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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第390話 大臣を味方に引き入れる

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 皇宮の中の会議室、中央に立派なテーブルが設えられている部屋の片隅にわたしは座っている。
 ここは、リタさんの要望で特別に用意された傍聴席、本当なら皇族や高位貴族がいる席に平民が立ち入ることは絶対に出来ないらしい。わたしの他に、帝都の町の顔役四人と商業組合の役員が一人が傍聴席に座っているの。

 中央のテーブルでは、ケントニスさんとリタさんがのんきな世間話をしていた。
 まあ、この二人の間ではもうまとまっている話だものね。
 初耳なのは、これから来る交易担当大臣だけのはずだ。

 しばらくすると、交易担当大臣と思われる初老の男性が部屋に入ってきた。
 部屋に入ると平民が片隅に座っていることに驚いたようであるが、さすが大臣クラスになるとその辺は弁えたもので、気にしたそぶりも見せずケントニスさんの隣に腰を下ろした。


「皇太子殿下、至急のお召しと伺い参上いたしました。
 オストマルク王国の公使殿がいらしているとのことですが、どうなさいました。」

 大臣に尋ねられたケントニスさんは、リタさんに発言を促した。

「ごきげんよう、大臣。
 本日は突然参りまして、申し訳ございません。
 実は、我が国が貴国に販売している穀類の件で、抗議に参りました。
 我が国は友好国である貴国の食料不足に配慮して特別の安値で小麦などを提供させていただいております。
 これは、貴国の民に手ごろな価格でパンや小麦が手に入るようにとの配慮です。
 ですが、貴国へ提供している穀類がシュバーツアポステル商会なる業者に独占的に払い下げられていること。
 その業者が暴利を貪った結果、貴国における小麦の価格は我が国か提供した価格の十二倍、パンの小売価格は我が国での同等のモノの三倍に上っているとする情報を得ました。
 これについては、証拠も握っております。
 この事実は貴国の民を案じた我が国の配慮を踏みにじるものであり、我が国と致しましては甚だ遺憾であります。」

 毅然として遺憾の意を述べたリタさんに対して大臣は言い難そうに答えたの。

「それに関しましては、まったく持って面目ないとしか申し上げられません。
 実は、私も先日その事実を初めて知りまして、怒りを覚えました。
 今、関与した者の処分を検討しておるのですが、現場が協力的でなく遅々として進んでいないのです。」

 大臣は困っているようだけど、現場任せでは無理だよ。だって、現場の人はみんな買収されているんだもの、協力する訳がないじゃない。

「そうですか、実は今日はその件に関して我が国の対応を伝えに参りました。
 予め申し上げておきますが、これは決定事項でございまして、交渉の余地はございません。
 我が国の提供する穀類の払い下げ及びその流通過程からシュバーツアポステル商会及びその系列の商人を一切排除すること。我が国の提供する穀類の小売価格を貴国が業者に払い下げる価格の二倍を越えないこととしそれを公示すること。
 この二点が即刻受け入れていただけない場合は、貴国へ対する穀類の販売は今月を持って取りやめることと致しました。」

 寝耳に水のリタさんの発言に、大臣は狼狽して言った。

「突然何をおっしゃるのですか、貴国からの穀物輸入がなくなったら我が国は途端に深刻な食糧難に陥ってしまいますぞ。」

「であれば、シュバーツアポステル商会等という悪質な業者を排除すれば良いだけではないですか。
 我が国は貴国の内政に干渉している訳ではございません、不正を働いた市井の一商人を取引から除外して欲しいと要求しているだけなのです。
 そのくらいのことは大臣の権限で今すぐにでも簡単にできることでしょう。
 何が問題なのですか。」

 リタさんの冷淡な返答に大臣は言葉を詰まらせてしまった。

「ということだが、大臣、何か問題があるのか。
 私は公使殿の発言は至極もっともなことだと思うがな。
 シュバーツアポステル商会を払い下げ対象から外して帝都の商業組合にでも任せればよいだろう。
 何が問題なのだね。」

 ケントニスさんが大臣にシレッと言うが、それは大臣が可哀想では?
 大臣の立場では、強気に出られないから困っているのに。

「皇太子殿下、それは余りに意地悪な言い方では。
 あの商会のバックには皇帝陛下が付いているのをご存知の上で、私の権限であの商会を切れと仰せですか。」

 大臣が苦々しい顔つきでケントニスさんに苦言を呈すとケントニスさんはこう返したの。

「大臣が清廉な人物で特定の派閥に組するのを良しとしないのは承知している。
 しかし、ことこの問題に関しては旗色を鮮明にすべきではないか。
 あの商会の行いは目に余るものがある、幸いにも今日市中で生じて騒動の際にあの商会の数々の犯罪行為の証拠を入手することが出来た。
 私は、その証拠を基に本日捕縛した者共を裁こうと思っている。
 どうであろうか、私の派閥のためではなく、国のためにあの商会を排除することに手を貸してはくれまいか。」

 大臣は少し思案した後にケントニスさんにこう返答した。

「分かりました、私も腹をくくりましょう。
 私の権限のおいて貴国から輸入した穀物についてはシュバーツアポステル商会及びその関連業者に対しては払い下げを行わないこととします。
 また、市中における小売価格についても貴国の条件どおりといたします。
 ただ、この事が皇帝の勘気に触れ、私が罷免される恐れがございます。
 その場合、再びシュバーツアポステル商会が払い下げ対象になることが懸念されます。
 私はこの通りの歳ですので、どうなってもかまいませんが、国民が飢えるのだけは避けなければなりません。
 どうか、帝国政府に対する穀物の販売打ち切りだけはご容赦してくださいませんか。」

 国民が飢える事だけは避けたいと言う大臣に対し、リタさんは笑顔を浮かべて言ったの。

「国民を案ずるお言葉を聞けて良かったです。
 実は、先程の私の発言は正確ではないのです。
 シュバーツアポステル商会の排除が叶わなかった場合、確かに穀物の販売は停止させていただきます。
 その代わり、同量の穀物を従来帝国政府へ販売していた価格で、帝都の商業組合に販売いたします。帝都における小売価格についても先程申したのと同じ条件を付します。
 これについては、内々根回しは済んでおり、来月分から取引を始めることが可能です。」

 リタさんの言葉に大臣は一旦は胸を撫で下ろしたが、その後心配そうな顔つきで言ったの。

「しかし、そんなに上手くことが運ぶのですか?
 商業組合を通すとなるとシュバーツアポステル商会の妨害行為が懸念されますぞ。
 やはり一番良いのは、私が皇帝陛下を説得してシュバーツアポステル商会を払い下げ対象から排除することなのですな。」

「もちろん、従来どおり帝国政府と取引できれば、それに越したことはございません。
 我が国としてはシュバーツアポステル商会という無法者の集団を排除できれば良いので。」

 リタさんはそう返答した上で、国民の食料事情については余り心配する必要はないと言ったの。

 その理由として、帝国への食糧供給に関して、今後は海上輸送を中心とする計画だと明らかにしたの。
 そして、既に先月よりハンデルスハーフェンに定期航路を設定し輸出を始めたこと、先月の販売量が従来帝国政府へ販売していた月々の量の約二倍であったことを大臣に伝えた。
 これにより西部地区における食糧事情が飛躍的に改善する筈だと言ったの。
 また、今後もルーイヒハーフェンをはじめ各地域の主要な港に穀類の輸出を行う計画で帝都の商業組合に対して信頼できる商人の推薦を依頼していると報告したの。
 今後は従来通りの陸路を使った帝国政府への穀物の販売はこれから重要度を失っていくので、シュバーツアポステル商会を排除するために帝国政府への販売を取りやめたところで、国民の食糧事情が悪化することはないだろうと説明していた。

 帝国の穀物市場におけるシュバーツアポステル商会の排除は既に始まっているのだとリタさんは言った。

 王国の海上輸送計画を始めて明かされ大臣は、驚きを隠せないようだった。

「なんと、そのような計画が進んでいたのですか。
 我が国の食料政策に関る重要なことを事前に私に伝えて頂けなかったのは遺憾です。
 しかし、その目的の一つがシュバーツアポステル商会の排除にあることを考慮するとやむをえないと思うしかありませんな。
 予め私共に伝えると、どこから奴らに漏れて妨害が入るか分かりませんからな。
 皇太子殿下、皇后陛下及び我が国の大使館の者が承知しているのであれば仕方ありませんな。
 分かりました、シュバーツアポステル商会の排除に関しては貴国も力を貸して下さるのであれば、私も本気で取り組ませていただきます。」

 そんな感じで、大臣の協力を取り付けたのだけど……。

 その時、乱暴に会議室の扉が開け放たれたの。

 

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