精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第14章 四度目の春、帝国は

第382話【閑話】小さな恋(?)の物語

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 その日の夕食は、ヴィクトーリア様とミルト様が食材を差し入れてくれたため、とても豪華な物になった。
 本来であればこんなご馳走が出るのは年に数回らしい、こんなご馳走が年に数回もあるんだ、そっちの方が驚きだわ。

 そんな食事をミルト様達も孤児と一緒にテーブルを囲んでいる、高貴な方は私達のような平民と一緒に食事をすることはないと思っていたので意外だった。
 私の向かいの席では『色の黒い』男の子とネルちゃんが並んで楽しそうに食事をしている。

「あっ、ザイヒトお兄ちゃん、野菜を残している。
 ちゃんと食べないとダメだよ、野菜は健康に良いんだよ。
 ハーイ、アーン。」

 野菜が苦手なのだろう男の子が皿の脇に除けた野菜を、ネルちゃんが男の子の口元に運び食べさせようとしている。

「ネルには勝てないな…、アーン。」

 男の子は渋々口を開けるとネルちゃんから差し出された野菜をパクリと口にした。
 これじゃあ、どっちが年上か分からないわ。
 でも、本当に仲が良い、まるで本当の兄妹のように見えるわ。

 男の子を挟んでネルちゃんと反対側に座ったヴィクトーリア様がその様子を見て微笑んでいる。
 そして、反対側の隣に座るミルト様に言ったの。

「あらあら、これは本当にこの孤児院から皇族に妃を迎えることになりそうですね。」

 何を気の早いことを…、って皇族?

「ターニャちゃん、ネルちゃんの隣にいる男の子ってどなたなの。」

 思わず男の子の素性を尋ねるとターニャちゃんは大したことがないみたいに言ったわ。

「ああ、あれ、帝国の第二皇子、ザイヒト皇子よ。
 最近まで横柄な子だっんだけど、見違えるように丸くなったわね。
 みんな、ネルちゃんのおかげね。」

 私が平民の子供が皇子にあんなに馴れ馴れしくして良いのかと言ったら。

「良いんじゃないの、仲の良い兄妹みたいで微笑ましいじゃない。
 ヴィクトーリアさんの軽口は気にする必要ないわよ、まだ小さいんだし。
 それに、万が一、ヴィクトーリアさんの言う通りになったとしたら皇室は儲けものよ。
 多分、ネルちゃんはこの孤児院で一番優秀だから。
 もっとも、皇室にお嫁に来いなんて言われたらネルちゃんの方が断るんじゃないかな。
 ネルちゃんの夢はお医者さんになることだから。
 あっ、でも、皇族が無償でお医者さんをやると言うのも民衆を味方に付けるのに良いかも。」

 こともなげに言うターニャちゃんは、余り王侯貴族を特別視していないようだ。
 ミルト様たちのことも『さん付け』で呼んでいるし、完全に対等な人との接し方だもの。
 本当に不思議な子だ、自分も孤児だと言ってたけど、どういう立場の子なのだろうか。


     **********


 夕食後に談話室で寛いでいると、ターニャちゃんがヴィクトーリア様と共にやってきたの。

「ヴィクトーリアさん、この子がソフィちゃんだよ。」

 唐突にターニャちゃんが私を紹介するとヴィクトーリア様がおっしゃった。

「あなたがソフィさんね。
 帝国に孤児院を作るときに手伝いたいと言ってくれているそうね。
 あなたくらいの年の子がそう言ってくれると有り難いわ。
 すぐに実現できる訳ではないので、それまでに勉強を積んでおいて欲しいの。
 実際に孤児院を作るとなった時に加わってもらえるととっても助かるわ。」

 私が孤児院を作るときは協力したいと言ったことを、ターニャちゃんは本当にヴィクトーリアさんに伝えてくれたみたい。

 ヴィクトーリアさんは、私のスラムでの暮らしについて尋ねてきて、私の話を真剣に聞いてくれた。
 私が冬を越せなかった三人の男の子の話をしたら涙をこぼしていたもの。

 ポルトの孤児院にお世話になって、こんな施設が帝国にもあればあんな悲しいことを繰り返さないで済むのではないかと思ったと伝えたの。

「そうね、本当にその通りね。
 今の帝国に必要なのはこういう施設なの、あなたの思いは間違っていないわ。
 その思いを大人になるまで忘れないで、それで是非私達を手伝って欲しいの
 そうだわ、今度ケントニスにも会ってみて、是非その話を聞かせてあげて欲しいわ。」

 そうおっしゃられて、ヴィクトーリアさんは私の手を取ったの。
 そう簡単に皇太子様にお目にかかれるはずがない、ヴィクトーリア様からの励ましのお言葉なのだろうとその時は思っていたの。
 そう、その時は……。


     **********


 さて、話はここ数日のことになるのだけど、ターニャちゃんが先日言っていたことが身に染みて分かったわ。
 私達は大分孤児院の暮らしに慣れてきたので王国語を本格的に習うことになったの。
 十二人は年長組と年少組に分かれて習うことになったのだけど、年少組の先生役はなんとネルちゃんだった。
 ステラ院長の話では先住組四十数人の中で王国語を一番流暢に話せるようになったのがネルちゃんらしい。
 年の近い子が教える方が良いだろうという事でネルちゃんに先生役をやらせてみるそうだ。もちろん、孤児院の職員の人がちゃんとできるか見守っていたわ。

 私達年長組の先生役はステラ院長だったの。
 そして、一時間後、私達は年長組も含めて全員ネルちゃんの前に座って王国語を習っていた。

「あらあら、ネルちゃんにお株を奪われちゃったわね。」

と言ってステラ院長が笑っていた。だって、ネルちゃんの方が解り易いんだもの。

 そう、ネルちゃんの教え方が余りに上手なものだから、みんなネルちゃんの方に来ちゃったの。

 ステラ院長の話ではネルちゃんはこの歳で、王国語、帝国語の両方の読み書きもこなせるらしい。
 確かに、能力だけならこの子を嫁に迎え入れれば皇室の方がお得なのかもしれない。
 でも、流石に身分差があるから、それは実現できないと思うわ。


 そして、つい昨日のこと。
 私がネルちゃんに王国語を習っていると、ターニャちゃんが現われて付いてきて欲しいと言う。
 「何処に?」と聞くと「ひ・み・つ」という返事が返ってきたわ。
 行く先も教えてもらえないまま馬車に乗せられ、着いたのは丘の上にある白亜の宮殿、ターニャちゃんの話では王家の別荘らしい。

 しかし、ターニャちゃんは別荘に入るでなく、外を回って裏庭に着いた時に言ったの。

「これから起こることはみんなには秘密だからね。絶対に誰にも言っちゃダメだよ。」

 そして、ターニャちゃんから裏庭の泉の畔に待っていたキレイなお姉さんの手を取るように指示されたの。
 次の瞬間、目の前が暗転したかと思ったら景色が変わっていたわ。
 目の前にあるのは白亜の宮殿ではなく、シックな木造のお屋敷だった。

 応接室に通されるとそこにはヴィクトーリアさんと若い男女が待っていたの。
 男性の方は二十歳前後かな、女性の方は私より数歳年上だと思う。

 ヴィクトーリア様は、お二人はケントニス皇太子様とアーデルハイト第一皇女様だと紹介してくださったの。
 ケントニス様がヴィクトーリア様から話を聞いて、私に会いたいとおっしゃられたそうだ。
 孤児院の事業というのはそれだけ優先度の高いものらしい。

 ケントニス様は自己紹介をした上でお言葉を下さったの。

「母上やティターニアさんと良く話しているのですけど、孤児の問題は最優先で対処しなければならないと考えているのです。
 しかし、残念なことにまだ私に委ねられている権限は小さく、味方も少ないのです。
 そうした中で、孤児院の創設は中々進まないのが現状なのです。
 でも、私が実権を掌握したときには孤児の問題に真っ先に取り組みたいと思っているのです。
 母上から君がとても真剣に孤児の救済に取り組みたいと望んでいると聞き、是非一度話がしたいと思ったのです。」

 そう切り出したケントニス様は、平民の小娘の私にも分かるように、帝国のおかれている現状から始まってケントニスさんの立ち位置まで噛み砕いて教えてくださった。
 そして、ここ数年、ターニャちゃんの協力で帝国に於ける諸悪の根源とも言える『黒の使徒』の排除に力を入れているとおっしゃった。
 もう少しで『黒の使徒』を帝国から排除できる、そうすれば皇帝の発言力も弱まり孤児の救済に本格的に取り組むことが出来るだろうとも。

 初めて拝見したときから素敵な方だと思ったのだけど、帝国の現状や未来について語る姿はとても凛々しく私はいつしかケントニス様に心を惹かれていた。

 その後ケントニス様に問われて、私がハンデルスハーフェンの町やスラムで経験したことを話した。
 ケントニス様は真剣に私の話に耳を傾けてくださり、三人の命が失われたときとても辛かった事、守れなかったことがとても悔しかったことを話すと優しく手を握ってくださった。

 そして、

「私たち帝国政府の行政が行き届かないために、辛い思いをさせてしまったね。
 本当に申し訳なかった。
 これから、そんな悲しい出来事を繰り返さないためにも是非とも力を貸してほしい。」

と言ってくださったの。

 その手の温もりに私の心は完全に奪われてしまったの、この方のためにお役に立ちたいと思った。
 元々、孤児の救済は私がやりたいと思ったこと、それでこの方のお役に立てるのであれば生涯を捧げても良いと思ってしまったの。

「はい、私でお役に立てるのでしたら、是非とも一緒に働かせてください。
 そのために、一所懸命勉強して知識を蓄えておきます。」

 私は迷わずそう答えたの。ケントニス様はとっても柔らかい笑顔で頷いてくれたわ。

 その後も時間の許す限り、私はケントニス様とお話しをさせていただいた。
 そして、今後もこの場所で定期的にお目にかかれることになったの。
 私はそれがとても嬉しく、胸が弾んだわ。
 同時に思ったの、ケントニス様をがっかりさせないように一所懸命勉強しようと。
 少しでもお傍にいられるように頑張ろうと。

 十二歳の春、私の心の中に今まで感じたことのない特別な感情が芽生えたの……。
 

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