来事に至っては、政府の者が把握する前に正確かつ詳細に帝都の民に知れ渡ったことを指摘し、民衆の情報統制は困難だと主張した。
 そんな状況下で、下手に情報を隠すと民衆に不信感を与えるため、民に周知してしまった方が良いと言ったの。

「貴様は、まだ『黒の使徒』の方々の行いを悪事と申すのか、不遜に過ぎるぞ。
 『黒の使徒』の行いは神の代行だと言っているではないか、『黒の使徒』の行いは全てが正しきことなのだ。
 貴様には皇太子としての自覚がないようだな、この際、貴様を廃嫡しても良いのだぞ。」

 情報を民に知らせるか否かと言う大切な話をしているのに、皇帝には『黒の使徒』の行動に対する評価の方が気にかかったらしい。何だかな……。
 いきなり、皇帝が暴論を吐いた、とその瞬間……。

「陛下、まだそのような世迷い言を申されますか。
 率直に申し上げます。
 今迄の、陛下と皇太子殿下のやり取りを伺う限りにおいて、全面的に皇太子殿下のおっしゃることが正しいです。
 陛下、現実をよく見てください。
 『黒の使徒』の無法な振る舞いに民の怒りは募るばかりです。
 もう既に帝国の各地で『黒の使徒』の排斥は進んでいます。
 今、『黒の使徒』と縁切りしませんと陛下にも災禍が及びますぞ。」

 それまで二人のやり取りを静観していた大臣が意を決したように言ったの。
 そして、今回捕らえたシュバーツアポステル商会及び『黒の使徒』をどうするかについて、皇帝派にも皇太子派にも属さない中立な立場で、かつ法に明るい高位貴族に委任して公開の場で裁きを行うことを大臣は提案した。
 誰に裁きを委任するかは、大臣に一任して欲しいって、買収防止のため当日まで秘密だって。

「大臣、そなたまで余が間違っていると申すのか?」

「はい、客観的に見て『黒の使徒』に属するもの以外は全ての者が同じ意見だと存じ上げます。
 『黒の使徒』及びその信者はいささか増長しすぎです。
 このままでは、民の怒りは『黒の使徒』のみならず、帝国政府にも向いてしまいます。
 幸い、皇太子殿下、第一皇女殿下の民からの支持が非常に高いので、かろうじて民の怒りが帝国政府に向くのは避けられている状況かと存じます。
 功労者のお一人である皇太子殿下を廃嫡などと言うのは冗談でも口にして良いことではございませんぞ。」

 中立派だという大臣が皇太子のことを支持し、皇太子の廃嫡を口にしたことを諌めたことから皇帝は不機嫌の度を強めた。皇帝は本気でケントニスさんを廃嫡しようと思っていたのに冗談であしらわれたものね。

 
 しばらく沈黙していた皇帝であるが、ニッとイヤな笑いを浮かべると言ったの。

「わかった、大臣、おまえに任せようではないか。
 公開の場で裁きを行うことを許そうではないか、公正な裁きというのを見せてもらおうか。」

 あ、これ、絶対に良からぬことを企んでいるね。全くロクでもないな……。
 わたしはおチビちゃんに皇帝を監視するように頼んだよ。


     **********


「ケントニスよ、まだ終わりではないぞ。
 余の子飼いの魔導部隊の者を罪人として捕縛したというのはどういう了見だ。
 ことと次第によっては本当に許さんぞ。」
 
「その前に、陛下は魔導部隊の者にどのような命を下したか正確に教えていただけませんか。」

 ケントニスさんは皇帝からの詰問に対し質問で返した。

「それが何だというのだ。
 余は市中で生じている騒動を速やかに鎮めろと命じたのだぞ。」

「それで本当に間違いございませんね。」

「だからなんだと言うのだ」

 皇帝からの返答に念押しすると皇帝から焦れた声が上がる。

「いえ、それに相違なければ、あの者共は重大な命令違反を犯しました。
 軍法会議に付す事になります。」

 そういって、ケントニスさんは、魔導部隊が騒動にかかる事実関係を確認することなく、一方的に『黒の使徒』に加担し混乱に拍車をかけたことを説明し、これが重大な命令違反だと指摘した。
 騒動を速やかに鎮めるのであらば、衛兵に協力して罪人であるシュバーツアポステル商会及び『黒の使徒』を捕縛すれば、簡単に済んだことだと主張した。
 また、魔導部隊の者は問答無用で無抵抗な市民に強力な攻撃魔法を放っており、死傷者を出す危険性に加え、大規模な暴動に発展する可能性があったと言ったの。

「バカなことを言うな。魔導部隊の行いの何処が命令違反だと言うのだ。
 『黒の使徒』の方の捕縛などできるわけがないであろう、そんな罰当たりな。
 そんなの愚民共を数人見せしめに殺してやれば、すぐに鎮まるではないか。
 一寸待て、おまえ、魔導部隊が強力な魔法を放ったと言ったな。
 それで、愚民共に死傷者が出ず、魔導部隊の方が捕縛されたと言うのか。
 何でそうなる?」

 皇帝は子飼いの魔導部隊の者が捕縛されたことに怒りを覚えていたため、ご自慢の魔導部隊が衛兵に捕縛されてしまったということの不自然さを見落としていたみたい。
 今やっと気付いたようね。

「目撃していたシューネフェルト卿の証言では、一人の勇敢な者が身を挺して魔導部隊の魔法から民衆を守ったそうです。」

「馬鹿な!
 たった一人で魔導部隊の攻撃を防いだというのか?
 では、その者が魔導部隊を鎮圧したと申すのか。」

「いえ、民衆を魔導部隊の魔法から守ったのはその者一人の手柄ですが。
 魔導部隊の鎮圧については天罰が当たったと言うのです。
 そうですな、シューネフェルト卿?」

 ケントニスさんに尋ねられたリタさんは手短に言った。
 わたしのことは言わないよ、皇帝の勘気に触れるし、こちらの切り札だから。

「はい、魔導部隊の者が民衆に対し酷く傲慢なことを言ったときでした。
 魔導部隊と『黒の使徒』を包み込むように眩い光が生じたかと思えば、それが収まった後には『色なし』のような容貌になった者達がおり、魔法が使えなくなっていたのです。」

 リタさんの言葉を引き継ぐようにケントニスさんが感想を述べた。

「『黒の使徒』は自分達は神に選ばれた者だから強い魔法を使えるのだと主張してますよね。
 魔法を取り上げられてしまうと言うのは、悪事が過ぎたので神に見放されたのだと思いますが違いますか?
 もし、陛下の言う通り神が実在するなら、その事実だけでも、魔導部隊の行いが神の意に反していることだとは思いませんか?」

「何ということだ、余の子飼いの魔導部隊の一中隊百人が『色なし』になってしまったと言うのか。
 シューネフェルトとやら、それは誠の事なのだな。」

「はい、この目でしかと見ておりますので。
 魔導中隊の隊員百人と『黒の使徒』の司教等二十人、それにシュバーツアポステル商会の職員約二百人が私の目の前で魔法が使えなくなっておりました。」

 それを聞いた皇帝は色を失っていた。
 それは、自分も魔法を使えなくなるかも知れないと言う恐怖からか、それとも、虎の子の魔導部隊を一中隊失ってしまったショックからなのか。

 それを見ていたケントニスさんが皇帝に進言した。

「陛下も、余り傲慢な言動は慎まれたほうが良いのでは。
 神意に反するとご自慢の『黒い色』を失うかもしれませんよ。」

 



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