精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第9章 王都の冬

第226話 雪の降る日に

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 窓の外は深々と雪が降っている、年明けからこっち全く止む気配がない。
 既に積雪はわたしの背丈をはるかに上回り大人の背丈に迫ろうとしている。
 それでも街路は魔法と人力を駆使して除雪がなされているらしい。
 らしいって?だって、この雪の中、用もないのに出て歩かないから、実際見た訳ではないの。

 ミーナちゃんは、「さすが王都は凄いね」と感心していた。ノイエシュタットは除雪に携わる人が少ないのか、もっと雪が少ないのに街路の除雪が十分ではないそうだ。

 で、わたし達が街にも出かけず日がな一日寮に篭っているのかといえば、然に非ず。
 

「りすさん、そんなところに入ったらくすぐったいよ。」

 大きな木を背もたれに足を投げ出して地面に座ったハンナちゃんが縞リスの『りすさん』と戯れている。冬服のゆったりとした袖口からハンナちゃんの服の中に入り込んだりすさんが、丁度今ハンナちゃんの首もとから顔を出したところ。
 ハンナちゃんの服の中から首だけ出したりすさんが周囲の様子をキョロキョロと窺う仕草が愛らしい。

 今私たちは王家の森の中にある少し開けた空間にいる。
 王都の積雪が嘘のように四季折々の花が咲きそろい、春のような温かな風が優しく頬を撫でる。
 空はどんより曇っているのに、森の中は光の精霊達が生み出す暖かな光が満たしている。
 まるで、春の陽だまりのようで眠気を誘うの。

 実際、わたし達から少し離れたところでは、ミルトさんが精霊三人娘と一緒にうたた寝をしている。
 この広場はミルトさんのお気に入りの場所で、公務の合間の息抜きにここへ来ては少しの時間まどろんでいるらしい。
 わたし達は公務で疲れているだろうミルトさんを起こさないように少し離れたところで遊ぶことにしているの。

 ここ、王家の森は精霊達が作り出す別世界、まさに地上の楽園なの。
 雪で不便な思いをしている人たちには申し訳ないけど、わたし達はここで雪の閉じ込められて鬱々とした気分を晴らしている。

 雪に慣れていない南部地区出身の生徒の中には、低く垂れ込める雪雲のせいで昼間でも薄暗く、しかも積雪のでせいで自由に動き回ることが出来ない王都の冬に精神的に耐え切れず心を病んでしまう人もいるそうだ。

 そんな事を聞くと、わたし達は王家の森と言う逃げ場があるので凄く幸せなのだと思う。
 王家の森は法的に禁則地となっているけど、法律以前に精霊の許しがない者は立ち入ることが出来ないの。
 王家の森と言いつつ王族でこの森に入れるのはミルトさんとフローラちゃんだけ、だからミルトさんも気兼ねなくうたた寝できるんだね。

 わたし達は、冬休み中、精霊神殿で臨時診療所を開く時以外は、だいたい午後から王家の森で時間を潰している。午前中?、午前中はフェイさんの厳しい監視の中で勉強をしているよ。
 勉強をするために精霊の森から出てきたのだからちゃんと勉強しなさいって。


     **********


 今日も、午後を王家の森で過ごして寮へ帰る。
 もちろん、歩きではないよ、フェイさんが精霊の術で王家の森の入り口にある精霊の泉からわたし達の部屋の浴室に移動してくれるの。
 どうやって移動するかも不思議だけど、水から水に移動しているのに濡れないのが不思議。

 寮へ戻って夕食をとるため部屋から出ると、そこに小さく丸まって凍える人の姿があった。

「うー、ひどいよ、ターニャちゃん!あれほど開けてって言ったのに無視するんなんて…」

 ルーナちゃんが寒さに震えながら抗議してきた。廊下は暖房が効いていないし、寮が石造りなんで底冷えがするんだよね。

 とりあえず風邪をひいたらいけないので部屋には行ってもらい、フェイさんにお茶を入れてもらった。フェイさんが淹れてくれたのはジンジャーティ、生姜のお茶らしい、体が温まるんだって。


「寮へ戻ってきたら寮監の先生が今日はお休みで不在だったんだよ。
 それで部屋の鍵が受け取れなくて自分の部屋に入れなかったの。」

 フェイさんが淹れてくれたホットジンジャーをすすりながら、ルーナちゃんが事情を説明してくれた。
 
 ルーナちゃんは予定を変更して今日いきなり帰ってきたらしい。確かにわたしもあと十日くらいはご両親に所にいると聞いた覚えがする。

 寮へ戻って寮監の部屋に自室の鍵を受け取りに行くとそこは閉まっており、扉に今日一日不在にするとの張り紙があったそうだ。
 この寮に住む生徒は部屋を不在にするときは寮監に鍵を預けることになっている。
 ルーナちゃんは自室の鍵を受け取ることが出来なくて部屋に入れなかったそうだ。
 ちなみに寮監は鍵を預かるときいつ戻るのかをちゃんと確認しているので、今日戻る予定の人がなかったから不在にしたのだと思う。

 でも、なんで急に帰ってきたかな、しかも午後に帰ってくるって拙いんじゃない。
 この寮は、外泊から戻って来た日の昼食、夕食が必要な場合は朝十時までにその旨を厨房に依頼しないといけない。
 この寮の食事は標準的な男爵家が食する水準の物が供される、準備に手間がかかるため急な追加が難しいからこのように決まっているそうなの。
 だから、ルーナちゃん夕食抜きになるよね。


「ねえ、ルーナちゃん、わたし達はルーナちゃんが帰ってくるのは大分先だと聞いた覚えがあるんだけど…。」

 わたしがルーナちゃんに尋ねるとルーナちゃんは心底嫌そうな顔で話し出した。

「それがね、年明けからこっちずっと貴族の付き合いとやらで挨拶回りに連れまわされたの。
 そこまでは我慢したんだけど、今度はお見合いだなんて言い出すんだよ。
 この年で結婚相手を決めちゃうなんて絶対イヤだと言って帰ってきちゃったんだ。」

 なんか、また数日前に聞いたような話が出てきた…。

 ルーナちゃんによると、実際貴族の婚姻は本人の意向は殆ど考慮されず家同士の都合で決まることが多いらしい。
 ただ、一般的には十五歳位までに決めるケースが多く、九歳というのは早すぎる感はあるそうだ。
 そうだよね、九歳じゃ、この先どういう風に育つか分らないものね。とんでもない不出来な子になるかもしれないしね。

 じゃあ、なんでルーナちゃんに見合いの話が出たか。
 ルーナちゃんの家の領地はこの国の北の果てにある。両隣は既に近い親戚であり、近親婚を避けるため他の領地に伴侶を求めたいらしい。
 ところが、北の果てにあるため両隣以外に結婚相手を求めるとなると領地にいるときでは、距離が障害となって見合いが難しいらしい。
 貴族が王都に集まるこの時期に見合いをさせたいということらしい。
 それなら、何も今年でなくてもと思うのだが、ご両親も今年一冬で決まるとは考えていないようだ。

「これから、毎年冬になったら見合いだなんて、考えただけでも気が遠くなるよ…。」

 目の前でルーナちゃんがぼやいている。
 本当に貴族の婚姻って大変だね…。


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