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第12章 三度目の夏休み
第320話 ハンナちゃんの思い
しおりを挟むハイジさんの丁重な呼びかけに応えた形で村人の前に姿を現したわたし達三人。
村人達は困惑の度を深めている。現われたのは年端のいかぬ少女、しかも『色なし』だもの。
村長が言葉を詰まらせつつハイジさんに尋ねた。
「あの、こちらのお三方が大魔法使いでございますか?
私には『色なし』の娘に見えるのですが…。」
ハイジさんは村長の問い掛けを黙殺し、わたし達に向かって深々と頭を下げて言ったの。
「ティターニア様、ミーナ様、この度はこのような辺境にまで足を運んでいただいたにも拘らず、無知な者が失礼な言葉を口にしまして、誠に申し訳ございません。」
帝国の第一皇女が、『色なし』の少女を様付けで呼び、それに頭を下げる光景を目にした村人達はみな絶句している。
そんな村人の様子を気にも留めず、ハイジさんは言葉を続ける。
「このような失礼な者に施しをするのは不本意なこととは存じますが、愚かな先入観にとらわれたこの者共は実際に目にしたものでないと信じようとはしないのです。
『色なし』と呼ばれている人達が現在受けている差別が不当であることを知らしめるため、是非ともこの者たちの前でお力を振るってはいただけませんか。」
ハイジさんの要請に、わたしは予め打ち合わせた通りの言葉を返したよ。
「それは、この子が行ってもかまいませんか?」
わたしは「できるね?」と小さく声をかけながらハンナちゃんをハイジさんの前へ出したの。
小さく頷きながら一歩前へ出たハンナちゃんにハイジさんは微笑みかけて言った。
「ええ勿論ですわ、よろしくお願いしますね。」
ハンナちゃんはわたし達がいる広場の横にあるやせた畑に近付くとおチビちゃん達に呼びかけ一気に術を行使した。
事前に打ち合わせした工程は、光の精霊による土壌の瘴気の浄化、土の精霊による連作のために偏った養分バランスの調整、水の精霊による適度の水分補充、そして木(植物)の精霊による活性化と成長促進の四ステップの術の行使なの。
結構複雑な工程になるが既に二年間研鑽を積んでいるハンナちゃんにはお手のものだった。
光のおチビちゃん達による浄化の光が畑を包み込んだ瞬間、村人の間にどよめきが起こった。
村人の見ている前で萎れかけていたジャガイモの葉が艶を取り戻し、青々と茂っていく。
そして、僅か数分後、村人の目の前には収穫間近まで育ったジャガイモの畑が広がっていた。
呆然としている村人の前で、ハイジさんがハンナちゃんに労わりの声をかけた。
「有り難うございました、ハンナちゃん。お疲れ様でした。」
ハイジさんの言葉が耳に届いたのか、村人の人が声を発した。
「おまえ、疫病神のハンナか?」
ハイジさんは、声を発した村人を睨みつけて言った。
「あなた達はそのような心無い言葉をハンナちゃんに普段から投げ付けていたのですね。
そうして、あなた方は国の宝になりえた人材を国から失わせてしまったのです。
今のハンナちゃんの力を見たでしょう、その気になれば、この子一人で飢えに喘ぐ何千という人を救えたかもしれないのですよ。」
声を荒げて村人を叱責するハイジさんを前にして村人はみな肩を落としている。
でも、村人の行動を一方的に責めるのも可哀想だよね、二千年近く『黒の使徒』を使って刷り込んできたんだものね。そういう意味ではかなりの部分が国の責任だからね。
ハイジさんも勿論わかっているよ、自分が村人達を一方的に叱責できる立場ではないことを。
でも、今回の旅では敢えてこうすることにしたの。
最初に、『色なし』のわたし達が畑を作ったり疾病を治療して力を示すの。
次に、『色なし』に偏見を持つ人を皇女であるハイジさんが厳しく叱責して反省を促すの。
皇女自らが、『黒の使徒』の過ちを正すことにより、『黒の使徒』からの人々の離反を促そうという計画なんだ。
ロッテちゃんの村を出てからこっち、ずっとこんな感じでやってきた。
もちろん、この村に関してはハンナちゃんを迫害していたから厳し目に対応しているけど。
ハイジさんが学園を卒業し、帝国に戻る前に少しでも『黒の使徒』の勢力を削ごうというの。
夏休みが終ってからも時々帝国に来ては同じことを続ける予定なんだ、そのために帝国に拠点を作るのだし、新たに魔導車を配置したのだしね。
わたしはハイジさんに協力することに便乗して帝国中に精霊の森を作らせてもらおうと思っているの。目指すは大陸西部の瘴気の浄化と精霊の生存領域の拡大だよ。
村人達への叱責という名の「洗脳?」、「教導?」はハイジさんに任せて、わたし達は、他の村と同様に畑を拡張して新たに農作物を作付けしていく。
やるからには、ハンナちゃんを虐めた村であっても差別はしない。
そして、ソールさんたちによる森と泉もきっちり作る、わたしやソールさんたち精霊の目的はむしろこっちだからね。
全てを終えたとき、奇跡のような光景を眼にして呆然としている村人にハイジさんが言った。
「自分の目で見てわかったでしょう『白い聖女』の噂が間違いではないことを。
このお二人は、困窮する帝国の民のため、もう三年も無償でこのような活動をされているのです。
お二人の妹のような存在であるハンナちゃんを迫害したこの村に施しを与えるべきかという議論がありました。
それを、私がこの村の民に反省と謝罪の機会を与えて欲しいと無理を言ってお願いしたのです。
この見事な畑や森はあなた方が差別し、迫害した『色なし』の方々が作られたものだという事を決して忘れてはなりません。」
ハイジさんの言葉に促されて、村人達はハンナちゃんの前に集まり頭を下げた。
そして、村長が、
「ハンナ、いやハンナ様、私達が無知だったために酷いことをしてしまって、申し訳…。」
と謝罪を口にしたとき。
「あやま…ないで…」
ハンナちゃんが俯いて何か言った。
そして、
「謝らないでいいから、おとうさんとおかあさんを返してよ!
優しかったおとうさんとおかあさん、みんながいじめるからわたしをおいてどっかいっちゃった。
おとうさんとおかあさんをかえして……、うえええん。」
声を荒げて叫んだハンナちゃんは、大きな泣き声をあげて泣き出してしまったの。
するとリタさんが大泣きするハンナちゃんを抱きしめて言った。
「よしよし、今までずっと我慢してきたのですね、可哀想に。
ほら、思いっきり泣きなさい、ハンナちゃんは小さいのに聞き訳が良すぎです。
泣きたいときは泣いてもいいのですし、もう少し我が儘だって言ってもいいと思います。
お世話になっているからといって遠慮しすぎです。」
ああ、なるほど、リタさんはハンナちゃんが心の中に溜め込んでいるものがあると感じたのでこの村に連れてきたんだ。思いっきり吐き出させるために…。
**********
村を出て魔導車の中、泣き腫らして目を真っ赤にしたハンナちゃんにリタさんは言った。
「どうですか、少しは気が晴れましたか?」
ハンナちゃんはにへらと笑って答えた。
「うん、思いっきり泣いたらすっきりした。」
「そう、それは良かったです。ところで、お父さんとお母さんは探さなくていいですか。
ミルト様に頼めば探してくれと思いますよ、帝国は広いから時間がかかるかと思いますが、何とかなりますよ。」
「それはいいや。今わたしが戻ってもお父さんやお母さんに迷惑かけるだけだもの。」
「また、そんな気遣いをして、そこは我が儘を言っても良いところですよ。
ターニャちゃんなんか自分の我が儘で国を動かしちゃうのですから、そのくらいのことは可愛いものです。」
えっ、わたしってそんなに我が儘かな?
「ううん、ちがうの。
おとうさんもおかあさんも優しかったけど…。
結局、おとうさんとおかあさんも周りの虐めに耐え切れずハンナを捨てたでしょう。
今あってもお互いに気まずいだけだと思うんだ。
だから、もう少し大人になってからで良いの。
それに、今はターニャお姉ちゃんやミーナお姉ちゃん、それにリリちゃんも一緒だから寂しくないし、凄く楽しいから。
ターニャお姉ちゃんと一緒にいると色々な所へ行けて凄く勉強になるんだ。
いっぱい勉強して無事に立派な大人になれば、おとうさんとおかあさんも素直に喜んでくれると思うの。」
わたしが、ハンナちゃんの言葉を感心して聞いているとリタさんは言った。
「この子はどこまで良い子なんでしょう。
でも、そんなに急いで大人にならなくても良いんですよ。
子供である時間をしっかり楽しんでくださいね。」
そんな二人の会話を聞きながら、わたしは内緒でミルトさんに頼むことにした。
ハンナちゃんの両親の消息を探って欲しいと、遅刻はしたくないからね。
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