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第12章 三度目の夏休み

第303話 嘘やごまかしはダメなんだそうです…

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 学園の寮に戻ってわたし達の部屋のリビングルーム、リタさんが言う。

「最初に考えるのは、『どうして国が他国の孤児を受け入れる必要があるのか』という正論をどうやって突破するかです。
 『帝国の孤児が可哀想だから』ではいけませんよ、国を動かすからにはそれが国に利益をもたらすものでなくてはなりません。」

 利益とか言われても難しいよ、そんな事考えたことなかったもの。

「利益が出なければダメなの?」

「利益と言っても商売上の利潤とは違いますよ。
 何らかの不利益が生じる危険性が高いことを未然に防止するというのも利益です。
 疾病の予防行政などを思い浮かべると解りやすいと思います。」

 急にそんな事を言われてもすぐには思いつかないよ。
 わたしがそんな泣き言をぼやいていると、

「今日はもう遅いので、明日までの宿題にしましょうか。
 ヒントではないですが、ミルト様が今何をしようとなさっているかを思い出すと良いでしょう。
 それから、未来は不確実な物です。得てして、予想というのははずれるモノです。
 当初予想したほどの成果が実際には上がらないかもしれません、それでも良いんですよ。
 確実に成果が期待出ることなら国がやらなくても、目敏い商人がやりますからね。」

 それは、多少の大風呂敷は広げても良いということなのかな。
 ミルトさんが今やろうとしていることって…。
 あの人、手を広げすぎだよね、手がけていることがいっぱいあるよ。何を指しているのだろう…。


    **********


 わたしが良い案を思いつくことができずに頭を抱えていると、ハンナちゃんの部屋から話し声が聞こえたきた。

『朝のあいさつは「おはよう」、夜のあいさつは「こんばんは」だよ。』

「おはよう、こんばんは」

『そうそう、うまい、うまい』

 どうやら、ハンナちゃんがリリちゃんに王国語を教えているようね。
 そう言えば、ハンナちゃんの時はフェイさんが付っきりで教えてたけどあっという間に覚えたっけ。
 帝国語と王国語の両方が話せると便利だよね、どっちに居ても不自由しないからね。

 うん?『帝国語』と『王国語』?同じ大陸なのに結構違うよね、単語とか文法とか。
 両方話せる人ってどのくらいいるんだろう?

 翌朝、リビングに行くと既にハンナちゃんとリリちゃんがおしゃべりをしていた。

「あ、ターニャお姉ちゃん、おはようございます。
 お姉ちゃん有り難う、リリ、あんなふかふかなベッドで寝たの初めて。
 昨日の夜だってお腹いっぱい食べさせてもらえたの、嬉しかった。」

 わたしに気がついたリリちゃんがわたしに話しかけてきた。…王国語で…、えっ?

「リリちゃん、いつの間に王国語が話せるようになったの?」

 わたしがリリちゃんに問い掛けると、リリちゃんは何を言われているのか解らないという表情になったの。

「ターニャお姉ちゃん、リリちゃんは王国語が解るようになったんじゃないよ。
 お姉ちゃんにお礼が言いたくて、あれだけを正しく喋れるように頑張って練習したんだよ。
 さっきから、ハンナの後について何度も繰り返したの。」

 それでもすごいと思う、すごく流暢で全く違和感がなかったもの。

『おはよう、リリちゃん。
 どういたしまして、気に入ってもらえたようで良かったわ。
 すごいわね、さっきの王国語、きれいに喋れたわよ。えらいわ。』

 わたしが褒めるとリリちゃんは少し照れながら言った。

『有り難う、お姉ちゃん。えへへ、ほめられちゃった…。』


     **********


「それで、何か良い説得材料は見つかりましたか?」

 リタさんの問いにわたしはリリちゃんを見て思いついたことを返してみた。

「スラムの子は帝国語を話します。
 もしかしたら、この国で帝国語を話せる人は少ないのではないですか?
 それなら、この国の言葉を覚えて二ヶ国語を話せるようになれば、ミルトさんが計画している交易拡大に役立てると思います。」

 わたしの返答を聞いたリタさんが更に訪ねて来た。

「何故そのように考えたのですか?
 ミルトさんが計画しているのは西大陸との交易拡大であり、帝国との交易拡大ではないですよ。」

 わたしは、自分の予想だけどと、断りを入れてから説明に入ったの。

「西大陸の国々とは国交こそあったようですけど、海運力の問題で今まで直接の交易はなかったのですよね。ほぼ全て、帝国の商人が中継していると聞いています。
 だとしたら、西大陸の商人って東大陸の言葉は帝国語しか話せない人が多いのではないかと思ったのです。
 エフォールさんはノルヌーヴォ王国では、この国の言葉を話せる人は少ないといっていました。
 だったら、西大陸の商人と意思の疎通が図るために帝国語を用いる必要があると思ったのです。
 それに、ミルトさんは西大陸との交易拡大をしきりに言っていますけど、別に帝国との交易を拡大しないとは言っていないですよ。
 今は、新造船のキャパシティーの問題で西大陸との交易を優先して考えていますけど、船の能力に余裕ができれば帝国との交易も増やそうとするはずです。
 だって、帝国は常に食べ物が足りていないのですから、買いたいと言う人はたくさんいますよ。」

 わたしの話を黙って聞いていたリタさんは悪い顔をして言った。

「うーん、六十五点と言ったところでしょうか、ぎりぎり合格点ですかね。
 前半は甘いですね、大人の能力を甘く見すぎです。でも後半は好い線いっています。
 前半は何がダメかというと、孤児が一人前になるのに何年掛かるのですか?
 今ならターニャちゃんの言う通り喉から手が出る人材です。
 でも、十年後だとどうでしょうか?」

 リタさんが言うには、国は交易を拡大すると言えばそこに商機を見出す人が増え必然的に西大陸の言葉を学ぶものが増えるだろうとのこと。
 そうなれば、わざわざ帝国語を介す必要はなくなるだろうという。
 現状はわたしが想像したように、西大陸の交易関係者は帝国語しか解らない人が多く、いま国は帝国語がわかる人材を血眼になって探しているそうだ。
 ただ、孤児が一人前になるのに十年掛かるとしたら、その時にはそんなに貴重な人材ではなくなっているのではないかという。

 わたしの答えに厳しい採点をしたリタさんだったが、悪巧みをするような顔のままで言った。

「とは言うものの、そこのところは十年後でも帝国語を話せる人材は必要だということで押し通してしまいましょう。
 昨日言ったでしょう、未来は不確実なのです。
 必要なのは説得力です、見る人になるほどなと思わせればいいのですよ。
 それらしいデータをそろえて押し通すのですよ、予算というのはそうやって分捕るのです。」

 そう言ってリタさんはわたしの前にドーンと紙束を置いた。
 なになに、この国の官吏の中で帝国語が話せる人のリストと年度別に集計した人数の推移、帝国への食料品出荷額の推移、帝国における飢饉の状況、我が国における海上輸送能力の推移、等々なにこれ?

「とりあえず、昨日のうちに使えそうな資料は集めておきました。
 その中から、こちらに都合の良い資料を取捨選択して、こちらに都合の良い結論になるように組み立てるのです。
 いいですか、嘘やごまかしは絶対にやっちゃダメですよ。
 やって良いのは採用する資料の選択とその解釈です。
 基本これだけ守っていて、内容に矛盾なく首尾一貫していれば何とかなります。
 後は、上位者がそれを是とするか否とするかの価値判断の問題になります。
 政策には優先順位もありますしね。」

 リタさんは、わたしがこの問題に目を付けると思って予め資料を要してくれたんだね。
 すごく有り難いと感謝したよ。

 でも、言っている内容はがっかりだよ。
 リタさんにいわせると同じ資料を使っても解釈次第で結論を百八十度変えることはいくらでも出来るという。
 要するに自分の都合の良い結論になるように計画書をでっち上げろって事だよね。
 嘘やごまかしとどこが違うの?
 
 イマイチ納得できなかったけど、わたしは、リタさんのアドバイスに従い、帝国の孤児の保護についての計画書の作成を始めることにしたの。
 これが泥舟でなければいいのだけど…。


 

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