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第13章 何も知らない子供に救いの手を
第344話 身を持って知るのは大切なことですけど…
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その日の夕方、精霊神殿の応接室でのこと、わたし達が診療を終えて休んでいるとザイヒト皇子とネルちゃんの会話が聞こえてくる。
いつの間にかこの二人打ち解けているのね。
ネルちゃんは色の黒いザイヒト皇子に怯えなくなったし、ザイヒト皇子もネルちゃんを孤児と見下すことがなくなっている。
皇宮からほとんど出たことがなかったというザイヒト皇子は、ネルちゃんが話すスラムの様子やルーイヒハーフェンの町の様子を興味深げに聞いていた。
その様子はあたかも仲の良い兄妹のように見える。
「それでね、この町は凄いんだよ。暑いときでも全然臭くないの。
ネルが居た町は暑くなると臭いの。
スラムは一年中臭いけど、夏になると町全体が臭うんだよ。」
そういえば、リリちゃんがポルトに来て最初に言った感想もそれだったね。
夏なのに臭くないって驚いていたっけ。
「それはねネルちゃん、この町は汚い臭う水が地面の下を使って流れるように出来ているからよ。」
二人の会話を聞いていたヴィクトーリアさんがネルちゃんに下水道のことを教えるようだ。
「汚いなお水?地面の下?」
「そう、ネルちゃんが住んでいた町は家から出る汚れたお水を道に捨てていたの。
しかも、汚物も一緒にね。
それが夏になると酷く臭うのね。」
「ふーん、その汚い水が臭うんだ。地面の下を流れていけば臭わなくなるの?」
「そうよ、この町は地面の下に汚い水が流れていく水路を作って家々からでる汚い水と汚物を一緒に流しているの。
地面に遮られて臭いは上がってこれないのよ。
汚い水や汚物が道の上にないから町は凄くきれいでしょう。」
「そうなんだ、どこを見ても汚いモノが落ちてなくてきれいだと思っていたの。」
ヴィクトーリアさんはネルちゃんの反応に満足そうに微笑んだ後、ザイヒト皇子に向かって言った。
「ネルちゃんは、良いことに気付いてくれたわ。
ザイヒト、これも帝国の課題の一つなのよ。
ルーイヒハーフェンの問題は帝国のどの都市でも抱えていることなの。
路上に汚水や汚物が垂れ流されている状況は単に悪臭がすると言う問題に留まらないの、性質の悪い病気が蔓延する原因にもなるのよ。」
ヴィクトーリアさんによると帝国で下水道が整備されている都市はごく一部に留まるそうだ。
もちろん、ヴィクトーリアさんの実家の領地は下水道が整備されており、後ろ盾になっている穏健派貴族の領地にある主要な町も下水道が整備されているらしい。
穏健派貴族は衛生状態の悪化に伴う流行病の蔓延を警戒し早くから下水道の整備を進めてきたそうだ。そういう話を聞くと穏健派と言うより、開明派貴族と言った方が良い気がする。
帝都は帝国成立時に計画的に造られた都市で、最初に造られた区域は下水道が整備されているそうだ。
しかし、その後の都市の拡大に下水道整備が追いつかず新市街と呼ばれる区域は汚水垂れ流しの状況らしい。
帝都は十万を超える人口を抱えているようで、一度性質の悪い流行病が発生すると大変なことになるとヴィクトーリアさん達は警鐘を鳴らしているみたい。
「ポルトとルーイヒハーフェンを比べたときに、子供が真っ先に気が付くのが町の悪臭であるくらいに衛生状態が悪いの。
悪い病気の発生を防ぐためにも、下水道の整備は急を要する課題なのよ。
なのに、皇帝とその愚かな取り巻き共は軍の予算を削ろうとせず、重要な問題をないがしろにしているの。
食糧生産の増加と衛生状態の改善を達成するためなら、軍なんか無くしてしまったって良いくらいよ。」
ヴィとーリアさんの言葉を神妙に聞いていたザイヒト皇子であったが、難解な算術の問題を解けと言われた時のような顔つきになりこう言ったの。
「吾は帝国でも市井を歩いたことがないのでその悪臭というのが分かりませぬ。
今の説明を聞かされても本当に軍の予算を削ってまで下水道と言うものを整備する必要があるのか判断できません。」
今までよりはまともな答えが返ってきた、侍女や『黒の使徒』の言うことを鵜呑みにするのではなく、自分で考えた末にわからないと言うのであればまだ救いがありそうだ。
「そうですか、では明日身をもって体験してからもう一度考えてみればよいでしょう。」
ザイヒト皇子の返答にヴィクトーリアさんがそう告げた。
えっ、身を持って体験?なにそれ、聞いていないよ……。
わたしも付き合うの?なんか、イヤな予感しかしないのですが…。
**********
そして翌日、わたし達は下水道の管理事務所にいる。
ここにいる顔ぶれは、帝国の三人、ミルトさん、フローラちゃん、わたしの六人だよ、人間は。
もちろん、わたしに付いている上位精霊のみんなとルナさん、三人娘も一緒だよ。
ミルトさんに連れられてきた管理事務所の所長が言う。
「本当によろしいのですか。こう言っては何ですが、高貴な人の立ち入る場所ではございませんよ。
今まで貴族の方が視察に見えられたことがない場所ですので、ご気分を悪くするのではないかと心配しております。」
「ええ、無理を言って申し訳ないわね。
この方達に下水道の重要性を身を持って体験していただこうと思いまして。」
「はあ、では行ける所まで行って、無理そうなら途中で引き返してまいりましょう。」
ミルトさんと所長の不穏な会話を聞かされ、わたしは腰が引けてしまうが逃げられないみたい。
開放厳禁と書かれた扉を開けて地下へ向かう階段を降りて行くわたし達。
足元が暗いと危ないのでソールさんに光の術で通路全体を明るくしてもらった。
早速見たくないものを見てしまった。でっかいネズミが光に驚いて逃げていくのが見えた…。
そして階段を下り終わったとき、それは起こったの。
「うっ、何だこの臭いは…。」
「き、気持ちが悪い…。」
「さすがに、これは強烈だわね。」
「ターニャちゃん、お願い。」
いや、無理です。わたしも戻しそうで集中できない。
「ソールさん、お願い…。」
わたしが何とか声を搾り出すようにソールさんにお願いすると、一気に悪臭がとり払われた。
わたし達の体にまとわりついた悪臭もキレイに浄化されている。
「ソールさん、有り難う。本当に助かったよ。
こんな酷い悪臭だとは想像もできなかった。」
そう、まだ下水道の汚水が流れている場所までかなりあるのにこの時点で前へ進むのは困難になってしまったの。
「所長、有り難う。これで十分だわ。
みんなも下水道の有難みを身をもって理解できたと思うわ。」
ミルトさんはそう言って、ここで引き返すことを伝えたの。
**********
下水道へ続く階段から戻って来たヴィクトーリアさんがザイヒト皇子に言う。
「帝国のほとんどの町では、こんな臭いが街中に充満しているのよ。
帝都でも貴族や平民の上流階級が住んでいる場所以外はこんな感じなの。
役にも立たない軍人を養うくらいなら、都市部の下水道を整備したほうが良いと思わない?」
ヴィクトーリさんに問われたザイヒト皇子はまだ優れない顔色のまま答えた。
「はい、下水道の大切さは理解できました。
あの臭いが街中に充満していると耐えられそうにありません。
しかし、下水道というのは大したものですね、臭いは全然漏れてこないのですね。
たしかに、軍の予算を減らすのが適当なのかは分かりませんが、他の予算を削ってでも下水道の整備は進めるべきだというのは身に染みてわかりました。」
そのまま、ザイヒト皇子は地面にへたり込んでしまった。
フローラちゃんとハイジさんも壁に寄りかかって立っているのがやっとの状況みたい。
耳を澄ますとミルトさんとヴィクトーリアさんの会話が聞こえた来た。
「あそこまで酷い悪臭ってことはございませんよね?」
「もちろん、空気中に拡散しますからあそこまで酷くはありませんわ。
あの悪臭では生活に支障をきたすではないですか。
ただ、子供が町の印象を聞かれたときに『臭いところ』と一番最初に思い浮かべる程度には悪臭がするのは確かですわ。」
そうですよね……。
まあ、ザイヒト皇子に下水道整備の大切さを理解させるための荒療治だったのだからね。
いつの間にかこの二人打ち解けているのね。
ネルちゃんは色の黒いザイヒト皇子に怯えなくなったし、ザイヒト皇子もネルちゃんを孤児と見下すことがなくなっている。
皇宮からほとんど出たことがなかったというザイヒト皇子は、ネルちゃんが話すスラムの様子やルーイヒハーフェンの町の様子を興味深げに聞いていた。
その様子はあたかも仲の良い兄妹のように見える。
「それでね、この町は凄いんだよ。暑いときでも全然臭くないの。
ネルが居た町は暑くなると臭いの。
スラムは一年中臭いけど、夏になると町全体が臭うんだよ。」
そういえば、リリちゃんがポルトに来て最初に言った感想もそれだったね。
夏なのに臭くないって驚いていたっけ。
「それはねネルちゃん、この町は汚い臭う水が地面の下を使って流れるように出来ているからよ。」
二人の会話を聞いていたヴィクトーリアさんがネルちゃんに下水道のことを教えるようだ。
「汚いなお水?地面の下?」
「そう、ネルちゃんが住んでいた町は家から出る汚れたお水を道に捨てていたの。
しかも、汚物も一緒にね。
それが夏になると酷く臭うのね。」
「ふーん、その汚い水が臭うんだ。地面の下を流れていけば臭わなくなるの?」
「そうよ、この町は地面の下に汚い水が流れていく水路を作って家々からでる汚い水と汚物を一緒に流しているの。
地面に遮られて臭いは上がってこれないのよ。
汚い水や汚物が道の上にないから町は凄くきれいでしょう。」
「そうなんだ、どこを見ても汚いモノが落ちてなくてきれいだと思っていたの。」
ヴィクトーリアさんはネルちゃんの反応に満足そうに微笑んだ後、ザイヒト皇子に向かって言った。
「ネルちゃんは、良いことに気付いてくれたわ。
ザイヒト、これも帝国の課題の一つなのよ。
ルーイヒハーフェンの問題は帝国のどの都市でも抱えていることなの。
路上に汚水や汚物が垂れ流されている状況は単に悪臭がすると言う問題に留まらないの、性質の悪い病気が蔓延する原因にもなるのよ。」
ヴィクトーリアさんによると帝国で下水道が整備されている都市はごく一部に留まるそうだ。
もちろん、ヴィクトーリアさんの実家の領地は下水道が整備されており、後ろ盾になっている穏健派貴族の領地にある主要な町も下水道が整備されているらしい。
穏健派貴族は衛生状態の悪化に伴う流行病の蔓延を警戒し早くから下水道の整備を進めてきたそうだ。そういう話を聞くと穏健派と言うより、開明派貴族と言った方が良い気がする。
帝都は帝国成立時に計画的に造られた都市で、最初に造られた区域は下水道が整備されているそうだ。
しかし、その後の都市の拡大に下水道整備が追いつかず新市街と呼ばれる区域は汚水垂れ流しの状況らしい。
帝都は十万を超える人口を抱えているようで、一度性質の悪い流行病が発生すると大変なことになるとヴィクトーリアさん達は警鐘を鳴らしているみたい。
「ポルトとルーイヒハーフェンを比べたときに、子供が真っ先に気が付くのが町の悪臭であるくらいに衛生状態が悪いの。
悪い病気の発生を防ぐためにも、下水道の整備は急を要する課題なのよ。
なのに、皇帝とその愚かな取り巻き共は軍の予算を削ろうとせず、重要な問題をないがしろにしているの。
食糧生産の増加と衛生状態の改善を達成するためなら、軍なんか無くしてしまったって良いくらいよ。」
ヴィとーリアさんの言葉を神妙に聞いていたザイヒト皇子であったが、難解な算術の問題を解けと言われた時のような顔つきになりこう言ったの。
「吾は帝国でも市井を歩いたことがないのでその悪臭というのが分かりませぬ。
今の説明を聞かされても本当に軍の予算を削ってまで下水道と言うものを整備する必要があるのか判断できません。」
今までよりはまともな答えが返ってきた、侍女や『黒の使徒』の言うことを鵜呑みにするのではなく、自分で考えた末にわからないと言うのであればまだ救いがありそうだ。
「そうですか、では明日身をもって体験してからもう一度考えてみればよいでしょう。」
ザイヒト皇子の返答にヴィクトーリアさんがそう告げた。
えっ、身を持って体験?なにそれ、聞いていないよ……。
わたしも付き合うの?なんか、イヤな予感しかしないのですが…。
**********
そして翌日、わたし達は下水道の管理事務所にいる。
ここにいる顔ぶれは、帝国の三人、ミルトさん、フローラちゃん、わたしの六人だよ、人間は。
もちろん、わたしに付いている上位精霊のみんなとルナさん、三人娘も一緒だよ。
ミルトさんに連れられてきた管理事務所の所長が言う。
「本当によろしいのですか。こう言っては何ですが、高貴な人の立ち入る場所ではございませんよ。
今まで貴族の方が視察に見えられたことがない場所ですので、ご気分を悪くするのではないかと心配しております。」
「ええ、無理を言って申し訳ないわね。
この方達に下水道の重要性を身を持って体験していただこうと思いまして。」
「はあ、では行ける所まで行って、無理そうなら途中で引き返してまいりましょう。」
ミルトさんと所長の不穏な会話を聞かされ、わたしは腰が引けてしまうが逃げられないみたい。
開放厳禁と書かれた扉を開けて地下へ向かう階段を降りて行くわたし達。
足元が暗いと危ないのでソールさんに光の術で通路全体を明るくしてもらった。
早速見たくないものを見てしまった。でっかいネズミが光に驚いて逃げていくのが見えた…。
そして階段を下り終わったとき、それは起こったの。
「うっ、何だこの臭いは…。」
「き、気持ちが悪い…。」
「さすがに、これは強烈だわね。」
「ターニャちゃん、お願い。」
いや、無理です。わたしも戻しそうで集中できない。
「ソールさん、お願い…。」
わたしが何とか声を搾り出すようにソールさんにお願いすると、一気に悪臭がとり払われた。
わたし達の体にまとわりついた悪臭もキレイに浄化されている。
「ソールさん、有り難う。本当に助かったよ。
こんな酷い悪臭だとは想像もできなかった。」
そう、まだ下水道の汚水が流れている場所までかなりあるのにこの時点で前へ進むのは困難になってしまったの。
「所長、有り難う。これで十分だわ。
みんなも下水道の有難みを身をもって理解できたと思うわ。」
ミルトさんはそう言って、ここで引き返すことを伝えたの。
**********
下水道へ続く階段から戻って来たヴィクトーリアさんがザイヒト皇子に言う。
「帝国のほとんどの町では、こんな臭いが街中に充満しているのよ。
帝都でも貴族や平民の上流階級が住んでいる場所以外はこんな感じなの。
役にも立たない軍人を養うくらいなら、都市部の下水道を整備したほうが良いと思わない?」
ヴィクトーリさんに問われたザイヒト皇子はまだ優れない顔色のまま答えた。
「はい、下水道の大切さは理解できました。
あの臭いが街中に充満していると耐えられそうにありません。
しかし、下水道というのは大したものですね、臭いは全然漏れてこないのですね。
たしかに、軍の予算を減らすのが適当なのかは分かりませんが、他の予算を削ってでも下水道の整備は進めるべきだというのは身に染みてわかりました。」
そのまま、ザイヒト皇子は地面にへたり込んでしまった。
フローラちゃんとハイジさんも壁に寄りかかって立っているのがやっとの状況みたい。
耳を澄ますとミルトさんとヴィクトーリアさんの会話が聞こえた来た。
「あそこまで酷い悪臭ってことはございませんよね?」
「もちろん、空気中に拡散しますからあそこまで酷くはありませんわ。
あの悪臭では生活に支障をきたすではないですか。
ただ、子供が町の印象を聞かれたときに『臭いところ』と一番最初に思い浮かべる程度には悪臭がするのは確かですわ。」
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