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第13章 何も知らない子供に救いの手を

第339話 少しは頭を使う気になりましたか?

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 ザイヒト皇子はわたしに孤児院とは何だと聞いてきたの。
 わたしは目が点になったよ、こいつの脳みそはミジンコ以下か?
 わたしが呆れていると皇子は言った。

「何だ、その哀れな者を見るような目は。
 吾だって孤児院の意味ぐらい分かるわ。孤児院というのは孤児を保護する施設なのだろう。
 吾が聞いているのは孤児院とは誰が何の目的で開いている物なのかという事だ。
 孤児を集めて何をさせようと言うのだ。」

 さすがにミジンコよりはましだっのね。
 でも、孤児を放置することは人道的に拙い事だという意識はないんだね。

「あなたには、親を失った可哀想な子供に、暖かい家を、満足な食べ物を、清潔な服を与えてあげようと言う優しさはないのね。」

 親のいない子が僅かな食べ物を手に入れるのにも大変な思いをすることは、衣食住に何一つ苦労をしたことがないザイヒト皇子にはピンと来ないようだ。

「この施設は国が運営しているの。ここだけではなくて全国に何ヶ所かあるわ。
 この国では放置されている孤児はいないわ、全て孤児院に保護されているの。
 別に孤児達に何をさせようと言うことはないのよ。
 孤児達に暖かい家を与えて、親のいる子と同じようにちゃんと育ってもらうことだけが目的。
 孤児院の子達はここで十五歳まで過ごして、それぞれの職に就いて巣立っていくの。」

 わたしの説明を聞いたザイヒト皇子は信じられないと言う顔をして尋ねてきたの。

「この国には孤児院が何ヶ所もあるのか?
 それを国が何の見返りを求めずに行っていると言うのか。それこそ何のために?
 全ての孤児を保護して十五歳まで育てるなど、それこそ膨大なお金が掛かるだろうが。
 孤児なんてものはスラムに放置しておけば勝手に育つものではないのか?」

 帝国の為政者はこういう風に考えている人が多いそうだ、ヴィクトーリアさんが心を痛める訳だわ。
 スラムで勝手に育つって、犬や猫じゃないんだから…。

「人道的な理由が一番だけど、あなたには理解できそうもないわね。
 だから、国が孤児を保護することの為政者の立場からの理由を教えてあげるね。
 孤児を放置したら貴重な人材を腐らせてしまうし、治安が悪化する原因にもなるからよ。」

 わたしは帝国のようにスラムに孤児を放置したら、孤児達は全く教育を受けられないことからロクな仕事に就くことができないことをザイヒト皇子に説明したの。
 孤児が才能を開花させることが出来ず、それが社会的に大きな損失を招くかもしれないことを含めて。
 また、子供のときから食べ物に窮しているため盗みなどに対する忌避感が薄くなっており、ろくな働き口がないことと相俟って、成長したときにゴロツキになり町の治安を乱す原因にもなることを話して聞かせた。

「だいたい、犬や猫じゃないんだから放っておいてちゃんと育つわけがないじゃない。
 スラムの放置されている子の多くは、飢えや病気で大人になれないのよ。
 さっき、ヴィクトーリアさんが言っていたでしょう、ハンナちゃんは餓死寸前のところをわたしに保護されたって。
 ハンナちゃんがとっても希少な能力の持ち主だって聞いているでしょう。
 放っておけばそれが失われるところだったの、大きな損失になるのがあなたには解らない?
 孤児院を設けている理由の一つは、孤児達が持っている才能を開花させてあげて、貴重な人材を腐らせないことなのよ。」

 わたしは、孤児院の孤児は全員初等学校に通って義務教育を受けること、優秀な子は上の学校に進めること、その他の子は十五歳まで各人の希望と適性に合わせた職業訓練を施されきちんとした職場が紹介されることなどもザイヒト皇子に話してあげた。

「おまえの言うことは良くわかった。
 ただ、吾にはよく理解できない。
 この国の仕組みはおまえが教えてくれた通りなのだろう。
 しかし、それで国が乱れないのか?
 この国のやり方では身分がないがしろにされるではないか。
 さっきの官吏の話のときも言ったが、貴族が孤児の下に就くなど誇りが傷つくであろうが。
 吾は侍女に聞いたことがあるぞ平民の中にも序列があると、序列を崩さないように維持することが世の中を平穏に保つ秘訣だと。」

 それは、上に立つものにとっては都合の良い状況だよね。
 何の努力をしなくても自分の地位を脅かすものはいないのだから。
 そして、『黒の使徒』は帝国のトップの皇帝を傀儡にしているし、その配下の『シュバーツアポステル商会』は商人の間でも上位に位置づけられていた。
 要するに序列が保たれていた方が都合が良いんだ。 

「それじゃ、上に立つ人が努力しなくなるじゃない。
 貴族が誇りを大事にしたいなら、平民よりたくさん努力して実績を残せば良いだけよ。
 知っている?この国の実務面のトップの宰相は王宮の中で一番働いているのよ。
 それこそ、休日返上で。この国の上層部で偉そうにふんぞり返っている人は一人もいないわ。
 この国にもあなたの様な事を言う貴族がいたの、去年の冬に十四ほどまとめて取り潰されたわ。」

 わたしの言葉にザイヒト皇子はよっぽど驚いたようで、声を失っていた。

「平民の如く馬車馬のように働く貴族なんてありえない……。」

 耳を澄ますとザイヒト皇子は小さな声でそう呟いていた。帝国ではそうなんでしょうね…。


     **********


 ザイヒト皇子がわたしに話を聞いて呆然としていると読み書きの時間が終ったようで、わたしに気付いた女の子が駆け寄ってきた。
 保護した孤児の中でも一際小さい子で三つか四つだと思う。例によってはっきりとした年齢はわからないんだ。
 
 駆けて来た勢いのまま、わたしの足に抱きついた女の子はにへらと笑って言った。

「ターニャお姉ちゃん、また来てくれたの。ネル、うれしい。」

 この子はネルちゃんというのか初めて名前を聞いたよ。
 こんな小さな子でもちゃんと王国語で話が出来るんだね、まだ半年しか経っていないのに。

「わたしもネルちゃんに会えて嬉しいよ。
 もう王国語でお話できるようになったのね。とっても偉いわよ。」

 ネルちゃんの頭を撫でながらそういうと、ネルちゃんは目を細めて言った。

「ネル、町の人とお話しできるように頑張って王国語を覚えたの。
 朝、神殿前の掃除をしていると『えらいね』って褒めてくれるんだよ。
 この町の人は、帝国の人みたいに孤児に意地悪しないんだ。
 だから、早く王国語を覚えて町の人とお話しできるようになりたいって思ったの。」

 そういえば、町に溶け込むために神殿前の掃除を毎朝しているって言っていたね。
 早速効果が出ているようでなによりだよ。

 すると今まで呆けていたザイヒト皇子がわたしに言った。

「その娘は帝国のスラムから連れてきたのか、それこそ何のために。
 この国が帝国の孤児を養う義理などないであろう。」

 あ、ネルちゃんの話しからこの子が帝国のスラムの子だと気が付いたか。
 やっと、今日ここへ皇子を連れてきた目的に辿りついた。

「そうよ、ネルちゃんだけでなく、ここにいる子供たちは全員ルーイヒハーフェンのスラムから保護してきたのよ。
 どうしてこうなったか、経緯を聞かせてあげようか。」

 わたしは、リリちゃんの事件をはじめルーイヒハーフェンのスラムの子供が『黒の使徒』によって犯罪の道具に使われていること、また『黒の使徒』の関連商会がスラムの子供をさらって奴隷として売却していたことなどを教えてあげた。

「スラムに子供を放置しておくと拙いのは、さっき説明した人材の損失が生じること以外に、今言ったみたいに悪い大人がスラムの子供を食い物にする事があるからなの。
 ルーイヒハーフェンのスラムの子供達は『黒の使徒』に大分酷い目にあっているようなので、ここで保護することにしたの。
 勿論、他国の子供達をこの国で保護するからには国にも利益があるからよ。
 この子達には、商務関係の官吏か通訳もしくは交易商になって欲しいと国は期待しているの。
 今、この国は西の大陸や帝国との交易を拡大して行こうと計画しているの、そのためには帝国語が喋れて読み書きできる人材は幾らいても足りないくらいなのよ。
 帝国がいらないと言っているので全員連れてきちゃったわ。」

 ザイヒト皇子は二つの点で驚いたようだ。ひとつは『黒の使徒』がスラムの孤児を使って悪事を働いていること、もう一つはこの国が他国の孤児を本気で官吏に登用しようと計画していることみたい。

「『黒の使徒』の者はおまえを殺害するためにあんな小さな子供を利用しようとしたのか。
 さすがに、吾でもそれはあんまりだと思うぞ。仮にも一国の国教に所属する者のする事ではない。
 そんな非道な行いをしているとは知らなかった。
 『黒の使徒』は本当にそのような行いをしているのか?」

「捕らえた『黒の使徒』の者からはっきりと聞いたことだから間違いないよ。
 それに、東部辺境の瘴気の森ではスラムから連れてきた少年にもっと酷いことをしているよ。」

 わたしは、製材所のある村で見た光景をザイヒト皇子に説明してあげた。『黒の使徒』のせいで多くの命が失われていたことも含めて。
 ザイヒト皇子は神妙な顔でわたしの話を聞いていた。少しは『黒の使徒』の行いに疑問を感じてくれれば良いのだけど。


     **********


 わたしとザイヒト皇子の話が途切れるのを待っていたようにヴィクトーリアさんが話しかけてきた。

「ザイヒト、少しは帝国の間違いがわかったかしら?
 見なさい、子供達の幸せそうな顔を。
 ここにいる子供達は本来帝国が保護しないといけない子供たちなのよ。
 こうして、王国に保護されているということに帝国は恥じ入るべきことなの。
 ここの子供達はすごいわ、もう王国語も普通に話せるし。
 王国語も帝国語も両方の読み書きができるようになったのよ。
 まだ、小さい子が多いのにね。
 スラムに放置したらこの才能は活かされなかったの。
 逆に言えばこれだけ能力のある子供達を帝国は活かす術をもたず、失ったしまったの。
 わたしは悔しいわ、愚かな貴族どもを取り潰して孤児の保護育成に資金を投じた方がどんなに帝国の将来のためになるか解っているのに、実行する力がないことが。」

 ヴィクトーリアさんの言葉はザイヒト皇子の心に響いているのだろうか。
 『黒の使徒』の言うことを妄信するのではなく、少しは自分の頭で何が正しいのかを考えてくれれば良いのだけど。

 ヴィクトーリアさんは、わたしの足にしがみ付いているネルちゃんに尋ねたの。

「ネルちゃん、ここでの生活は楽しい?」

「うん、すごく楽しいよ。
 美味しいご飯を食べて、きれいな服を着て、きれいなお部屋で眠れるの、夢みたい。
 でもね、一番うれしいのは、ここには『色の黒い』悪い人が来ないこと。
 スラムでは、『色の黒い』悪い人が人攫いに来るから安心して眠れなかったの。
 今は、あの悪い人達が来ないからみんなぐっすり眠れるんだよ。」

 ネルちゃんが本当に嬉しそうに言った。わたし達の話を聞いていたのかな…。
 ネルちゃんが言った『色の黒い』悪い人が人攫いに来るという言葉をザイヒト皇子も聞き逃さなかったようだ。
 ネルちゃんの顔を見つめて、呆然としていた。




 

 
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