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第9章 王都の冬
第258話【閑話】出仕初日
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だまし討ちのように登用試験を受けさせられた翌日、ヴィーナヴァルトホテルを引き払い王宮へ移ることになりました。何と今日から王宮住まいです。
ホテルまで迎えに来ていただいたのは、昨日のような厳つい騎士ではなく、物腰穏やかな老紳士でいかにも侍従という雰囲気の方でした。
老紳士に伴われて王家の馬車に乗り、辿り着いたのは王宮の表の宮、ミルト様の執務室です。
「おはよう、リタさん、歓迎するわ、これからよろしくね。」
フランクに声を掛けてくださったミルト様は、私に二通の書面を渡してくださいました。
どうやら、高等文官試験の合格証書とミルト様付きの女官長の辞令のようでした。
「私はあなたを手放すつもりはないので必要ないと思うけど、一応言っておくわ。
高等文官試験の合格証は大事に保存しておきなさい、それがあると転職の際に有利だそうよ。」
不祥事を起こしてクビになった者は論外だけど、結婚退職などで王宮を円満退職した人が再就職をする際に高等文官試験の合格証を提示するとどこへ行ってもすぐ採用されるらしい。
そして、お仕着せの女官服が手渡されました。
それは、とっても上質な布で作られたヒラヒラの服でした。
ドレスではないよね・・・、でも、袖口なんかヒラヒラしていてインクで汚しそう…。
「あの、ミルト様、私はミルト様の付きの女官として、職務能力が求められているのですよね。
こんなヒラヒラの服では仕事がし難いので、できればもっと動きやすい服装が良いのですけど…。
王宮の女官はこの服装でなければいけないのでしょうか?」
私が思い切って尋ねてみると、ミルト様は少し考えてから言った。
「元々、官僚にお仕着せはないのよ、男性はみんな自分の服を着ているでしょう。
女性服は男性の服に比べて値が張るので、自分で用意すると大変だからという理由でお仕着せが出来たの。
だから、リタさんが自分で用意するというのならそれを着る必要はないわ。
ただ、大丈夫なの?私の側に仕えるのだからそれなりの服装が求められるわよ。」
ミルト様は私の懐具合を心配してくださっているようでした。
「いえ、出来れば、王宮侍女のお仕着せを拝領できればと思うのですが。」
「それはダメよ、女官と侍女でははっきりとした線引きがあるし、だいたい侍女の服装をしていたらあなたが侮られるわ。」
「でも、王宮侍女のお仕着せは黒で汚れが目立たないし、袖口もヒラヒラしないで実用的なんです。
白いエプロンもつけますので、服そのものはあまり汚れず、エプロンだけ洗えばよいので非常に使い勝手が良いのですよ。
それに、私は平民なので貴族の方に侮られるのには慣れていますし、そういう方を躱すのも得意です。」
前のアロガンツ家でもずっと侍女服だったので、慣れもあって動きやすいのです。
ミルトさんはわたしをじっと見つめたあと、何か企むような悪い顔をして言った。
「面白いわね、それとっても良い考えよ。
あなたに侍女の格好をしてもらえると愚か者をあぶりだすのに使えるかもしれないわ。
でもいいの?あなたのことを侮って無茶な要求をしてくる愚か者がいるかも知れなくってよ。」
「ええ、大丈夫だと思います。そういうのをあしらうのは前の職場で慣れていますので。
何か無茶な要求をしてくる者があったら、それをご報告すれば良いのですよね。」
わたしがそう答えるとミルトさんはニヤッと笑った。
**********
早速、侍女服を支給してもらい着替えると、さすが王宮のモノだけあってアロガンツ家のお仕着せよりずっと上質の生地で作られていた。肌触りも良いし、動きやすさも申し分ない。
ちなみに、女官服もそのまま持ってなさいと言われました。時と場合によって使い分ける必要があるだろうからとのことです。
「あら、よく似合っているわね。
確かに、そのほうがしっくり来るわ、これからはその服装で私に付添ってくださいね。
じゃあ、今日は実務に入る前にとっても大事なことを教えるから私に付いて来て。」
実務的なことは明日から始めるそうで、今日は職務以前のことのガイダンスをしてくださるらしい。
まず案内されたのは、今日から私が暮らす部屋でした。
王族の居住区画に隣接した使用人の住まう区画にあり、女官長ということで一際立派な部屋を与えて頂きました。リビング、ベッドルーム、クローゼットがありうちの実家より広いです。
食事は、使用人用の食堂があるから、そこで取るようにとのことでした。
私の居室の後は、ミルト様の私室に案内されました、昨日通された部屋ですね。
そこには、何故か当たり前のようにターニャちゃんが待ち構えていました。
「あ、ミルトさん、お帰りなさい。もう仕事は良いの?」
ターニャちゃんがまるで友達にでも話しかけるようにミルト様に声をかけると、ミルト様は気を悪くする様子も見せずに答えました。
「ええ、今日は仕事はもうおしまい。じゃあ、お願いして良いかしら?」
「うん、リタさんなら問題ないと思うよ、歓迎するよ。」
ミルト様は何かターニャちゃんにお願いしたようです、どうもそれはわたしに関することのようで。
「リタさん、あなたは今日から私付きの女官になりましたが、私と行動を共にする上で知っておいて欲しいことがあります。
私は一人になりたいときに使っている場所があります。
今日はそのうちの一つ、仕事に集中したいときに使っている場所に案内します。
今後は、あなたにも一緒に来てもらい仕事を手伝って欲しいので、あなたを同行させる許可をターニャちゃんに貰いました。」
ミルト様のお話しでは、ミルト様が一人きりになれる場所は二ヵ所あるそうです。
仕事で疲れて休みたいときと他人に邪魔されることなく仕事に集中したいときで使い分けているとのことでした。
ミルト様が休息に使っている場所は資格のない者は入れないので連れて行けないとおっしゃるのできっと王族以外立ち入り禁止の場所なんでしょう。
今日これから、仕事に集中したいときに使っている場所に案内してくださるそうです。
たしかに、王宮の中では急な来客などで集中を乱されることがあるでしょうから、そういう場所も必要ですね。これからは、私もそこへ行って仕事を手伝うのですね。
しかし、王族のミルトさんがターニャちゃんの許可を貰うっていったい何なんでしょう?
この子については謎ばかりです。
最初に会ったときから説明の付かない事ばかりで、正直とまどってしまいます。
野盗を退治してくれたり、病気を治してくれたり、良い子だということだけは間違いないのですが。
「じゃあ、行こうか!」
ターニャちゃんは元気よく言うと、わたし達の先頭となって歩き始めます。
そして、ミルト様の部屋を出ると更に王宮の奥へ進みます。
まるで、我が家を歩くような迷いのない足取りでノックもなしに入ったのは一際立派な部屋でした。
「ああ、ここは陛下の書斎なの、立派な部屋でしょう。」
とミルトさんが言います。ターニャちゃんがノックもしないで入ったのは咎めないのですか?
そして、国王陛下の書斎を突っ切って裏庭に面したバルコニーに続く扉から外に出ました。
「王様の書斎を通り抜けて驚いただろうけど、あそこしか裏庭に出る扉がないんだよ。」
とターニャちゃんが言い訳がましく言いました。
あら、何か変です。
違和感に捕らわれて、私は周囲を見回しました。
「雪がない…。」
そう、違和感の正体、裏庭に雪がないのです。
雪を退かしたのではなく、最初から雪なんか降っていなかったかのように雪がないのです。
ターニャちゃんはそんな事を気にも留めず、どんどん歩を進めます。
少し歩くとそこには、どこまでも澄み切った水が湧き出る泉があり、その畔には女性が二人待っていました。
二人とも見覚えがあります。
一人は半年ほど前に、突然ミルト様の養女になられた王女様で、スイ様というお名前でしたか。
もう一人は、ターニャちゃんの侍女ですね、名前は聞いていません。
「スイちゃん、ごめんなさい待たせちゃったかしら?」
「大丈夫だよ、ママ。そんなに待っていないから。」
養女とは思えない、まるで本当の親子のような自然な会話が交わされます。
「じゃあ、早速行こうか。フェイさん、リタさんと手を繋いでね。」
ターニャちゃんがそういうとフェイさんと呼ばれた侍女が私の手を取って…。
いきなり視野が暗転しました…、なにこれ…。
ホテルまで迎えに来ていただいたのは、昨日のような厳つい騎士ではなく、物腰穏やかな老紳士でいかにも侍従という雰囲気の方でした。
老紳士に伴われて王家の馬車に乗り、辿り着いたのは王宮の表の宮、ミルト様の執務室です。
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フランクに声を掛けてくださったミルト様は、私に二通の書面を渡してくださいました。
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そして、お仕着せの女官服が手渡されました。
それは、とっても上質な布で作られたヒラヒラの服でした。
ドレスではないよね・・・、でも、袖口なんかヒラヒラしていてインクで汚しそう…。
「あの、ミルト様、私はミルト様の付きの女官として、職務能力が求められているのですよね。
こんなヒラヒラの服では仕事がし難いので、できればもっと動きやすい服装が良いのですけど…。
王宮の女官はこの服装でなければいけないのでしょうか?」
私が思い切って尋ねてみると、ミルト様は少し考えてから言った。
「元々、官僚にお仕着せはないのよ、男性はみんな自分の服を着ているでしょう。
女性服は男性の服に比べて値が張るので、自分で用意すると大変だからという理由でお仕着せが出来たの。
だから、リタさんが自分で用意するというのならそれを着る必要はないわ。
ただ、大丈夫なの?私の側に仕えるのだからそれなりの服装が求められるわよ。」
ミルト様は私の懐具合を心配してくださっているようでした。
「いえ、出来れば、王宮侍女のお仕着せを拝領できればと思うのですが。」
「それはダメよ、女官と侍女でははっきりとした線引きがあるし、だいたい侍女の服装をしていたらあなたが侮られるわ。」
「でも、王宮侍女のお仕着せは黒で汚れが目立たないし、袖口もヒラヒラしないで実用的なんです。
白いエプロンもつけますので、服そのものはあまり汚れず、エプロンだけ洗えばよいので非常に使い勝手が良いのですよ。
それに、私は平民なので貴族の方に侮られるのには慣れていますし、そういう方を躱すのも得意です。」
前のアロガンツ家でもずっと侍女服だったので、慣れもあって動きやすいのです。
ミルトさんはわたしをじっと見つめたあと、何か企むような悪い顔をして言った。
「面白いわね、それとっても良い考えよ。
あなたに侍女の格好をしてもらえると愚か者をあぶりだすのに使えるかもしれないわ。
でもいいの?あなたのことを侮って無茶な要求をしてくる愚か者がいるかも知れなくってよ。」
「ええ、大丈夫だと思います。そういうのをあしらうのは前の職場で慣れていますので。
何か無茶な要求をしてくる者があったら、それをご報告すれば良いのですよね。」
わたしがそう答えるとミルトさんはニヤッと笑った。
**********
早速、侍女服を支給してもらい着替えると、さすが王宮のモノだけあってアロガンツ家のお仕着せよりずっと上質の生地で作られていた。肌触りも良いし、動きやすさも申し分ない。
ちなみに、女官服もそのまま持ってなさいと言われました。時と場合によって使い分ける必要があるだろうからとのことです。
「あら、よく似合っているわね。
確かに、そのほうがしっくり来るわ、これからはその服装で私に付添ってくださいね。
じゃあ、今日は実務に入る前にとっても大事なことを教えるから私に付いて来て。」
実務的なことは明日から始めるそうで、今日は職務以前のことのガイダンスをしてくださるらしい。
まず案内されたのは、今日から私が暮らす部屋でした。
王族の居住区画に隣接した使用人の住まう区画にあり、女官長ということで一際立派な部屋を与えて頂きました。リビング、ベッドルーム、クローゼットがありうちの実家より広いです。
食事は、使用人用の食堂があるから、そこで取るようにとのことでした。
私の居室の後は、ミルト様の私室に案内されました、昨日通された部屋ですね。
そこには、何故か当たり前のようにターニャちゃんが待ち構えていました。
「あ、ミルトさん、お帰りなさい。もう仕事は良いの?」
ターニャちゃんがまるで友達にでも話しかけるようにミルト様に声をかけると、ミルト様は気を悪くする様子も見せずに答えました。
「ええ、今日は仕事はもうおしまい。じゃあ、お願いして良いかしら?」
「うん、リタさんなら問題ないと思うよ、歓迎するよ。」
ミルト様は何かターニャちゃんにお願いしたようです、どうもそれはわたしに関することのようで。
「リタさん、あなたは今日から私付きの女官になりましたが、私と行動を共にする上で知っておいて欲しいことがあります。
私は一人になりたいときに使っている場所があります。
今日はそのうちの一つ、仕事に集中したいときに使っている場所に案内します。
今後は、あなたにも一緒に来てもらい仕事を手伝って欲しいので、あなたを同行させる許可をターニャちゃんに貰いました。」
ミルト様のお話しでは、ミルト様が一人きりになれる場所は二ヵ所あるそうです。
仕事で疲れて休みたいときと他人に邪魔されることなく仕事に集中したいときで使い分けているとのことでした。
ミルト様が休息に使っている場所は資格のない者は入れないので連れて行けないとおっしゃるのできっと王族以外立ち入り禁止の場所なんでしょう。
今日これから、仕事に集中したいときに使っている場所に案内してくださるそうです。
たしかに、王宮の中では急な来客などで集中を乱されることがあるでしょうから、そういう場所も必要ですね。これからは、私もそこへ行って仕事を手伝うのですね。
しかし、王族のミルトさんがターニャちゃんの許可を貰うっていったい何なんでしょう?
この子については謎ばかりです。
最初に会ったときから説明の付かない事ばかりで、正直とまどってしまいます。
野盗を退治してくれたり、病気を治してくれたり、良い子だということだけは間違いないのですが。
「じゃあ、行こうか!」
ターニャちゃんは元気よく言うと、わたし達の先頭となって歩き始めます。
そして、ミルト様の部屋を出ると更に王宮の奥へ進みます。
まるで、我が家を歩くような迷いのない足取りでノックもなしに入ったのは一際立派な部屋でした。
「ああ、ここは陛下の書斎なの、立派な部屋でしょう。」
とミルトさんが言います。ターニャちゃんがノックもしないで入ったのは咎めないのですか?
そして、国王陛下の書斎を突っ切って裏庭に面したバルコニーに続く扉から外に出ました。
「王様の書斎を通り抜けて驚いただろうけど、あそこしか裏庭に出る扉がないんだよ。」
とターニャちゃんが言い訳がましく言いました。
あら、何か変です。
違和感に捕らわれて、私は周囲を見回しました。
「雪がない…。」
そう、違和感の正体、裏庭に雪がないのです。
雪を退かしたのではなく、最初から雪なんか降っていなかったかのように雪がないのです。
ターニャちゃんはそんな事を気にも留めず、どんどん歩を進めます。
少し歩くとそこには、どこまでも澄み切った水が湧き出る泉があり、その畔には女性が二人待っていました。
二人とも見覚えがあります。
一人は半年ほど前に、突然ミルト様の養女になられた王女様で、スイ様というお名前でしたか。
もう一人は、ターニャちゃんの侍女ですね、名前は聞いていません。
「スイちゃん、ごめんなさい待たせちゃったかしら?」
「大丈夫だよ、ママ。そんなに待っていないから。」
養女とは思えない、まるで本当の親子のような自然な会話が交わされます。
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