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第13章 何も知らない子供に救いの手を

第349話【閑話】狂い始めた歯車

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 それは三年ほど前に忌々しい皇后が原因不明の病に倒れたことから始まった。
 皇后派の貴族は創世教の本部に直接依頼してまで優秀な治癒術師を集めたが、皇后の容態は一向に改善しなかった。

 我々にとっては好都合で、このまま皇后が亡くなってしまえば良いと考えていた。
 ところが皇后が病に臥して半年ほど経った夏の日、王国に留学している第一皇女が夏休みを使って一時帰国してきたことから、話がおかしくなったのだ。
 その時、第一皇女が連れて来たのが我々の屋台骨を揺るがすことになる二人の少女である。

 まだ幼子と言っても良い年端にいかぬ少女を連れてきた第一皇女は、二人のことを王国で一、二の治癒術師だと皇帝に紹介したらしい。
 皇帝は何の冗談かと思ったそうだ、年端のいかぬ少女、しかも二人とも『色なし』なのだから。
 しかし、この二人は創世教の治癒術師がお手上げだった皇后をいとも容易く治してしまったのだ。
 
 この時皇帝は、この二人を自分の地位を脅かしかねないと感じたらしい。
 今の皇帝は頭は悪いがこういった本能的な勘は鋭い男で、すぐさま殺害の手筈を整え、我々の本部にも報告してきたらしい。
 結果からいうと、殺害には失敗し、我々の本部は眉唾な情報として報告を無視したそうだ。
 この初期対応の拙さが今となっては悔やまれるのであるが…。

 それから数ヵ月後、帝都に『白い聖女』の噂が流れるようになった。どうも東部辺境地域から流れてきた噂らしい。

 その噂では、『色なし』の少女二人が黒い森の中で魔獣に襲われていた隊商を救ったとか、飢饉に苦しむ辺境の民に食べ物を施し、病を癒して回ったとか、言われていた。
 抜けるような白い肌、光るような銀髪という容貌から『白い聖女』と呼ばれるようになったらしい。

 そして、噂の中に食料不足にあえぐ農村から食料を強奪しようとしていた我々の教導団を『白い聖女』が魔法を使って懲らしめたというものと『白い聖女』が魔法で辺境に農地を作って歩いたというものがあったのが非常に拙かった。

 少なくても東部辺境から帝都までの一帯に、従来から行っていた『黒の使徒』による徴収行為が強奪という悪意を持った言葉で広がってしまったことで、我々に対する民衆の目が厳しくなった。
 なによりも、魔法が自慢の我々が『色なし』に魔法で負けたことや農地を作るのは不可能といわれていた東部辺境に『色なし』が魔法で農地を造ったと言う噂は、『黒の使徒』の教義に対して民衆が疑念を抱く結果となってしまったのだから。

 慌てた教団本部は、『白い聖女』の噂の根源を断ち切るべく救済神官の精鋭を少女と少女を帝国に引き入れた裏切り者の抹殺に送り込んだのだが不調に終ったという。
 どうやら、王国有数の治癒術師というだけあってかなり手厚い護衛が付いているようだ。


    **********


 その次の夏、再び第一皇女と共に帝国にやってきた二人の『色なし』は、東部辺境の村を回り病人や怪我人を癒すと共に農地・森・泉をセットで造って行った。
 特に、街道沿いの黒の森に最も近い村は、隊商の休息地とすべく、他の村に比して農地も泉も一回り大きく、果樹園まで備わっていて、至れり尽くせりである。
 これを少女達は全て無償で行ったのだ、唯一つ、森の一部について絶対に伐採してはならないという条件のみで。

 そして、少女達は我々が黒い森から木材を伐り出し製材を行っている村にもやってきたらしい。
 そこは、我々にとっては新たな収入源として期待されている事業所だった。
 黒い森で取れる木材は製材して磨くだけでまるで漆を塗ったみたいに黒く光るそうだ。
 そして、その木材は魔力を発散しており、部屋においておくと魔力の回復が早くなり、魔力切れの倦怠感がなくなるという効能があった。
 見て美しく、体に良いと言うことで帝都に貴族に高く売れるため、辺境の村に大きな製材所を新設して事業の拡大に取り組んでいたのだ。

 この事業の儲かる秘訣はスラムから連れてきたガキにあった。
 黒い森で木を伐採していると魔獣が襲ってくる、この魔獣をスラムのガキに相手させるのだ。
 スラムのガキは馬鹿だから高い日当をチラつかせれば幾らでも集まってくる。
 ちょっと喧嘩が強いくらいのガキが魔獣を簡単に倒せるわけ無いだろう。
 精々一週間ぐらい頑張ってもらって、疲れたところで魔獣の餌になってもらう。
 死んで使い残した金は我々が回収させてもらうという寸法なのだ。
 そうすれば、我々はただ同然で、きこりを魔獣から守れる。

 この村にやってきた少女達は、村にいた病人や怪我人を全て癒してしまったらしい。
 全く余計なことをしてくれたものだ。
 そいらは死んだら黒い森の伐採現場から離れたところに撒いて、魔獣を引き寄せる餌にする予定だったのに。

 そして、この村にも森と畑と泉をセットで残していった。
 それからだ、この村で異変が起こったのは。
 まず、スラムから連れて来たガキ共が死ななくなってしまった。
 妙に体の動きが良くなって、魔獣に遅れをとることが減ったらしい。
 このため、ガキ共に支払う日当の負担が大きくなったことなどから、製材所の収支は急激に悪化していったのだ。

 ただ、ここまでは大したことなかったのだ。長い歴史を誇る『黒の使徒』の屋台骨はこれしきの事で揺るぎはしない。


 しかし、悪いことは重なるもので、この夏から冬にかけての間に、ここ数年多額の資金をつぎ込んで進めてきた王国進出計画がいきなり頓挫してしまったのだ。
 それまでは、順調と報告されており、障害など一つも報告が無かったのに。

 これは『黒の使徒』にとって大きな打撃だった。
 大陸西部の統一がなった今、王国の支配向けて大きな資金を投入した直後の出来事だったのだから。
 法に違反しているとのことでいきなり踏み込んできた王国の官憲に、王国にある資産のほぼ全てを接収されてしまったことに加え、全ての幹部職員が捕縛されてしまったのだ。
 しかも、我々が金を渡して抱き込んでいた有力貴族はほぼ全てが取り潰され、せっかく築いた人脈も水泡と帰したのだ。

 この時点で我々はここ数年に渡り王国につぎ込んできたヒト・モノ・カネの全てを失ったのだ。

 今までに得られた情報では、王国の皇太子妃が我々の仲間の捕縛を指揮したようだが、その傍らに必ず『色なし』の少女の影がチラついている。
 どう絡んでいるのかは不明だが、やはりくだんの少女達が関与しているようだ。


 そして、時を同じくして、帝国の東部辺境でも困った事態が発生した。
 『黒の使徒』が送り込んだ一団と隊商の護衛の衝突が発生し、我々の手の者が完膚なきまでに打ちのめされてしまったのだ。
 しかも、この衝突は隊商が水の補給地としている村を巡っての事だったらしく、帝都の商業組合が激怒して抗議してきたのだ。
 帝都の商業組合はこちらが誠意を見せなければ、『黒の使徒』と縁を切ると宣告してきた。
 帝国を牛耳っている『黒の使徒』といえども、有力商人の互助組織である商業組合を敵に回す訳にはいかず、渋々謝罪することとなり、衝突の原因となった辺境の村には今後一切手を出さないと約定させられてしまった。

 これは、二つの面で拙い対応だった。
 一つは、今まで武威で民衆を押さえ込んでいたのに隊商の護衛如きに袋叩きにされ、我々の力が絶対でない事を晒してしまったこと。
 もう一つは、今まで帝国内では何者にも屈することが無かった我々が商業組合に屈してしまったことだ。
 しかも、この二つの事実は信じられない速度で帝国全土に情報が拡散されていった。
 これでは、『黒の使徒』の面目が丸つぶれだ。

 この頃になると東部辺境地域では『白い聖女』の評判は高まるばかりで、我々の言付けに従う村はめっきり減ってきた。


     **********


 そして、昨年の夏、我々は決定的な打撃を受けることとなる。
 我々の重要拠点であったルーイヒハーフェンを失ったのだ。
 ルーイヒハーフェンに『黒の使徒』の教団施設は置いていないが、傘下の商会の支店と荒事専門部隊を置いてあった。

 特に荒事専門部隊は、頭は少し足りないが血の気が多く、魔法力も強い者が多いので、『黒の使徒』に歯向かう者への嫌がらせや脅迫、果ては殺害まで重宝する存在だった。
 ルーイヒハーフェンを拠点に帝国各地に派遣していたのだ。

 それがある日突然、民衆から袋叩きにあい町から放逐されたと言うのだ。
 信じられなかった、町は連中の暴力で完全に押さえ込んでいたし、領主は我々の言いなりだ。
 もし、連中と民衆が衝突すれば領主が出てきて、民衆を制圧するはずなのだ。
 詳しい事情を聞くと、領主は最初民衆の捕縛を命じたらしいが、自分の身の危険を感じた領主は民衆に屈したそうだ。我々と領主の癒着を示す証拠が民衆の手に渡っていたらしい。

 更に、我々や傘下の商会から出された営業妨害や誘拐、殺人などを指示した書類も民衆の手に渡ってしまったようだ。
 俺は頭が痛くなった、我々は支配者として当たり前のことをしただけなのに、何で民衆と同じ法に従う必要があるのかと。
 領主は毅然として突っぱねるべきだったのだ、『黒の使徒』は法の支配の外にあると言って。

 それは兎も角、証拠を突きつけられた領主により傘下の商会の職員全員が捕縛され、民衆の監視のもと民衆と同じ基準で裁判を受ける羽目になってしまったのだ。

 結果は支店長を含め幹部は全員死罪、一般職員も市井の基準で犯罪に該当する事を行った者は終身奴隷刑に処されてしまった。
 それだけではない、傘下の商会がルーイヒハーフェンに有する全ての資産は差し押さえられ、今まで『黒の使徒』の関連団体に営業妨害等をされてきた者への賠償金に充てられる事になってしまったのだ。
 保有する金貨から土地建物、在庫品に至るまで全ての資産をだ、正確には知らないが漏れ聞こえてくる話しでは『黒の使徒』の全資産の一割以上は吹き飛んだらしい。

 これは非常に拙い事になった。
 財政面の打撃も大きいが、それ以上に拙いのが『黒の使徒』に法の支配が及んでしまったことだ。
 帝国成立以来、『黒の使徒』及びその傘下の団体に属する者が法による裁きを受けたことが無かった。
 それが今回、『黒の使徒』の職員や幹部でも法の下に裁かれるという悪しき前例を作ってしまったのだ。

 更に、わが身可愛さに領主は『黒の使徒』との縁切りを宣言、現に教団本部に絶縁状を送りつけてきたのだ。

 そして、これらの事に関する情報は相当程度正確な形で瞬く間に帝国全土に広まったのだ、まるで誰かが意図して拡散しているかのように。

 その結果として、ルーイヒハーフェン同様に教団に絶縁状を送りつけてくる領主が後を絶たなくなってしまった。

 教団は傘下の商会の要請もあってルーイヒハーフェンを見せしめとして血祭りに上げるべく、前代未聞の百人にも及ぶ救済神官を派遣した。実に教団にいる殺戮部隊の三分の一を動員した。
 しかし、どうしたことか住民に返り討ちにあったらしく、全員捕縛され賊として処刑されてしまった。

 あろうことか、栄えある『黒の使徒』の救済神官が賊として扱われたのである。
 しかも、その情報もあっという間に帝国中に広まってしまった。
 我々は激怒したが、後の祭りだった。

 時を同じくして、帝都では皇太子が『黒の使徒』を声高々に糾弾し始めたのだ。
 どうやって入手したのか皇太子の手には巷では犯罪と呼ばれる我々の行為の証拠が山ほど握られている。
 我々は何をやっても裁かれないと考えていたので、無頓着にそんなモノが残っていたのだ。


     **********

 ことここに至って、我々は計画を前倒して皇太子を排除することを決意した。
 ただ、その前にザイヒト殿下を確保しないとならない。
 ザイヒト殿下は現在敵の掌中にある、確保前に皇太子を弑すると報復にザイヒト殿下も殺害される恐れがある。

 あくまでも、秘密裏にザイヒト殿下をお迎えし猊下の許にお届けしてから、皇太子の排除に動かないといけない。
 そのためには、一日も早くザイヒト殿下をお迎えしなくては。 



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