精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第12章 三度目の夏休み

第310話 畑を前にして…

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 デニスさんとの話を終えたわたし達は、ロッテちゃんと一緒に村に隣接して作った畑を見に行くことにした。

 一つの畑ではアマ芋の葉が青々と茂っていて、もうすぐ収穫できそうな雰囲気だった。
 うん、だいぶ良い収穫が見込めそうだね。
 ロッテちゃんの話では、今休耕地になっている場所は昨年の冬前に小麦を作付けした場所だそうだ。
 夏前に収穫したそうだが、村でパンが食べられるようになったとロッテちゃんが喜んでいた。
 ロッテちゃんの喜びようから察するに、村で食べるのに十分な量の小麦が収穫できたみたいだね。

「へー、これは見事なものですね。
 辺境の村でこんなに実りの良い畑を目にするとは思いませんでした。」

 気付くとデニスさんがわたしの後ろに立っていた。ついて来たんだこの人…。

「この畑も聖女のお姉ちゃんが作ってくれたんだよ。」

 ロッテちゃんが誇らしげに言った。いや、わたし達に作って貰ったというのをそんなに強調しなくても…。

「今植わっているアマ芋、これは結構な荒地でもできるのでそれ自体は不思議でもないのですが。
 この子の話しでは小麦を作ったみたいですね、小麦を荒地で作るのは難しいです。
 なにより、いま帝国全体で小麦の収穫量が減って、王国からの輸入に頼っている状態なんです。
 小さな村の分だけとはいえ東部の辺境で小麦が自給できるようになるとは驚くべきことですよ。
 これもお嬢さんのお力ですか?」

 デニスさん、それは大げさではないですか?そんなに驚くようなことではないと思うけど…。

「確かに、この畑を作る際には少し特殊な力を使いましたけど、今実り豊かなのはそのせいだけではないですよ。
 大事なのは、この畑を囲んでいる森です。」

 わたしは、東部辺境で農作ができないのは瘴気の森に近く濃い瘴気が農作物の成育を阻害しているためとデニスさんに言う。
 そのうえで、森は瘴気を浄化する力を持っていて、この辺りの瘴気を絶えず掃っているので、この畑は作物の実りが良いのだと説明した。

「それだけではないですよ。森は大地に水を蓄えてくれるのです。
 森を切り払ってしまうと大地の保水力が衰えて周囲が砂漠のようになってしまいます。
 ますます、農作に適さない土地になってしまうのですね。」

 わたしは、瘴気のこと以上に森には大事な役割があることもデニスさんに伝えたの。
 するとデニスさんが言った。

「それじゃあ、現在人々が飢饉で苦しんでるのは、全て『黒の使徒』の仕業ということですか?」

 いや、それは言いすぎだよ。

「いいえ、一番大きな理由は帝国がある地域が長年戦争に明け暮れ農地の手入れが疎かになっていたことだと思います。
 農地はちゃんと手入れをしなければ収量が落ちてしまいます。
 戦争に男手を獲られて農作業が円滑にできなくなっていたと話しに聞いています。
 そのため、簡単にできるジャガイモを安易に連作したようで、ひどい連作障害を起こしたとも聞いているのです。
 そうした状況に、『黒の使徒』による森林伐採が、砂漠化と瘴気汚染の深刻化という形でダメ押しになったのだと思います。」

 わたしは一番の理由が戦争による農地の荒廃だと言うとデニスさんは一応納得したようだ。

「お嬢さんの言う通り戦争のせいで農地が荒廃したのは確かです。
 しかし、大陸西部が帝国に統一されて戦争が終結して、さあこれから復興というときに『黒の使徒』が復興を邪魔したのは間違いないのでしょう。
 やっぱり、『黒の使徒』の仕業じゃないですか。」

 デニスさんの頭の中では『黒の使徒』が諸悪の根源みたいになっている。ちょっと、『黒の使徒』の悪事ばかりを刷り込みすぎたかな…。

「戦後の復興という面では、『黒の使徒』の悪事と並んで、帝国の政策にも重大な責任がありますわ。」

 わたしとデニスさんの会話にハイジさんが介入してきた。

「わたしは、帝国の復興に一番必要なのは食糧の増産だと思いますの。
 そのためには荒廃した農地の復興に多くの魔法使いを投入すべきだと思うのです。
 しかし、皇帝は依然として魔法使いを軍部で抱え込んでおり、世の中の復興に役立てようとしないのですわ。
 皇后である私の母は、今軍部が抱えている職業魔法使いを農務へ異動し農業支援に用いるべきだと予てから進言しているのですの。
 それに対して『黒の使徒』に傾倒している皇帝は、『神聖な力である魔法を百姓の仕事に使うのは神への冒涜だ』などと言って取り合わないのです。
 私は王国へ留学して知りました。
 王国の学校では魔法の授業で最初に教えるのは、魔法による畑の耕し方と水遣りの仕方なのですのよ。一方の帝国では最初に教えるのは攻撃魔法なのです。
 知っていますか、王国では政府お抱えの職業魔法使いの仕事の中心は、道路整備と用水路整備、それに除雪なのですのよ。
 帝国では、職業魔法使いのほぼ全てが軍人ですわ。
 戦乱の時代が終った今、どちらが正しいかは明らかですわ。これでは、王国と帝国の経済格差が広がるばかりです。」

 ハイジさんの熱の入った言葉にデニスさんはタジタジになっている。

「皇女殿下は、世間の風潮が軍部の魔法使いを農地復興に回せとなるように世論を誘導しろとお望みなのでしょうか。」

「いいえ、私の一方的な考えを商人の皆さんに押し付ける気はございません。
 国が抱える魔法使いをどのように活用すれば良いかは人によって意見が別れると思いますから。
 ただ、私の意見を聞いて賛同頂けるのなら協力して欲しいと思うのです。」

 ハイジさんの話を聞いたデニスさんは笑って言った。

「私も今の帝国の状況はおかしいと思っているのです。
 第一、私が商売をしていて面白くない。
 ご存じないでしょうけど、今回私達の隊商が王国から買い入れてきたのは殆どが小麦なのです。
 食料が不足してますので間違いなく売れるし、そこそこの利益は稼げますよ。
 でも、わざわざ瘴気の森を越えるというリスクを冒して王国まで行くのです。
 もっと、儲けになるモノを商いたいじゃないですか。
 今は方々の要請でそれができないのです、食料の確保が最優先ですから。
 私も皇女様の意見には大賛成です、この件でも協力させていただきましょう。」

 どうやらハイジさんは、この点についても、デニスさんの協力を取り付けることができたみたい。
 ハイジさんは甚く満足そうな笑みを浮かべている。


     **********


「では、デニスさんはアーデルハイト殿下の味方になってくださると考えてよろしいのですか?」

 うん?いきなりリタさんが話しに口を挟んできたよ。

「ええ、勿論私にできる範囲でのことになりますが、その限りにおいては協力を惜しまない積もりです。」

 するとリタさんが続けてデニスさんに尋ねた。

「ぶしつけな質問で申し訳ございませんが、デニスさんの隊商というのは帝都ではどの位の商いの大きさに位置付けられるのですか?」

「また、本当にぶしつけな質問ですね。
 自慢では有りませんが帝都では一、二を争う商い高を誇る隊商だと自負しておりますが。
 これでも、帝都に自前の店を構えているんですよ。」

 デニスさんの答えに満足したのかリタさんはこう言った。

「商人に身銭を切れとまでは言いません、協力はできる範囲で結構です。
 ただし、アーデルハイト殿下を裏切って殿下に仇すようなことは決してしないとここで誓えますか。」

「なんか、大げさですね。
 良いでしょう、私、デニスは決してアーデルハイト皇女殿下に仇なすことはいたしません。
 これで、よろしいでしょうか?」


 それを聞いたリタさんは、ニッコリ笑って言った。

「私はオストマルク王国の皇太子妃ミルト殿下付きの女官長リタと申します。
 帝国においてアーデルハイト様の味方になってくれる商人を探すように主から言い付かってまいりました。
 こちらが見返りに与えられるものは情報のみですが、あなたにとっては生死に関わる情報かと思います。
 今から一年以内に我が主は帝国との間で大型船による穀物の大量交易を始める予定で調整をしています。
 それが始まると陸路による王国との穀物取引の仕事は大幅に減少すると思います。
 良かったですね、先ほど、デニスさんが望んでいた他の物の商いが出来るようになりますよ。
 それと、デニスさんが望むのであれば新たに始める交易に一枚かませることもできますよ。
 港から消費地までの輸送業務とかもありますからね。
 もし、望むのであれば早いうちに王宮に私を訪ねてきてください。
 主を交えて打ち合わせをしたいと思います。それと、当然ですがこのことは他言無用です。」

 リタさんの話を聞いたデニスさんは最初何を言っているのか解らなかったようだが、次第にことの重大さに気付いてきたみたい。

 あわてて、リタさんと詳しい打ち合わせを始めてしまった。
 わたし達はしばらく放置されることになったが、話は無事まとまったようだ。

「とっとと仕事が片付いて良かったです。やっと本当の意味で夏季休暇になります。
 ターニャちゃんが二年前に恩を売っておいてくれたおかげで良い人が釣れました。
 ミルト様から、帝国に行って、アーデルハイト様の協力者になってくれる商人を探せと言われた時には、なんて無茶振りをと思いましたがターニャちゃんのおかげで本当に助かりました。」

 リタさん、それを言ったら台無しだよ…。






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