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第13章 何も知らない子供に救いの手を

第350話【閑話】今こそ、殿下をお迎えに

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 ポルトに着いた我々は、人員を船に残って出航の準備を整える者とザイヒト殿下を王都にお迎えにあがる者に分け、半分弱の者を王都に送り出した。
 送り出した者の中には荒事に長けた者も二十名ほどいるため失敗することはなかろう。
 それに、ザイヒト王子の世話役として付いている侍女から、学園の見取り図や寮の部屋の配置図、守衛の交代時間や夜間巡回経路などの情報が送られてきており、王立学園の寮に潜入する手筈も万端である。

 王都からポルトまでの道中、ザイヒト殿下に不自由な思いをさせないように、最高級の馬車や十分な資金を充てた。
 計画では年内にザイヒト殿下をポルトにお迎えし、すぐに帝国に向けて出航することにしていた。
 余りゆっくりしていると王都が雪に閉ざされ、春まで身動きが取れなくなってしまうからな。

 ポルトに残った俺達はザイヒト殿下をお迎えしたらすぐに帝国に向かって出航できるように、船の整備や物資の調達に勤しんでいた。


     **********


 そして、一月以上の時が流れ、既に年が明けてしまった。
 なのに、王都へ送った者達は戻ってこない。
 遅い、遅すぎる、計画より十日も遅れているではないか。

 このままでは、第一皇子を皇太子の座から排除する大本の計画まで遅れてしまうではないか。
 その夜、俺が船の船室で焦れていると一人の船員が部屋に入ってきた。

「船団長、町でザイヒト殿下が目撃されました。」

 待ち望んだ知らせを受けて、頬が緩むのが自分でも解った。
 少し予定より遅れたが、これで一安心だ。

「王都に送り込んだ者がやっと戻ってきたか。
 随分時間が掛かったが、御輿が確保できたのであれば何よりだ。」

 俺がそう呟くと、その船員は何か言い難そうにしている。
 どうかしたのかと思っていると、その船員はこう続けたのだ。

「それが、ザイヒト殿下と一緒にいたのは我々の手の者ではなく、皇后と第一皇女それに『白い悪魔』らしいのです。
 今日の昼間、ザイヒト皇子が自分達の掌中にあることをひけらかす様に、我々の船の前に姿を見せたそうです。」 

 一瞬俺は耳を疑った、何だそれは?
 我々が送った者達はザイヒト殿下を確保するのに失敗したということか。
 そんな馬鹿な、送った者の中には荒事に長けた者も多数いたのだ、そう易々と遅れを取るとは思えんのだが。

 しかし、物見遊山のように歩いてきた皇后達が、我々の前に停泊している船の船長と談笑しながら此方を指差していたことをこの船の多くの者が目撃していると言う。
 ザイヒト皇子が皇后達の手の中にあることをわざわざ見せ付けに来ただと?

 俺は奴らにおちょくられたと思うとはらわたが煮えくり返る思いがしたが、ひとしきり悪態を吐いた後冷静になった考えた。

 向こうの方からノコノコと出向いてきてくれたのだ、この町でザイヒト殿下を保護すれば良いではないか。ここで、保護すれば計画の遅れは最小限で済む。
 俺は部下達に皇后達の動向を探れと命じた。みておれ、奴らに吠え面をかかせてやるわ。

 皇后達の情報はすぐに集まった。
 皇后は、この国の皇太子妃が行っている民に対する診療活動や孤児院の慰問、それに市中の視察に付いて回っているらしい。
 皇后が常日頃から言っている市井の民に慈悲の心を持って接すること、それを実践しているこの国の王族の行いをザイヒト殿下に見せて慈悲の心を学ばせるのが目的のようだ。

 全く余計なことをしてくれる、そんなことをして殿下が第一皇子のような甘々な人間になったらどうしてくれるんだ。やはり、一刻も早く殿下を取り戻さねばならない。

 そして、二日後にいつも通り護衛も付けずに孤児院を慰問することが明らかになった。
 奴らが護衛なしで行動するのはこの日しかない、俺はこの日にザイヒト殿下をお迎えにあがることに決めたのだ。


     **********


 そして二日後の朝、孤児院があると言う精霊神殿の前に配置していた見張りの者から、情報どおり皇后達が護衛なしで孤児院に入ったという知らせが届いた。

 よし、では、ザイヒト殿下をお迎えにあがろうか。
 俺は、ポルトに残った者の約半数に当たる三十名に出港準備を命じ、俺達が殿下を保護して戻ったら直ちに出航することを伝えた。
 そして、俺が直々にザイヒト殿下をお迎えにあがることにする。
 素直に殿下を渡してくれれば良いがとてもそうは思えないので、抵抗された場合を考え腕っ節の強い者を中心に三十人を引き連れていくことにしたのだ。


 精霊神殿の敷地に入り、神殿の横にある孤児院に続く道に足を踏み入れた所で、親子と思われる二人の女が俺達の前に立ちはだかった。

 母親と見られる身なりの良い女が俺達に向かって言った。

「ここは、私達この国王族が所有する施設です。
 精霊神殿の参拝経路以外は立ち入り禁止です。
 即刻立ち去りなさい。」 

 この女、今、なんて言った?この国の王族?
 こいつが、民に慈悲をばら撒いていると言うお人好しの皇太子妃か。全くいらぬことをしおって。

「ここに、帝国のザイヒト殿下がいらっしゃることは分かっている。
 即刻こちらに引き渡してもらおうか。」

 俺は敢えて名乗らず、ザイヒト殿下を此方に引き渡すように皇太子妃に命じた。
 俺は、こんな下賎の輩に名乗る名など持っていないからな。

 すると皇太子妃はザイヒト皇子の引渡しを拒んだばかりか、我々に何者かと問うて来た。
 俺は呆れてしまった。今日、俺達はザイヒト殿下をお迎えするため『黒の使徒』の礼装を身にまとっているのだ。
 帝国では、この服装の者を見れば道を明けるのが常識なんだぞ。だから、物を知らない田舎者はイヤなんだ。

 無知な者に何を言っても仕方がない、俺は自分達が『黒の使徒』の教皇の遣いの者であることを告げ、再度ザイヒト王子の引渡しを求めた。

 すると皇太子妃は、帝国政府の要請が無ければ殿下を引き渡せないといったばかりか、『黒の使徒』を一宗教団体などと言いおった。
 だから、馬鹿と話をするのはイヤなんだ。
 俺は呆れながらも言ってやった、帝国では子供でも解っていることを。

「おまえも訳の解らぬ女だな、帝国政府など我らが『黒の使徒』の手足に過ぎんのだ。
 帝国政府との取り決めなどより我らが教皇の指示が優先するに決まっておろう。」 

 なんで、大の大人にこんな当たり前のことを言わないといけないのだ。
 すると、皇太子妃は俺の言葉は不敬であり、皇帝に耳に入ったら拙いのではないかと言った。
 俺は皇太子妃の無知に呆れつつ教えてやることにした。これでダメなら力尽くだな。

「皇帝なんぞ、所詮は『黒の使徒』の操り人形、何が怖いものか。
 帝室なんてものは帝国成立時から、『黒の使徒』の傀儡に過ぎぬわ。
 それを、穏健派貴族の連中が小賢しい小娘を皇后などに据えるから話がおかしくなる。
 今の皇太子は穏健派貴族と民衆を味方に付けて『黒の使徒』の排除なんて言い出しおった。
 人形が自分の意思を持つなんて本当に悪い冗談だ、サッサと排除するに限る。
 皇帝なんて、自分でモノを考えられないボンクラで丁度いいんだ。
 その点、ザイヒト殿下はモノを考える頭がなくて、我々の言うことを鵜呑みにしてくれる。
 皇帝にふさわしい資質をお持ちだ、少し時期が早まったが殿下に皇太子になって頂くことにした。
 だから、さっさと殿下をこちらに引き渡してもらおうか。
 こちらは随分と計画より遅れているんだ、一日でも早く殿下を教皇様の許へお連れしなくては。」

 しかし、俺の言葉を聞いた皇太子妃は理解を示すどころか、あろうことか我々を謀反人扱いしおった。
 先に謀反を企てたのは皇太子と皇后派の貴族であろうが。

 すると、建物の陰から帝国の皇后がザイヒト殿下を伴って姿を現したのだ。
 そして、皇后はザイヒト殿下に向かった言った。

「ザイヒト、これが『黒の使徒』の本音です。
 彼らは帝室の者のことなど駒程度にしか見ておらず、尊敬の念など欠片もないのですよ。」 

 しまった、今までの会話を全て聞かれていたのか、これは少し拙いかもしれない。
 いやまて、ザイヒト殿下は今の会話を理解していないだろう。そんな頭はないはずだ。
 殿下の侍女は、殿下が『黒の使徒』の言うことを鵜呑みにするようにきっちり教育していた筈だ。
 俺は、気を取り直して、ザイヒト殿下に皇太子になって頂くためにお迎えにあがったと丁重にお伝えした。
 これだけ低姿勢のお誘いすれば、殿下は我々に付いて来てくれるであろう。

 俺がそう考えていると、殿下の怒声が響き渡ったのだ。

「馬鹿にするのもいい加減にしろ!
 吾が幾ら愚かでもあれだけ言われれば分かるわ!
 モノを考える頭がないだって?おまえらの言うことを鵜呑みにするだって?
 操り人形が意思を持ったら困るだって?
 それだけ言われてノコノコと付いて行く者がいる訳なかろうが!
 どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだ、おまえらは!」 

 おかしい、ザイヒト殿下にこんなに物事を考える力は無かったはず、皇后達の毒されたのか。
 俺は、殿下に対する再教育の必要性を感じながら、今回は力尽くでお連れすることにした。

 俺が部下達にザイヒト殿下の確保を命じると、皇太子妃の娘の方が一歩前へ出て、俺達の前に立ちはだかったのだ。

 部下達の中から、この娘のことを『白い悪魔』と呼んで及び腰になるものが現われた。
 こいつが、『白い悪魔』?皇太子妃の娘ではなかったのか。

 しかし、なんでこんな小娘一人に怯えているんだ、あいつは?
 俺はこんな娘にかまわず、とっととザイヒト殿下を確保するように命じた。

 その時、小娘は言ったのだ。

「眠りなさい!」

 その言葉と共に小娘から発せられた柔らかい光が俺を包み込んだ。
 その瞬間、俺はあがないきれない睡魔に襲われ、視界が暗転したのだった。
  
 


 
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